最終話「ハイブリッド」
風骨仙人は、茫漠たる草原で、同族の仙人に出会った。
風骨はただ、「羨ましい」と思った。
出会った二人組が、番だったからである。
風骨は、話はしたくても、異性と一緒に旅をしたいという気持ちはなかったので、そういうことを出来る点が、羨ましかったのだ。
男性は、髭ボウボウであったが、若かった。
女性は、やや年配で、豊満な肉体をしていた。
(見た目など仙術でどうとでもなるのに、なぜバランスを合わせていないのだろう?)
と風骨は少し疑問を持った。
そして、同族なのに、なぜか違和感を感じる。
(永きに渡り、同族に会っていない。いつの間にか同族を美化していたのかも知れない)
風骨はそう思うことにした。
そんなことよりも風骨は、自分を見る女の、見下したような視線が気になった。
風骨の、ボロ布を腰に巻き、荒縄で括っただけの半裸は相変わらずであったのだ。
捻れた長い杖を携え、裸足である。
それが見窄らしさを増幅させていたかも知れない。
(この身なりのせいかなあ。せっかく同族に会ったのに、あの目は興醒めだなあ)
と、少しうんざりする風骨だった。
そんな思いを飲み込んで、風骨の口をついて出たのは、
「その服は鳳凰の革で出来ているんですか?」 というごく単純なものであった。
「ああ。谷間の霞網に引っ掛かっていたので、革を剥いで筒服を作ったんだ」
と、男は虹色の羽根で覆われた衣服を撫でた。
腰は、何かの獣の革で結んであった。
女性の方も、同じ服装だ。
「何処に行くんだい?」
と男に問われ、
「当てはないのよ。ただ気まぐれに歩いているだけ」
と、ほぼ正直に答える風骨。
「僕たちと一緒に旅をしないか? ここで別れたら、二度と同族に会えないかも知れないぜ」
男にそう誘われたが、風骨は、髭モジャ男に抱かれるのは嫌だったので、
「遠慮しとく。独り旅が気楽でいいよ」と答えた。
「そうかい。貴方のことは、二日前から見ていたんだが、本当にウロウロしているだけだったね」
「あら、悪趣味だね」
(千里眼か?!)風骨は、自分にはない能力なので、不快感を覚えたが感心もした。
(遠くから探りを入れていたんだろう。私が近づくに足る女かどうか見ていたのか?)
と、考える風骨。
この荒廃した世界で、男が運良く女を捕まえた理由も、分かった気がした。
「一緒に居た方が安心よ。魔族も徘徊してるし」
と、女。
「うん。魔族は今んとこ、駆逐してる。大丈夫」
と、風骨。
「こんな世界だから、仲良く雑談でもしたいんだけど、魔族が相手だと殺意を抑えるのが難しい」
「街には行ってるのかい? ロボット警官が話し相手をしてくれるぜ」
揶揄うように男が言った。
「彼らは、話せばわかる連中ばかりだよ」
と、体験談を語る風骨。
「プログラム以上のことは出来ない木偶の坊よ」
女が強い口調で言った。
「じゃあ、人に対して凄く細かくプログラミングされているんだ。感情があるみたいだったよ」
(この女は苦手だ)と風骨は思った。
「それは、貴方の方に感情が無くなっているのよ。人と話さなくなって、どのくらいになる?」
「なるほど。そうかも知れない」
風骨は正直に答えた。
「この娘は駄目だわ」
女が男の顔を見上げて言った。
「貴方の子を産む気もないみたいだし、仲間には出来ない」
「子を産む気はないけど、仲間に会えて良かったと思ってるよ」
何か誤解があると思い、風骨は弁解し、笑顔を作った。
「こっちは、良くないのよ」
女はそう言って、風骨に向かって何かを素早く投げた。
風骨は、二人を見つけた時から用心して、反射壁を張っておいたので、投げられた「何か」は、リフレクターに引っ掛かって反転し、女の肩に刺さった。
「あっ」
と言う顔を見せて、女は忽然と消滅した。
「天寿!」
と叫んで、消えた女の辺りを見る男。
「なんてことしてくれたんだ! あれは『定点の釘』だぞ」
「あの女性が先に攻撃したのよ、見てたでしょう」
反射的に言い返す風骨。
「それにしても、『定点の釘』だなんて、随分物騒な物を持ち歩いているのね」
「あれは彼女の持ち物だ」
頭を両手で抱える男。
「ああ、『定点の釘』が無くなってしまった!」
(あらあら。消えた女性より、武器の心配?)
と興醒めする風骨。
「定点の釘」とは、「物理運動の理から解放する物質」だった。
性質は色々あり、穿たれると、
「惑星の公転運動から解放され」たり、
「銀河の自転運動から解放され」たりした。
そして女の投げた『釘』は、
「宇宙の膨張から解放」するものだった。
その女、天寿は四次元空間に留め置かれ、時間流からも置き去りにされた。
ただし、そこまでは、風骨も男も知らなかった。
ただ、
「何処かとんでもなく遠くに飛んで行ってしまった」
ことだけを、漠然と認識するばかりだ。
「なんで仲間を殺そうとするのよ。あの女、頭がおかしんじゃないの?」
「貴方は仲間ではないな。我々は魔族と仙族の異種交配だからね」
「えっ」
と声を上げる風骨だったが、「違和感」の正体をようやく納得した。
「神が死に、人も絶えた。我々が、世界を建て直してやろうと言う話さ」
「だからって、仙族まで殺そうって言うの?」
「我々が増えれば、やがて敵対すると思うよ。人類の進化の過程でも、旧人類は駆逐されただろうが」
「根本的に、貴方は間違っている。人は絶滅してないし、たぶん神様も生きていると思うわ。だって、世界にはまだまだ沢山の生命が存在しているもの。太陽がそれを許しているもの」
「人がまだ生きている? 馬鹿な、何千年も、千里眼を使って地上を探索してきたんだ。魔族や仙族、訳のわからん化け物には会って来たが、人間など一人も見当たらなかったぞ」
「探す場所が悪かったのよ。それと、ロボット警官を馬鹿にして、ちゃんと会話しなかったでしょう?」
「探す場所が悪かった? そうか、地下か?」
(あっ。気がついちゃった。これ、ちょっとマズい? 私、喋り過ぎた!)
と慌てる風骨。
ともあれ、風骨が言ったように、神は死んでいなかった。
太陽が矮小化したので、神は人工太陽を作って、惑星の生き物を救ったのであった。
そして今も、太陽を内部から操作していた。
その事実を知る者はもはや誰もおらず、ただ、太陽への信仰だけが、名残りとして今も仙族の心にあった。
神が地上を捨て、天空に居を移した時から、神は死んだという伝承が生まれたのだ。
「ハイブリッド。残念だけど、この星は誰の支配下にもないよ、ずっと昔からね」
「いや、我々が支配して、今度こそうまくコントロールして見せる!」
その男の言葉と共に、世界が変異した。
白と黒の市松模様の大地が、地平の果てまで続いていた。
点在する樹木も、盛り上がる岩も、市松模様であった。
空はあくまで青く、太陽は無かった。
神の手の届かぬ領域に、その空間は存在したのだ。
ちぎれ雲が幾つか、空を漂っている。
「ぼくの勝ちだ。ここは千年双六の世界だ。上がるのに千年掛かるぞ」
それが本性なのか、男は猥雑な笑みを浮かべた。
「飲まず食わずで千年を過ごせるのなら、出てこれよう。いつでもぼくの名を呼べ。助け出してやろう」
「助け出すの? せっかく閉じ込めたのに」
「ぼくの言うことを聞いて、ぼくの子を作るのであれば、助けてやろう。仲間にも加えてやろう」
「それは真っ平だわ。あなたは、嫌い」
「気が変わったら、いつでもぼくの名を呼べ。ぼくの名は、夢雨、だ。では、さらばだ」
しかし、夢雨は、中々いなくならなかった。
「元の世界に帰るんじゃなかったの、あなた」
「こ、こんな馬鹿な。入り口が……」
空中を掻く夢雨。
「私は、万年双六を掛けたから、おあいこね。一回休み、とか、振り出しに戻る、とか仕掛けが色々あるから、頑張らないと、上がるのに一万年以上掛かるかもよ」
「馬鹿な。こんなことが……」
「まあまあ、そう悲観しないで。千年は付き合ってあげるから」
風骨は、千年掛からずに双六を上がった。
あちこちに近道があったからである。
それから、風骨はまた旅を続けた。
地底王国の入り口には、少数ながら地底人たちが、街を造って暮らしていた。
海岸線には、こちらも少人数ながら、海底人たちの造った地上の街が存在していた。
喜んだ風骨仙人は、地底人の街と海底人の街を、行ったり来たりした。
両族をそそのかして、ハイブリッドを誕生させるためであった。
風骨はようやく「目的」を見つけたのだ。
予定より投稿が遅れましたが、
ショートシリーズ「風骨仙人の旅路」これにて完結です。
同じショートシリーズに「異物狩り」全4話があります。
よかったら、覗いてみて下さい。
明日は、「魔人ビキラ」を、お昼の12時前後に投稿予定です。
ではまた、明日のお昼頃に。