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弓彦と学園七不思議  作者: 廣瀬智久
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学校七不思議その⑤  体育館で首のない男子生徒がバスケットボールをしている謎

 鏡が割れて鼓さんが失踪した事件から数日後である。相変わらず用務員室でダラダラとマツケンを見ていると、唐突に電話が鳴った。

『弓彦、どうなっているんだ?』

 父からだった。

『お前、どこにいるんだ?勝手によくわからんオヤジに店長任せて』

 父はかなり怒っているようだった。


「おいって、俺っちの店はしばらく別の人に任せる話だってもんよ」

『別の人だと?お前は何をやってるんだ?」

「…今マカオに旅行中って」

 仕事のことは内密にと言われている。


『マカオだと?ひょっとして帰ってきたら息子が娘になってたってそんなオチじゃないだろうな?ギャンブルやって数千万の借金なんて俺は許さんぞ!ただでさえお前は学生時代に変なパソコン…』

「おいって、そんなことは断じてないから河童神社に誓って言うって」

 少し間が開いた。父は何かを考えているようだった。


『…お前が言うなら信じよう。河童神社まで出されたら信じるしかないだろう。ところでお前の店、深夜帯の売上が悪いから午後11時から翌朝6時まで閉店って誰が決めたんだ?』

「おいって」


『商品も雑誌やDVD、生鮮品は売れないからうちの店は置きませんとか、車用のドリンクホルダーとかコードレスイヤホンとか全く売れないからもう仕入しませんとか本部に直接連絡したのか?うちはフランチャイズのコンビニエンスストアだ。そんな勝手なことされちゃ本部に顔が立たんだろう!』

「…おいって」


『しかも勝手に宅配サービス初めて山奥の足の悪い年寄りや老人ホームの出張販売なんか始めてるぞ。おまけに駐車場は毎日人だかりだ。激安の野菜や魚が手に入るってな。周りには的屋が何十件もならんで毎日それこそ河童神社の縁日みたいになってるぞ。そのうちあの狭い敷地の中に観覧車でもおっ建てるんだろう?びっくり市みたいに』

「……おいって」

 一体弓彦の店で何が起こっているのだ?


『ワシが行ったら、そのお前の代わりとかいう副店長のおっさんは、売上を上げれば何でもやっていいんですよ。感謝されればなおさらです、なんていうんだからぐうの音も出ないじゃないか。本部の人間が行った時にもそんな話したそうじゃないか。どうしてくれるんだ?しかもワシが店長だからあいつは副店長なんです、ご指示をお願いしますなんて挨拶しても全然儂の話を聞かんのだ』

 父は少し怒っている。弓彦はため息をついた。


「おいって、その人前江田さんの知り合いって。噂によるとかなりのやり手って」

『え?』

 父が一瞬止まった。たしかに泰彦の代理店長が現れて爆発的に売り上げは上がっている

ので少し後ろめたいところはあるのだろう。


「父さんが店長でその人は副店長って話ってもんよ。だから責任者は父さんってもんよ。口答えしたら殺られるってもんよ」

『あ。…そうか』

 急に父の威勢がなくなった。


「おいって」

『…前江田さんな、最近また勧誘がすごいんだ。近くに教会ができたそうでな。そこの婦人部の部長になったそうなんだ。曰く、実質ナンバーツーなんだそうだ。そんなわけでアルバイトから本部の連中まで片っ端から米20キロで誘っとる』


「コメ?」

『入信したら米を問答無用で持ってきてくれるそうなんだ。ちょっと話をするだけで5キロのお米をくれるってバイトに人気でな。新聞の勧誘みたいにじらせばもっともらえるんじゃないかと休憩室ではその話題でいっぱいだ』


「おいって、餌付けされてるってもんよ」

『100キロ近くもらって家族全員入信したやつもいるんだ』

「…おいって」

『なんだ?』


「父さんも米もらったってもんよ?」

『ワシだって炊き立てのコシヒカリぐらい食べたいよ』

「おいって!」

 ツー、ツーと音がした。切れてしまった。


 弓彦はあたりを見回す。さっきまで今村がお茶を飲みながらマツケンを眺めていたのにいつの間にかいなくなっている。

「…もんよ」

 弓彦はつぶやいた。これまで職場でも私生活でもだいたい誰か隣にいる生活をしているので急に一人になるのはちょっと寂しい。

 

 ふと思う。


 そういえばよく今村は姿を消す。夕方に「後はお願いします」といっていなくなったり、「明日一日いなくなります」といって終日いない日もある。用務員というのは仮の姿で本来は結婚相談所の所長というのが正式の職業なので致し方ないのだが、きっとどこかの独身男性を口説いて結婚させているに違いない。


 用務員室に日々の清掃スケジュールが貼ってあるのを見る。今日は体育館の清掃である。弓彦はテレビ画面でバッタバッタと悪漢どもをなぎ倒すマツケンを一瞥し、テレビの電源をオフにすると立ち上がった。


 体育館に向かう途中、何気に音楽室をのぞいてみた。佐村河内先生が四角い黄土色のカバンを開けて楽譜を取り出していた。ただ楽譜を見ているだけだった。作曲しているようには見えない。それが作曲している姿なのかもしれないが。


 体育館はこの学校の大きなL字の一番頭の部分に位置している。少し前に理科室の人体模型を置きに行ったあの場所である。バスケットボールの小刻みな音が聞こえる。

 弓彦がこっそりと体育館を覗くと、学生に交じって教師も一緒になってバスケットボールをやっていた。弓彦はスポーツは見るのもやるのも好きな方であるが、球技全般は苦手である。


 館内にはぴょんぴょん飛び跳ねる若人の姿があった。高校生だけあってさすがの運動量である。だが、それに劣らず走り回っているのはイケメン理科教師・湯川である。今にもグラバー園で一曲歌いだしそうな勢いである。


「おはん、何しとるんじゃ」

「誰ですか、先生」

 弓彦の姿を見た湯川先生が気づいた。周りの取り巻きも気にしているようだ。中には女子高生の姿もある。


「どういたもんでぇ?」

「おいって、これからここの掃除ってもんよ。みんな出るってもんよ」

「えーこれから試合するのに」

 生徒からブーイングが飛ぶ。この時間は誰も体育館を使っていないと聞いているのだが。


「そうかえ。おまんらぁ、ここは帰るぜよ」

「先生が言うならしょうがないっちゃ」

 生徒たちぶつぶつ言いながら去っていった。そもそもこの時間は授業中である。今から授業に戻るというのだろうか。生徒たちがいなくなるとなぜか湯川先生がまたバスケットボールを始めた。軽やかにボールを叩きながらさっとシュートする。イケメンのバスケットボールは画になる。


「おいって、先生も戻るって」

「あてはこれから練習よ。邪魔にはならんよう隅でしちゃるき。生徒は自習じゃ」


 それでよいのだろうか。そんなことを弓彦は思いつつも、湯川先生は悠然とゴールに向かう。隅ではないので掃除の邪魔である。弓彦は仕方なく、用具室からモップを取り出すと、黙々と清掃を始めた。コンビニで働いて20年以上。モップの扱いは手慣れたものである。


 湯川先生がバスケの練習をしている横で黙々と掃除をして10分ほど弓彦は掃除をした。疲れたのか湯川先生が弓彦に話しかけた。


「おはん、首なしの生徒がバスケやっとるっちゅう話知っとるぜよ?」

「おいって、それって学校七不思議って」

「そうじゃき」

 首なしの生徒がバスケと言えば学校七不思議の一つである。


「誰もおらん体育館からタン、タンとバスケの音が聞こえて、開けてみると首なしの生徒がバスケをしとる。変な話ぜよ」

 そこへ、タン、タンとバスケットボールを打つような音が用具室から聞こえてきた。驚いて2人は顔を合わせた。先ほどモップを取りに行った時にはそんな音はしなかったはずなのだが。


「…ほ、ほなな」

 湯川先生は急に何かを思いついたかのような顔をして、びくびくしながら去っていった。弓彦が一人残された。

 タン、タンと音は聞こえる。仕方ない。覗いてみるか。泰彦はモップを持った手で用具室の扉を開いた。


「あ」

 今村が用具室でボールを突いていた。

「おいって、タン、タンって今村さんってもんよ?何やってるってもんよ?」

「あ、ああ、ちょっといろいろと」

 明らかにあやしい。


「おいって」

「ああ、あの、今日はいい天気ですよね」

「曇りだってもんよ」

「そうですか、じゃ、これで」

 今村は立ち去ろうとした。


「おいって」

「この話はきちんと説明しますから、今はちょっと待ってもらえますか?」

「どうしてってもんよ?」

「あとちょっとで解決するんです。この問題が」

「そうだってもんよ?」

「…たぶん」

 そういって今村は口をつぐんだ。

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