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あさくら!  作者: なる。
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09 危機迫る魔の手



 俺たちアサシン倶楽部員以外の何者かが校舎内にいるという事実が発覚したため、俺は気絶した紅橋先輩をおぶって足早に校内を進んでいる。

 背中に感じる悩ましい感触など気にしている余裕は無い。

 俺たち以外の侵入者の正体がわからない以上、これからは警戒して動かなければならないからだ。七不思議に見立ててCDプレイヤーを再生するぐらいのイタズラなら全く構わないが、直接的な危害を加えてこないとも限らない。


 「笛吹き少年」の絵に驚いてどこかへ逃げていってしまったルウは、恐らく今一人でいると考えて間違いないだろう。まさか宇都木を頼って西校舎に逃げ込んだとは考えられないし、学校から脱出しようと考える冷静さがあったかどうかも怪しい。

 となると、今一番危険なのはルウだ。

 CDプレイヤーの犯人の目的が何なのかはわからないが、もし何らかの理由で俺たちアサシン倶楽部員を狙っているのだとしたら単独行動している人間から襲われるのは当然のこと。

 ましてやルウは戦闘に関するスキルはほとんどゼロに近い。そういう意味でも恰好の標的といえるだろう。


 守ってやる義理はないが――ただでさえ極限に近い精神状態だったんだ、これ以上驚かされたりしたらルウの心臓がもたないだろう。

 まさか死人を出すわけにもいかないし、早いうちに発見して回収しておかなければ。


 とはいえ、久野々木学園は広い。闇雲に探し回ったところで見つけるのは困難である。

 こんな時に便利なのが文明の利器、携帯電話だ。着信音に驚いて更にパニックを起こすのではないかという懸念は捨てきれないが、一番確実な方法であるのには間違いない。

 そうと決まれば早速――とポケットの中を探るが、ない。

 携帯が、ない。

 違うポケットに入れたのかと思い探してみるが、やはりない。

 そして一通り全身を探った後で思い出す。夜の学校で使う機会は無いだろうと判断して、充電器に繋いだまま自室の机の上に放置してきたことを。


 ……困った。これではルウに電話をかけて居場所を訊ねることができない。

 一応校内に公衆電話は設置されているが、ルウの電話番号なんて暗記しているはずもない。というかそもそも財布すら持ってきていないし。

 どこかにルウの電話番号が記録されている携帯電話なんて落ちていないだろうか……。


 そこで俺は背中に乗せている先輩の存在に気付く。

 紅橋先輩の携帯ならルウの電話番号くらい登録してあるだろうし、宇都木のように着信拒否に設定されていたりなどということもないだろう。

 まだ気を失ったままなので使用の許可は取れないが、ルウの危機を救うためとあらば紅橋先輩は反対したりしないはずだ。承諾は事後にもらうしかない。


 というわけで、携帯電話を拝借するためにも俺は紅橋先輩をゆっくりと背中から降ろして床の上に寝かせた。

 ここで目覚めてくれたら楽だったのだが、紅橋先輩の目蓋は下りたままで開く気配はない。

 仕方ない……と意を決した俺は、紅橋先輩のスカートへと手を伸ばし、その中身を漁る。だがいくら漁れど携帯電話らしき物体は入っておらず、柔らかな布地の感触のみしか感じられない。……ちなみに、漁っているのはもちろんスカートのポケットの中である。

 スカートの中にはないと判断した俺は、次に先輩の上着へと目を向ける。

 久野々木学園女子制服のブレザーにはポケットが五つある。両脇の裾にあるポケットで二つ、校章が縫い付けられている胸ポケットで三つ、更に内側左右の胸ポケットで五つだ。恐らくこのどれかに携帯電話は入っているはずだ。

 俺はまず、無難に裾のポケットから捜索を開始する。このポケットから携帯を取り出す女子を見たことがあるし、出し入れのしづらい胸ポケットよりは確実に入っている確率は高いはずだ。

 しかし、見つからない。

 糸くず一つ入っていなかった。

 となると、残りは三つの胸ポケットしかないわけだが……さて、どうするべきだろうか。

 さすがに場所が場所だからポケットに手を突っ込むだなんて真似はできないし、ブレザーを脱がしてから探そうにも脱がしている間に先輩の目が覚めたりしたら大問題だ。明日から一生変態と罵られて生活しなければならなくなる。イジメだ、イジメが始まってしまう。

 ならば――俺が取るべき方法はただ一つ。

 服の上からささっと触って、携帯電話らしき物体の感触がないかどうか確かめるしかない。

 自分でもとんでもないことを考えていると思うが、これしか方法がないのだ……! 冷静に考えれば他の方法も思いついたかもしれないが、現状ではこの方法がベストなんだ! そう、色んな意味で!

 だから仕方ないんだ! 許してくれ紅橋先輩――!



 「…………んん……」



 俺の手が先輩の胸ポケット――もとい、豊か過ぎる膨らみに手が触れるか触れないかといったところで、ぱちりと先輩の目が開く。

 そのまま何度か目をぱちぱちとさせた後、寝起き独特のとろんとした目が俺の方へと向いてきた。

 そしてその視線はお約束通り、俺の手元の方へと流れていって――



 「ぴあああああああああああああああああああああああああああ!? 誰かたすけてぇ! 夜野に犯されちゃううううううううううううううううううううううううう!」



 先輩の誤解を解き、何とか落ち着かせる作業に尽力しなければならなくなるのだった……。



  ◇



 まさかそんなラブコメちっくなオチだけで終われるはずもなく、紅橋先輩が気を取り戻した後は再び緊迫した雰囲気が戻ってくる。

 予期せぬトラブルに見舞われ少々時間を食ってしまったが、今からでも遅くはないはずだ。急いでルウに電話をかけて居場所を聞き、合流しなければ。



 「で、とりあえず私はルウに電話をかければ良いのかしら? この変態」


 「……ああ、頼む。繋がったらルウに現在地を聞いて、そこで待機してるよう言ってほしいんだが……」


 「え、何かしら。何を言っているのかよく聞こえなかったわよ変態。変態っていうのは人に頼みごとをするときの態度も知らないのかしら?」


 「…………わかった。じゃあ俺が話すから携帯を貸してくれ。……あ、いや、貸してください」


 「ふうん、貸して欲しいの? この私の携帯を借りたくて借りたくて仕方がないのね? 変態のくせに、随分とまあ図々しいことを言うのね。貸してあげないこともないけれど、もっとちゃんとお願いしてみなさい?」


 「………………こ、この卑しい変態の私めに、どうか紅橋赤音様の携帯電話を貸していただけないでしょうか」


 「はあ? え、夜野、あなた何を言っているの? あなたのような布団に巣くうダニ以下の変態が私の携帯に触れて良いとでも思ってるの? あなたが触れたら変態菌が移ってしまうでしょう? それがわかりきっているというのに、誰があなたに携帯を貸すというのかしらね?」


 「………………」


 「あら? もう黙っちゃうの? もっとみっともなく涙と鼻水でも垂らしながら駄々をこねてみなさいよ。うふ、ふふふ、うふふふふふふふ」



 何というか、まあ。

 こういうことを言われても仕方がない、俺が悪いのだから然るべき態度だろうとは思うが……何か違うスイッチ入っちゃってねえかこの人。

 イケナイ琴線に触れてしまった気がする。



 「……あのさ、紅橋先輩。確かにさっきのは俺が悪かったけどよ、こんなことしてる場合じゃねえんだって。早くしねえとルウが――」


 「残念ながら私はそんな言葉遣いの人間の話は聞けないわね。赤ちゃん言葉で話せば私の耳にも届くかもしれないけれど」


 「だ、だからそんなこと言ってる場合じゃねえんだって! 校内に俺たち以外の誰かがいるんだよ! ルウを一人にしてたらヤバイんだって」


 「仲間の危機より自分の快楽よ」


 「とんでもねぇことぶっちゃけたよこいつ!」


 「悪い? 言っておくけれど、私はこう見えて怒っているのよ? どんな理由があったにせよあなたはそれだけのことをしたの。警察沙汰になっていてもおかしくはなかったのよ?」


 「そりゃそうかもしれねえが…………あーもうクソッ! わかったよ! …………お願いしまちゅ、ぼきゅに紅橋ちぇんぱいの携帯電話を貸してくだちゃい!」


 「ぷっ。虫唾が走るほど気持ちが悪いわね。気持ち悪すぎて貸す気が失せてしまったわ。ふふ、ふふふふふ」


 「………………」



 紅橋先輩からは本当に色んなことを学ばされるぜ。

 人間ってこういうときに殺意を覚えるんだな……。

 今はすっかり良い気になって恐怖を忘れているみたいだが、これなら気を失う前までのビビりまくってた紅橋先輩のほうがマシだったな……。



 「さて、罵られ足りないかもしれないけれど今はルウのことが優先ね。後でまた構ってあげるから少し待っていて頂戴」


 「いや、そんなのは誰も望んでねえからさっさと電話かけてくれ……」


 「あらそう? いつもみたいに逆立ちして天井に張り付きながら可愛らしくおねだりしないのね」


 「したことねえぞ!? ていうかできねえよ!」


 「できていたら引くわ」


 「んじゃ言うんじゃねえよ!?」


 「今のはあなたを試したのよ。でも駄目ね、やはりあなたはちょっと口調が荒いだけでこれといった個性も味も面白みもない薄っぺらなキャラだということがよくわかったわ」


 「そういうことも言うんじゃねえよ! 気にしてんだから!」


 「あれも駄目これも駄目とうるさい変態ね。罵られたくなかったらさっさとこれでルウに連絡しなさい」



 そう言って胸ポケットから携帯を取り出すと、俺に向かって放り投げる紅橋先輩。

 何だかんだ言いつつも携帯を貸してくれるあたり優しい人なのかもしれないが……何だろう、素直にありがとうと言おうと思えない。


 ともあれ、携帯を借りることができたのだから早くルウに連絡を取ろう。

 俺は手早くアドレス帳を開き、「浅倉ルウ」と登録された番号へと発信する。

 一コール……二コール……三コール目で繋がり、息を切らせたルウの声が響いてきた。



 『あたし浅倉ルウ! 今東校舎二階の南階段にいるのおおおおおお!』


 「どこのメリーさんだよお前」


 『あ、あれ? ジンなの? どうしよう怖い! 何かさっきから誰かに見られている気がするし、ああもう怖くて動けないよおおおおお!』


 「安心しろ、それは幽霊やお化けなんて類のものじゃない。ただのロリコンだ」


 『それも十分怖いよ!? ていうか誰がロリだコラー!』


 「ペドのほうが良かったのか?」


 『その二択しかないのはおかしくない!?』



 冗談はさておき、ルウが感じる視線の正体は俺たち以外の侵入者なのだろうか?

 だとしたらルウの危険はますます現実味を増すが――ここで危険を知らせても無駄にパニックを起こさせるだけかもしれない。

 ここは合流を最優先にするべきだ。

 


 「何でも良いが、そこにじっとしていたら駄目だ。俺と先輩も今すぐそっちに向かうから、一階まで降りたところで待っていてくれ」


 『う、うん。わかった。今ちょうど降りてたところだし。……あ、さっきはごめんね。びっくりして一人で逃げ出しちゃって……』


 「……気にすんな。結局、あの絵の演奏はCDプレイヤーで流されたイタズラだったし、怖がらんでいいぞ」


 『そ、そうだったんだ。だったら安心――』



 と、ここで唐突に通話が切れた。

 電池切れかと思い画面に目をやるが、電池の残量表示は一本も減っていない。切れたのはルウの携帯の電池だったのだろうか。

 怪訝に思いながらも、俺は先輩に携帯を返しつつ今の会話の内容を伝える。



 「先輩、ルウは今南階段の二階にいるみてえだから、その降りたところで合流することになった」


 「あらそう。それは構わないけど、あんなところに一人で行っていただなんてルウも随分と勇気があるのね」


 「……? どういう意味だよ」


 「え? 確か七不思議の一つ、『いくら降りても下に着かず行方不明になってしまうという階段』って東校舎南階段の二階から一階に降りる階段のことよね?」


 「…………!」



 階段の七不思議は東校舎の階段にあるとしか認識していなかった俺には判断がつかないが、紅橋先輩の言うとおり今ルウのいた場所が件の階段だったのなら……マズイ。

 俺たち以外の侵入者、こいつの目的は未だはっきりとはわからないが、それがもし先程「笛吹き少年」の絵であったような”七不思議の再現”だったとしたら、『いくら降りても下に着かず行方不明になってしまうという階段』の再現も狙っていたのではないか?

 ……いきなり途切れた電話といい、嫌な想像ばかりが頭を巡る。



 「――紅橋先輩、急ぐぞ!」


 「あ、ちょっと夜野!?」



 逸る気持ちを抑えつつ、俺は先輩の手を引いて南階段へと駆け出した。



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