第4話 ダブル・フェイス(前編)
「職員室職員室……。お、ここか」
放課後。俺は担任の遊佐先生に呼ばれ、職員室にやってきた。
「失礼しまーす」
ガラガラと扉を開けると、すぐに奥のデスクから遊佐先生が手を上げた。
「あ、藤巻こっち」
先生のもとへ行くと、「まあ座って」と、先生は近くにあった椅子をガラガラと引き寄せ、自分と向き合う形にする。
「どう? 転校初日は?」
先生が尋ねる。
「楽しいです! 知らないことだらけでビックリしてばっかりですけど、クラスのみんなもよくしてくれて」
「ふふふふ、それは良かった。ま、なんかあったらいつでも言って。慣れるまでいろいろ大変だと思うし。私はもちろん、篠宮先生でも、他の先生でも。定期的にスクールカウンセラーさんも来てくれてるからね」
「はい。ありがとうございます」
初めて会った時は、いきなり魔力がどうのとか言ってきて本当にヤバい人なのかと思ったが、実際の遊佐先生はとても優しくて頼りになる先生みたいだ。
「それともう一つ用があって」
先生はデスクの引き出しから薄い冊子を取り出して、俺に手渡す。
「これ、四月に新入生に配られた部活紹介の冊子。部活は絶対にやらなきゃいけないわけじゃないんだけど、もし興味あったら、と思って」
部活! なんかバタバタしててそんなのあること忘れてた! 魔法学校なわけだし、なんか変わった部活とかあんのかな? 俺はワクワクして冊子のページをめくってみた。
テニス部、野球部、水泳部、茶道部、演劇部、吹奏楽部……。
「あ、部活は普通なんですね」
「なんか変わったやつ期待してたなら申し訳ない」
「あ、いえ」
そういや二〇四号室のみんなも美術部にバスケ部に写真部だもんな。
「ちなみに私は剣道部の顧問なんで、一応宣伝しとくと、うちはいつでも入部希望者の見学オッケー、初心者大歓迎だから、どこに入るか迷った時は一応頭の隅にでも入れといてもらったら」
「あ、そうなんですね。剣道か〜、出来たらカッコよさそうですけど……」
パラパラと冊子をめくっていくと、あるページに目が留まった。
おっ、バレーボール部がある。
俺の視線に気づき、先生が言う。
「あーそういえば、藤巻って確かここ来る前はバレー部だったんだっけ」
「はい」
「もし興味あるなら、見学できるかどうか顧問の先生に聞いてみるけど」
「えっ! いいんですか? ぜひお願いします!」
先生は「オッケー」と言うと、いきなり隣のデスクに突っ伏している男の人の背中をぶっ叩いた。
「ふぁっ⁉︎ ……いや、寝てない寝てない!」
奇声を発して勢いよく上体を起こしたのは……。
「峰岸先生⁉︎」
「あれ、零治じゃん」
「どうみても寝てたでしょ。生徒の前で見え見えの嘘つかないで」
遊佐先生が峰岸先生を呆れたように叱る。
「ごめんちょっとうとうとしちゃって……」
「顧問の先生って、峰岸先生ですか?」
俺が尋ねると、遊佐先生が答える。
「そ。こう見えて学生時代はバレー結構強かったらしいよ」
そうだったのか。確かに身長も高いし、そう言われると納得だ。
「こう見えては余計じゃない?」とツッコむ峰岸先生に対し、遊佐先生はお構いなしに続ける。
「そんでね、今度藤巻にバレー部見学させてあげてほしいんだけど、いいよね?」
すると途端に、峰岸先生は瞳をキラキラさせた。
「え、零治バレー部入ってくれんの? 助かるよー! うちの部、結構人数ギリギリで困っててさ!」
「あ、えーと……」
俺が勢いに押されていると、遊佐先生が割って入る。
「待て待て。まだ入部決めたわけじゃないから。入るかどうかはこれから見学して藤巻本人が決めるんだから、困ってるアピールとかしないでよ。断りにくくなる」
「ごめんごめん」と峰岸先生は俺と遊佐先生に謝った。
「いつならいけそう?」
遊佐先生が聞くと、峰岸先生は机の上の資料を確認する。
「んーと、いつがいいかな……。零治は経験者?」
「はい」と俺が答えると、峰岸先生はニコッと眩しい笑顔をこちらに向けた。
「じゃあ、明後日の水曜はどう? 三対三でミニゲームやるから、ちょっと一緒にやろうよ」
三人対三人でミニゲーム! 転校が決まってからバタバタしてたから、久しぶりのバレーだ。まだ転校初日なのに、濃密な一日すぎて、もう一年ぐらいバレーやってなかったような感覚になる。
「じゃあ明後日の放課後、バレーできる格好で第二体育館集合ね! よろしく!」
こうして峰岸先生と約束し、遊佐先生にもお礼を言って、俺は職員室をあとにした。
*
日付けは変わって水曜日。俺は第二体育館前にいた。
右隣には第一体育館。左隣には剣道場や柔道場の入った第三体育館。
体育館三つもあんのか……。この学校は敷地も広いし、古そうに見えて設備なんかは意外と充実している。
「あのー」
後ろから声をかけられて振り向くと、黒地にピンクのラインの入ったジャージを着た人が、ドリンクボトルを入れたカゴを持って立っていた。
「もしかして、峰岸先生が言ってたバレー部の見学の人ですか?」
「はい!」と俺が答えると、その人は切れ長の目をきゅっと細めて笑顔を浮かべた。
「今日は来てくれてありがと~。バレー部でマネージャーやってます、二年D組、ウインド寮の利根川廉といいます」
マネージャーさん! 俺もペコリと頭を下げた。
「一年B組、X寮の藤巻零治です! 今日はよろしくお願いします」
「噂のキャンセル使いの子だよね。よろしく〜。じゃ、早速中へどうぞ」
二年生の人にまで噂になっているのか。戸惑いつつ利根川先輩について体育館に入ると、中にはすでに部員らしき人たちが集まってきていた。その人たちがアップする姿を横目に、俺は利根川先輩の後について歩いていく。
「峰岸先生に聞いたんだけど、経験者なんだよね? いつからやってるの?」
利根川先輩が尋ねる。
「小五からです」
「へーえ! ポジションは?」
「セッターです」
「そっかそっかー」と利根川先輩は楽しげに微笑む。それから少しの間、バレー部の普段の練習などについて教わっていると、後ろから声がした。
「おっ、零治きてるね」
「峰岸先生。今日はありがとうございます」
先生はひらひらと手を振る。
「全然! うちは人数少ないから、練習付き合ってくれるなんてこちらこそありがたいよ。……あ、人数少ないってのは困ってるアピールじゃないからね」
遊佐先生に言われたことを思い出したのか、慌てて最後に付け足す様子に、俺は思わず笑ってしまう。
「わかってます、大丈夫です」
「この前も言ったけど、今日は三対三で試合する予定だから、その時ちょっと入ってみよっか。一年生がちょうど二人いるから、その子たちと組んでもらおっかな」
先生のテキパキとした指示を聞いていると、「あの」と利根川先輩が口を挟んだ。
「そんな事より先生、それ、外用じゃありません?」
先輩は、先生の足元を指さして言う。
「っえ゛⁉︎ いつから間違えてたの俺⁉︎」
どうやら靴が外用のシューズだったらしい。床にはところどころシューズから落ちた砂が散らばっている。
「知りませんよ」
利根川先輩は呆れ気味だ。
「え、ここに入る時に履き替えた覚えはあるんだけど……。てことはここまで体育館シューズ履いてきて体育館入る時に外履きに履き替えたの、俺? いつから入れ替わってたんだ……」
ぶつぶつ言いながらショックを受ける先生。利根川先輩が俺にこっそり耳打ちする。
「先生は魔法もバレーもメチャクチャ上手なんだけど、たまにこういうところあるんだよね」
そういえば、初めての授業のときも時間割間違えたとか言ってたな……。
「まあいいや、あとで予備のやつ取りに行こ。……はい集合!」
先生は外用のシューズを脱いで、集合をかけた。部員がゾロゾロと集まって来る。部員は利根川先輩も入れて十人のようだ。
「はーい、今日はいつも通りのメニューのあと三対三ね! その時、転校生の藤巻零治くんが見学に来てくれてるから参加してもらいます」
先生が言うと、「よろしくお願いしまーす」と部員の人たちが頭を下げてくれるので、俺も慌ててお辞儀する。
「……じゃあ、ちょっと先生は靴取ってくるんで、あとはキャプテンよろしく。廉、悪いけどこの辺モップかけといてくれない?」
そう言い残すと、先生はあっという間に体育館から走り去って行ってしまう。すると、部員らしき強面の人が、鋭い目つきで近づいてきた。
え、え、なに!?
その人は駿太郎と同じくらい背が高くて、しかも駿太郎よりずっと体格ががっしりしているので、威圧感がすごい。俺が内心怯えていると、その人が口を開いた。
「キャプテンの真壁璃久です。今日はありがとう」
「あ、藤巻零治です。こちらこそ見学させてもらってありがとうございます」
俺が言うと、キャプテンだというその人は、ぶっきらぼうに「いーえ」とだけ答えて、すぐに練習に戻ってしまった。
俺がびっくりしていると、そばにいた別の部員さんが俺に声をかけてくれる。
「どーも、俺、副キャプテンで三年生の一色那由多です。ごめんな。うちのキャプテン、愛想ないけど、シャイなだけだから。内心は、見学来てくれて嬉しいと思ってるから」
一色先輩というその人は、少しハスキーな声でそう言うと苦笑した。利根川先輩も隣で頷く。
「あはは、ですよね。今年は一年生が二人しか入らなかったから、キャプテンとしていろいろ心配してくれてましたし」
「あ、そうなんですね……」
俺は戸惑いながら相槌を打った。今のところ怖そうな人にしか見えないけど、ホントにそんな一面が……?
練習に戻る一色先輩と、モップを取りに行く利根川先輩の背中を見送って、俺はもう一度、鋭い眼光で部員たちに号令をかけるキャプテンの方を恐る恐る見た。