第21話 キミだけに聞こえる声と彼だけが知る彼(前編)
アナスタシア学園高校X寮二〇四号室には、朝の恒例行事がある。
「準備はいいな? いくぞ?」
優が真剣な面持ちで言うと、駿太郎とミヤビが拳を前に出した。
「「「最初はグー! じゃんけんぽん!」」」
優と駿太郎がチョキ、ミヤビがグー。
「よっしゃー! 勝った〜! ささ、どうぞお乗り下さい、零治様!」
ミヤビがグーを天高く突き上げて喜んだのち、俺に箒を勧めてくる。
「あ、どうも」
俺は毎朝、ルームメイトの箒の後ろに乗せてもらって教室まで登校している。というのも、俺は経験値の低さに加え、高所恐怖症というのもあって、飛行魔法がとにかく苦手なのだ。授業でも練習しているのだけど、なかなか高さもスピードも出せない。けど、この学校ではほぼほぼ全校生徒が箒に乗って寮から校舎へと登校している。そのほうが多くの魔法使いにとっては楽だからだ。というわけで、朝はいつも三人が俺を後ろに乗せて飛んでくれているのである。
そして、その日誰が俺を乗せるのかを決めるのが、毎朝恒例のじゃんけん。勝った人が俺を乗せてくれる。早いところ自分で乗っていけるようになりたいんだけど、もうしばらくはお世話にならないとだめそうだ。
俺はミヤビの後ろにまたがった。箒が勢いよく寮の窓を飛び出す。この間の黒木先輩ほどのスピードではないけど、やっぱり結構怖い。俺はミヤビの体に必死でしがみついた。
「そういえばさ〜」
隣を並走する駿太郎が口を開く。
「昨日アマネから連絡きてて、最近調子良いから、今日の午後あたりちょっとだけ教室に顔出そうかなって言ってたよ〜。まあ今日になってみて調子悪かったらやめるかもとも言ってたけど」
「おお〜、久しぶりやな」
ミヤビが言う。
「アマネって?」
俺が尋ねると、優が説明してくれる。
「三吉アマネ。俺たちのクラスメイト。教室に一個使ってない机あるだろ? あれの持ち主」
「あー! あれの」
確かに前から机が一つ余っているのは気になっていた。
「アマネは、なんつうか……聞こえすぎるんだよな」
優が少し首を傾げて言う。
「というと?」
俺が聞くと、今度はミヤビが教えてくれる。
「アマネもテレパシー使いなんやけど、俺が使ってるみたいな、一般的なテレパシーとは違うんよな。ほらあれ、受信特化型の対物テレパシー、っていうやつよ」
「受信……特化型? 対物?」
俺は首をひねる。
すると、駿太郎がにこにこして言った。
「要するに、物の言葉が聞こえるの!」
「へー!」
そういうテレパシーもあるのか。すげー。
優が口を開く。
「けど、聞こうとした時にだけ聞けるってわけじゃなくて、聞きたくない時でも関係なく四六時中物の声が聞こえるんだよ。だから、教室とか寮みたいに人も物もいっぱいある場所はうるさくて精神的にも参るし、物の声を聞くのはテレパシーの一種なわけだから、魔力もどんどん消耗して疲れるらしい。それで、アマネは自宅から保健室に通ってきて勉強してるんだよ」
「なるほど……」
駿太郎が微笑む。
「調子が良いとか悪いとかって言ってたのは、そういう事情があってメンタルとか体調とかがちょっと不安定ってこと。アマネは優しいから、きっと物たちの声、全部聞いてあげちゃうんだろうね〜」
「それに、テレパシーは耳塞いだところでシャットアウトできへんのがキツいよな〜。特殊なイヤーマフ使たら多少は外部からのテレパシーをカットしたりもできるみたいやけど、この辺はまだまだ研究も進んでないから性能はイマイチなんやって」
「そうなんだ……」
魔法って、便利なだけじゃないんだなあ……。
「でね、今日も午前中は保健室で勉強するらしいから、もしよかったらお昼一緒に食べて、そのあとみんなで教室行こって言っといた! 良いよね?」
「もちろん」
駿太郎に言われ、優が頷く。
「零治にも紹介せなあかんしな〜」
「うんうん! アマネは知らない人と話すのはちょっと苦手だから、上手いこと話せるか分かんないけど、良い子だから! 『新しいルームメイトも連れてっていい?』って聞いたら『いいよ』って言ってたから、零治もよろしく!」
「オッケー、わかった!」
一年B組にもう一人クラスメイトがいたとはな〜。仲良くなれるといいけど!
「でもアマネ、零治がキャンセル使いやって言うたらビックリするやろな〜」
「そりゃするだろ。俺たちも最初聞いた時は驚いたし」
「ほんと、マジでビックリしたよ〜!」
「いやいや自分が一番ビックリしたよ」
俺たちはそんな話をしながら、B組の教室の窓枠へと降り立った。
*
そして昼休み。俺たちは三吉アマネくんに会うべく、保健室へと向かった。
「失礼しまーす!」
駿太郎がガラリと扉を開ける。「はーい」と、白衣を着た篠宮先生がパソコンから顔をあげた。
「あ、三吉くん。来栖くんたち来たよ」
篠宮先生がにこっと微笑んで部屋の奥に声をかけると、カーテンで仕切られた向こうから、一人の男の子が現れた。
「あ、アマネ〜! 久しぶり〜!」
「駿太郎。みんなも」
駿太郎が手を振ると、アマネくんは少し微笑んで俺たちの方に近づいてきた。
「アマネ、紹介するね。この子が転校生の藤巻零治。キャンセル使い!」
「キャンセル使い⁉︎」
アマネくんは、駿太郎の言葉に目を見開いて俺を見たが、目が合った途端、すぐに目を逸らした。
「で、こっちが三吉アマネ! 俺らのクラスメイト〜!」
「藤巻零治です! よろしく!」
「あ……よろしく」
控えめな感じでそう言うアマネくんは、長髪を頭の上で一つに縛っていて、両耳には、聞いていた通り、ヘッドホンのようなイヤーマフをつけている。これで、物の声が耳に入ってしまうのを少し減らせるようだ。
すると、アマネくんは、目を伏せたまま少しさまよわせた視線を、優の左の手元で止めた。
「あれ、優、その腕時計、電池なくなりそうだよ」
「え、マジ?」
優が腕時計を確認する。
「うん。自分が止まったら優が大事な予定に遅刻しちゃうかもって心配してる」
「え、マジか。電池交換しなきゃ。ありがとアマネ」
優が言う。
「えっと、もしかしてこれが!」
俺が言うと、ミヤビがニヤッと笑った。
「受信特化型対物テレパシー、やな」
「すごい……!」
俺は感動してアマネくんを見た。優が呆れたように笑って、俺の肩をぽんぽん叩く。
「零治は高校から魔法の勉強始めたから、なんでもビックリするんだよ」
「『なんでも』って、だってすごいじゃんか!」
すると、アマネくんが微笑んで俺の右の腰辺りを見る。
「藤巻くんは……」
「あ、零治でいいよ!」
「あ、じゃあ、僕も、アマネで。えっと、零治は、ズボンの右ポケットに紺色のハンカチ入ってるでしょ」
「あ、うん! 入ってる!」
「それ、友達からプレゼントでもらったやつでしょ」
「おー! そうそう!」
「えっと、アユカさんって人から」
「ウソウソ! スゲー! その通り!」
一瞬で全部当てられた! すごい、このハンカチが話しかけてる、ってことか……。
「アユカさんは最初買う時、緑の子と迷ってたんだけど、最終的に俺が選ばれたんだよーって、そのハンカチが言ってる」
「マジか……。その話は俺も知らなかった……!」
けどきっとその通りなのだろう。今度聞いてみようかなー。あ、いやいやダメだ、俺が突然言い当てたら、急に透視能力者になったと思われる。
「ミヤビの持ち物はみんな関西弁だよね、ご主人に似て。あと、駿太郎のメガネは新しい子だ」
「あっ、正解! この前度が合ってないせいで痛い目にあったから変えたんだよね〜」
駿太郎が苦笑する。
「ふふ、相変わらずよう聞こえてるみたいやな〜。けどそろそろ、続きは食べながら話さへん?」
ミヤビが言うと、アマネが表情を曇らせた。
「あの、だったら僕、人と物多いの苦手だから、食堂じゃない所のほうが……」
すると突然、篠宮先生が、何かの鍵のキーリングに指を引っ掛けてくるくると回しながら、口を挟んだ。
「そう言うと思って! 空き教室のカギ借りときました〜! 保健室で食べてくれてもいいんだけど、人来るかもしれないし、俺いるし、そっちで五人だけで食べる方が落ち着くかなーと思って」
「おー! 先生ありがとうございます!」
駿太郎が嬉しそうに鍵を受け取る。
「ありがとうございます」
アマネが鍵に視線を落としながら言った。
「いいえ〜。まあゆっくりしておいで」
「はい」
篠宮先生がアマネに優しく言う。
こうして、先生に見送られ、俺たちは保健室をあとにした。




