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第3話 転校生、藤巻零治!(前編)

「おはようございまーす! みんな、席着いてー!」

遊佐(ゆさ)先生が教室に入ると、一年B組の生徒たちがガタガタと椅子を引いて自分の席に座った。


「えー、早速ですが、朝のホームルームの前に転校生を紹介します。入って」

先生に手招きされ、俺は教室に足を踏み入れた。クラスの視線が俺一人に集まるのを感じる。き、緊張……。


「黒板に名前書いて、簡単に自己紹介してくれる?」

「はい」

俺は震える手で自分の名前を書き終え、生徒たちのほうを振り返った。

「藤巻零治です! えーっと、僕は今まで自分が魔法使いだって知らなくて、魔法のことも、この学校のことも分からないことだらけなんですけど、これからよろしくお願いします!」

俺が頭を下げると、クラスじゅうから温かい拍手が起こった。廊下側の席では、ルームメイトの来栖(くるす)駿太郎(しゅんたろう)佐久間(さくま)ミヤビがひらひらと手を振っている。


「そういうことなので、困ってたらみんないろいろ教えてあげてね。席は窓際の、鮫島(さめじま)の後ろの机使って」

「はい」

席に向かうと、もう一人のルームメイト、鮫島(さめじま)(ゆう)が「よお」と軽く手を挙げた。

「なんでも聞いてくれたまえ」

「ありがと」


 とりあえず、ルームメイトの三人が同じクラスなのが心強い。優が、ルームメイトの四人は基本的に同じクラスだって言ってたけど、一クラス約四十名の内訳は、五つの寮からそれぞれ二部屋ずつくらいのバランスで混ぜ混ぜになっているとのこと。早くみんなの顔と名前覚えなきゃ。


「俺、フラッシュ寮の土井(どい)青矢(せいや)! よろしくな、藤巻!」

隣の席の子が、ニカっと笑いかけてくれる。いかにも快活そうな雰囲気だ。髪はかなり明るい、オレンジに近い茶色。はじめは全寮制なんていうからどんな厳しい学校なのかと思ったが、意外と校則は緩くて、髪の染色、長さ、パーマなどなどなんでも自由なのだ。

「うん、こちらこそよろしく土井くん!」

 よーし、魔法学校での授業初日。頑張るぞ!


   *


「次の特殊魔法実習は体操服に着替えてグラウンド集合。行くぞ」

「うん!」

優に言われ、俺は立ち上がった。一時間目の古文は(とどこお)りなく終わったが、問題は次の魔法の授業だ。

「零治〜! さっきの古文で新しく出た宿題、また教えてくれる〜?」

駿太郎が体操服を入れた袋をブンブン振り回しながらやってくると、ミヤビが苦笑する。

「そういうのは一回自分でやってみてから言うことやろ。さっき出たばっかりのをすぐ頼るなよ~」


 なんて、くだらない話をしながら、俺たちは着替えを済ませ、グラウンドにやってきた。……が。

「先生来ないな」

時間になっても担当の先生が現れない。

「俺、職員室見てくる」

優がそう言って立ち上がると、座っていた駿太郎とミヤビは慌てて這いつくばり、優の足首をがっしりと掴んだ。

「ちょっと待って優! あと十分(じゅっぷん)、いやせめて五分待ってみようよ!」

「そうやで! 待ってたら案外なにごとも無く来るかもやって!」

「お前ら、授業サボりたいだけだろ。もし先生が時間割勘違いしてるとかだったら、なんで呼びに来なかったんだって怒られるの、学級委員長の俺なんだぞ?」


 こういう光景は、魔法学校といえどもフツーの高校と同じなんだな……。そう思っていると、一人の若い男性が校舎の方から走って来た。

「ごめんごめん! 火曜の時間割と勘違いしてた! 今日月曜だったね!」

その男性は、自分の顔の前で手を合わせて謝る。どうやらこの人がこの授業の先生らしい。


「はい、じゃあ気を取り直して特殊魔法実習の授業始めます! お願いしまーす」

「お願いしまーす」と生徒たちが口々に言う。

「じゃあ、座ってー。欠席者見学者いますかー、って、あっ」

先生が手元の名簿を見てハッとする。

「そういえば転校生の子、今日からだったね。えーと、藤巻零治くん」

先生が名簿から顔を上げてキョロキョロと生徒たちの方を見回したので、俺は手を上げた。

「はい、僕です」

「あー、キミね! 改めまして、特殊魔法実習担当の峰岸(みねぎし)遥仁(はるひと)です。よろしく」

「よろしくお願いします」

 ニコッと微笑む先生は、甘いマスクに、ジャージを着ていても分かるほどの長い足で、流行りのアイドルグループにいてもおかしくないような爽やかイケメンだ。


「じゃあ、今日は初めての人もいるわけだし、この授業の目的から復習しようかなー。四月の初回の授業で話したんだけど、みんな覚えてる?」

 一同、沈黙。先生は苦笑いしながら続ける。

「じゃあこれから説明するから思い出してね……」

 先生は名簿を小脇に抱えたまま左手を腰に当て、右手の人差し指をピンと立てて話し始めた。


「えっとまず、魔法には基本魔法ってのと特殊魔法ってのがあるのね。基本魔法は魔力の消費が少なくて、魔法使いなら比較的簡単に使えるやつ。あくまで比較的だけどね。例えば一番分かりやすいのだと、(ほうき)を使った飛行魔法とかかな」


 え、箒で飛ぶのって簡単に出来るもんなのか⁉︎ ファンタジーの世界ではよくあるやつだけども。マジであるんだ。


「ま、基本魔法のことは基本魔法の授業で詳しくやるとして、この授業でやるのは特殊魔法。こっちは人によって使える魔法が生まれつき決まってる。その種類によって、みんなには五つの寮に分かれてもらってるよね。魔力の消費も多いし、使いこなすには基本魔法より高い技術が求められる魔法です」


「ここで質問」と先生が微笑んで生徒たちを見回す。

「特殊魔法の上達のために、この授業で意識しましょうって言った二つのことってなーんだ?」

再び一同沈黙。当然俺も全くわからない。その時、優が「はい」と手を挙げた。

「出力と操作性です」

「せいかーい! よかった、優だけでも覚えててくれて……」

先生は心底ホッとしたように胸を押さえて言う。


「そう。出力と操作性の二つを高めることを意識しましょうって言ったんだよね。まあ出力と操作性は文字通りの意味で、パワーとテクニックって言い換えてもいいかな。要するに、いかに強力な効力を発現させるか、そしてそれをいかにして自在に操るか」

先生は、「例えば」と右手を真横に伸ばした。途端に、腕がホースになったかのように、先生の手のひらから水が勢いよく噴き出す。

「これを……」

 次の瞬間、ブシャーッと激しい音を立て、水量も水圧も一気に激しくなった。みるみるうちにグラウンドに大きな水溜りが出来ていく。

「こうするのが、出力を上げるってこと」


「そして」と先生が言うと今度は、それまで一本の束になって噴き出していた水が、三方向に分かれた。

「こうしたり……」

急に放水の方向が変わったせいで、俺たちの方にまで水が飛んでくる。

「ちょ、ちょっと先生! 冷たいって!」

生徒たちの中の誰かが叫ぶ。俺たちは慌てて逃げようとした。が、次の瞬間には水がかからなくなった。

 止まった……?

 そう思って先生の手元を見ると、さっきまで噴き出していた水が空中で静止していた。……いや、違う。

「凍ってる……」

「こうしたりするのが、操作性を高めるってこと」


「わかったかなー?」と先生は涼しげな顔でみんなを見回した。

 さすが魔法学校の先生。当たり前みたいにやってるけど、こんなの普通ありえないでしょ……。いちいちビックリしてたら心臓がもたない。いい加減ビックリするのやめたい。


「説明はざっとこんな感じなんだけど……。零治」

俺は先生にいきなり下の名前を呼ばれ、背筋(せすじ)を伸ばした。

「あ、はい!」

「なんとなくは分かってくれたかな?」

「えと……はい。た、たぶん」

「細かい話は座学の授業で遊佐先生が説明してくれると思うよ。俺も質問ならいつでも大歓迎だから、気軽に聞いて?」

先生はキラキラスマイルでそう言う。とはいえ、俺にとっては全てが新しいことだらけで、そもそも何から聞いていいのかすら現時点ではよくわからない。


「あと、もしよかったらなんだけど、今からちょっとみんなの前でキャンセル、実演してみてくれない?」

 ……え? 実演? ほとんど実践経験ゼロに等しい俺が?

「上手く出来なくてもいいから。俺の授業は、出来なくてもいいからチャレンジしてみようっていうのを大事にしてて、他のみんなもいつもいっぱい失敗しながら練習してるからさ。キャンセルの魔法を実際に見る機会なんて滅多にないし、実演してもらえるとみんなにとっても良い勉強になると思うんだけど、どう?」

 そう言えば、遊佐先生がキャンセルの使い手は百年に一人いるかいないかだって言ってたな……。


「いや、でも……」

俺が躊躇(ためら)っていると、いきなり駿太郎に背中をぐっと押された。

「行ってきなよ〜。せっかくだから!」

「えっ、でも俺……」

「そうだぞ。俺たちの勉強のためだと思って行け」

「優まで……」

おまけにミヤビがパチパチパチパチ、と拍手し始めたせいで、クラスメイトのみんなも手を叩き始めてしまう。

 これは断れないやつ……。俺はしぶしぶ前に出た。


「じゃあ、キャンセル受けてみたい人!」

先生が言うと、「はい!」と勢いよく手を上げた人がいた。

 あ、隣の席の!

青矢(せいや)ね! じゃあ出て来て〜」

「さあこい! 藤巻!」

先生に指名され、土井(どい)くんがワクワクした様子で俺の隣に立つ。


「えーっと、遊佐先生の魔法で試してみたって聞いたけど、どれくらいの火力でやった?」

峰岸先生が俺に尋ねる。遊園地で遊佐先生と篠宮先生に初めて会った時のことだろう。

「遊佐先生の指先に(とも)った火で試しました。ロウソクくらいの火で」

「かなり小さいやつね。じゃあ、もうちょっと強い魔法でも試してみよっか。青矢」


「うっす!」と土井くんは頷き、両手をパンッと合わせた。そして、ゆっくりと離す。バチバチバチッと音がして、手のひらと手のひらの間に小さな雷のような光が見える。すげー。


「こんくらい? センセー」

「うん。これでやってみよう。いい? 零治。手のひらを対象に向けて、手のひらの中心にグーっと力を入れる感じで」

俺は言われた通りに手を伸ばす。手のひらの中心……。

「余計なことは考えず、出来るだけ手のひらだけに集中して……」

 先生も土井くんも、他のみんなも真剣な顔で俺の手元を見つめている。……が。


「全然消えない……」

 依然、土井くんの手元ではバチバチバチッと音がして、眩しいくらいの稲妻が起きている。

「ま、はじめてだからね。これからこれから! 青矢、もうちょっと緩めてみて」

先生は俺の両肩を後ろからポンポンと叩いて励ましてくれる。


「はい、気を取り直してもう一回!」

俺はパチパチパチ、とさっきより小さい音を立てる稲光に向かって、もう一度手をかざした。すると。


「わっ⁉︎ 消された⁉︎」

土井くんが目を見開いて驚く。良かった〜! 今度はできたっぽい!

「ほ〜お。ホントに消えたね〜。俺も初めて見た。はい、零治と青矢に拍手!」

 俺はホッと胸を撫で下ろし、元の場所に腰を下ろした。


「ナイス零治〜!」

駿太郎がニコニコして声をかけてくれる。優とミヤビもグッと親指を立てている。

 マジか~、俺マジで魔法使えちゃうのか。実感ねえな〜。


「はーい、それじゃあ今日の授業の前半は、いつも通り個別練習ね。フレームとアクアは二人一組になって、相手に消されないくらいの火、相手を消せるくらいの水を出す練習。フラッシュは体育倉庫に突っ込んである古い電化製品持ってきて、電気流して動かしてみて。ウインドは自分の今の実力に合った対象物、持ってきてるよね。それを風圧だけで動かす練習ね。Xは……みんなバラバラだからいちいち言わないけど、いつも通り各自練習! いい? これは出力アップの練習だからね! ちゃんと意識すること!」

先生がテキパキと指示を出していく。

 へー、そうやって練習するのか。


「零治は初めてだから、俺と一緒にやろうか」

先生が俺ににっこりと微笑みかけてくれる。

「はい!」

「それじゃあ各自、練習はじめ!」

先生がパンと手を叩くと、みんながぞろぞろとそれぞれの場所に広がり、練習が始まった。

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