転校生、藤巻零治!(後編)
「はーい、集合!」
十五分ほど個別練習をしたところで、峰岸先生がピーッと笛を吹いた。先生の周りに生徒たちがわらわらと集まってくる。
「後半はドッジボールをしまーす!」
先生が言う。ドッジボール? 普通の体育の授業みたいだ。
「ただし、普通のドッジボールじゃないよ! このボールには特別な加工がしてあるので、魔法を使って燃やしたり凍らせたりその他なんでもオッケーです! 魔法を上手く使って、出来るだけ多く相手をアウトにし、出来るだけ長く生き残る! いいね?」
魔法を使ってドッジボール? さっきの練習時間に一応先生から基本は教えてもらったけど、全く自信がない。
「零治〜! 俺たち一緒のチームだよ〜! 頑張って優とミヤビ倒そ〜」
そう言って、駿太郎が黄色いビブスを渡してくれた。見ると、優とミヤビは向こうの方で赤いビブスを着ているところだ。
「はーい、じゃあ終了時点で外野が少ないチーム、あるいは時間内に相手を全滅させたチームの勝ちね。よーい、スタート!」
先生の笛の音を合図に、ついにゲームが始まった。まずは相手チームがボールを投げて来る。……って、はやっ!
「ウインドのやつらは、投げる瞬間に風を起こして、風圧でボールを後押ししてるんだよ」
いつの間にか近くにいた土井くんが説明してくれる。
「風向きを調節して途中でボールの軌道を変えられたりすると、やっかいなんだよね〜」
駿太郎が言う。
そんなのアリなの? 普通のドッジボールより難易度高すぎ!
背後にいた相手チームの外野がボールを取り、また投げつけて来る。しかし、今度は味方が上手くキャッチ……と思ったら、ポトリとボールが地面に落ちる。
「あらー、凍ってたね。あれめっちゃ冷たいし滑るから取りにくいんだよ〜」
駿太郎が教えてくれる。
「田代の仇は俺がとーるっ!」
土井くんがボールを拾い、敵陣にボールをぶん投げた。相手は手も足も出ず、ボールはそのまま外野へ。
「土井!」
外野から再び土井くんにパスがまわる。再び外野。土井くん。サンドイッチ攻撃に相手は翻弄されているようだ。
……ん? でもなんか妙だ。相手チームの人、なんか取れそうなボールもわざと見送ってる気がする。
「駿太郎、なんで相手チームはボールとらないの?」
「土井と、外野でパス回してる諸星は二人ともフラッシュ使いだよ。ボールを帯電させてるから、触ったらバチッ! ってなんの。取りたくても取れないんだよ。だから振り回すだけ振り回して、タイミングを見て……」
ドンッ! ボールが相手チームの子の体に当たった。
「っしゃー‼︎」
土井くんがガッツポーズをする。
すごー! 華麗な連携プレーに見惚れていると、土井くんが俺の方を見て目を見開く。
「あ、藤巻危ない!」
「へ?」
見ると、炎に包まれたボールがこちらに向かって真っ直ぐ飛んでくる。
えっ、やば! こんなん当たったら火傷するでしょ! ……いやいや落ち着け、俺はキャンセルが使えるんだから、消火すれば……。さっき先生から習った通りに!
「うっ!」
なんとかお腹と腕を使って受け止めた。恐る恐るキャッチしたボールを見ると……。
「よかった……。消えてる……」
さっきまで火を吹いていたボールは、俺の腕の中で、なんの変哲もないただのボールになっていた。
「零治〜。ナイスキャッチ〜」
「ナイス藤巻!」
駿太郎と土井くんだけでなく、チームメイトが口々に声をかけてくれる。
「ありがと!」
けどこれ、どうやって投げればいいんだ? よく考えるとキャンセルって、防御には使えるけど攻撃力ゼロじゃね?
仕方ない。俺はそのままボールを投げた。
……地味だな。
ちょっとガッカリしていると、ボールの軌道の先に、さっと優が現れた。優が向かってくるボールに手のひらをかざすと、ストン、と俺の投げたボールがいきなり真下に落ちた。
「げっ。落とされた……」
かと思うとボールはすぐにフワリと浮き上がり、今度はこっちの陣地に飛んでくる。その間ずっと、優はボールに一切触れていない。
ボールは誰もいない隙間を抜け、赤チームの外野に向かっていく。
このままじゃパスが通っちゃう!
「ざんね〜ん!」
さっきまで俺のすぐ隣にいたはずの駿太郎が、いつのまにか陣地の反対側の端っこまで移動し、ボールを待ち構えていた。見事ボールをその腕の中に捕まえると、また次の瞬間には俺のそばに移動してボールを投げる。
「スゲーじゃん駿太郎! 時間を止められるって、ドッジボールにおいては最強じゃん!」
俺が言うと、駿太郎は首を振る。
「いやいや、今みたいなのをこの短時間に何回もやるのはムリ! 魔力の消費エグいもーん」
なるほど、そういうもんなのか。運動すればするほど体力が削られて疲れるのと同じで、魔力を使えば使うほど疲弊するって、さっきの個別練習のとき峰岸先生も言っていた。
「アウトー!」
「くそっ! 当たった!」
「ナイスキャッチ!」
試合はどんどん進行し、徐々に内野の人数は減っていった。戦況は、両者互角の戦いといったところだ。俺もキャンセルが上手く発動せず、風圧で加速したボールをもろにお腹で受け止めてしまったりしながらも、なんとか生き残っていた。
「藤巻、そっちいくぞー!」
「オーライ!」
俺は水圧で後押しされた豪速球を受け止めた。
よし、今度は上手いことキャンセル効いた! けど、問題は攻撃。キャンセルでどうやって攻撃すれば……あ。
俺は優に向かって思いっきりボールを投げた。優はさっきと同様、手をボールの方に向ける。
「なっ⁉︎」
ボールは落ちることなく優の手にぶつかり、それから地面に落ちた。優が驚きと悔しさの混じった表情でこちらを見る。
「よしっ!」
優のグラビティ、キャンセルで消せたー!
攻撃で魔法を使う生徒が多い中、優は防御にも魔法を使っていたため、一か八か、そこを狙ってみたのだ。
「零治〜。良いセンスしてるね〜」
峰岸先生がニコッと笑って褒めてくれる。
「あと一分〜。いま同点だよー!」
先生が声をかける。ボールはいま相手側にある。当たったら負け!
そう思った瞬間。
「零治っ! 危ない! うしろっ!」
「えっ⁉︎」
どこからか大きな声が聞こえ、驚いて俺は振り返った。
……ん? 何もないけど?
ドンッ!
「アウトー!」
突如として背中に強い衝撃を受け、俺は思いっきり地面に倒れこんだ。どうやら俺はアウトになったらしい。
「いてててて……」
「はいそこまでー! この試合、赤チームの勝ちー!」
最後俺のせいで負けたー! ごめんみんな……。
「みんな良い感じに魔法使えてたね。この調子で引き続き頑張っていきましょ~! 今日の授業はここまでです! かいさ〜ん!」
先生の一声で、生徒たちはぞろぞろと校舎の方へと戻り始める。
「大丈夫〜? 零治〜」
駿太郎が這いつくばる俺に、手を差し出してくれた。
「どうしたの、最後の最後でよそ見なんかして?」
「声がして……」
待てよ。あの時は咄嗟に振り返っちゃったけど、よく考えたらあの声、あの騒がしい中でもはっきり頭の中に響く感じ……。
「ミヤビか……」
「あんなに上手いこと引っかかるとは思わんかったわ」
その声に振り返ると、ミヤビがニヤニヤと俺を見ていた。やられた。
「まだまだやな〜、零治くんよ」
ミヤビは俺の肩をポンポンと叩くと、「はっはっは」と満足そうに笑って歩き出す。……悔しい。
ミヤビの言う通り、やっぱり俺にはまだまだ修行が足りないみたいだ。なんだかどっと疲れを感じて、俺はとぼとぼとミヤビのあとを追って歩き始めた。