⑥てけてけの謎
ある日のことである。
弓彦が校門の掃除をしていると、生徒たちが噂しているのが聞こえてきた。
「昨日の夜『てけてけ』が出たらしいよ」
「『てけてけ』って?」
「上半身しかないのよ」
「半分なの?」
「そう、半分。足がないから手で全速力で走るのよ」
手で全速力?意味が分からない。
「捕まったら燃えるのよ」
「燃える?」
「なんでも北海道で電車にひかれた女の子らしいわ。時速100キロで追っかけてきて、捕まって抱きしめられたら燃えるのよ」
もう意味が分からない。『てけてけ』は何者なのだ?学校七不思議の一つのはずだが。
用務員室に戻ると、今村がぼんやりと再放送のマツケンを眺めていた。今は亡き俳優がマツケンを叱っている。弓彦が叫んだ。
「おいって!『てけてけ』が出たって!」
「え?今いいところなんですから。シンノスケとアズサがいい感じなんですよ。
「おいって、だから『てけてけ』が出たって」
「『てけてけ』ですか?」
ちょっと今村が振り向いたが、あまり興味がなさそうだった。
「あんまし興味ないんですよね」
今村はやる気なさそうにせんべいを食べてマツケンを見ている。どういう展開なのかわからないが町娘が愚連隊に囲まれている。今村は、マツケンに目を向けながら口だけを動かした。
「『てけてけ』って、なんで『てけてけ』なんですか?」
「え?だって『てけてけ』歩くってもんよ」
「いつどんな時に?」
「おいって、歩くときにってもんよ」
「足がないのに歩くのは変でしょう?」
「じゃ、手を右に左に動かして、こう、テケ、テケって歩く、いや、動くってもんよ」
弓彦は真剣に答えた。今村は愚連隊同士の抗争に何故か町娘が絡まれるのを横目で見て悲しそうにしている。
「ふつう、パタパタ、じゃないですか?だって手で走るんですよ。足がないから。両手を叩いてごらんなさい。ぱちーん、っていうでしょう?なんで、テケテケ、なのかなぁ、って思ってですね」
今村はせんべいを食べた。
「それに下半身がないんでしょう?内臓ダダ漏れですよ。抱きついたら発火するなんて油の塊なんですか?おかしくないですか?」
「おいって」
「所詮怪談なので真剣に考えちゃいけないんですけど、話の語源は北海道にあるらしいんですよ。冬、北海道・室蘭の踏み切りで女子高生が列車に撥ねられ、上半身と下半身とに切断されたんですが、あまりの寒さに切断部分が凍結し、しばらくの間、生きていたって話です。『てけてけ』は冬に死んだ女の子なんですけど、さすがに冬だから血管まで凍るっていうのはないでしょう?冬の北海道は内陸に行けばマイナス25度ぐらいにはなりますけど、氷点下数百度で急激に冷却しないと、人間の体温下では血管を止血するまで収縮させる、もしくは入り口部分の血液を凍結させることはできないんですよ」
「おいって」
「それに列車にひかれて上半身と下半身が切断されるって話もおかしくありませんか?よく考えてみてくださいよ。電車に撥ねられた場合、上半身と下半身に切断されることなんてほとんどありませんよ。電車が徐行運転であっても人間の体がその衝撃を受けると、全身打撲による粉砕骨折、内臓破裂、速度が出てたらミンチになっておしまいです。仮に、もし即死しなかったとしても意識はないですね。これと似た話に『サッちゃん』の4番の話があります」
「サッちゃん?」
サッちゃんという童謡は聞いたことがあった。
サッちゃんはね
サチコってゆうんだ ほんとはね
だけどちっちゃいから じぶんのこと
サッちゃんて よぶんだよ
おかしいな サッちゃん
こんな歌だったような気がする。今村は続ける。
「童謡の『サッちゃん』には歌詞は3番までしかないんですけど、4番があるという噂なんです。四番がこれです」
サッちゃんはね 線路で足を なくしたよ
だから お前の 足を もらいに行くんだよ
今夜だよ サッちゃん
「これは室蘭で、当時14歳の女子中学生が、下校途中に通学路の途中にある踏切の線路の溝に足がはまって、動けなくなり、そのまま人身事故に遭って、胴体を真っ二つに轢かれて死亡した話だそうなんです。その際も寒さで露出した内蔵や血管が収縮して一時的に出血が停止し、数分間激痛に悶え苦しみながら、自分の下半身を探しながら息絶えたといいます。そして、その事故を面白がった男子生徒が『サッちゃん』の4番を作り、周りに言いふらすと、その男子生徒は足なし死体で見つかったそうなんです。このように、『サッちゃん』と『てけてけ』は共通しているんです」
今村はお茶を飲んだ。マツケンは愚連隊の抗争に巻き込まれた町娘の話を不憫そうに今は亡き俳優に話している。町娘に何かあったのか。
「一応気になって調べに行ったんですけど、室蘭は高架が整備されてて踏切なんてありませんでしたよ」
わざわざ北海道まで確認しに出かけたというのか?恐ろしい行動力である。
「ちなみに、この話を聞いた人の所には3日以内に下半身の無い女性の霊が現れるんですよ。仮に逃げても、時速100キロで追いかけてくるので、追い払う呪文を言えないと恐ろしい目にあうそうなんです。その異様なスピードと動きとは裏腹に、顔は童顔でかわいらしい笑顔を浮かべながら追いかけてくるそうなんです。怖いでしょう?」
「おいって」
「ちなみに多くの場合は『女性』なんですけど、たまに男の子もいますよ。他にも遺体の下半身だけが見つからなかったため、自分の足を捜しているとか、自分を見捨てた人間を恨んでいるため、足探しではなく、人間の殺戮自体を楽しんでいるとか。この手の話をまとめてみると、
①上半身のみのインパクトの強いビジュアル
②『てけてけ』が亡霊となった理由
③その話をして、恐怖心を煽った後に、この話を聞いた者のところにも現れる、と付け加えることで、さらに恐怖心を増幅する。
これが『てけてけ』の話の根本です。これさえあればいろんなものをくっつけても『てけてけ』の話になります」
「おいって、『てけてけ』は学校七不思議の1つって」
「そうなんですよ。でも異質なんですよ。今までは全部学校の中の話だったんですが、これだけ北海道出身なんですよ。こんな暑い北九州までわざわざ人を殺しに来ている。ちょっとおかしくありませんか?」
「たしかにそうだってもんよ」
音楽室のピアノやバスケットボール、校長のひげなど七不思議はほとんどが校内のものなのだが、なぜか『てけてけ』だけよそからである。
「私はですね、この『てけてけ』は嘘なんだと思うんですよ」
「おいって」
「もともとこの校内にあった噂話は6つしかなかった。でもこれじゃ七不思議にはならない。だって1つ足りないですから。そこで輸入したんですね。『てけてけ』を。これで七不思議になるし新入生の『てけてけ』も増えて万々歳です」
「おいって、でもそんなことをして何か得になる話があるってもんよ?」
「それなんですよ。きっと誰かが得しているはずなんですよ。それが分からんのです。これで六つ出ました。最後はこの謎です。いよいよです。そろそろすべての謎を解くときがやってきましたよ」
今村は立ち上がった。