第17話 【番外編】黒木奏の恋愛事情(前編)
メッセージグループ:アナ高バレー部3年生!(4人)
Soichiro Nagusa『今日、花火見に行く(焼きそばアメリカンドッグたこ焼きえびせんカキ氷食べに行く)人、この指とーまれ!』
一色那由多(いっしきなゆた)『食う!』
真壁璃久『俺も行こうかな。』
黒木かなで『俺デートだからパスで!』
Soichiro Nagusa『ですよねー。一応声かけたけど、そうだろうとは思ったよ。』
『お幸せに!!』
一色那由多(いっしきなゆた)『デート頑張れ〜』
真壁璃久『(≧▽≦)』
黒木かなで『いつものことだけど、真壁の変な顔文字のチョイスなんなん笑』
真壁璃久『(^_-)-☆』
Soichiro Nagusa『どんな顔してこれ送ってんだよww』
真壁璃久『( ̄― ̄)』
Soichiro Nagusa『真顔w』
一色那由多(いっしきなゆた)『ほら、黒木はデートの準備しなきゃいけないから! 俺らは3人で集合場所と時間決めよ』
Soichiro Nagusa『ういーっす! キスしてこいよ〜黒木ww』
真壁璃久『(´艸`*)』
黒木かなで『うるせえ』
俺がそうメッセージを送ったところで、やり取りが途切れた。おそらく、三人で集合の時間と場所の相談を始めたのだろう。
俺は姿見を見た。そこには灰色の浴衣に黒色の帯を締めた自分が写っている。初めての夏祭りデート。浴衣を着るのも初めてだ。着方も詳しくは知らなかったから、ネットで調べたりして練習した。
「よし」
浴衣の合わせ、逆になってないよな。帯も曲がってない。髪の毛もはねてるところなし。『すっごいカッコいい!』まではムリでも、せめて『隣で歩かれても恥ずかしくない』レベルは死守しなければいけない。
俺は最終チェックを終えると、巾着に小銭入れとスマホを入れて、自室を出た。
「あ、奏! いいじゃん浴衣!」
リビングに足を踏み入れるなり、ソファに座っていた一個上の姉・楓に言われた。
「どう? 変じゃない?」
俺は両手を広げて楓に見せる。
「うん。馬子にも衣装って感じだね」
楓は立ち上がって、俺の浴衣の前を軽く直してくれながら言った。
「えへへ、そんな褒められても〜」
「バカ」
楓が呆れた顔でソファに戻る。あれ、『孫にも衣装』って褒め言葉じゃなかったっけ。
すると、母さんがリビングにやって来て俺に声をかけた。
「奏ー、もう行くの? またいつでも遊びに来てねって言っといてね。あと、花火だからある程度は仕方ないけど、あんまり帰るの遅くならないようにしてあげてね」
「うっす!」
俺たちが付き合い始めて約一年。父さん母さん楓は俺たちのことを認めてくれているし(というかむしろ楓は『いい子すぎて奏にはもったいないんじゃない?』ってよく言う)、小二の弟・薫は、うちに来るたび遊んでもらったり宿題を教えてもらったりして、俺の恋人にすっごく懐いていた。
「あれ、兄ちゃんはおまつりいっしょに行かないの〜?」
小さい甚平を着て楓の隣に座っていた薫が、俺に聞く。
「ごめんなー。今日は楓と二人で行ってくれる? 明日また一緒にあそぼ」
「はーい」
俺が薫の頭をポンポンと撫でると、薫はちょっと不満げながらも頷いてくれた。
「じゃあ、いってきまーす!」
いよいよデートだ! 俺は、胸を躍らせて家を出た。
*
待ち合わせ場所の公園に着くと、約束の相手はすぐに見つかった。身長は俺より三センチ高いのに、筋トレで鍛えた俺とは正反対に、華奢で小さな背中。俺の大好きな恋人だ。
「お待たせ! 待った?」
「もう待ちくたびれたよ奏ー!」
俺が声をかけると、ちょっと不機嫌そうな恋人が振り返る。まだ待ち合わせの時間まで五分くらいあるし、こういう時って『ううん、いま来たところ!』とか言うのがお決まりなんじゃね? ……と思うのだが、早く着きすぎるくらい楽しみにしてくれてたのかな、とか考えるとちょっと可愛い。
「ごめんごめん、天馬」
俺は、恋人の名前を呼んだ。
俺の恋人は、三年F組フラッシュ寮の菅谷天馬だ。俺はたぶん、バイセクシャルというやつなんだと思う。天馬はゲイらしい。俺たちが男同士でお付き合いをしているのは、アナ高では割と知られた話である。
「天馬、浴衣めっちゃ似合ってるね」
「へへー、そうかな?」
俺が言うと、途端に天馬は照れたように満面の笑みを浮かべた。実際、白地に細い黒の縦縞があしらわれた涼しげな浴衣は、天馬によく似合っている。髪も、学校ではいつもノーセットなのに、デートの時は必ずヘアワックスで軽くセットしてくるのがカッコいいと思う。
「そういう奏も結構似合ってるよ?」
天馬が俺を見てにこにこしながら言う。
「えっ、あっ、そう?」
俺から言い出したのに、いざ自分が言われる番になるとなんだか気恥ずかしい。
「うん。すっごいカッコいい!」
そう言って天馬は、チャームポイントのくりっとした目をきゅっと細めて優しく微笑む。
「はは、もう、そんな褒められたら照れるから。さ、行こ」
俺はほめ殺しに耐え切れなくなって、歩き始めた。が、天馬がついて来ていない。あれ?
「ちょっとー、何か忘れてませんかー?」
俺が振り返ると、天馬が右手をヒラヒラと振っている。
「手、繋ごーよ」
いたずらっぽく天馬が微笑んだ。
「あー、えっと、そうだね」
ほんとに天馬は甘え上手というかあざといというか。と思いながらも、甘えられてまんざらでもない俺は、左手で天馬の右手を握り、指を絡めて恋人つなぎにした。天馬の温かくて柔らかい手が、きゅっと握り返してくる。
「足痛くなったり疲れたりしたらいつでも言ってな?」
「うん! ありがと奏〜! あのさあのさ、くじ引きやろ? あと射的もやりたい!」
「うん。やろうやろう」
「ふふ、やったー。なんかいい物あたるかな〜?」
ご機嫌な恋人の横顔を見て、俺も思わず自分の頬が緩むのを感じた。
*
「ほんと、今年は晴れてよかったよね!」
屋台が立ち並ぶ通りを歩きながら、天馬が言う。去年の花火大会は二人ともすごく楽しみにしていたのに、大雨で中止になってしまったのだ。
「な。一年越しに、やっと花火見れるな」
「うん」
天馬は優しい笑顔で俺を見て頷いた。
「一昨年にみんなで来た時も、一応奏いたけどさあ、そん時はまだ、付き合ってなかったじゃん? ちゃんと恋人同士として、二人っきりで見るのって、やっぱ特別な感じだよね〜」
そう言って天馬は、少し恥ずかしそうに、でも嬉しそうに微笑んで、足元に視線を落とした。『恋人同士』、『二人っきり』、『特別』。一つひとつの言葉が俺の胸にずっしり刺さって、心臓が高鳴る。
「あ」
突然、天馬が立ち止まった。
「どした?」
そう言って天馬の視線の先を追うと、俺もよーく知っている人物が目に入った。
「那由多たちだ! おーい!」
天馬が、俺と繋いでいた手を放してひらひらと振ると、一色、真壁、名草のバレー部三人組も、こちらに気付いて近づいてきた。
「天馬と黒木じゃん」
一色が言う。後ろで真壁はえびせんを、名草はフライドポテトをもぐもぐしている。
「よかったな、やっと黒木と来れて」
一色が天馬を見下ろして言うと、天馬は嬉しそうに、「うん!」と頷いた。
聞いたところによると、天馬と一色は中学からの親友で、天馬は俺と付き合う前からずっと、一色に俺とのことをいろいろ相談していたらしい。そういう事情もあったからなのか、涙もろい一色は、俺と天馬が付き合うことになった時、ぼろぼろ泣きながら喜んでくれたのだった。
「那由多、それ何?」
天馬が、一色が持っている紙袋を見て尋ねる。
「これ? ベビーカステラ。ほら」
一色が、中から美味しそうに焼けたベビーカステラを一つ出す。
「あ、美味しそ〜!」
「食う?」
「ううん、いい! 奏、あとで俺たちも買いに行こ〜。いーい?」
天馬が俺のほうを振り返って、俺の浴衣の袖をきゅっと引っ張った。天馬が俺だけにするこの仕草が俺は好きだ。
「いーよ。もちろん」
俺は、一色たちがいるにもかかわらず、どうしても我慢できずにニヤニヤしながら答えた。あとで名草あたりにバカップルだなって冷やかされそうだけど、どうしても頬が緩んでしまうんだから仕方がない。
「ふふ、じゃあ俺らはお邪魔だと思うんで。行くわ」
一色がニヤッと笑ってベビーカステラを口に放り込む。
「あはは、バイバイ!」
「じゃあな〜」
俺と天馬が手を振ると、一色はぱっと手を上げて行ってしまった。続く真壁も、えびせんをもぐもぐしながら手を振って行く。
「頑張れよ〜」
最後に名草が、ニヤニヤしながら俺の肩をポンと叩いて去って行った。
「やっぱり結構知ってる人も来てるね〜」
三人を見送ったあと、天馬はそう言って、俺の手を何気なく握った。
「そうだね」
内心きゅんとしながらも、俺は何事もなかったかのように答えて歩き始めた。
「あっそうだ、かき氷も食べたいなあ」
すれ違った女の人が持っていたかき氷のカップを見て、天馬が言う。
「ふふ、俺も食べたい。食べよ!」
「やっぱ夏祭りといえばかき氷だよね〜」
「あ、ほら、かき氷の店あったよ」
少し先にかき氷屋を見つけたので、俺が指をさして示すと、天馬は「ちょっと待って」と他の客がかき氷を買っている様子に真剣な視線を向けた。
「うーん……。あそこのお店、シロップちょっとしかかけてくれないなあ……。別のお店も見に行っていい?」
天馬が俺に視線を戻して言う。かき氷一つにすごく真剣になる、意外と子供っぽいところが可愛くて、また思わずニヤけてしまう。
「もちろんいいよー。どうせなら美味しそうなとこで買お」
「うん。やっぱシロップたっぷりがいいよねー」
そう言ってにこにこ笑う天馬と一緒にもう一度歩き始めると、どこからか聞き覚えのある声がした。
「だから、いけませんって!」
声のする方を見ると、メガネをかけて黒地の浴衣を着た男子が、リンゴ飴屋台の前で女の人と言い争っている。
「あ、海貝だ」
また知り合いに会ってしまった。男子のほうは、うちの高校で図書委員長をやっている海貝翔吾だ。
「あ、黒木と菅谷」
海貝がこちらに気付いて言う。
「どうしたの?」
天馬が首を傾げて、海貝と女の人を見比べる。海貝は、大きくため息をついて説明してくれた。
「女王がどうしてもリンゴ飴を食べたいって聞かなくて。こっちの世界の食べ物はアレルギー反応を起こすおそれがあるっていうのに」
「え、この人あの女王様? 浴衣だから分かんなかった!」
校長の発明した新魔法で本の中から出てこられるようになった『白雪姫』の女王様。彼女が海貝の周りによく現れるというのは学校でも結構ウワサになっていて、俺も実際に見たことがある。でも、女王様はいつも漆黒のドレスに王冠姿だったはずだ。なのに今日は、白地に青い水紋と赤い金魚の柄があしらわれた浴衣を着ていて、髪の毛も、下の方ですっきりまとめてかんざしを挿している。こんな格好をしているとまるで別人だ。
「さっき家にいたら突然本から出て来たから、『花火大会案内してくる』って家族に言ったら、なんか母親が張り切って着付けしてくれて……。僕まで『せっかくだから着ていけ』って父親のやつ渡されちゃって」
海貝が苦笑する。
お母さんすごいな。海貝のお母さんが魔法使いなのかどうかは知らないけど、魔法使いでも普通、こんな知らない女の人が突然家に出て来たら戸惑うだろ。
「これ、模様は実に綺麗で気に入ったが、ずっと着ていると腰に巻いているのが苦しい。リンゴを買ってさっさと帰るぞ、海貝翔吾」
女王様が帯を触りながら言う。
「ですから、アレルギー反応が……」
「アレルギー反応といっても、一時的に魔力を失うだけだろう。一週間くらいなら我慢できる」
「ですが、その他の症状が出ない保証はないですし、やめておかれた方がよろしいと思いますよ?」
「食べると言ったら食べる。こんな美味そうなりんごを前にして我慢しろとは、お前は鬼か」
海貝にとってはこんなやり取りももう慣れっこなのか、食べる、食べないの押し問答が続く。
「いや、ですが……」
「うるさい。さっさと買え」
海貝が反論しようと口を開いたところを、女王様がピシャリと遮り、パチンと指を鳴らした。
「え、ちょ、勝手に体が……」
途端に海貝は、よろよろとリンゴ飴屋台の方に歩み寄る。
「リンゴ飴を二つ」
女王様が満足そうに微笑を浮かべながら言った。
「リンゴ飴を二つ」
海貝がおうむ返しのように店員さんに注文する。
「うわ、すげー! 傀儡魔法リアルに見るの初めて!」
「さすが、お上手ですね〜!」
俺と天馬が言う。傀儡魔法というのは、他人を操り人形のように好き勝手に操れてしまうというヤバい魔法で、かなり難しいし悪用されると怖いので、高校では教科書にちょこっと出てくる程度で、実習は行わない。なのに、まさかこんなところで見られるとは!
「ふっ、このくらい出来て当然だ。お前たちにはまだ少し早いがな。ご苦労だったな、海貝翔吾」
「ちょっと、勘弁して下さいよ……」
海貝がぐったりした表情で戻って来て、リンゴ飴を一つ女王様に手渡す。
「お前たちの分も買ってやろうか?」
女王様が言うと、海貝がさっと巾着の中に手を突っ込んで、小銭入れを取り出した。まだ操られているようだ。
「あはは、俺たちはいいですよ〜」
天馬がひらひらと手を振ってお断りすると、「そうか」と言って、女王様はパチンと指を弾いた。
「『買ってやろうか』って、僕のお小遣いですからね」
やっと体が自由になったのか、海貝はリンゴ飴を持ってない方の手を握ったり開いたりして、感覚を確かめながら言う。
「ほら、もう行きますよ! 邪魔してごめんな」
海貝が申し訳なさそうに謝って、女王様の背中を押して行く。
「ううん! バイバーイ!」
「じゃあな〜」
二人が行ってしまったあと、天馬が口を開いた。
「ふふふ、海貝ってさ、絶対女王様に気に入られてるよね」
「ふふ、俺もそう思う」
だってリンゴ飴、二個買わせてたんだよな。自分の分だけ買わせればいいのに。学校でも、出て来た時は必ず海貝の教室へ顔を出すみたいだし、海貝のことは割と気に入ってるんだと思う。おまけに俺たちにまでリンゴ飴を買ってくれようとしてたし(海貝の金でだけど)、悪役なのに、意外と良い人だ。並んで歩いていく海貝と女王様の後ろ姿を見て、俺は思わず微笑んだ。




