01 座らせる位置は大事だね
この小説は会話がメインです。
大きな動きとかはあまり無いかもしれません。というか作者が以下略なので書けないだけかもしれません。どちらにせよ会話メインです。やたらカギカッコ多いです。
と、一応前置きしておくよ!
「ジンってバカなの?」
「…………」
部室の扉を開け、さあ中に入ろうと足を踏み出した俺を出迎えたのは、呆れと怒りが込められた罵声とそれを発する小柄な部長様だった。
両手を腰につき、頬をぷくーっと膨らませていて大層ご立腹な様子である。
気のせいだろうか、怒りのオーラで腰まで垂れる金のロングヘアが重力に逆らって宙に浮き上がっているようにも見える(サイヤ人か)。
しかし待って欲しい、俺はこのミニ部長にここまで怒りを覚えられるようなことをしでかした覚えはない。
今だって部長の言いつけ通りに放課後の校内を練り歩き、適当に友人をつかまえて「アサシン倶楽部」について教授してきたところだ。「お疲れ様」とか「さすがジンね!」だとか、ねぎらいや褒め称える言葉で出迎えられるのが妥当だろう。
いったい何が問題だったのか、素直な俺は直接訊ねてみた。
「何が問題だったかって、問題だらけだったでしょうがあ! 問題を自覚すらできてなかったの!? やっぱりジンってバカなの!? どうしようもないバカなの!? バカジンなの!?」
「ちょっと待てルウ。バカバカ言うんじゃねえよバカ。バカジンって何だよバカ、バカの国の人みたいに言うんじゃねえよバカ。バカって言うほうがバカなんだよバカ。わかったかバカ。……ってことは俺もバカなのかバカ」
「やっぱりバカだー!?」
「うるせえよバカ。で、いったい何が問題だったっていうんだよ?」
「だから問題だらけだったって言ってんでしょ!? 『アサシン倶楽部』の宣伝に際して気をつけるべきこと、忘れたの!?」
「宣伝に際して気をつけるべきこと……? あったっけ、んなもん」
「あったの! あたしジンに何回も何っ回も言ったもん、なかなか覚えてくれなかったから! なのにあっさり忘れてるしこの男はあああああ!」
頭をがしがしと掻き乱して更に怒りのオーラ濃度を上げる部長。
気のせいだろうか、碧眼であるはずの瞳が赤く染まっているようにも見える(王蟲か)。
このままではマズイと直感的に理解した俺は、記憶の中を懸命に漁り”宣伝に際して気をつけるべきこと”を検索する。
しかし、言い聞かされたこと自体覚えていないのだから言い聞かされた内容など覚えているはずも無い。記憶の隅にも見つけることはできなかった。
ここで適当な言い訳を並べるのは簡単だが、それは俺の流儀に反する。なので潔く忘れたことを認め、謝り、そしてもう一度聞かせてもらうことにしよう。
「すまん、お前に言われたことなんて微塵も記憶に残ってないしここでまた教えてもらってもすぐに忘れるだろうけど、いったい何を気をつけりゃ良かったんだ?」
「それ謝ってるの!? あたしを怒らせたいだけなの!?」
「自分で考えろ」
「そこは嘘でも謝ってるって言っとこうよ!?」
「バカ、嘘吐いたら閻魔様に舌取られちゃうだろ」
「突然何を言い始めちゃったのこのバカ!?」
「どうでもいいが、俺は”閻魔様”を昔”あんまさま”と読んでいた」
「本当にどうでもいいよ!?」
「お前の名前も”浅倉ルウ”じゃなく”あさそうルウ”と読んでいたから、思わず朝青龍の親戚なのかと勘違いしていた」
「それは軽くショックな事実だよ!?」
「ひがぁーしぃー、あさそールウぅー」
「うっす、どすこーい! ――ってやるかボケー! そろそろ真面目にやりなさーい!」
というわけで。
部長こと、浅倉ルウの突っ込みキャパシティを超えたところで強制終了がかかり、再びお説教タイムへと逆戻り。
俺は部長専用黒皮ふかふかチェアーの前に正座をさせられ、立っていれば二十センチ以上身長が違うはずのルウに見下ろされる格好になっている。
これしきのことで屈辱を覚える俺ではないが、しかし客観的に見れば非常によろしくない光景だ。部室に俺とルウ以外の人間がいなかったのは幸いといったところか。
「さてと、おバカちゃんなジンにもう一度だけ特別にアサシン倶楽部の宣伝に際して気をつけるべきことを教えてあげる」
「特別に聞いてやるよ」
「そこ威張らなくていいから! あのね、あたしは『絶対に正体がバレないようにうまくやってね』って言ったのよ。どういう意味かはわかるでしょ?」
「久野々木学園二年A組浅倉ルウ。小柄な体躯の金髪碧眼ハーフ少女だが、その外見に隠された正体とは――!」
「――実はIQ二百超のスーパー天才美少女なのであったー!」
「ふーん。で、つまり俺たちが『アサシン倶楽部』の部員であることをバレないようにやれってことだったわけだな」
「ノせといて流さないでよ!? あたしがすっごくイタい子みたいになってるよ!?」
「でもよ、それだったとしても何も問題なんて無かった気がするんだが? 俺がアサシン倶楽部員だってバレる要素なんて全く無かっただろ」
「突っ込みすらスルーして話進めないで!?」
あー。
ルウをからかうのってたーのしー。
「もういい! あたしも話戻すもんバーカ! そうよ、あたしたち『アサシン倶楽部』は久野々木学園七不思議の一つとして常に謎の存在でなければならないの! だから誰が部員なのかってことも絶対にバレちゃいけないのよ!」
「それはわかったっつーの。んで、俺の何が問題だったってんだ?」
「だから問題だらけだったでしょうがあ! ジンの制服に盗聴器仕込んでおいたから全部聞いてたけど、いかにも誰かに頼まれて嫌々宣伝してますーって感じだったし、嘘のアサシン倶楽部利用エピソードでボロ出してるし、挙句の果てには『アサシン倶楽部をよろしく!』とか言っちゃっていかにも僕は関係者ですーって言ってるのと同じようなことほざいちゃってたしー! あとあたしに優しくないし言うこときかないしもううううううう!」
……最後のは違くね?
「まあ、お前の言いたいことはわかった」
「わかってくれるのが遅いよ、まったく」
「そう言われて思い返してみれば、確かに問題があったようにも思えてくるような気がするがやはりそんなことはなかった」
「やっぱりわかってないよこの人!?」
「だってよ……お前考えてもみろよ。たとえ俺がアサシン倶楽部員であることがバレたとしても、アサシン倶楽部を知ってる人間自体が少ないんだから何も問題無ぇんじゃねえの?」
「うっ……それは……」
「こうしてわざわざ地道な宣伝活動してるのだって、ほとんどゼロに近づいているアサシン倶楽部の認知度を少しでも上げて、再び生徒たちから依頼がくるようにするためじゃねえか。現状、部員であることがバレたところで『へー、そうなんだ。で、何その変な名前の部活?』くらいの反応で終わるって」
そう。
全盛期には名前が話題にのぼっただけで恐れられていたアサシン倶楽部だが、時代の移り変わりと共に学園七不思議から生徒たちの興味は離れていき、七不思議の一つであるアサシン倶楽部の存在もそれと同時に認知する生徒が年々減少していった。その減少率は止まることを知らず、現在のアサシン倶楽部の認知度はほぼゼロに近い。
東校舎四階のダストシュートに暗殺して欲しい人間の名前を紙に書いて投下すると、依頼通りにその人間を懲らしめる組織――アサシン倶楽部。
所属する生徒不明、顧問不明、活動拠点不明、全てが不明。
しかし確実に久野々木学園に存在する、謎の部活。
これらの情報まで正確に把握している人間など、はたして現在のこの学園に存在するというのだろうか?
「そ、そりゃあ確かにジンの言うとおり、今のアサシン倶楽部は認知度ゼロだよ? 底辺突っ走ってるただの非公式ダベりサークルみたいな感じになってて存在意義すらも見出せない矮小な存在と化してしまっているよ!?」
「いやそこまで卑下しなくてもいいんじゃねえの」
「でもね、アサシン倶楽部はこれからあたしたちの手によって再始動していくのよ! 今は地道な宣伝活動しかしようがないけど、いつかこの努力が実を結んで、数ヵ月後には依頼がばんばん飛び込んでくるような超売れっ子スーパースター部活になってることでしょうさ!」
「謎の部活なのに超売れっ子スーパースターって……」
「うっしゃいうっしゃい! いい!? だから超売れっ子になったときのことを考えて、やっぱり部員が誰かということは常に秘密にしていかなきゃならないの! ジンも気をつけてほしいの! わかった!? わかりましたか!?」
「ああ、まあ、うん。なんとなく」
顔を真っ赤にしながら言うルウに、俺は頷くしかなかった。
ここでまた適当なことを言ってからかうのは簡単だったが、それを実行させない懸命さがルウから感じられたのだ。
その膨れ顔を眺めながら、ふと考えてみる。
この時代に七不思議なんてものが再び流行るだなんて想像もつかないが……ルウや俺たちが努力すれば、あるいは再びアサシン倶楽部は全生徒に認知されるようになるのかもしれない。
なるかもしれないというだけで確実にそうなるとは言い切れないのだが、少なくともルウはそうなることを目指して本気で活動しているのだろう。
アサシン倶楽部の部員として。
部長として。
浅倉ルウとして。
……ふむ。
正直、俺は自主的にアサシン倶楽部に入部したわけではないし、積極的な活動をしたいわけでもない。依頼がこないならそれはそれで良いことだと思うし、最近は部室で部員のヤツらとダベってるのも楽しいんじゃねえかと思い始めてきたところだ。
だからわざわざ頑張りたくないし、頑張ろうとも思わない。
思わない、が。
頑張ろうとしているやつを応援してやりたい、とは思う。
今日だってこうして注意(?)されてるし、俺にできることなんてたかが知れているだろうが――しばらくの間は、少し真面目に協力してみるか。
それもまた面白いかもしれない。
どうせ他にすることもないただの暇人なんだ、何も問題はないだろう。
よし。
そうと決まれば早速、部長様に貢献してやるとしよう。
「……ルウ、お前の言うことはよくわかった。これからは俺もアサシン倶楽部の一員として、その身分がバレないように細心の注意を払うことにしてやんよ」
「へ? え、何? ど、どったの急に、ジンが素直にそんなこと言うの珍しいね? 頭おかしくなっちゃった?」
「うるせえよバカ、俺はいつも正常運転誤作動無しだよこの野郎。純粋に、頑張ってるお前を見て応援してやりたいなと思っただけだよ……」
「っ!! じ、ジン……あなた……」
ルウの目尻からぽろりと零れる、一筋の涙。
何とも感動的な場面だ。
しかし、俺が言いたいことはこれが全てではない。
「そんなことより、俺は部員として部長であるルウに非常に重要な情報を提供しよう」
「え、非常に重要な情報? なになに、もしかしてアサシン倶楽部の認知度を一気に上げる画期的な方法でも思いついちゃった?」
「いや、そんな大層なものじゃなくて、もう少し些細な情報なんだが」
「??? 何? じゃあ何なの? もったいぶらないでさっさと教えてよう」
「わかった。じゃあ教えてやろう――」
そうして俺は、急かされるままにその情報を教えてやろうと、正面の椅子に腰掛けるルウに向かって腕をまっすぐ伸ばし、人差し指を向けた。
しかしルウの目の前で正座をさせられている俺がまっすぐ腕を伸ばせば、その高さにあるものといえば当然――
「――ルウ、お前さっきからずっとイチゴ柄のパンツが見えへぶりゃっ!?」
「そういう情報はもっとさっさと言ええええええええええええええええええええええ!」
俺はルウに顎を蹴り上げられながら、思う。
……やっぱりこういうくだらねえ日常こそがアサシン倶楽部だな、と。