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弓彦と学園七不思議  作者: 廣瀬智久
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捜査②

 今村が北九州市内のとある寺に向かったのは蒸し暑い、曇りの日であった。


 境内で掃除をする僧侶がいた。今村に気づくと、作業をやめ、こちらに微笑んだ。

「今村さんですな」

「はい、住職さんですか」

「大滝と申します。生まれてこの方住職をやっておりますのでこの道70年と申しましょうか」


 住職は坊主頭をぺチンと叩いた。


「たしか前住職についてお話をお伺いしたいという話ですな。しかし私が住職になりまして半世紀は経っております。すこし記憶が薄れているところがございますが、それでもよろしければお話いたしましょう」


 そう言うと住職は寺の講堂に入った。


 講堂の中に入る。だいぶ広い。天井を見上げると、大きな竜が描かれていた。北九州市内にここまで壮麗な大伽藍を持つ寺院も珍しい。ぽかんと今村が中を眺めていると住職は笑った。


「この伽藍はみんな20年前に建てられたものですよ。由緒なんてありませんよ。新しいし大きいから皆が驚いているだけです」


 そんなものなのか。由緒なんて関係ない。素晴らしければそれでよいのだ。今村が伽藍を眺めていると住職が切り出した。


「そういえば先代住職についての話でしたな。粗茶もありませんが、何分貧しき禅寺でして」

 こんな大伽藍を持つ寺が貧しいはずはないのだが、それはよいとして住職が話し始めた。


「私が先代からこの寺を引き継いだのは半世紀前になります」

「そんな昔の話でしたか」


「先代は温厚な方でした。跡取りと目された息子さんがいたのですが、結局その方は寺を継がずに教職へ移りました」

「教職、ですか?」


「詳しいことは知りませんが、先代は思想を世代的に残せるとかどうか仰っていたそうなんです」

「思想、ですか?」


 今村は似たような質問を繰り返す自分についつい恥ずかしくなった。


「先代は宗教家という身にも関わらず、国家を新しい方向に変えるという主張を繰り返していたそうなんですわ。その、今でいう過激派ということですか。国会議事堂を爆破するとか、東大を占拠するとか、それこそ前世紀の思想ですわ」


「息子さんもその思想に偏っていたんですね?」

「たぶんそうです。きっと」

 住職は板間に座った。


「先代の思想をそのまま受け継いだ息子は教職の道に進んだんですね?」

 今村も床に座った。


「そういうことになりますな。儒家は天下国家を語らず、我々宗教者も天下国家を語ってはいけないと思います。持論ですが。もちろん国家を憂う同志がいても構いませんが。しかし、こうも暑くてはたまりませんですな。失礼」


 住職は近くに置いてあった2リットルのペットボトルを重そうに持ち運んでくるとコップに注いで飲んだ。ラベルには美女が満面の笑みで写っている。どこかで見たことがあった。今村が尋ねた。


「その先代の息子というのはその後どうなったのでしょうか?」

「ああ、その方は教職に着いて偉い方になったと聞きましたよ。安保闘争の時には『ワカマツの軍隊ナマコ』とかいう変なあだ名をもらって大活躍したそうなんですが、闘争が終わると、おとなしく奉職していたそうです。科学クラブなんて立ち上げてよく生徒と花火やら火薬やらを作っていたとも聞きました。その話を聞いて楽しそうだなと思ったものです」


「そうですか」

 今村が立ち上がった。床に座って足が痺れた。今村が感謝の言葉を述べて立ち去ろうとしたとき、住職が口を開いた。


「あ。そういえば似たようなことを聞きに来た女の子がいましたよ。たしかおたくの学園の制服着てましたよ」

「よくご存じですね」

 今村が笑った。


「あれは先代の息子の通っていた学校の制服です。たぶん。何十年たっても変わりませんな。息子さんのひとしさんをよう思い出しますな」

「ひとしさん、2代目校長の植木先生のことですね」


「ええ、昼アンドンと呼ばれた無責任校長ですよ」

 そういって住職は笑った。

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