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夢寐の独白  作者: H
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四 後編

「これが私の愛慾の話の顚末で、あれ?私は瘋癲?あれ?」


 男は自身で体験を語り終えておきながら、自分で執筆したその言葉に自信が持てなくなったように狼狽していた。そんな患者を気遣いもせず、院長は質問を開始した。


「君の物語はこれで終わりかね?」


「は、はい。ここまでです。いや、それよりも」


 男は何か続けようとしていたが、院長はそれでは奇妙だと言うように首を傾げた。彼の視線は、世界の齟齬を責め立てる執行者のような目つきをしていた。それに気圧されてしまい、男はそれ以上何も言わなくなり、院長の言葉を待った。


「それは奇妙じゃあないか、珍妙だよ。間違っているね」


「間違いありませんよ、作者の私がそういうのですから」


「いいや、珍妙だ。それは君の人生の物語なのだろう」


「はい」


「ならば、その後はどうなったのかね。孤独になって、それからは?」


 月光が病室に差していた。男の顔は醜く歪んだ。何か致命的な世界の欠落を知らされてしまったかのような表情だった。


「それから?そんなもの、あるわけ、ここで終わりで」


「それなら君は鶴子を犯して、それからすぐにこの精神病院に跳んだというのかね。そんなおかしなことがあるかい?まだ、君の人生はあるのだろう。なぜそれをないと言って切り捨てる」


「それは、それは、ないものはない!」


 男は激高した。それ以上、何かを責め立てられれば、自分が築き上げてきた静寂が、静謐が、安全が、完膚なきまでに破壊されてしまうかのような感覚になったからだ。だが院長はその秘密を容赦なく暴き立てようとしていた。


「本当はその物語は全て創作で、君はそんな体験などしていないただの精神病患者ではないのかね」


「はっ、はっ、いや、そんなわけがないでしょう!そんな。これは私の妄想だって?ありえない」


「有り得るだろう。事実君は、先程自分のことを瘋癲と言っていたじゃないか」


「あ、ああ?」


 男は狂乱状態にあった。自分の中にあった世界のルールが何もかも崩れ去ってしまったかのような気分だった。院長は何をしているのだろうか。それが患者に対する態度であろうか。患者の精神を破壊するのが院長の役目ではないはずだった。しかし院長は容赦なく責め立て続ける。


「それに、合間の文章も矛盾があるね。ほら、何だったかな。澁澤龍彦の話題を出していたけれど、君の設定した年代とは矛盾する。その時点で澁澤は本を出していないよ」


「矛盾?それではまるで、いや、この精神病院での出来事自体が、それすらも私の妄想であるかのような言い草ではありませんか!院長!」


「違うのかい、クラマくん」


「クラ、マ?それは、彼の綽名で、いや…………あぁ!」


 男は、いえ『オレ』はそこで認めざるを得なかった。全て、オレの妄想だったのだ。オレは精神病で、妄想癖がある。精神分裂症で、月が泣くとかいうことを本気で親に話していたら、心配され、そう診断されたのだ。確かに月は泣いてたのに。そうだった。そうだ。クラマも、ゲドウも、全てオレにつけられた綽名だ。クラマの体験もオレのものだ。哲学の研究だって、耶蘇教に飽きて少し齧ったオレの体験だ。『序、一、二、三、四』と長々と語ってきたこのオレの物語も、三人称視点も、全てがオレ自身の妄想した物語。

 いや………………耶蘇教の研究も、オレの妄想?全部、オレの…………じゃあ、オレが理解した愛は、オレの中で完結した、偽物?もはやオレはなにがなんだかわからなくなっていた。そして立ち眩みのような症状が生じ、倒れてしまった。院長がオレを心配するような声は聞こえなかった。ああ、これも、オレの妄想だったのかもしれない。

これにて四章『男』は終わりとなります。次回は終章となります。ここまで読んでいただいたことに感謝を

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