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14︰傷付いた子ども

「なぁヒュウェル、イグリードは変わってしまったな」

「…そう、ですね。もう何年も、クレア嬢が亡くなった時からずっと」


執務室を出てから暫くしてドゥバが呟くようにそう言った。

私とドゥバ、現王、そしてイグリードは学生時代仲が良く、共に生徒会に所属し語り合い、時には教師に隠れて悪巧みをすることもある、そんな気の置けないなかだった。

イグリードと私はドゥバからお堅いとも言われる性格をしていたが、それでも私は心からあの青々しい日々を楽しんでいたし彼だってそうだったはずだ。

学園でクレア嬢と出会ってからは彼女ともよく勉学を共にする仲となったし、3人でイグリードと彼女の恋を応援してきた。


悲劇は、あの女。シューリッド帝国の第2皇女であるシャメルとイグリードの婚約が幼い頃から決まっていたこと。

それは、逃れられない現実で、ここグウィルデラ王国よりも遥かに権力を持つ帝国との結びつきを断れるはずもなく、現王がまた別の王国との婚約を産まれる前から結んでいた事で国で王族の次に位が高いトゥレライラ公爵家の嫡男であった彼に婚約が決まったのであった。

シャメルは苛烈な女であった。

イグリードが学園を卒業した1年後に嫁いできたシャメルはトゥレライラ公爵家を乗っ取るのではないかと言うほどに傲慢な振る舞いをしていて、彼女がイグリードに恋心を抱かなければどうなっていたか分からない。

しかし彼女に惚れられたことによって、イグリードはクレア嬢との接触も困難となり、またシャメルのご機嫌取りと接待にただただ疲弊していった。


しかし、イグリードとクレア嬢は離れていても互いをずっと想っており、当時皇太子だった現王の協力もあって、シャメルと結婚した1年後に第2夫人としてトゥレライラ家に迎え入れることができた。そしてその恋物語は、貴族令嬢や市井の間で語られるほどに歓迎された。

分かってはいたことだったが、それがシャメルを激怒させた。

しかもシャメルには中々子どもができなかったにも関わらずクレア嬢は直ぐに妊娠し、第一子を産んだ。

シャメルが嫡男を産むのはその3年後となる。


シャメルは出産後直ぐにクレア嬢が亡くなったのを良いことに、その子であるアルカリウムを徹底的に虐めた。イグリードに知られ怒られてからは少しマシになったが、彼に見つからないよう影で行っていたことは分かっていた。多忙な故に常に家に居ることができないイグリードは苦心し、シャメルに離宮を与える事に決めたが、彼女はわざわざアルカリウムを呼び出したり本宮に赴いたりして虐め続けた。

クレア嬢の生き写しかのように儚い容姿をしたアルカリウムは、シャメルの虐めのせいで普通の子よりも遥かに大人しく、そして痩せていた。

そしてシャメルの念願の嫡子でありアルカリウムが3歳の時に産まれたのが、オルフェンである。


オルフェンは幼児期も殆ど泣かない大人しい子だったそうだ。時折イグリードの元を尋ねオルフェンを見た事があるが、シャメルの華やかな美貌というよりはイグリードの冷たく整った顔立ちを受け継いでいると思った。

しかし彼は成長するにつれシャメルの影響を受けたのか静かだが苛烈な性格となっていき、4歳になってからはシャメルに変わって実際にアルカリウムに手を出すのは彼となった。幼く力もない分、アルカリウムにとってはかなり楽になった事だろうが。

そしてそれは突如として終わることとなる。


オルフェンが6歳になったお披露目パーティーの際のこと。

アレがあってからオルフェンは益々苛烈さを増して傲慢な振る舞いをするようになったが、同時にアルカリウムを遠ざけるようにもなり結果的にアルカリウムとシャメルが顔を合わせる機会も減った。

それからは殆ど虐めもなくなったのかアルカリウムの顔色も良くなり、段々と明るい性格にもなった。

オルフェンは成長するにつれてイグリードに益々似てきて、シャメルは自分を愛してくれないイグリードに代わってオルフェンに執着していった。

イグリードの元を訪れることが減り彼は安堵していたが、その代わりにオルフェンの表情は幼子のソレではなくなっていった。



オルフェンは、非常に優秀な子どもだ。

アルカリウムも優秀な子であったが、オルフェンはその上を悠々といくような、正しく天才児であった。

お披露目パーティーの前には家系魔法を使いこなしており、学園に入れば直ぐに飛び級を果たした。生徒会副会長にも就任しており、試験では剣術を除き全てが金星。学年首席である。

剣術経験がないにも関わらずその頭脳と才で騎士団における剣術訓練に授業の論文で影響を与え、トゥ式訓練という方法を編み出した。

轟く悪名に隠れているが、歴史上にも類を見ないほどの天才。彼はそういった子だった。


しかしそれでも、イグリードが彼を愛することはなかった。









「ヒュウェル、あれを見ろ」

「……オルフェンですかね?」

「ああ、この国で黒髪なんてイグリードかオルフェンしか居ないからな。少し話していかないか」

「そうですね、イグリードがいない時に会うのは久しぶりですね」



中庭のベンチに座って湖を眺めているオルフェンが窓から見えた。

歩いて外に出ると、まだ彼は静かに湖を見つめていた。

その横顔は苛烈でも冷たいものでもなく、どこか悟ったように凪いでいた。

近づいても彼は気付かない。

何故だか胸騒ぎを覚え、ドゥバと顔を見合せて彼に声をかける。



「オルフェン!久しぶりだな」

「体調を崩していたと聞きましたが、調子はどうですか?」

「……ああ、ドートン侯爵、エラミル侯爵。お久しぶりです」


彼は驚いたように体を跳ねさせると、常になくゆっくりと振り返った。

立ち上がり挨拶をする所作は相変わらず美しいが、どこかボンヤリとした様子なのが気にかかった。

薄らと目の下に隈もできており、その笑みは明らかに無理をして作っているものだと分かる。

もしかしてまだ体調が万全では無いのかと思い着席を促した。私達も隣に座る。


「まだ体調が優れないのですか?早めに休んでください」

「お気遣いありがとうございます、ですがご心配なく」

「俺達には気を遣わなくて良いのだぞ。いずれお前の方が上になるしな」

「……………はは、そんな訳には」


ドゥバへの返答に妙に間があいたのが気になって、顔をよく見る。

彼の目は伏せられていて、何かを憂いているように見えた。普段堂々としているこの子のその表情は初めて見る。

かなり弱っているのだろうその様子にドゥバと目を合わせ、頷く。


「オルフェン。何か悩みがあるなら言ってみなさい、私たちが助けになります」

「!いえ、そんなことは」

「どうしても言いたくないなら聞かないが、話をするだけでも楽になるぞ」

「これでも私たち、学生時代はよく相談を受けていたんですよ。恋愛相談とかね」

「はは、恋愛、ですか」

「ああ、他でも良いがな。なんでも聞くぞ」

「…その、父上には」

「ええ、勿論イグリードには秘密ですよ」

「彼奴は相談する側だったからな、聞くには向かん」

「そうなのですか」


冗談めかして言った私たちの言葉に眉を下げて笑った顔があまりにも年相応で、この子はこんな表情をするのだなと驚くと共に、まだたった14の子どもだと再認識させられた。

オルフェンは少し俯くと言い難そうに口を開閉させ、暫くするとぽつりぽつりと言葉を発した。

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