ファッションが分からない姉は思い込みが激しい
「お姉ちゃーん、準備まだ? 入るよ?」
姉の部屋のドアを開けると、床にいくつもの服が散乱していた。姿見の前で胸に服を当てていた姉が、深刻な表情で振り返る。
「ひなた、お姉ちゃんの服、なんか自然淘汰されてるかもしんない」
「いや何言ってんの?」
今日は、新しくできたショッピングモールに二人で行く約束をしている。東京にしか無かった店もいくつか入っているとかで、少し前からかなり話題になっている。そこへ行くのを、私は昨日から楽しみにしていた。
「こんなんじゃ今日は出かけられないよ。だって着る服がないんだもん。こんなに服が無いなんて、私の意思と関係無いところで減ってるとしか思えないの。服の世界も弱肉強食なのかなぁ。共食いしてる気がする」
「そんなわけないでしょ」
また始まった、と私は溜息をついた。姉は出かける前になると八割の可能性でこうなる。
「とりあえず何か着なって。もう出かけるよ」
「だって何着ても変なの。変な服しか生き残ってないのよ」
「いや減ってないってぇ。ちょっと古くなって何となく新鮮じゃなくなったってだけでしょ。とりあえずそれでいいじゃない。今日買ったらいいんだし」
「これじゃダメ! このまま家を出たりしたら、どんな恐ろしいことになるか……」
「いやどうもならんとは思うけど、一応聞く。どうなるの?」
「一分も経たないうちに『どうしてこんな変な服で外に出ちゃったんだろう。死にたい。もしくは今すぐ帰りたい』ってなっちゃう。それに人に会うたび、『あぁ、きっとあの人も変な服だなって思ってるんだろうな』って居た堪れなくなる」
「いやそんなに人は見てないって〜」
「いや絶対思ってる! 『あーあの人、ワントーンコーデしようとして失敗したんだなぁ』とか、『どこが悪いのか分かんないけど何かダサいな。顔かな』とか思ってるよ絶対!」
「いやどんだけネガティブなの? 大丈夫だって! 可愛い可愛い」
「そんな気休めみたいなこと言うのやめてよ! 真剣に考えて。何が変なんだと思う!?」
「えぇ〜何だろうなぁ。このままでも変ではないと思うけど…………このトレンチコートのベルト外した方がいいんじゃない?」
「えっベルト無しで着るの? 『うわっ、あの人ベルト無くしたんだぁ。カワイソ』ってならない?」
「いやならんやろ。ちょっと外すよ? ……どう?」
「あ」
「良くなった気するね」
「する……。何だろ、くびれが無くなって、下まで真っ直ぐなラインになったことで、流行りのシルエットに近づいたような気がする」
「いいじゃん、いいじゃん! これで行こ!」
「危なかった……」
「ん?」
「ベルトなんか付けたまま外出るところだったッ!」
「いやまぁ、つけててもダメではないよね」
「いや絶対ダメだよ! さっきまで明らかにダサかったもん! もう最近はコートにベルトなんか付けちゃだめだったんだ……流行遅れだったんだよ!」
「いや極端だな」
「ねぇ、私もずっとそう思われてたのかな!? 『うわぁ、あの人まだベルトなんか付けてる。ダサ』とか『もしかしてベルト外し忘れちゃったのかな? 可哀想……』とか。ひなたも何で教えてくれなかったの!?」
「いやベルトはそんな、買ったときに付いてるタグみたいな感じではないから……」
「今すぐ捨てる! こんなもの今すぐ捨ててやるわ!!」
「いやだから極端だな! 止めときなって、また使うときがくるから……」
「ハァァアー! 気がついて良かった! もう明日から絶対ベルトなんか使わない。もし街でベルト付けてる人がいたら、こっそり教えてあげよう。『ベルト、付いてますよ』って」
「いやだからタグじゃないからベルトは! ただの不審者だよそれは」
「いや、絶対教えてあげたほうがいい! ……でも教えられた側からしたら、『ヤダッ私ベルトなんか付けてる! どうしましょう! 死にたい、もしくは今すぐ帰りたいわ!』ってなっちゃうかな。それも可哀想だしなぁ」
「いや、何のキャラ? あとそうはならんって。お姉ちゃんが通報されるかもってだけで」
「何も言わずにベルト取ってあげた方がいいのかもな……。そういうことだよね、本当の優しさって」
「いや人の話聞いて? あと履き違えてると思うよ、優しさを。めちゃめちゃ怖いじゃん」
「何も言わずにササッとベルトを取ってあげて、置いておくと誤ってまた付けてしまう可能性があるから、ぶん投げる、もしくは持ち去ろう」
「いやだから不審者、てかもうベルト泥棒なのよ」
「ひなた、ひなたもそうしてね」
「ハァ?」
「ひなたも、もしコートのベルトつけちゃってる人がいたら、何も言わずにサッとベルト外してあげて。それで走って。ひなたならできる。ひなたは心の優しい子だから……足も早いし」
「いやそんなことで捕まりたくないのよ! てかさぁ」
私は盛大な溜息をついた。
「もうそろそろ出発していい!!?」