⑦動く初代校長の像の謎
何度も説明するのだが、この学校は巨大なL字をしており、このLの角に生徒玄関、二階に上がると校長室と職員室がある。L字の中に園庭がある。その園庭の中央部には、初代校長の銅像が立っている。誰かが像を拭いている。2階からピアノの音がする。きっと佐村河内が何かを作曲しているのだろう。
「この人が初代校長です」
今村が最後の謎として弓彦を銅像の前に連れてきた。銅像を拭いているのは校長であった。初代校長の像は少しぽっちゃりした顔立ちで、立派な髭を生やしている。昭和の喜劇人のような顔立ちである。
「これは今村はんに飲塚はん。ぼちぼちでっか?」
あいかわらず胡散臭い関西弁をしゃべる校長である。
「初代校長のことを知りたくて来ました」
「ほう」
今村がそういうと校長はうなずき、銅像を拭く手を止めて説明を始めた。
「初代校長・畠肇≪はた・はじめ≫は明治時代に生まれたこの辺では有名な農業人でしてな。そんころには珍しくアメリカやヨーロッパで農業を勉強した人なんや。この人が時の政府に依頼されて作ったのがこの学校の前身なんです。この銅像は戦後、今は亡き初代校長に敬意を表して建てられたものでして、建造した時には畠校長はよぼよぼで、本人は銅像になんかなりたくないと強く反対されたんや」
「それを無理やりつくったというのですね」
「そうなりますな。あまりの怒り心頭にドラムを叩きまくったという話や」
「ドラム?」
今村が尋ねた。話が変な方向に進みそうである。
「畠校長の趣味はドラム演奏でしてな。80近いよぼよぼになってもあれだけの演奏ができたとは、今や語り草です。クレイジードックというバンドを教師の間で作ってまして、よく地域の慰問に出かけていたそうなんですよ」
「そうなんですか」
「でもですな、もっぱら演奏なんてしないでコントをやってたらしく、定年退職後もよく学校に慰問に来てましたわ。畠校長もよく黒塗りされて銅像になって、みんなからたわしでこすられていました。痛い、痛いというのが笑えましてな」
弓彦は笑った。そんなお笑い芸人みたいなことを初代校長はやらされていたのか。銅像コントをやらされていたならリアルな銅像にはなりたくないという初代校長の言い分も理解できる。
ぼんやりと銅像を眺めていた今村が尋ねた。
「この校長の銅像が夜な夜な走り回るという噂を聞いたのですが」
「はあ、今村はん、何を言うとるんですか」
「単なる生徒たちの噂ですよ。夜になると髭をビンビンに上げて走り回るというんです。下半身がないのにどうやって走るんでしょうかね」
今村が笑った。下半身?そういえばさっきの『てけてけ』も足がないのに走る妖怪だった。というと、この銅像も同じ妖怪なのか?今村が尋ねた。
「ところで校長、畠先生の髭が外れるという噂を聞いたんですが」
「それは嘘や。仮に外れるとしてもこん銅像が建てられたのは50年前や。さすがに外すのは無理やろ」
「やってみましょう」
「へ?」
今村は銅像の前に立って髭を触ろうとした。よくみると髭の片っぽがない。
「あれ、おかしいですね。髭がありません。お気づきでしたか?校長?」
「気にはしてましたが、もう建てられて何年もたちますのでそろそろ修復しようとおもってましたから」
「ま、いいですよ」
そんなことをつぶやきながら今村は初代校長のひげをくりくりといじり始めた。
「ちょ、ちょっとまて、またんか」
「あれ、これ外れそうですよ」
「おいって」
今村の手から髭が外れた。両方のひげがなくなってしまい校長の威厳がなくなってしまった。
「あ」
「おいって、外れたってもんよ」
弓彦が言うと校長は驚いた顔をした。
「こんなことは航空局の神の声があって以来や」
よくわからないことを校長が言うと、今村は髭を振りながら聞いた。
「これは先日校長室の肖像画と同じ大きさの穴がありますね。しかも焦げ臭い。この匂い、これは肖像画と同じ匂いです、どういうことかお分かりですか?」
さっぱりわからない。
「そろそろお話しする時が来ましたね」
「な、何をですな?」
「この事件の解決ですよ。いよいよですよ。私たちの用務員生活もこれで終わりです」
「お、おいって!」
弓彦は驚いた。今村は勿体ぶりながら語る。
「校長、この学校でかつて恐ろしい計画があったことをご存知ですか?」
今村が校長を見た。いつになく真剣な顔である。
「え?ええ?」
校長は狼狽する。
「倶楽部・ダイナマイト。ご存じありませんか?」
「くらぶ…だいなまいと…。わては卒業生ですがそんな話は…」
「創立して100年も経つんです。そんな名前のクラブがあってもおかしくないでしょう?問題はそんな名前からして怪しい部活が今現在も非公認で存続していることなんですよ」
今村は初代校長の銅像を眺めた。
「私は様々な卒業生の方に学校七不思議の謎を聞いてきましたが、あるとき、それは倶楽部ダイナマイトの仕業ということを仰る方と出会いましてね。たしか3代目校長の堺さんだったかな」
「堺校長は温厚な方で、この学校の卒業生でした。畠先生の教え子でもありましてね。よくドラムを叩いては初代校長と喧嘩して、結果的にはドラムを辞めたそうなんですが」
「問題は堺校長ではなくその2代目でして。植木校長、先生はご存知ですか?」
「植木校長?あの、ボンさんのことですか?」
校長は驚いた。今村が続ける。
「そうです。ボンさんこと植木均。この高校の2代目校長。一見昼アンドンのような無責任男だったそうですけど」
「いえいえ、植木校長は無責任男を演じていただけで、実際は真面目な方でしてな。毎日同じおかずでも文句を言わないくらいの聖人だったそうなんですわ」
「植木校長は住職の息子だったそうです。そのお父さんは、たいへんな社会的正義感の持ち主で、被差別部落出身ではないが『自分は部落民ではないと思うことが、すでに相手を差別していることだ』と言って、部落解放の水平運動に参加したこともあったそうです。お父さんは治安維持法違反の罪に問われて何度となく投獄をされても、積極的に反差別と反戦を貫いて運動、戦後は日本共産党に入党し、60年安保のデモ隊にも参加するというような『行動する僧侶』だった。そんなお父さんの反発もあったが納得できるところもあった。植木校長の二面性はこの事件の大きなポイントです。そんな植木校長が父と共に作ったクラブ活動、それが倶楽部ダイナマイトだったのです」
「その謎の部活は植木校長が作ったというのですか?」
「推測でしかありませんが、非公式なのではっきりとした証拠をつかめませんでした。その部活は60年安保闘争の際にこの学校を破壊しようと活動した組織だったのです」
「おいって、その爆弾魔が今もこの学校の近辺にいるってもんよ?」
弓彦が尋ねた。
「そうです。どこかにいるんですよ」
そう今村が答えたとき、キャサリンが大きな人口の胸を揺らしながら走ってきた。
「コウチョウ!校門に女の子が…!」