9︰カインの追憶2
魔法研究の授業では魔力コントロールの訓練を行った。
2人1組のペアとなり互いの魔法を相殺するというもので、俺は彼とペアになった。
「オ、オルフェン、よろしく。」
「よろしくするつもりは無い、さっさと始めるぞ。」
「お、おお…」
声を掛けても冷たく返されるのはいつもの事で、俺は苦笑した。そして、相も変わらず彼は砕けた口調を許してくれるのだなと安堵した。
ー少し、俺の過去の話になるのだが。
彼と出会ったのは俺が11、彼が9つの時だった。
当時家系魔法の事で兄と比較され悩んでいた俺は、大人達の嫌味に傷付き彼の生家であるトゥレライラ公爵家主催のパーティーから抜け出し、公爵家の庭に出ていた。
そしてそこで、彼と出会った。ー否、正確には彼があの衝撃的なデビュタントを迎えた日から、挨拶程度は行っていたのだがー
俺より一回り小さく、公爵様にそっくりな黒髪を持つ彼は、凛として静かに湖を眺めていた。
何故だか目が離せずに立ち尽くしていたら、彼は焦れたのか俺に声を掛けてくれた。
「何か用か。」
「あ、い、いえ。失礼致しました、トゥレライラ公子。」
「……オルフェンでいい。」
「え、あ、オルフェン、様…?」
「ふん。」
トゥレライラ公子という呼び名に僅かに眉をひそめた彼は、名前で呼べと俺に告げた。困惑しつつも従えば、彼は鼻を鳴らして顔を背け1人がけの椅子に腰を掛けて腕を組んだ。心底私に興味が無いという様子だったので、俺も静かにすぐ側の1人がけの椅子に座る事にした。国で最も権力を持つ公爵家らしい、何とも座り心地の良い椅子だった。
沈黙の中、風の音と小鳥の鳴き声と、微かに聞こえるパーティー会場からの音楽と声。それら全てを置き去りにしたように流れる穏やかな時間は、俺の荒んだ心を慰めてくれた。
「……オルフェン様は、兄君と比較された事はありますか?」
緩んだ心で、自信に溢れたような彼の横顔を見ると思わずといったように言葉が漏れ出てしまった。失礼だったと咄嗟に口を抑えるも、出てしまったものはもう遅い。
「あ、も、申し訳…!」
「愚図が。」
「え?」
「そんな奴は皆、俺が睨めばしっぽを巻いて逃げる。」
「……確かに。」
「ふん。」
濃い化粧を施した貴婦人や小太りの紳士達、特に彼の分家の大人達がそそくさと逃げる様が容易に想像出来て少し面白くなる。
俺には到底出来ることでは無いが、彼ほどの人にでも口を出したがる大人はいるし、しかし彼の一睨みで慌てて去っていくのだから、何だか大人だって立派では無いし正しい訳では無いと分かって馬鹿らしくなってしまった。
心に巣食っていた塊が取れたような気がして、俺は立ち上がった。
「オルフェン様、そろそろ私は戻る事にします。」
「精々有象無象らしく人脈作りに勤しむことだな。」
「はい、そうさせて頂きます。」
此方を見もしない彼に私はもう一度頭を下げた。
「本当に、ありがとうございました。」
「…変な奴だな。」
その言葉に漸く此方を振り向いて瞬く彼の表情は、年相応に幼く見えた。
パーティー会場に戻ってからは彼の言う通りに人脈作りに勤しんだ。
当時から言われ続けている様に、俺は兄ほど魔法の腕は上達しなかったが、その分身分問わず各家の子息や令嬢、時には大人達から信頼を得る事に成功した。
その成果か、将来俺と共にイースルゴッテ伯爵家を継ぐことになるであろう婚約者は、侯爵家から直接打診を頂いてその愛娘であるご令嬢を頂くこととなった。
彼女はとても美しく優雅で、また経営において才がある。きっとイースルゴッテをより良い方に導いてくれるだろう。
と、彼女の自慢はここまでにしておこうー
と、つまり俺が言いたいことは、俺が彼に救われたこと、それから今の俺がとてつもなく充実している事である。
余談だが、飛び級してきた彼と同じ学年になった今年、同級生として呼び捨てにしてみたら彼は怒るどころか満足そうに少しだけ口の端を上げた。
それからは俺は彼と、普通のクラスメイトとして話すことができている。
時は戻り、魔法研究の授業へ。
初めは彼が俺の魔法を相殺する番だった。
貴族どころか平民であっても皆が知っている事実だが、魔法を完璧に相殺すると魔法同士が衝突しても一切の音を立てない。そして、より一層美しく煌めいて散る。
しかし俺がそれを実際に目にしたのは、王国一の魔法の腕と名高いディーザス先生と魔法研究の講師であるヴェロニカ先生、それから彼の3人だけだ。それ程までに高い技術が必要なのだ。
そんな高い技術を持つ彼だが、普段は闇魔法しか使わない。理由は知らないが、誰も彼に尋ねることができなかった。悪名高き彼に話し掛けられる人間はそうそういないから。
と、こんな前置きをしたのには訳がある。
それは、この日は彼が氷魔法を使ったからだ。
氷魔法と言えばトゥレライラ公爵家の家系魔法だとはよく知られているだろう。しかしそれを彼が使ったところは、少なくとも俺は学園生活の中で一度も見たことがなかった。
一体どうしてと考えていると、態度に出ていたのか彼が面倒臭そうに口を開いた。
曰く、俺は阿呆面を晒してしまっていたらしい。
顔を取り繕いつつ怒らないかと尋ねてみるも、それなら黙ればいいと正論を突きつけられた。
念の為に確認してみたけれど、彼が怒ったところは見た事が無い。嫌、不遜な物言いと不機嫌そうな冷たく傲慢な態度は常の事だが。
今まで闇魔法しか使わなかったのに、何故突然氷魔法を使ったのかと尋ねた。周囲もざわめきながら此方を伺っている。
彼は納得したように頷くと、数秒考える素振りを見せたが答えてはくれなかった。
俺は少し安心していた。
代償のある闇魔法に執着している彼の姿は、どうにも生き急いでいるような、はたまた自らを罰しているような、そういう風にも見えていたから。
答えが得られなかったのは残念だったが大人しく訓練に戻ると、他のペアも訓練に戻った。
彼は当然の様に5回全て完璧に相殺しきって、次は私の番となった。
平々凡々な私は自分を器用貧乏だと称している。その通りに殆どのことは及第点は取れるが、それ以上では無い。
魔法もそうで、この時も完璧には相殺出来なかった。
私達は一番に訓練を終えた為、座って他のペアを眺める事にした。
やはり第2王子殿下は上手く、魔力の少ない相手の実力にしっかりと合わせていた。
上手く相殺している生徒はチラホラと居たが、誰も彼には敵わないものだった。




