第三話「禿山の出会い」
残念ながら、地底に逃げた人間たちも、海底に逃げた人間たちも、地上に戻ることを拒んだ。
(住めば都と言うことか)
(行くのが遅過ぎたのかなあ)
と反省する風骨仙人。
もう彼らは地底人であり、海底人であった。
(まあこの先、気が変わるかも知れないし)
と、希望は捨てない風骨だった。
風骨はとぼとぼと、また当てもなく歩いた。
時には手にした杖に頼り、険しい場所でも、腰に巻いたボロ布から局部が露わになるのも構わず、歩いた。
だいたい、覗く者もいなかった。
やがて、なだらかな斜面を見せる禿山の山頂部に、赤い人影を見つける風骨。
禿山は丘虫であったので、微妙に動いていたが、構わず風骨は、その山を登った。
(人ではあるまい。耳の上に角が見える)
(しかし私も人ではない。人でなし同士、会話になるかも知れない)
風骨は杖を突き、そんなことを考えながら登った。
「人かね? それとも人もどきかね?」
その赤い肌の、二本角の人物は登って来る風骨の方に向きを変えて言った。
素っ裸だったので、男性だと分かった。
「通りすがりの仙人だよ。あなた、素っ裸とは剛毅だね」
股間を見上げで言う半裸の風骨。
「赤い肌は初めて見るが、お前さんは、魔族かね?」
「仙人?! なんだ、親族じゃないか。賢者か勇者の類いかと期待したのに」
魔族と呼ばれた人物は、声に落胆を見せた。
「賢者や勇者など、ほとんどの人間と一緒に死んだろうよ」
風骨が声を上げて笑うと、形のよい乳房が揺れた。
「うん? お前、今、ほとんど、と言ったか?」
そう言って、魔族は険しい顔になった。
「まだ少しは、人間が生き残っているのか?」
「ああ、期待させちゃったか。これはすまない。でも、知っていても教えないよ」
風骨も、土饅頭のような山頂部に辿り着いた。
(上から狙い撃ちにされなかったのは、僥倖だ)
(しかし、隠れる所がないな)
(力勝負になっちまう)
それは風骨の望むところではあったが。
「その気がなくても、吐かせるから、別に構わん。吐かせた後は、抱いてやろう。魔族の味は知るまい?」
「人が滅んだと言うのに、まだ争うのか?」
争って来た風骨だった。
「道理に合わないと思うが」
と言いながら、むらむらと湧き上がる殺意を、抑えられない風骨だった。
「人のために争うのだ。問題はないぞ、仙人」
魔族も、殺意を孕んで笑った。
その時、風骨の杖の先が光った。
「がっ」
と言って前のめりになる魔族。
一筋の光魔法が魔族の体を貫いたのだ。光の速度は秒速三十万キロ。
これを避け得る生物は地上に存在しない。
「すまんな、苦しませて。魔族の状態を知りたくてね、吐いてもらうよ」
「いきなりだな。お前のような仙族は初めて見た」
口から紫色の血を垂らしながら、魔族は体を起こした。
「体裁をつけているとね、長生き出来ないから。あなたのように」
風骨は再び光魔法を放った。
速度が早過ぎて目視出来ない。しかし、的を外したことは分かった。
「なるほど、空間を捻じ曲げたか。光は直進するばかりだからな」
言いながら、次々と光魔法を撃つ風骨。
「光は曲がった空間を曲がって直進する。つまり的を外れると、思っているわけだね、あなたは」
魔族は黙って、暗黒の火球で反撃した。
直撃した!
と思った暗黒火球は、尾を引いて風骨仙人の裸体部分をすり抜けた。
「悪いね、それは残像だよ。思念が残っていると、実存と錯覚しちゃうよね」
側面からの光魔法に体を射抜かれ、地面に倒れる魔族。
(くそっ。戦い慣れてやがる)
魔族は地面に爪を立てて悔しがった。
「せっかくの話相手を、殺したくはないんだ、魔族さん」
それは風骨の本心であった。
「知り合いはこのあたりにもいるのかな? 話してくれたら、寿命が延びると思うよ」
「くそったれ!」
「それが貴方の名前なの? では、クソッタレ殿、人は今まさに滅びつつある、手出しをしないで頂きたいのだが。もう、豊穣の時代ではないからね」
「ワタシは仲間を探しているだけなんだ。見逃してくれないか」
敵ないと見て、命乞いを始める魔族。
「ほうほう。数を増やして盛り返したいのだな。大した変人だ。私は仲間を産もうなどと考えたこともなかったよ」
「その気になれば、ワタシの子も孕めるぜ」
「なるほどね、神によって、最も最初に産み出され、戦うように定められた魔族と仙族が、実は家族を作る身体を持っていたと言うのかい?」
「おぞましいかね?」
「いや、和解の道があることに驚いているだけだよ。私には関係ないがね」
「戦いを定めた神は、もう死んだのだ。神のいなくなった今の世界で殺し合うのは、意味がないだろう」
コイツは殺せない、と見た魔族の屁理屈であった。
神は死んではいなかった。
矮小化する太陽に代えて人工太陽を産み、人類のみならず生けるモノすべてを育もうとしていた。
人工太陽を内側から操作しながら。
その事実を知る神の使徒は死に絶えたので、神は死んだも同然ではあったが。
地上を捨て、天空に居を構えた時から、神は死んだと錯覚されてきただけだ。
風骨は光魔法を乱射し、時々クソッタレに当たった。
「空間をしっかり曲げておかないと、死が早まるぞ」
風骨にとって、魔族の駆逐は必然であったが、せっかく見つけた話の合いそうな雄を殺すのには、忸怩たる思いがあった。
(ここで本能に抗えたなら、私も本物の仙人なんだろうが)
そんなことを苦笑まじりに考えながら、風骨はしかし、攻撃の手を休めなかった。
(増えられるとマズい。倒すのが面倒になる。撃ち漏らすと、復讐の機会を与えるだけだ)
風骨はクソッタレの命を削り続けた。
誰かの父親を殺そうとしている、などと言う罪悪感はなかった。
哀れなことに。
第四話(最終回)まで、今日中に投稿する予定でしたが、無理っぽいので、明日に投稿します。
明日、昼の12時前後に、「風骨仙人の旅路」。
明日、朝の7時前後には、「続・のほほん」を投稿予定。
ではまた、あした。