没落貴族の令嬢は元許嫁から愛されてる自覚がありません
朝がやって来たのか、窓の方から小鳥の囀りが聞こえてくれば、沈んでいた意識が徐々に覚醒していく。
「んんッ……」
あと五分……
まだ寝ていたい気持ちを優先し、シーツを頭からかぶりながら寝返りを打てば――
「おい、いつまで寝ている。起きろルーシ」
バンッ!! とドアが壊れるんじゃないかと思うほど大きな音がいきなり私の寝室に響いた。その音の所為で、せっかく温かいベットの中で気持ちよく微睡んでいた気分が台無しだ。
目はすっかり冴えてしまったけど、ここで起きるのは何か癪だったから、私は寝たふりを続けた。
「……」
「おい。無視するなルーシ」
「……」
「おい。起きてるんだろうルーシ」
「……」
「おい。学校に遅れるぞルーシ」
「……」
「……」
お? やっと諦めたのかな?? 今日は、いつもより諦めるの早かったなぁ。毎朝、私なんかを起こしに来る時間は無駄だってようやっと気づいたってことかな? うんうん、わかってくれて私は嬉しいよ。
なんて寝室に静寂が戻ったことで呑気なことを考えながら、二度寝の姿勢を取り始めてその瞬間――
「……カインに言いつけるぞ」
「それだけはやめて!!」
ガバリッ、と勢いよく頭から被っていたシーツを剥ぎ取り、身体を起こす。
「起きるから! てかもう起きたから!! カイン様にだけは言わないで! お願いアール!!」
「……」
ベットから転がるように下りバタバタ、と淑女としてはしたなく足音を立てながらアールに近づき、皺一つない新品同様の制服を着ているアールの両肩を握る。
「……」
「ねぇ! 聞いてるアール!?」
「……カインの名前を出した瞬間起きやがって……クソムカツク」
「? なんでそんなに不機嫌になってんのアール??」
「うるせぇ。おら、起きたらさっさと制服に着替えろ。朝食食いに行くぞ」
「はーい」
不機嫌の理由を言わず、入って来たドアから出て行ったアールを見送ったあと、地べたに落ちていたシーツを拾い上げ、ベットの上に置いたあと馬鹿デカいクローゼットを開ける。その中から、お目当ての制服を手に取り、素早く袖を通し着替える。
さっき、私の寝室にノックもしないで入って来たのは、アイルス・シー。愛称がアール。年齢は私の二つ上の17歳で、同じ学校に通ってる先輩にあたる。そして――
この屋敷の家主だ。そんな家に私こと、アルーシア・アンダーラインは、居候させてもらっている。
シー家はこの世界に存在する五大大貴族の内一つ。そのため、兄弟姉妹は一般家庭よりも多く、合わせて15人近くいる。確か、姉、姉、兄、姉、姉、アール、弟、弟、妹、弟、妹、妹、弟、妹、弟だった気がする。
居候の身でなんで『気がする』みたいな曖昧な表現なのかは、本邸以外にそれぞれ一人ずつに別邸があるから、基本みんなソッチで暮らしていて、なにかある時は本邸に集合する時くらいしか接点がないから。しかも、私はまだアールとアールのご両親以外のシー家の皆さんと面識がない。だから、さっき言ったアールのご兄妹の順番も、アールから聞いただけなのであってるかどうか……
アールにアールの兄妹の話を聞いたら――
『ルーシは俺以外の人間に興味持たなくていいから、言う必要はない』
なんて言ってはぐらかすから、多分……あんまり兄妹の仲が良くないんじゃなかって思ってる。
因みに、私が今居候させてもらっている屋敷は、勿論アールが両親から貰った別邸。別邸って言っても、普通にバカ広いけどね。しかも、メイドや執事がいっぱいいるし、居候の身でありながら私専属のメイドさんが五人もいる。一人でも多いのに五人も必要ないってアールには伝えたけど、華麗にスルーされた。
そんな五大大貴族のシー家の次男であるアールの別邸に何故、居候になっているのかというと、まぁ……本当、いろいろあった末路の末って感じ。
まず私とアールは、幼少期時代に許嫁同士だった。私の家は、五大大貴族シー家の次男であるアールの許嫁になれるくらい地位があった。あ、でも、別に五大大貴族には入ってたわけじゃない。貴族の中でも多分中の上あたり。
そんな貴族の中でも頭一つ抜けた貴族ってわけでもない私が何故、アールの許嫁の位置に付けたのか。それは――
よくわからない。
冗談抜きで、本当にわからない。だって、私の物心がついた時には既に、私はアールの許嫁になっていた。勿論当時、五歳くらいの私は両親に聞いた。でも――
『ねぇ、かあさま』
『なぁに、ルーシ?』
『どうして、わたしがアール様のおよめさんこうほなの??』
『そうねぇ……フフッ』
『? なんでわらうの??』
『ごめんなさいね。でも、ルーシがもう少し大きくなったら、ね?』
『えぇ!!! どうして!? いましりたいの!! ねぇかあさま!!』
『フフッ』
って感じで母様には笑って誤魔化されるし、アールに聞いても――
『ねぇ、アール』
『なんだルーシ』
『私たち今は違うけど、昔許嫁同士だった時があるじゃん』
『……』
『なんで、私の家なんかがアールの許嫁になれたのか知ってる?』
『……』
『絶対、当時からアールの許嫁の競争率バカ高かったでしょう?』
『……』
『私の家よりも好条件のお嬢様なんて、いっぱいいただろうに』
『……』
『ちょっとアール。聞いてる?』
『……』
って感じで無視されるし。そんな感じで誰も教えてくれない。よって、今もよくわかっていないけどまぁ、別に困ってないからいいやってなってる。
アールの許嫁になってから私の家は繫盛し始めた。しかし、ソレは長くは続かなかった。新しいことに手を出した結果、ソレは少しの損失を通り越して、没落するくらい大きな損失を出した。両親はアレよコレよと昼夜問わず動き回り力を尽くしていた。だけど、ダメだった。
そこから、売れる物はすべて売り、屋敷も手放してようやっと損失分のお金を用意出来た。借金をしなくて済んだことは喜ばしいことだけど、コレで私の家は没落貴族として貴族の称号と共にアールの許嫁も剝奪された。
ここまでが、去年の話。
家にお金がないことは私もわかっていたから、学校に通うことは辞め、両親と一緒に働くことを視野に入れていることを両親に言った翌日、アールが私のオンボロの家にやって来てた。その時――
『俺の屋敷で一緒に暮らすっていう条件をルーシが飲めるなら、お前の学費も衣食住も俺が保証してやる』
と言い出した。アールには、なんのメリットもない提案に、頷くことは憚られた。だけど、両親の後押しもあって今現在、アールの屋敷で衣食住の面倒を見てもらいながら、居候させてもらっている。
そして、さっきアールの口から出た『カイン』という方は、私の好きな人こと、アーカイン・ランシュー。愛称はカイン。年齢は、アールと同じ17歳。カイン様も、アールと同じ五大大貴族の一家であり、アールとカイン様は幼馴染みだ。
だから、アールの許嫁だった頃、一度だけカイン様に会ったことがある。その時は、アールと同じくらいカッコいい人だな、と思っただけだったが、あることがきっかけで私は、カイン様に惚れてしまった。
そのきっかけ、というのが、アールとアールの屋敷でかくれんぼをしている最中、迷子になってしまった私を助けてくれたカイン様は、今思い出しても絵本の中の王子様のようだった。
一桁の幼女が、カッコいい男の子にそんな対応をされれば、惚れてしまうのも仕方ないよね。まぁ、そのあとブチギレたアールを抑えるのが滅茶苦茶大変だったけど……今、思い出してもなんであの時、アールはブチギレたんだろう? 確か――
『なんで俺を頼らない!! なんで俺に助けを求めねぇでカインなんかに助けられてんだ!!! ルーシの許嫁は俺だ! カインじゃねぇ!! カインなんかに触らせてんじゃねぇよ!』
って言ってたっけ。んー……わかんない。謎だ。
そんなこんなで、元許嫁のアールと一緒に過ごすことになって毎朝、学校があろうがなかろうが、アールは律儀に私を起こしに来る。何度、そんなことをしなくていい、と伝えても聞きやしない。
だから、一度だけ私専属のメイドさんの一人であるニーナに、アールが起こしに来る前に起こしに来て欲しい、と頼んだら――
『大変申し訳ございませんがルーシさまであっても、そのお申し付けは出来かねます。主人から怒られますので』
と申し訳なさそうに眉を下げていたけど、はっきり断られた。主人ってアールのことなんだけど、なんで私が起こされるより前に起きただけで、アールが怒るのかまったくわかんない。この屋敷に居候させてもらってから、いろいろとわからないことが増えた気がする。
ペタペタ、と長い廊下を歩いて食卓へ続くドアを開ければ、既に椅子に座って私が来るのを待っていたアールと視線が合った。
「遅い」
「そんなことない」
「ルーシがさっさと起きねぇから、朝食が冷めた」
「それは、ごめんなさい」
素直に謝ればフッ、と表情を和らげるアール。その表情を見ながら、アールの目の前に座り、運ばれてきた朝食に手を付ける。
「ねぇ、アール」
「なんだルーシ」
「何回も言ってるけど、毎朝起こしに来なくても大丈夫だよ?」
「……」
「私。アールに起こしてもらわなくてもちゃんと起きれるし、万が一起きれなくてもニーナが起こしに来てくれるだろうし」
「……」
「もっと、自分の時間大切にして欲しい」
「……ルーシが気にすることじゃない」
「アール」
「俺が好きでやってることだ。口出しすんな」
「……」
「おら、さっさと食わねぇとカインに言いつけるぞ」
「だからやめてよ!!」