舞踏会の名物
これはとある王国の、とある時代に君臨していた王の記録。
歴史は語る。
曰く、国王夫妻はダンスの名人として有名だったと。
事実、夫妻をダンスを愛しており、度々舞踏会を開いていた。
様々な音楽に合わせて人々が踊る中にあり、二人の踊りは何よりも目立つ。
小川に水が流れるように緩やかで自然に、そしてふと心を奪われ安堵する。
国王夫妻が小川であるならば、招待された客は小川で喉を潤す鹿だった。
どこよりも穏やかな時間がそこで流れていた……そう、史書には記されていた。
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「おや、今日はご機嫌斜めだ」
招待された貴族の一人が国王夫妻の踊りを見つめながら呟いた。
「そのようだな」
他の貴族もまた相槌を打つ。
彼らの視線の先には優雅に踊る国王夫妻の姿がある。
「おやおや……王妃様も随分と積極的になさる」
「いや、王も負けていないご様子です」
慣れた様子で語る貴族たちを見て、新顔の貴族がこっそりと尋ねた。
「国王夫妻に何か……? お二人共、穏やかに笑っていらっしゃるではないですか」
すると貴族たちはくすっと笑って国王夫妻の方に指をさす。
「ごらん。あの二人。あぁ、いや、もう少し下だ」
言われるがままに新顔の貴族が目にしたもの。
それは優美な表情のまま踊る夫妻の足元で行われている壮絶な足の踏み合いだった。
「昔からだ。お二人は幼馴染なのだから」
「喧嘩をすると、いつもあんな風に足を踏み合っているのさ」
新顔の貴族は口をぽかんと開けて呟いた。
「あんな子供染みた事を……」
「だから素敵なのではないか」
そんな会話を知ってか知らずか、優雅に踊る国王夫妻の足元で行われる醜いバトルは続いていた。