第八話 魔術隷剣
「エリト、ごめん。貸してもらってた剣、折れちゃったんだ……」
「月光の森」を出て、次の目的地の「ウェスタ」という町に向かう道中。野営前の時間に、エリトに改めて謝罪する。
「戦いの中でのことなら仕方がないさ。それよりニシヤ、お前が持っている剣はまさか、『魔術隷剣フェリア』じゃないか?」
「えっ? ああ、この剣はフィアがくれたんだけど――」
「『魔術隷剣』ですって!?」
エリトの指摘を聞き、野営の準備をしていたエリスが飛んできた。
見た目はどう見ても普通の剣だ。強いて言えば、刀身に幾何学的な模様が刻まれているくらい。
そもそもこれは、学校の教師であるフィアが鞄から出して……あれ?
「あのさ、<異次元収納>を付与した鞄って、みんな持ってるの?」
「そんなはずないだろう。でなければ、行商人なんて職業はとっくに廃業している。<異次元収納>の魔法自体、王都でもごく一部の人間しか使えないんだ」
「そうだよな。実はさ――」
フィアがこの剣を鞄から取り出したことを話す。
普段、エリスが鞄からいろいろ出すのを見慣れていたからか、違和感に気付かなかった。
フィアといい、この剣といい、一体どうなっているんだ?
困った時のエリス先生だ。教えて下さい。
今から約千年前、ファンタベル王国を創設した初代国王ファンタベル・マクマリーナには二人の娘がいた。
優れた魔法使いである父の才能を受け継いだのか、姉妹はたぐいまれな魔法の才能を持っていた。
特に妹の才能は並外れており、まだ魔法や魔術といった概念が確立していない世の中で、「攻撃」「回復」「付与」「転移」「召喚」等、様々な魔法体系を作り出していったのだ。
現在でも、魔法の約7割は彼女によって生み出されたものだと言われている。
そんな彼女だが、僅か17歳にして、「不老不死」の魔法を完成させたという伝説がある。
彼女は当時の姿のまま、今もどこかで生き続けていると言われているのだ。
その生ける伝説とも言える少女こそ、俺が月光の森で出会ったフィアなのだという。
なるほど……。それで17歳にこだわってたのか。
そんなに強いなら、彼女が邪悪な竜を倒せば良いのではないかとも思ったが、不老不死の魔法の制約で、歴史に大きな影響を与える行動がとれないらしい。
今回の邪竜のような、「勇者」が呼び出されるレベルの案件などまさにそれだ。
もっとも、俺を助けたことからもわかるように、何もできないってわけじゃないんだろうけどな。
そしてこの剣。「魔術隷剣フェリア」は、魔力を込めると自動で魔術を発動するとされている剣だ。
ファンタベル王国創設期の遺産で、歴史的価値が高い反面、武器としては失敗作とされている宝剣である。
今から50年前に起こっていた戦争で、使用した騎士が魔力枯渇で次々に意識を失ったという。
ならばと魔力が多い魔術師たちが使用したところ、込めた魔力に対して、魔術の効果が著しく低かった。
魔術師が同等の魔力を消費したなら、上級魔法すら容易に発動できただろうとまで言われている程だ。
要するに燃費が悪かったのである。
その戦争で、剣は行方不明になっていたらしいのだが……。
貴重な剣なので、元の世界に帰るときに返すということで、エリトたちの了承を得る。
今度は折らないようにしよう……。
この剣は、俺の能力とかなり相性が良いように思える。魔法が使えないにも関わらず、魔力が増え続けていく俺にこそ、この剣は必要なんじゃないか?
物は試しだ。早速魔力を込めてみる。
「……なにも起きないな。魔力が足りないのか?」
「……違う」
なんの反応も示さない剣を眺めていた俺に、横から見ていたアミラが話しかけてきた。
「ただ魔力を込めてもダメ。イメージが必要って、剣が言ってる」
「えっ!? アミラ、剣の声が聞こえるの!?」
「ううん。けど、いつも森の動物たちと暮らしてるから、聞こえない言葉がわかる。……ような気がしただけ」
静かに首を横に振り、アミラが俺の問いを否定する。
だが、確かに一理あるかもしれない。名前に「魔術」って入ってるくらいだしな。
アミラの指摘を受け、今度は魔術をイメージしながら魔力を込める。剣が炎を纏い、燃え盛るイメージだ。
「あれ? これでもダメか?」
結果はさっきと同じ。なにか変わった様子はない。
違うことと言えば、魔力を使い過ぎた時に訪れる強烈な目眩が、俺を襲ったことだけだ。
剣を杖代わりにしようと、地面に突き刺す。
だが、その感触に、なんとも言えない違和感を感じる。まるで階段を踏み外したかのような浮遊感。
その感覚の正体を確かめるべく下を向いた俺は、自分の目を疑った。
なんと、地面に着けた刀身が雑草を焼き切り、その下の地面に3分の1程埋まっていたのだ。
直前に俺がイメージしたのは炎。これはまさか……。ダメだ、目眩で思考が纏まらない。
「ニシヤさん、顔色が悪いわよ? これ飲んで元気だして」
魔力枯渇寸前の俺に、エリスが笑顔で魔力回復薬を差し出す。
能力の検証を進めたいけど、その為にはこの苦味に立ち向かわなければならない。くそ、どうすれば良いんだ!
結局好奇心に負けた俺は、エリスから魔力回復薬入りのジャグを受け取り、一人で能力の検証を行うことにした。
結論から言えば、この剣の能力は、イメージで属性を指定して、魔術を発動させるというものだった。
魔術の内容はあらかじめ決まっているので、こちらで指定することは出来ない。
炎属性は、刀身が高熱を放つ魔術。技名は……<灼熱剣>だな。
名前を付ければ威力が上がるのは、普通の魔術と同じだ。
水属性は<湧水剣>。剣から水が溢れてきて、刀身を覆うようになる。
この状態で、更に魔力を込めて剣を振ると、水が刃となって飛んでいく。木に向けて打ったら、木が真っ二つになったのには驚いた。<湧水剣・飛刃>と名付けよう。
そして地属性。これが面白かった。
周囲の小石や落ち葉が、剣に吸い付いて来たのだ。
その状態で、更に魔力を込めて剣を振ると、吸い寄せた物が勢いよく前方に飛んで行った。こっちは物を弾く能力のようだ。
吸い寄せるのを<重力剣>。弾く方を<重力剣・斥刃>とする。
まだまだ検証したかったが、そろそろ限界だった。
何が限界かと言えば他でもない。俺の舌がである。
なにせ燃費が悪いものだから、技を発動する度に魔力回復薬を何杯も飲む必要があるのだ。
もう自分の吐息すら苦く感じる。今後の能力検証は、少しずつ進めることにしよう……。
さて、能力を調べたら、実戦で試したくなるのは自然なことだろう。
「エリト。俺と勝負してくれ」
「検証は終わりか。わかった」
まぁ、勝負といっても、いつもの実戦訓練の事なんだけどな。
剣を構えてエリトと向かい合う。この訓練のために、魔力は満タンにしておいた。
「行くぞ! <湧水剣・飛刃>!」
お互いに剣の間合いではないが、今の俺には関係ない。
3発に分けて放った水の刃がエリトを襲う。たが、2発は躱され、残りの1発は剣で両断される。
さすがにこれで勝てるとは思わなかったが、無傷か……。
エリトが一気に間合いを詰めてくる。彼の剣を正攻法で防ぐのは、今の俺には難しい。だが――
「<重力剣>!」
エリトの剣が俺の剣に吸い寄せられることで、結果的に防御に成功する。
あとは鍔迫り合いのまま、<灼熱剣>でエリトの剣を焼き切れば、俺の勝ちだ。
しかし、危険を感じ取ったのか、エリトが風の魔術で強引に俺から距離を取る。
これにより、俺の<灼熱剣> は不発に終わった。
やはり、そう簡単には行かないか。
残りの魔力を考えれば、もう魔術隷剣の技は使えない。
なら、俺に残された技はこれだけだ。
エリトに向かって走りながら、光の魔術を発動させる。
「<陽炎剣>!」
俺の肩から、剣を構えた両腕がもう二組現れた。
驚きに目を見開いているエリトに向かって、俺の3本の剣が襲い掛かる。
――エリトの口元が、一瞬緩んだように見えた。
「<断空閃>!」
次の瞬間、俺の剣は宙を舞っていた。
剣を通じて伝わってきた、無数の斬撃の感触。おそらく、幻影も合わせた3本の剣を、無数の風の刃で同時に打ち払ったのだろう。
「確かに『魔術隷剣』は、お前にとって大きな力になるだろう。だが忘れるな。お前は道具に頼らなくとも充分強い。最後の攻撃は……見事だった」
結局、今回もエリトには勝てなかった。けれど、この世界に来て初めて褒められたことで、俺の胸は暖かかった。
野営の準備は、エリスたちが終わらせてくれていた。焚き火の前で、エリスとアミラが食事をしながら談笑しているのが見える。
女性同士ということもあってか、だいぶ打ち解けたようだ。
この「魔術隷剣」は、俺にとって強力な武器となる。けど、こいつが無いと戦えないなんてことにならないように、魔力制御と剣術の腕は、磨き続けないとな。
エリトの言葉を胸に刻み、俺はエリトと共に、エリスたちに合流するのだった。
【おまけ】
俺の新しい武器。その名も、魔術隷剣フェリアだ! 燃費は悪いけど、その分強力な魔術が発動するぞ!
確かに……その剣からは……強い力を感じる……。
凄いなアミラ。そんなことわかるのか。
魔力を感じるのは……得意。たぶん……森で暮らしてたから……だと思う。
なるほどな。よし! 魔力をどんどん増やして、この剣を使いこなせるようになるぞ!
その調子よニシヤさん。それじゃあ早速魔力回復薬を――
待ってエリス! 今日はもう飲めないから!