第七話 戦う決意
「つまり転生者と言うのは、ひとつの系統の能力しか使えない代わりに、その系統に特化した力を持っているのよ」
「なるほど。ということは、イブの能力は『光』か」
俺たちは、港町「アーメリア」を出て、「ウェスタ」という町へ向かっていた。
「そうみたいね。火、水、地、風、氷、雷、光、闇の8属性だけじゃなくて、付与魔法や回復魔法、召喚魔法なんかを得意とする転生者も現れたことがあるみたいよ」
「陽光の丘」への道中と同様、移動中はエリスの座学を受けている。
「……エリス。気付いているな?」
「ええ」
エリトの低い声と共に、二人が突然立ち止まり、視線を険しくする。俺もつられて前を見ると、遥か遠くに人影が見えた。
「ニシヤ。今回は手を出すな。自分の身を守ることだけを考えろ」
エリトの言葉の直後。遠くの人影が一瞬ブレる。
次の瞬間、ガキンという鈍い金属音が響き、エリトが敵の攻撃を剣で受け止めていた。
襲って来た人影は、人のシルエットをした虎の魔物だった。
「我の一撃を止めるとは。騎士団長エリトに間違いないようだ」
「貴様、『転生種』だな」
「人間からはそう呼ばれている。我が名はベネラ。偉大なる邪竜ジクト様の腹心である」
これが転生種……。攻撃が全く見えなかった。
何よりこいつは、人間に似すぎている。
ベネラと名乗った転生種の爪を受け止めていたエリトが、バックステップで大きく距離を取る。
その瞬間、魔法の雷がベネラに襲い掛かった。エリスの魔法の詠唱時間を、エリトが会話で稼いだのである。
しかし、エリスの魔法が命中するより一瞬早く、ベネラは飛び退いて攻撃を躱す。
「陽動作戦か。そんなもの、我には通じぬぞ」
「それはどうかしら?」
「む?」
エリスの言葉でベネラの表情が歪むと同時に、周囲の大気が薄くなる。天に向かって掲げられたエリトの剣が、巨大な竜巻を纏っていた。
「〈マクスウェルハリケーン〉!!」
竜巻の風圧で身動きが取れないベネラに向かって、竜巻ごと剣が振り下ろされる。
「……陽動は魔術師の方だったか。それに、魔術でありながらこの威力。人間にしてはやるようだな」
なんと、ベネラはエリトの竜巻を片腕で受け止めていた。
竜巻を触って受け止めるなど、元の世界の常識では考えられない。おそらく、自身の魔力を操って対抗しているのだろう。
そして奴は、もう片方の腕をこちらに向けて構える。その腕が瞬く間に赤黒い光に包まれていった。
エリトが更に魔力を込め、竜巻の威力を上げるが、間に合わない。
ベネラの腕から、直径2メートルはあろうかという赤い魔力弾が放たれ、俺の視界は闇に落ちていった。
――§――
俺は仰向けに倒れていた。木々の匂いと草の感触。木の枝の隙間からうっすらと青空が見える。
「気が付きましたか?」
声がする方に視線を向けると、一人の少女が座っていた。
ぱっちりした黒目、艶やかな長い黒髪で、青と白を基調としたワンピースを着ている。絵に描いたような清楚系美少女だ。
「ここは『月光の森』。あなたたちは、ここで倒れていたんですよ」
あなたたち……そうだ! エリトたちは!?
慌てて身を起こして周囲を見渡すと、エリトとエリスは俺のすぐそばで横たわっていた。意識はないが、生きているようだ。
「キミが、俺たちを助けてくれたんだね。ありがとう」
「助けただなんて。私は簡単な回復魔法を使っただけですよ」
「それでも、充分助かったよ。俺は西谷っていうんだ。キミは?」
「私はフィア。今は近くの町で教師をしています」
教師と名乗ったその少女は、高校生くらいの年齢に見える。見た目が若いだけで、意外と年上なのか?
「教師? 俺より年下かと思ったけど、意外と――」
「17歳ですよ」
「えっ、いやでも、教師にしては若――」
「17歳ですよ」
顔は笑っているが、言葉の圧が凄い。これ以上聞かない方が良さそうだ。
「ところで、フィアはこの森で何を――」
突然、俺の背後からガサッという音がして、咄嗟に振り返る。
そこには、二足歩行の大きな狼が立っていた。左腕には、太い木を何本も束ねた筏のような盾を持っている。
剣を持っていないのは、単純に用意出来なかったからか、あるいは自身の爪の方が鋭いからだろうか。
「狼人間です! かなり気が立ってるみたいですよ!」
フィアの言う通り、狼人間はこちらを凝視し、唸り声を上げている。
エリトたちが目を覚ます気配はないな。いや、いつまでも二人に頼りっぱなしじゃダメだ。俺が戦わないと。
「こうなったら……先手必勝だっ!」
思いきって一気に間合いを詰め、渾身の力で剣を振り下ろす。
しかし、俺の攻撃は、狼人間の盾によっていとも容易く防がれてしまった。
(っ…!!)
咄嗟に風魔術を発動し、風圧で後退すると、先ほどまで俺がいた場所に狼人間の爪が振り下ろされ、空を切ったのが見えた。
そして、俺の風魔術を受けた狼人間は、傷ひとつ負っていなかった。
「ウソだろ……」
剣も魔術も通じない。力の差は歴然だった。
この間のゴブリンのように、まぐれでなんとかなるような相手ではない。
「勝てない」。それを実感したとき、死の恐怖に身体が震えた。俺は……ここで死ぬのか?
戦いを諦め視線を落とした時、俺の後ろにいる人たちが視界の端に映る。
違う……。俺が戦いを諦めたら、死ぬのは俺だけじゃない。
俺をここまで導いてくれたエリスとエリト。俺たちを看病してくれたフィア。
この戦いを諦めたら、俺はこの人たちを殺すことになる。本当にそれでいいのか?
「確かに、俺は『勇者』じゃないけど……それでも、誰かを護ることはできる!!」
剣を強く握り直し、再び狼人間に向かって走り出す。
普通に斬りかかっても、さっきのように盾で防がれるだろう。それなら、姿を消す魔術だ。
イブから教わった魔力制御を思い出し、光の魔術を発動させる。
しかし、俺の姿は消えず、腕が一瞬ぼやけただけだった。――魔術は失敗したのだ。
振り払われた狼人間の腕をなんとか剣で防ぐが、勢いを殺しきれず、俺の身体は少し離れた木に叩きつけられた。
「うっ!」
やっぱり、光の魔術を実践で使うのは早かったか。いや、魔術自体は発動できた。「魔法と魔術は使い方次第」って、エリスに言われたじゃないか。
痛みを堪え、腕がぼやけた光景を思い出す。
どこかで見たような光景だ。確かこういうのって、蜃気楼? 陽炎? いや、どっちでもいい。何なら間違っていても構わない。魔術に必要なのは、自分のイメージだ。
先ほどと同じように光魔術を発動し、狼人間に向かって駆け出した。
どうせ消えないなら、これでどうだ。
光の魔術で俺の腕がぼやけ始める。そして、咄嗟に思いついた魔術の名を叫んだ。
「<陽炎剣>!!」
俺の肩から、剣を構えた両腕がもう二組現れる。イメージ通りだ。
俺が放った3本の剣の内、1本が盾に阻まれるが、光の魔術で作られた実体のない剣は、狼人間の防御をすり抜ける。
防御に失敗してバランスを崩した狼人間の懐に潜り込むことに成功するが、即座に俺を目掛けて、奴のもう片方の腕が振り下ろされた。
剣の腹に左手を添え、両腕で攻撃を受け止める。奴の体重が乗った攻撃を受け、剣にひびが入り、俺の腕が悲鳴を上げる。
敵の懐で剣を使えなくなった俺だったが、「攻撃手段は剣だけじゃない」。エリトの言葉だ。
狼人間の足の甲を思い切り踏みつけると、奴は悲鳴のような甲高い声で鳴き、更にバランスを崩す。
自由になった剣を下段に構え、狼人間の腰から肩に向かって切り上げる。
そしてその勢いのまま、奴の首に剣を突き立てた。
ドサッという音を立てて、力を失った狼人間の巨体が崩れ落ちる。
そして同時に、ひびが入った俺の剣が根元から折れた。
「勝った……。そうだ! みんなは!?」
後ろを振り返ると、先程までと変わらない3人の姿があった。エリト達の意識は戻っていないが、今の戦いで怪我をしたりはしていないようだ。
「助けていただき、本当にありがとうございます」
「いや、もともとフィアが俺たちを助けてくれたんだし、お互い様だよ」
フィアとのそんなやり取りの後、一呼吸置いた彼女は、真剣な表情で俺を見る。
「――西谷さん」
「ん?」
「あなたはどうして、異世界から『勇者』を呼び寄せるなんてことが行われていると思いますか?」
「えっ? それは……」
言われてみれば、ちゃんと考えた事は無かったな。
答えに詰まる俺を見て、フィアは再び語り出す。
「この世界には、時折強大な魔物が現れるのです。それこそ、私たち人間が束になっても敵わないような、強大な魔物が」
確かに、ここに来る前に遭遇したベネラという転生種の魔物は、信じられない強さだった。
しかもあいつは、自らを邪悪な竜の配下とも言っていた。
「異世界の『勇者』は、この世界の人々にとっての希望なんです。平和に生きていくための希望なんですよ」
平和に生きていくための希望……か。
さっきの狼人間との戦いで、俺は本気で「死ぬかもしれない」と思った。
今まで感じたことのない程の恐怖に、身体の芯が凍るような感じがして、震えが止まらなかった。
この世界の人たちは、日常生活の中でさえ、あんな恐怖に遭遇することがある。
そして、このまま邪竜を放っておけば、魔物の活発化が進み、その被害も増えていく。
俺は今までこの世界を、どこかゲームのように感じていた。邪悪な竜を倒して元の世界に帰るというゲームだ。
だけど、そうじゃなかった。ここは異世界だが、ゲームの世界じゃない。紛れもない現実だ。
この世界の人たちは、魔物という脅威の中で、命を脅かされながら暮らしているのだ。
「世界の平和か。もっと、強くならなきゃダメだよな。俺」
俺の呟きを聞いたフィアが、一瞬微笑んだように見えた。
「西谷さん。良かったらこれを。さっきの戦いで折れちゃったみたいなので」
フィアが俺に手渡してきたのは、一振りの剣だった。諸刃の刀身を持つ直剣で、柄を含めた長さは120cmくらい。まぁ、竹刀と同じくらいだ。使い心地は良さそうだな。
「うっ……」
「エリト!」
背後からエリトの声が聞こえて、慌てて駆け寄る。
意識を失っていたエリトが目を覚ましたようだ。程なくして、エリスの意識も戻った。
「どうやら、上手く行ったみたいね」
「あぁ。追っ手の気配もない」
「えっ? どういうことなんだ?」
二人の会話に困惑する俺に、エリスが事情を説明してくれた。
あの時エリスが発動させたのは、無詠唱の〈転移魔法〉。離れた場所に一瞬で移動できる魔法なのだという。
ただし、本来〈転移魔法〉は、2ヶ所に魔法陣を描いて発動する高度な魔法だ。無詠唱での発動は非常に難易度が高く、エリスでも転移先の座標指定は難しいらしい。
そしてエリトは、エリスの〈転移魔法〉が転生種に気付かれないよう、わざと大きな魔力を放出していたのだそうだ。
「ところで、この魔物はニシヤが倒したのか?」
エリトが狼人間の死体に気付き、俺に尋ねる。
「ああ。二人が俺を鍛えてくれたお陰だ」
「そうか」
言葉はそれだけだったが、エリトはどこか嬉しそうだ。
「この狼人間、変異種になりかけてるわよ? よく倒せたわね」
「ギリギリだったけど、なんとかね」
「なら、ニシヤは俺たちの命の恩人というわけだな」
「いや、俺が魔物と戦えたのは、フィアが看病してくれたからだよ」
「「フィア?」」
「ああ、この子――ってあれ!?」
フィアがいない。森の中で、足音もなく人がいなくなるなんて……。
この森には魔物がだって出るのだ。早く見つけないと、彼女が危ない。
「待ってニシヤさん。あなたが見たフィアって子、黒髪の女の子でしょ。17歳とか言ってなかった?」
「うん。言ってた。もしかして知り合い?」
「なら心配ないわよ。事情は後で話すわ。それよりも――」
エリスが言葉を切って振り返る。
エリスの視線を追うと、木の影から一人の少女が現れた。
透けるように白く長い髪、白い肌、白い長袖のワンピース。整った顔立ちに、宝石のような青い瞳。まるで外国の人形のような、美しい少女だ。
少女がこちらに向かって歩きながら俺に掌を向けると、先ほどの戦いで負った打撲の痛みが消えていく。〈回復魔法〉か。
「回復は……得意。あの狼を……倒してくれたお礼」
見た目のイメージ通りの透き通った声で、少女は俺に話しかけてきた。
「いや、あれは成り行きっていうか……。ところで、キミは?」
「私の名前は……『アミラ・ナーゼ』。この森に住んでる。『幻界の勇者』の末裔」
知らない単語に戸惑う俺を見て、エリスとエリトが補足を入れる。
「幻界」は、ここや俺がいた世界とも違う異世界で、妖精や精霊といった「幻界人」が暮らしている。
アミラは、大昔に幻界からやって来た「勇者」の末裔なのだそうだ。
ん? 「勇者」の末裔? 「勇者」は世界の危機を救うためにこの世界にやってくるんだよな。それなのになんてうらやま……けしからん奴だ。
「邪悪な竜が現れてから……魔物が凶暴化して困ってる。あの狼も、最近急に森を荒らし始めた」
事情を話すアミラに対して、エリスが意を決したように問いかける。
「アミラちゃん。私たちと一緒に来ない?」
「えっ?」
「私たちは、邪悪な竜を倒すために旅をしてるのよ。あなたの力を貸してもらえないかしら」
「……。わかった。一緒に行く」
エリスの問いかけに、一瞬思案したように見えたアミラだったが、直ぐに旅に出る決断を下した。
「命懸けの旅になる。本当に良いんだな?」
「邪悪な竜がいる限り、どこにいても命の危険はあると思う」
エリトの問いかけにも、アミラは迷いなく答える。どうやら、彼女なりに考えた末の結論のようだ。
先ほどの無詠唱回復魔法に加え、俺でも分かる程に強い魔力を持ったアミラは、間違いなく戦力になるだろう。
こうして俺たちは、新たに仲間に加わったアミラとともに森を抜け、近くの町を目指すのだった。
【おまけ】
改めまして、私はフィア。職業は教師です。
この世界にも学校ってあるんだな。まぁ、そりゃそうか。フィアの学校では、どんなことを教えてるんだ?
いい質問ですね。読み、書き、計算、基礎魔法といった日常生活に必要なことを中心に教えています。
希望者には魔術のコツや、より高位の魔法も教えていますよ。よかったら、体験入学してみませんか?
いや……。大学のレポートとか溜まってるから、これ以上の勉強はちょっと……。
あら、残念です。はぁ、どこかに入学希望者はいないでしょうかね。