2 ベストカップル?
急に決まった今回の結婚の背景には、十五歳になった従弟の王太子と、隣国の王女との政略結婚があった。
財政難の我が国の未来を左右する重要な政略結婚。……気味の悪い王女の噂なんかで、破談にする訳にはいかない。不吉な『死神姫』をさっさと降嫁させ、スッキリしたかったのだろう。まあ……つまりは体のいい厄介払いだ。そして、その厄介払いの犠牲となったのが、この可哀想な公爵様だった。
「『死神姫』……本当にそんな……お姫様がいたら……ロマンチック……なのでしょうけど」
私の問いに、思わぬことを言い出す公爵様。
『死神姫』が……ロマンチック? 不吉とか不気味じゃなくて?
目をぱちくりさせる私に、彼は続ける。
「おとぎ話……みたいじゃ……ないですか? しかも……貴女みたいな……可愛い女性だったら」
可愛い……そうね、確かに私は可愛いんだと思う。もう十九だけど、童顔だから十五くらいに見えるとアムに言われるわ。
だけどこの公爵様から、まさか可愛いなんて言ってもらえるとは……ちょっと、いえ、結構嬉しい。
もじもじしていると、公爵様は更に思わぬことを言う。
「でも貴女は……本当は『死神姫』なんかじゃ……ありませんよ。むしろ……とても生気が……溢れている」
生気が? 一体どういうことだろう。だって……
「私と関わった人達が、あんなに亡くなったのに?」
「ああ……それはさっき……いえ、いずれ。もう少し……整理したら……お伝えします。とにかく……貴女は此処に居ても……私のように影は薄く……ならないでしょう」
いずれって……気になるなあ。すぐに教えて欲しいけど、こんなにユラフラな人を急かしたら悪いわよね。
影が薄くならないのは嬉しいけど……ほんとかしら。
「私は……歴代公爵の中でも……特によく視えて……聞こえてしまうものですから。特に……影が薄いんです。一生……結婚は出来ないかもと……そう思っていました」
事情は違えど、公爵様は私と同じだ。私も結婚なんて……これっぽっちも考えられなかったから。
「もし私や……この屋敷が怖くないのでしたら……ずっと此処で暮らしてくれたら……嬉しい。貴女が此処で……幸せになれるよう……がんばります」
幸せ……
この人は、私の幸せを願ってくれるの? 人を不幸にしてしまうかもしれない、私の幸せを。
「怖くなんかありません。貴方も、このお屋敷も。私がこの世で一番怖いのは、誰かを殺めてしまうことですから。……貴方は私のことが怖くないのですか?」
「怖くなど……ありません。私は影は薄くても……意外と……丈夫なのです。風邪も引かないし……殺そうとしても……なかなか死なないですよ?」
ふと公爵様の可愛い表情が見えた気がして、私はくすりと笑う。
「貴女のことを……ユーレイリアと……お呼びしても?」
「はい、もちろんです。貴方のことは……旦那様と?」
「リンで……構いません。自由に……楽しく……暮らしましょう」
リン様はきっと微笑んでくれているのだろうけど、やっぱり薄くてよく見えない。
だけど、淀んでいた空気がすっと晴れて、ほこほこと温かくなった気がした。
◇
翌朝、ドキドキしながら鏡に自分を映してみるも、特に薄くなっている様子はない。
「おはようございます……王女さ……いえ、奥様」
誰かの気配がうるさくて眠れないと、夜中に泣きながら私のベッドに飛び込んで来たアム。顔は青いしクマは出来ているけど、薄くはなっていなくて安心した。
着替えを済ませると、夫と朝食を摂る為食堂へ向かう。
『私の部屋には……夜……友達が沢山……集まって来るので……ご無理なさらず。今のお部屋で……ゆっくりお休みください』
お言葉に甘えてそうさせていただいたけど……よかったのかしら。初夜は夫婦で寄り添って寝るものだと、アムから聞いていたけど。
でもそのアムが、旦那様だけは例外だ、絶対別々に寝た方がいい! って言ってるんだから、いいわよね。
テーブルには、既に夫……リン様が座り、ユラリとお茶を飲んでいた。
「おはようございます……ユーレイリア」
……ん?
「おはよう……ございます。リン様」
リン様の影が……昨日より濃くなっている気がする。
「夕べは……よく眠れましたか? 騒々しくは……なかったですか?」
ほらほら! まだユラフラはしているけど、昨日より喋り方もずっと安定している。
「はい……よく……眠れました……」
動揺して、私の方がユラフラしちゃう。
「うるさかったら注意しますので……遠慮なく仰ってくださいね」
優しい笑顔もはっきりと見えた気がする。
何でだろう……日によってユラフラ具合が違うのかしら。
朝食を済ませると、リン様と屋敷の周りを散歩する。まあ景色は……言わずもがな……ね。
アムも試しに誘ってみたけど、「ご遠慮します。夫婦水入らずで」と即答されてしまった。
こうして外で見ると、本当に壮観だ。様々な色やデザインの墓石が、敷地内に所狭しと並んでいる。
「あの丘が王家の墓地……こちらが色々な人の墓地……あ、あの小さな墓石が並んでいる場所が……動物達の墓地です」
「ふふっ、可愛い」
……可愛い? 墓石が?
私の感覚もおかしくなってしまったのかしら。
「そうなんです。墓石の彫刻もこだわっていて……可愛いんですよ。近くで……見てみましょう」
なんとなく嬉しそうなリン様に手を引かれ、動物達の墓地へ向かう。
まあいいか。また空気がほこほこしてきた気がするし。
近くで見た墓石は本当に可愛くて、思わず手を伸ばして撫でてしまう。
「生前好きだったものや……顔が彫られているんですよ。ほら、この子は……」
そう説明してくれていたリン様は、急に墓石の裏を気にし出す。
「ほら、ノクス。暴れないで……ちゃんとご挨拶を。僕のお嫁さんだよ」
『僕のお嫁さん』
その言葉が嬉しくて、またもじもじしてしまう。リン様は何かを腕に抱く仕草をしながら、私に言った。
「子犬のノクスです。人懐っこくて……一番元気な子なんですよ。そうだ、一緒にボール投げで……遊びませんか?」
「それっ!」
ボールを投げるとあら不思議。地面には落ちずに、ふわふわと上下しながらこちらへ戻ってくる。
何度繰り返してもちゃんと戻るボールを受けとり、何とはなしに撫でてみれば、手にもふもふと温かいものが触れる気がした。
「ボール投げ……上手でしょう? 物に触れられる子は……なかなかいないのに」
「そうですね。すごいわ、ノクス」
撫でる手にもっと力を込めてみれば、はっはっと嬉しそうな声まで聞こえる気がした。
ノクスと別れると王家の墓地がある丘まで行き、リン様のご両親と、私のお母様が眠るお墓に結婚の挨拶をする。
勧められたベンチに座れば、公爵家の敷地を全て見下ろすことが出来た。
「大丈夫ですか? ご気分は……悪くありませんか?」
「はい、大丈夫です。ボール投げも楽しかったですし、空気もほっこりです」
「それは良かった……」
リン様はほっとしたように笑う。
「リン様のお母様も、視える方だったのですか?」
「いえ……聞こえるだけでした。母はとてもお喋りな人だったので……ここの住人との会話が楽しかったそうですよ。父は逆に……寡黙な人だったので。退屈しないし、気を遣わないし……お互い良かったのでしょう」
見えない住人と楽しそうに世間話をするお母様と、それを優しく見守るお父様の姿が見えて、ついふふっと声を上げてしまう。
リン様は楽しそうに話を続けた。
「祖母は……視えも聞こえもしませんでしたが……とにかく墓石が好きな人でした。墓地の中によく座り込んでは……墓石を眺めてうっとりしていたそうです」
まあ、変わったご趣味! でもお祖母様にとっては、最高に幸せな嫁ぎ先だったのでしょうね。
「ずっと……父や祖父が羨ましかったのです。この環境を愛してくれる……素敵なパートナーに出逢えて。だから、貴女が私と結婚してくれて……ノクスとも優しく遊んでくれて……本当に嬉しかった。どうもありがとう」
こちらこそ……とか、私こそ……とか。色々言いたいのに、胸がきゅうっとなって、上手く言葉が出てこない。
優しくて、可愛くて、ちょっと寂しげで……すごく薄いリン様を、守ってあげたい。幸せにしてあげたいと思った。
『死神姫』と『墓守公爵』。
お父様達にもお祖父様達にも負けない、ベストカップルになれそうなんだけどな。
「さあ……そろそろ戻りましょうか」
差し出された手を握れば、彼の温もりが、確かにとくとくと流れてきた。
◇
屋敷に戻ると、部屋からアムの楽しそうな話し声が聞こえてくる。
此処の使用人さん達と仲良くなったのかしら……
そう思いながらドアを開けると、誰も居ない椅子に向かい、アムがケラケラと笑っていた。