1 ようこそ墓場へ
ほのぼのですが、ホラー要素を含みます。
苦手な方はご注意ください。
「……ようこそ、クロスフォード家へ」
…………どこ?
いやいやいや、いらっしゃるじゃない、目の前に。
私はごしごしと目を擦り、改めて夫となる男性を見上げた。
薄い……顔とか身体とかそういうことじゃなくて、とにかく全部が薄い。
それがリン・クロスフォード様……別名、『墓守公爵』と呼ばれるストーン公爵様の第一印象だった。
屋敷をユラユラフラフラと案内してくれる薄い背中は、壁と同化して今にも消えてしまいそうだ。
それを見て、私は思う。
ああ、可哀想に……と。
こんなに薄いのに、『死神姫』なんかを押しつけられてしまったのだから。
◇◇◇
最初の犠牲者は双子の妹だった。母のお腹の中で、私が栄養を奪い取ってしまった為に、この世に生を受けることが出来なかったらしい。
次の犠牲者は母。
私と小さな妹の亡骸を産んだ後すぐに、この世を去った。
次は祖母。
私を抱いた直後に、心臓発作で還らぬ人へ。
次は伯母と叔母。
やはり私を抱いたその日、馬車の事故と肺炎で命を落とす。
私に乳を飲ませてくれていた若い乳母と、一歳になってから付けられた若い侍女達も次々亡くなり……
私の二歳の誕生日には、とうとう父である国王も、自ら崖の下に身を投げてしまった。
王位を継いだ父の弟……叔父は、私の存在を気味悪がり、王宮から追い出し街外れの神殿へ預けた。
それが良かったのか……その後は誰も犠牲になることなく、預けられた時から十七年間私の世話をしてくれている侍女のアムも、ずっと健康そのものだ。
「『死神姫』なんて! こんなに可愛いお姫様なのに、ほんとに失礼しちゃいますよねえ」
叔父一家から王宮、王宮から街へと広まったらしいその呼び名に、アムはぷりぷりと憤る。
「貴女は怖くないの?」
「ちいっとも! そんなのたまたま偶然が重なっただけですってば! それにこの世で一番怖いのは、死ぬことじゃなくて、お金がないことですから」
没落した男爵家の元令嬢が言うのだから、説得力がある。
「元貴族だし、せいぜい下女として雇っていただけたらと思っていたのに……まさか王女様の侍女になれるなんて! しかも堅苦しい王宮じゃなくて、こんなに自由な神殿ですよ? 誰にも気兼ねなく、毎日楽しく王女様のお世話をして、沢山お給料を頂けてしまうんですから。こんなに幸せなことがあるでしょうか」
いつも同じ答えを返してくれるアム。その笑顔に映るものは、優しい嘘や気遣いなどではなく本心だと思う。でも……
「貴女ももう三十二歳でしょう? 此処を出て、結婚したいとは思わないの? 私は多分、ずっと結婚は出来ないから……このままだと、お婆ちゃんになって骨になるまで、ずうっと此処で二人きりかもしれないわよ?」
多分初めてしたと思う質問に、アムは少し目を丸くするも、はっきり答える。
「ちいっとも! 結婚なんて面倒なこと、私はご遠慮致します。お婆ちゃんになっても王女様と美味しいお茶が飲めるなんて、最高じゃないですか! ……さ、王女様、こちらへどうぞ」
小さなテーブルには、二人分のカップと焼菓子。それに季節の果物とお花。毎日アムが整えてくれる、最高のティータイムだ。
本来であれば、王族と使用人が同じテーブルに着くなどあり得ない。でも此処は王宮じゃないし、たまに様子を覗きに来る神官様と、外の兵を除けば二人きり。アムの言う通り、行動範囲の制限以外は、素晴らしく自由で楽しかった。
アムだけじゃなく、神官様も、兵も、可愛がっている野良猫のオッソも……今のところは全員無事だけど。いつか誰かを殺めてしまったらと、ずっと恐怖は拭えない。
私に関わった家族や侍女が、短期間で次々亡くなったのは、やっぱり偶然だなんて思えなくて……
誰かを不幸にしてしまうくらいなら、『死神姫』として一生神殿に居た方がいい。
でも……私は何の為に生まれてきたのだろうと、時々無性に悲しくなる時もあった。
しわしわになったアムと私。二人でゆったりお茶を飲む絵を思い描いた翌日、神殿へ信じられない王命が届いた。
ひと月後に、ストーン公爵の元へ嫁ぐようにと────
◇◇◇
「では……食事の用意が整うまで……こちらでお休み……ください」
全てがユラユラ、フラフラ見える公爵様がドアを閉めると、私もユラフラとソファーに腰掛けた。
「王女様……何だかこのお屋敷……寒くて空気が……淀んでいませんか?」
耳元でこそっと囁くアムの声も、公爵様の影響を受けてかユラフラしている。
「そうよね……昼なのに何だか……薄暗いし」
「少し……窓を……開けましょうか」
北側の窓辺に近寄ったアムの顔が、うっと引きつる。
「……どうしたの?」
何も答えず別の窓へ移動するアムは、またもやううっと小さく叫んでいる。
何事かとそちらへ近付けば……ああこれは……想像以上にぎっしりね。
窓の外は、墓、墓、墓。
小さいのから大きいのまで、見渡す限り墓だらけ。
最初は王家の墓だけが建っていたらしい、この広大な敷地。だけど、何代か前の慈悲深い公爵様が、無縁仏や貧しい民、挙げ句には動物の墓まで丁寧に作り、無償で埋葬し出した。そして先代の意思は受け継がなければという面倒な家訓に従い、次の公爵様も同じように墓を建て続け……
『墓守公爵』という別名と共に、数百年の時を経てこんな有り様になってしまったという。
噂では、夜になると墓の間を人魂がふわふわ泳いだり、人の話し声が敷地のあちこちから聞こえてくるそうだ。
そりゃあ……これだけお家が建っているのだから、住人も沢山いらっしゃるでしょうね。
「ほら、南側の窓だけは大丈夫よ」
ショックを受けるアムの代わりに窓を開け、新鮮な空気を部屋に取り……込もうとしたが、外の空気まで淀んでいる。これも想像以上だわ。
その時、部屋の中に、パタパタと細かい足音が響いた。まるで幼い子供が走り回るような……
「きゃあっ!!」
アムが私にしがみつく。
「やだやだやだ~怖いい~!!」
「この世で一番怖いのは、お金がないことって言ったじゃない。公爵様はお金持ちよ?」
「やっぱりやだあ~お化けが一番怖いい~神殿へ帰りたいい~!!」
もう敬語も忘れて半ベソ状態だ。足音はそんなアムに遠慮したのか、いつの間にか消えている。
……困ったわね。せめてこの空気だけでも何とかならないかしら。
◇
案内されたテーブルには、神殿では口に出来なかった豪華な夕食が運ばれる。
肉と魚が一度に食べられちゃうなんて! ソースのお味も美味しいし、採り立てなのか野菜もシャキシャキしていて新鮮だ。
アムにも同じものを食べさせてあげたいなあ。
「お口に……合いますか?」
「はい……とても」
「それは良かった……」
目の前で、相変わらずユラフラと食事を採る公爵様。薄すぎて表情なんて全く分からないけど……多分微笑って……る?
食事も減っているから、ちゃんと召し上がっているみたい。
「……ん? これが……食べたいのか?」
さっきから公爵様は、誰も居ない隣に顔を向け、トマトやらチキンやらを差し出している。実際に食べ物が『誰か』の口に消える訳ではないが、しばらく経つとユラリと頷き、差し出していたそれを自分の口へ入れている。
「あの……色々と……お視えになるのですか?」
「ええ……沢山友達が……いるんです。今のは五歳の……アム」
「アム? 私の侍女と同じ名前です!」
なんとなく嬉しくなり、私はシャキッとした口調に戻る。
……アムが聞いたらどう思うかな。
「慣れるまでは……怖いかも……しれないが……みんな害のない……いい子達だから」
いい子達……なのはいいんだけど……
「あの……公爵様、お身体は大丈夫なのですか?」
「……ああ、私……大分影が……薄いでしょう? こうして友達と過ごして……いると……どうやら生気を……吸いとられてしまう……らしくて」
多分ハハッと笑っているらしいけど、全然笑えない。
公爵様ほどではないけれど、紹介された使用人達も全員影が薄かった。この食事を運んでくれた給仕まで。
……私もずっとここに居たら、本当のユラフラになっちゃうのかしら。
「よく……こんな所に……嫁いでくださいましたね」
えっ!
いやいやいや、それはもちろん衝撃的だったけど、でも……
私はフォークを皿に置き、夫と真剣に向き合う。
「……公爵様こそよろしいのですか? 『死神姫』なんかを妻にお迎えになって」