消えるものと消せないもの(後編)
「相変わらず、零治は試合になると普段抑圧されてる性格の悪さが解放されるな」
「そーそー。サーブも嫌なとこ狙ってくるし、ツーアタックのタイミングもムカつくし」
「ちょ、そこは素直に上手いって言って⁉︎」
無事に練習試合は終了し、全員で後片付けをする。俺も久しぶりに太一と誠と後片付けをしていた。というか、二人と一緒に片付けをするのはもちろん久々なのだが、アナ高では先生や先輩がたが魔法で一瞬にして片付けてしまうので、片付けという行為自体が久々でもある。
「そう言えばさ、知ってる? この体育館、出るって噂」
太一が唐突に言いだした。
「マジ? 俺聞いたことないけど」
俺が答えると、誠が言う。
「最近になって言われ始めたんだよ。片付けたはずのボールが翌日になったら体育館に転がってるとか、誰もいないはずの時間帯に物音がするとか」
「えー、ただの噂じゃん?」
話しながらモップをかけ終え、俺たちは体育倉庫に入る。
「じゃあ最後のやつ、用具揃ってるか確認よろしくー」
島山の先輩の声が外から聞こえ、俺たち三人は倉庫の中を見回した。
「おし、オッケーだな。行こ」
太一が言って、俺たちが倉庫の扉に近づいた途端。バタン、と大きな音を立てて扉が閉まった。
「はあ⁉︎」
太一が慌てて扉に駆け寄り手を掛けるが、扉はびくともしない。
「どうなってんだよ⁉︎ 閉じ込められた⁉︎」
「まさか……例の心霊現象⁉︎」
太一と誠がガタガタと扉を揺さぶるのを見ながら、俺は考えた。
あの扉が閉まる動き……風もないのに? まるで超常現象みたいだ。
「ありえないだろ⁉︎」
太一が叫ぶ。
そう、確かに普通に考えればありえない。でも俺は、知ってしまった。ありえないと思っていたことがありえてしまうことを。……魔法があれば。
「でもここ島山だし……」
俺はボソッと呟く。アナ高ならまだしも、島山で何かしらの魔法が発動することってあんのか⁉︎ でもこの状況、明らかにおかしいし……。
その時突然、倉庫の奥から低い声が響いてきた。
「美味そうな人間だ。……一人は魔法使いか」
跳び箱の陰から、黒い大きな犬のような、狼のような獣が姿を現した。
「「「うわあああ‼︎」」」
俺たちは叫んで後ずさる。
この巨大な犬が喋ったのか⁉︎ そんで今、美味そうっつった⁉︎ しかも魔法使いってバレてる⁉︎ どっからどうツッコんだらいいんだこの状況⁉︎
「三人とも丸焼きにして喰ってやろう」
巨大な犬がまた口を開く。
「どどどどうすんだよ⁉︎ 俺らのこと喰おうとしてるぞ⁉︎ てか魔法使いって何⁉︎」
「知らねーよ、ドア開かねーし‼︎」
太一と誠が絶叫する。
「お、落ち着け、お前ら!」
こいつは普通の生き物じゃない。ってことは多分、授業でこの前習った魔力を持つ動物、魔法動物ってやつだよな。ここは俺が何とかしないと! けどどうすれば⁉︎
「いただきまーす」
巨大な犬が口を大きく開くと、中から炎が吹き出した。俺たちは間一髪で逃れたものの、積み上がったマットに炎が燃え移って炎上する。
「やっば!」
俺は咄嗟に手を伸ばした。
ホントは一般人の前で無闇に魔法を使っちゃダメって言われてるけど、そんなこと言ってらんねー! 頼む、キャンセル効いてくれ!
幸い、炎はすぐに勢いを失い、消えた。
「何⁉︎ お前、キャンセル使いか?」
巨大な犬が聞いてくる。
「だ、だったらなんだよ!」
「ふーん、面白い」
巨大な犬はニヤリと笑った。
「零治、キャンセル使いって何だよ⁉︎」
太一が叫ぶが、俺も余裕がない。
「えと……あとで説明する!」
再び巨大な犬が俺たちに向かって口を大きく開いたため、俺は急いで身構える。
今度も絶対止めてやる……!
ゴォーっと爆音を立てて炎が襲いかかってくる。俺は必死で手のひらに全神経を集中させた。
「スッゲー。消えた……」
誠が呆然として言う。
良かった……。けど、この前のドッジボールの授業の時も思ったけど、相変わらず攻撃力に欠けるなあキャンセル! このままじゃお互い魔力を消耗するだけだ。持久戦でこの怪物に勝てるか⁉︎
そう思った時、扉の向こうから声が聞こえた。
「大丈夫⁉︎ 藤巻⁉︎」
利根川先輩の声だ!
「先輩っ! 巨大な喋る犬が火ぃ噴いてます! 多分、魔法動物ってやつです!」
「今ここ開けるから、扉から離れて!」
利根川先輩の声に従って、俺は太一と誠を連れて扉から離れる。
次の瞬間、バコーンッとものすごい音がして、扉が吹っ飛んだ。そこには手のひらを広げる利根川先輩と、その後ろに立つ真壁先輩と一色先輩の姿が。
利根川先輩、開かなかった扉を風圧でぶっ飛ばしたのか。さすがウインド使い。
「美味そうな人間が増えた」
吹っ飛んできた扉をひらりとかわした巨大な犬は、舌舐めずりをして先輩たちの方へ飛びかかる。
「一色」
「はいよ」
真壁先輩と一色先輩が手を伸ばすと、突然倉庫の床を突き破って木の幹のようなものが伸びてきて、襲い掛かろうと飛び上がった巨大な犬に巻き付いた。
「うぐっ⁉︎」
巨大な犬が呻き声を上げて動きを封じられる。その途端、バチバチバチッと稲妻が走り、犬は体を痙攣させて項垂れた。
「三人とも大丈夫?」
利根川先輩が心配そうな顔で駆け寄って来てくれる。
「はい、ありがとうございました……。あの、あれどうなってるんですか?」
俺が幹の方を指さすと、一色先輩が説明してくれる。
「真壁が使ってるのはプラントっつって、植物を操る魔法。X寮に分類されるやつ。そんでトドメに俺のフラッシュで感電させたから、しばらくは動かないと思うよ」
「そうでしたか……。ほんとに助かりました……」
「無事で良かった」
真壁先輩がそう言った時、バタバタと足音がして、峰岸先生がやってきた。
「ごめん、外で島山の監督さんと話し込んでて気づかなかった! ホントにごめん! みんな怪我ない?」
先生は申し訳なさそうに謝る。
「先輩がたが来てくれたので大丈夫です」
俺が言うと、先生はホッとしたように微笑んだ。
「よかった〜」
そして先生は、幹に絡め取られたまま気を失っている巨大な犬にそっと近づく。
「魔法動物、ドルバウグだね。普段は大人しい生き物なんだけど、他者が発する魔力に敏感で、その影響を受けて凶暴化すると、人を襲うこともある。……俺たちが来て刺激しちゃったのかな」
先生がドルバウグというその生物に触れると、みるみるうちにその巨体が縮み、先生の手のひらの上に収まった。
「廉。なんか袋、持ってる?」
「はい」
利根川先輩がビニール袋を手渡すと、先生はそこに空気穴を開けて、小さくなったドルバウグを入れる。
「かわいそうだけど一旦ここに入ってもらって、帰ったら神戸先生に見てもらおう。俺は魔法動物は専門外だから」
「あの、なんでこんな所に魔法動物がいたんですか?」
俺が尋ねると、先生が教えてくれる。
「人間の生活圏に入って来ちゃう魔法動物もたまーにいるんだよ。世間で怪奇現象とかって言われてるのが実はコイツらの仕業ってこともあったりね。それでもだいたいは大ごとにはならないんだけど、今回は運悪く魔法使いが大勢押しかけちゃったから」
「なるほど……」
太一たちが、最近心霊現象の噂があるって言ってたのも、コイツのせいだったのか。
「あの……零治? 説明してもらっていいかな?」
その時、太一がおずおずと口を開いた。
俺が先生の方を見ると、先生が小さく頷く。俺は太一と誠に向き直った。
「太一、誠、ごめん! 家の事情で転校することになったって言ったの、あれ、実は嘘で。ホントはさっきあの生き物が言ってた通り、俺がキャンセルっていう魔法を使えることがわかって、それで、魔法学校に転校することになって。魔法のことは部外者には言えない決まりになってて……。ほんとのこと言えなくて、ごめん!」
俺は、二人に向かって頭を下げた。しばらくの沈黙のあと、太一がポツリと言った。
「謝んなくていいよ」
「えっ?」
俺が顔を上げると、二人は穏やかな笑みを浮かべていた。
「そうだよ。なんか全然わかんないけど、そういう決まりだったんなら零治は悪くないじゃん」
誠が言う。
「助けてくれてありがとな」
太一が俺に優しく微笑みかける。
「うん……」
その時、峰岸先生が口を開いた。
「あのー、太一くんと誠くん、だったかな。言いにくいんだけどね」
「はい」
「何ですか?」
二人は不思議そうに峰岸先生を見る。
「一応規則上、一般人に魔法を目撃された場合、その人の魔法に関する記憶を消さないといけないんだよね。もちろん魔法に関する部分だけ。今日の練習試合のこととかはそのままで」
「はあ」
二人は半信半疑といった表情で頷く。
「よくわかりませんけど……零治のためならいいっすよ」
「ありがとう! じゃ、その前に」
パン、と峰岸先生が手を打つと、吹っ飛んだ扉や焼け焦げたマットがあっという間に元通りになった。真壁先輩が木の幹に触れると、幹もサッと消える。
「これでよし、と。キミたち二人がこの倉庫に入った所以降の記憶だけ、消すからね」
太一と誠が緊張した面持ちで頷く。
「言っておくけど、記憶は消えても事実は消えないからね。零治がキミたちを助けたこと、キミたちが零治の隠し事を許すって決めたことは変わらないから、安心して」
峰岸先生が優しく微笑んで言う。
「それはもちろんです」
「零治、俺たちはなんも気にしないから、また連絡しろよ?」
二人が言うので、俺も頷く。
「うん! ありがと!」
「それじゃ、悪いけど目ぇ閉じてくれる? ……あ、ちなみに忘却魔法はキミら高校生はまだ使っちゃダメだからね」
先生が俺たちを振り返って言う。
「じゃあいくよ。……三、二、一」
先生が二人の頭のあたりにそっと触れる。そして、二人が目を開けた。
「はーい、片付けおわりー! 撤収撤収!」
先生はパンパンと手を叩きながら、何事もなかったかのようにすぐさま倉庫を出て行く。
「あれ、今なんの話してたっけ?」
太一が俺の方を見て不思議そうに尋ねる。
「ふふ、なんでもない!」
俺は答えた。
その後、俺たちは外で待っていた他の部員たちと無事に合流した。先輩たちから順に、帰りのバスに乗り込んでいく。
「零治」
俺もみんなに続いてバスのステップに足をかけたその時、後ろから名前を呼ばれた。振り返ると、太一と誠が手を振っている。
「また連絡しろよ?」
誠が言う。
「うん! ありがと!」
俺はそう答えて、バスに乗り込んだ。
「哲太くん」
シートに着席してから、俺は隣に座る哲太くんに呼びかけた。
「ん?」
「俺はね、やっぱり魔法使いかそうじゃないかって、関係ないと思う」
俺が言うと、哲太くんはニカっと笑って頷いた。
「そっか!」
俺たちを乗せたバスは、アナ高への道を真っ直ぐに進んだ。




