第一話「見知らぬ村」
風骨仙人は立ち昇る煙に誘われて、村に辿り着いた。
戸数の少ない、小さな村だった。
「実に久々の旅人じゃ」
村人たちは口々にそう言って、わらわらと湧き出で、風骨の前に集まった。
風骨は自分が仙人であること、腰に巻いたボロ布と荒縄は、貧困の故であるので、気にしないように伝えた。
風骨は、捩れた長い杖をつく、裸足の若い女である。
黒髪は長く、胸と皮膚には張りがあった。
「仙人」と聞いて、笑顔になる野良着の村人たち。
「なんと、仙人様が我らの村を訪れて下さった」
と、歓迎の反応を示す村人たち。
その懐しさに風骨は、
「ここはひとつ、騙されても良い」と考えた。
村長の家に案内され、酒と沢山の料理で歓待を受ける風骨仙人。
旅の話をせがまれ、風骨は面白可笑しく盛って話した。
「なんと、生きておる丘や島があると?!」
「そう言えば、村から見える三日月山は、昔はもっと北にあったという話じゃ」
「神様が、陸地を早急に造るために産んだ巨大生物たちですよ」
と、風骨は天地創造のカラクリを暴露した。
「月が時々、ふたつになるのは、なんじゃろか?」
「遠くに居る月が、時々戻って来るんですよ。軌道が歪なので、常時月と違って、ずっと居る訳ではないのです」
それは、風骨の知る数少ない宇宙の摂理だった。
「仙人様、ずっとこの村に留まっては頂けまいか? 生活には変化がなく、退屈しておりましてな」
「いやいや、私は旅が仕事のようなもの。ひと処に留まるのは性に合いません」
「そう言わずに。毎日、たくましい男を当てがいますぞ。儂が加わってもよろしいぞ」
恰幅の良い村長は、好色そうな笑みを見せて笑った。
「ご馳走を頂きながら酷いことを申しますが、あなたたちは村の触手に過ぎないでしょう?」
「な、何を言い出されますか!!」
村長は気色ばんだ。
「では、お主ら、村から出たことがありますか?」
「そ、それがどうした」
唇を尖らして反発する村長。
「生活に何の不便もない」
「お主らの家には、風呂も便所もあるまい?」と風骨。
「いや、生活には何の不便もない」
と、村長の口真似をして村人たちが言った。
「それは人として変なんだよ。考えたことはなかったかも知れないけど」
「何を言うか。我らは人間だ! 見たらわかるだろう、仙人よ」
「いや、私もようやく思い当たったところなんだが、この村は、村自体が生き物で、お主たちはその、なんと言うか、村に囚われた駒なんだよ」
「村から出たら、どうなるんでしょうか?」
若い村人が、風骨にたずねた。
「村の庇護を離れるわけだから、死ぬと思うが」
風骨は容赦なく言った。
「村を出てみたい。一緒に連れて行ってもらえませんか?」
風骨に一目惚れした若者は、真剣な眼差しで言った。
「何故だろう? 今まで考えもしなかった。しかし今は、村の外が見てみたいです」
「擬態に力を入れ過ぎたんじゃないか? 自我を持たせるのも考えものだぞ」
風骨は、村人と言うより、家の壁に向かって喋った。
すると、村人たちの表情と動きが止まった。
先ほどまで村の外に興味を持っていた若者も、表情を失い、静止している。
(以前、森全体がひとつの生命体、と言う奴に出会ったが、あの時も、森に住む動物のほとんどが操り人形だった)
(もしやと思ったが、やはり同タイプだったか)
(こっちは人が恋しいんだ。酷なことをしてくれるじゃないか)
風骨はさまざまに思案したが、村の方も人が恋しいのだった。
せっかくの食事なので、動かなくなった村人たちの前で、風骨は食べられるだけ食べた。
腹を満たし、外に出て、またゆらゆらと歩き始める風骨。
村はずれまで来ると、道の向こうにまた、似たような家並みが見えて来た。
「腹は満ち足りているし、あの村には入らずに迂回するか」
と、脇の野道を行こうとして、その先にも村が生えて来るのを風骨は見た。
「やれやれ。随分と興味を持たれたものだ。しかし、村よ、気をつけよ。派手に動き過ぎると、ロボット警官に目をつけられるぞ」
風骨は、生え出る家々に呼び掛けた。
呼応するように、其処彼処に小さな納屋が生えてくる。
「おっと。もうここも村の支配下か。おい、焼き討ちされないように気をつけろよ」
風骨仙人はそう言うと、人体飛行の仙術を用いて、
その場を逃げ出した。
特に行くあてはない。
世界は滅びてしまったのだから。
全四話の短いお話です。
出来れば、今日中に最終回まで投稿出来ればと思っています。