第19話 愛とプライドの⁉︎フライングレース(前編)
「晴れてよかったねー!」
体操服姿の駿太郎が、青のハチマキを頭の後ろで結びながら言った。
青い空、白い雲、そして照りつける太陽。駿太郎の言う通り、今日はまさに体育祭日和のいい天気だ。
「な! よかった!」
「とはいえちょっと暑すぎやけどな」
グラウンドの集合場所へと向かいつつはしゃぐ駿太郎と俺に、ミヤビが日焼け止めを自分の腕に伸ばしながら言う。
「あ、日焼け止め俺にも貸して〜?」
駿太郎が言う。
「えー、自分で買うとけよ〜。はい、腕出して」
「サンキュー!」
ミヤビは文句を言いながらも、駿太郎の腕にクリームを出してあげている。すると、日傘を差して紫外線対策ばっちりな様子の優が、いきなり口を開いた。
「駿太郎、頭が高い」
「へ?」
「跪きなさい」
細い指でピシッと地面を指さす優に、駿太郎は戸惑いながらも片膝をついて屈んだ。
「ったく、結び目がぐちゃぐちゃなんだよ〜」
優はそう言いながら日傘を脇に置いて、駿太郎の頭のハチマキを結び直し始める。
「あはは、ありがと〜」
アナスタシア学園高校の体育祭は、三学年計二十一クラスを、赤、青、黄の三チームに分け、各競技の結果に基づいて加算されていくポイントの合計を競うらしく、厳正なるくじ引きの結果、俺たち一年B組は青チームに入ることになった。ちなみに競技の中には、部活対抗や寮対抗のエキシビションマッチや、魔法学校らしく魔法を使った競技なんかも用意されているんだとか。
「ミヤビは今日も写真部の撮影係あるの?」
俺はミヤビに尋ねた。ミヤビの首からは、一眼レフカメラが提げられている。
「うん。男前に撮ったるから、お前ら頑張れよ〜」
「おーっす!」
俺は気合十分で返事をする。
「あと、ずっこけるんなら、カメラの目の前で頼むで」
ミヤビがニヤッと笑った。
「あはは、さすがの俺でも大丈夫だってば〜」
ハチマキを結んでもらって立ち上がった駿太郎が、ケラケラと笑う。
「盛大なフリになってる気しかしない」
「俺も」
「え⁉︎ フリじゃないよおー!」
優と俺に言われ、駿太郎は不服そうに反論した。
*
「クラス対抗リレー、青チーム所属の一年B組が、一位でアンカーにバトンを繋ぎます!」
放送席から放送部さんの熱い実況が聞こえるなか、俺は最終走者の駿太郎にバトンを渡した。俺がリレーに出ることになった理由は、運動部でそこそこ走れるからが半分、まだ魔法に慣れていない俺には魔法を使った競技は難しいだろうから、魔法を使わない競技に出してあげたほうが、というクラスのみんなの優しい配慮が半分だったのだが、なんとか一人抜かせてよかった。あとは頼むぞ駿太郎!
俺は、駿太郎がトラックを走る様子を見守った。このリレーでは魔法の使用は禁止だが、それでも駿太郎は、ぐんぐんと二位以下を突き離していく。駿太郎の俊足に、観戦している生徒たちもわあっと大きく盛り上がった。ゴール前最後のコーナーを曲がり、あとは直線勝負!
「おーっと⁉︎ ゴール直前で一B来栖くんが派手に転倒! 一位は黄色チームの一Eだー! 最後の最後で大逆転ー!」
放送部員が叫んだ。ゴール前でカメラを構えてスタンバイしていたミヤビが大笑いしているのが見えた。
*
「ごめーん、もうちょっとで一位だったのにー!」
レースが終わってすぐ、俺は盛大に膝を擦りむいた駿太郎を救護テントまで連れて行くべく、肩を貸しながら歩いていた。
「ふふ、駿太郎は期待を裏切らないな、逆に」
一緒についてきてくれた優が言う。
「逆にね〜、逆に。大丈夫か〜?」
「うん、ケガは大丈夫」
俺が尋ねると、駿太郎は頷く。とは言え右足の膝小僧の大きな擦り傷からは血が出ているし、ほかにも小さい傷がいろんな所についていて痛々しい。
「ドンマイドンマイ! 頑張ったんやからしゃーないやん! 決定的瞬間はばっちり撮っといたったで」
ミヤビが励ますように言うと、駿太郎が目を輝かせる。
「マジ? 撮れた? 見せて見せて〜」
「見たいんかい」
「あはは、見たい!」
俺たちがそんな話をしながら救護テントに近づいて行くと、『保健委員会』と書かれた腕章をつけた生徒がテントから出て来た。X寮の先輩で二年生の、二階堂聡先輩だ。
「派手に転んでたね〜来栖くん。大丈夫? ……篠宮先生! この子の傷口、洗っておけばいいですよね!」
二階堂先輩はテキパキとした動きで駿太郎を救護テント内の椅子に座らせながら、養護教諭の篠宮先生に声をかける。
「うん。よろしく。こっちすぐ終わるから、ちょっと待ってね」
「じゃあ、まずは手洗い場に……」
俺が言いかけると、二階堂先輩が遮った。
「あ、いいよいいよ! ここでやるから」
そして駿太郎のそばにしゃがみ込んで、左の手のひらを膝の擦り傷に近づける。
「俺のアクアは水量や水圧こそあんまりないけど、水質はかなり綺麗だから、安心して?」
二階堂先輩が言うと、たちまち手のひらから水がちょろちょろと溢れ出てきた。
「いてててて……」
水が傷にしみるのか、駿太郎が顔をしかめる。
「あの、聞いてもいいですか?」
俺は二階堂先輩に言った。
「なあに?」
「あの、先輩って、アクア使いだったんですか? でも、所属はアクア寮じゃなくてX寮ですよね?」
「あー、それはねえ」
俺が尋ねると、二階堂先輩は優しく微笑んで、左手の手のひらを上に向けて出した。手のひらから泉のようにチョロチョロと水が湧き出す。と、次の瞬間、水が消えて、小さな火がぼうっと音を立てて手のひらの上で燃え始めた。さらに次の瞬間、今度は火が消えたと思うと、先輩は俺の方に手を向けた。ひゅう、と涼しい風が顔を掠める。そして最後に先輩は両手をパチンと合わせると、ゆっくりと離した。手のひらと手のひらの間に、パチパチパチッと小さな稲妻が走る。
「……とまあ、こんな感じ。クウォーター使いってやつね」
「へえー! スゲー!」
クウォーターは、授業で少し習った。アクア使いの人が使える特殊魔法はアクアだけ、フレーム使いの人が使える特殊魔法はフレームだけ、キャンセル使いの人が使える特殊魔法はキャンセルだけ、と一つに決まっているのが一般的だが、稀にアクア、フレーム、ウインド、フラッシュを全て使いこなせる人もいるのだという。それがクウォーターだ。
「俺、初めて見ました! 珍しいですよね?」
俺が目を丸くして言うと、二階堂先輩が苦笑する。
「あはは! それキャンセル使いが言う? まあ、クウォーターも珍しい方だとは思うけど、キャンセルほどじゃないよ」
「あ、そうなんですか……」
いまいち、自分が珍しい存在らしいというのがピンと来なくて忘れちゃうんだよな……。
すると、他の生徒への処置を終えた篠宮先生が、救急箱を持ってやって来た。
「はーい、傷口はちゃんと洗った? じゃあ消毒するね〜」
「あ゛ー! しみる先生!」
「我慢して~」
悶絶する駿太郎にも動じることなく、先生は手早く消毒薬を塗って、絆創膏を貼っていく。
「たしか、鮫島くんと藤巻くんはこのあとの部活対抗出るって言ってたよね? お手柔らかによろしく〜」
二階堂先輩がにこっと笑って言った。二階堂先輩は二年生にして、手芸部の部長さんでもあるのだ。
「こちらこそお手柔らかにお願いしますよ。手芸部と料理部の合同チームは優勝候補でしょう」
優が、苦笑して言った。




