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第六話 人類の希望

 「陽光の丘」の頂上。俺とイブがたどり着いたそこには、ゴブリン数体の死体と、翼の生えた魔物の群れの中で剣を振るうエリトの姿があった。


 魔物の群れは、一糸乱れぬ連携で、エリトが避ける先や剣を振った直後を狙って攻撃を仕掛けている。攻撃が止む瞬間がまるでないのだ。


「よもや鳥女ハーピーの変異種まで現れよったか。じゃがやることは変わらん。魔力制御は妾がやる。おぬしはイメージに集中するのじゃ」

「ああ。俺だって、ちょっとは活躍しないとな!」


 イブから事前に教わった魔術をイメージする。光が集束し、細くなっていくイメージ。


 細く、細く、細く!


 今まで感じたことがないほどの魔力が、俺の身体を駆け巡る。


 ひときわ大きな魔力を放つ鳥女ハーピーに狙いを定め、限界まで集束させた光を打ち出す。


「行っけぇぇ!!」


 俺が放った光の魔術は、変異種の鳥女ハーピーの片翼を貫いた。

 司令塔が怯んだことで、魔物達の連携が乱れる。


 エリトはその一瞬の隙を見逃さなかった。周囲の空気が薄くなり、エリトが掲げた剣を中心に風が渦巻いて、視認できるほどまで大きくなっていく。


 薄くなった空気の中で、飛行能力を失った鳥女ハーピー達が次々と墜落する。


「〈マクスウェルハリケーン〉!!」


 エリトが魔術の名を叫ぶと、剣が纏った竜巻が一際大きくなり、凄まじい轟音と共に周囲の地面を巻き上げながら、鳥女ハーピー達を飲み込んでいった。


 そして風が止んだ後には、大きなクレータの中心に佇むエリトの姿があった。


「エリト!」


 イブに<神隠し>の魔術を解いてもらい、エリトに駆け寄る。全身の生傷が、戦いの激しさを物語っていた。


「ニシヤか。お前が助けてくれたんだな。礼を言う。だが、お前がいるという事は、冒険者たちは――」

「大丈夫、薬は届けたよ。みんな無事だ」

「そうか。なら、エリスと合流しよう。俺が戦いを長引かせてしまったせいで、消耗しているはずだ」


 エリトと状況を整理し、これからの動きを決める。


「ところで、その子はどうしたんだ?」

「ああ、この子はイブ。俺と同郷の転生者なんだ。ここに来るまで、俺を助けてくれた」


 エリトにイブを紹介する。


「そうか。キミにも助けられたようだ。礼を言う」

「俺からも改めて。ありがとう」

「うむ。苦しゅうない」


 俺たちに礼を言われ、イブはまんざらでもなさそうだ。


「そうだ、イブも一緒に来てくれよ」


 邪悪な竜と戦うための戦力は、多い方がいいはずだ。少数精鋭の作戦とはいえ、一人増えるくらいは問題ないだろう。

 あとはイブの気持ち次第だが……。


「嫌じゃ」

「よし、それじゃあ出発――って、来てくれないの!?」


 来てくれると思っていた俺は、思わず声をあげてしまった。


「騒がしい魔物がおったから手を貸してやったが、これ以上の面倒事はごめんじゃ。洞穴にいた奴らは先に町へ返しておいた故、後は好きにせい」


 それだけ言うと、イブは魔術で姿を消した。


 来てもらえないのは残念だけど、今はエリスと合流するのが先だ。


 エリトに視線を向けると、彼も静かに頷く。彼も同じ考えのようだ。


 エリトと共に、陽光の丘を駆け降りる。


 道中魔物に遭遇することはなかった。お陰で移動はスムーズだったが、逆に言えばそれは、麓にいるエリスを襲った魔物がそれだけ多かったということだ。


 陽光の丘の麓。一面の魔物の死体の中、エリスが座り込んでいた。


「エリス!」


 目立った外傷はないが、かなり消耗しているようだ。肩で息をしながら、エリスが口を開く。


「平気よ……。『任せて』って、言ったもの」


 氷の槍で貫かれた者。炎で焼かれた者。体が切り裂かれた者。外傷が全く無いまま息絶えた者。

 倒れた魔物の様子から、エリスがいかに多彩な魔法を使いこなして戦ったのかが見てとれた。


 無事に合流した俺たちは、少し離れた場所まで歩いてテントを張ることにした。


 魔物の死骸だらけのところじゃ休めないしな。



――§――



 翌朝、陽光の丘の方角を見ると、魔物の死骸が消えていた。


 魔物に限らず、この世界の生物は、息絶えると体内の魔力が霧散し始め、最終的には砂になってしまうという話だ。

 倒した魔物の素材を武具等に利用したり、死者を弔う場合などは、魔力の霧散を防ぐ薬品や魔法が用いられるそうだ。


「さて、無事に変異種を倒したことだし、陽光の丘に来たもうひとつの目的について話すわよ」


 エリスがこの時を待っていたとばかりに、上機嫌に話し出す。


「陽光の丘には、一人の少女が住んでいるという噂があるのだけど、その少女はなんと……異世界からの転生者だと言われているのよ!」

「ここに住んでる転生者……。もしかして、イブのことか?」

「えっ……。もしかして、もう会ったのかしら?」


 俺が驚くのを期待していたのか、エリスの声が明らかに小さくなる。


「ああ。魔力制御のコツを教わった。凄くわかりやすかったよ」

「そう。私の説明よりわかりやすかったのね。いいのよ。同じ異世界出身者に会えば、なにか掴めるかもって思って話したのだし……」

「えっ? いや、そう言う意味じゃなくて」


 表情を失ったエリスが視線を落とす。ずーんという効果音が聞こえそうだ。


「ニシヤ。たまには男だけで話でもしないか?」


 エリトが不自然な笑顔で話しかけてくる。目が笑っていない。

 というか、普段クールなやつがあからさまな作り笑いをしてるってだけで普通に怖い。


「いや、待って、違う! 誤解なんだ!!」


 大人になってからこの世界にやって来た俺は、転生者含めこの世界で生まれた人間と違い、無意識に魔力を操る感覚を知らなかった。イブにはそれを教わっただけだ。


 二人にそこまで説明し、誤解を解くまでにはかなり時間が掛かったのだった。



――§――



 港町アーメリアに戻ってきた俺たちは、冒険者ギルドに顔を出していた。

 エリスが依頼を出していた品が納品されたというのだ。


 冒険者ギルドとは、簡単に言えば冒険者に仕事を斡旋するための施設で、各地に支部があるのだという。


 夕方という事もあり、ギルド内は依頼の報告に来た者、打ち上げの宴会をする者たちでごった返していた。

 冒険者ギルドは飲食店としての役割も果たしており、酒類も提供されているようだ。


 ギルドの受付で品物を受け取ったエリスが戻ってくる。


「何を頼んでたの?」

「これよ。私の考えが正しければ、面白いことができるわ」


 エリスが見せてきたのは、キャップ付きの小さな水筒だった。容量は300mlくらいだろうか。

 普通の水筒と唯一違うのは、本体の下の方に蛇口がついていることだ。


 ウォータージャグにしては小さすぎるし、何に使うんだろう。


「あれ? 『勇者様』じゃないですか!」


 声を掛けてきたのは、「陽光の丘」で助けた冒険者一行だった。


「皆さん! 無事だったんですね!」

「ええ。『勇者様』が薬を届けてくれたおかげです。あの変異種ゴブリンも、『勇者様』が倒してくれたんでしょう?」

「いや、実は――」


「『勇者様』だって!?」

「あの青年が? あまり強そうじゃないが」

「馬鹿! 『勇者様』のお力は、俺らなんかには測れねぇんだよ!」


 俺たちの会話を聞いて、周りの冒険者たちがざわつき始める。


「ニシヤ。俺たちは先に宿屋に戻っているぞ」

「えっ!? ちょっと――」


エリトたちは、俺を見捨ててギルドから出て行ってしまった。


「『勇者様』。俺らの席で飲もうぜ!」

「変異種を倒したって本当ですか! その時の状況や倒し方を詳しく!」

「『勇者様』が降臨していたとは。これで世界が救われる……」


「いや、だから俺は――」


 気が付くと、大勢の冒険者たちが俺に群がってきていた。


 邪竜が目覚め、魔物が凶暴化した世界に現れた「勇者」。

 不安な毎日を過ごす彼らの前に、伝承に語られた救世主が現れたとなれば、この興奮もわからなくはない。


 だが、彼らは最も大切なことに気付いていない。

 

「俺は『勇者』じゃないんだってば!」


 しかし、俺の声は冒険者たちの熱気の渦に飲み込まれ、誰の耳にも届くことはなかった。


「店員さん! 俺たちと『勇者様』に、一番いい酒を持ってきてくれ!」

「『勇者様』! 握手してください!」


 結局、冒険者たちから解放されて宿屋に戻った頃には、日付が変わっていたのだった。



――§――



 翌朝、寝不足で辛い身体を引きずって宿屋のロビーへ行くと、エリトたちが朝食を摂っていた。


「おはよう。ニシヤ」

「おはよう。昨日は大変だったみたいね」

「ほんとだよ。二人ともさっさと帰っちゃうんだもん」


 愚痴を言いながら、俺も朝食を注文し、二人に合流する。

 ここの焼き魚は旨いからな。


「変異種を倒したのは俺じゃないし、そもそも俺は『勇者』じゃないからね?」


 エリトがやったことで俺が誉められるのは、手柄を取ってしまったみたいで良心が痛む。


「ゴブリンの変異種はなんとかなったが、鳥女ハーピーの変異種は、ニシヤがいなければ危なかった。俺だけの勝利じゃない」

「ニシヤさん。そろそろ『勇者』であることを隠さなくても良いと思うの。この世界の人々には、『勇者』という希望が必要なのよ」


 この二人は、いつになったら俺がただの大学生だと信じてくれるんだろうか。


「そうそう。昨晩、団長から<念話魔法(ねんわまほう)>で連絡があったの。ニシヤさんにも伝えておくわね」

「団長? <念話魔法>?」

「ああ、そこからよね。ごめんなさい」


 話について行けなかった俺に、エリスが説明を始める。


 <念話魔法>とは、あらかじめお互いの魔力を認識しておくことで、遠距離でも念話による意志疎通が出来る魔法のことだそうだ。

 まぁ、平たく言えば「携帯電話」みたいなものだな。


 もっとも、この魔法は習得がかなり難しい部類であることに加え、お互いが魔法を習得していないと機能しないため、使えるのは王国魔術師団でも上位の人間だけらしいが。


 さて本題だが、昨日、ファンタベル王国魔術師団長「メルヘア・クロニカ」が率いる王都防衛軍の前線に、「転生種(てんせいしゅ)」という魔物が現れたらしい。

 何とか撃退したものの、甚大な被害が出たそうだ。


 ここまでが、<念話魔法>による報告だ。


 更に、エリトの補足説明が入る。


 「転生種」というのは、「変異種」以上の知性と力を持った、人語を解する強力な魔物で、1体で魔物数千体に匹敵するほどの戦力を持つとされている。


 現在確認されている転生種は全部で3体だそうだ。


 邪悪な竜は、これら転生種の魔物も従えているため、いずれは戦うことになるだろうとのこと。


 一体で軍に被害を出すような奴らを倒して、更に強い邪竜も倒す。途方もない話だ。実感が湧いてこないと言うのが率直な感想だな。


 けど、倒さないと帰れないしな。


 エリトの話を聞き、俺が頭を抱えていると、今度はエリスが話し始める。


「ニシヤさんも起きてきたことだし、昨日のこれ、見せてあげるわね」


 エリスが取り出したのは、昨日ギルドで受け取った小型ウォータージャグだった。見た目は昨日と変わらないようだが。


「蛇口の栓をひねってみて」

「わかった」


 エリスに言われるがまま、コップの上で邪口の栓をひねってみると、コップに緑色の魔力回復薬が注がれた。

 満タンになったコップを入れ替えて2杯目、3杯目、4杯目。明らかにジャグの量以上の回復薬が出てくる。


「なにこれ?」

「水筒のフタの裏側に<異次元収納>の付与魔法を掛けて、魔力回復薬を流し込んだのよ。量で言えば、このコップを500杯くらいは満タンに出来るわ」

「そんなに!?」

「どう? すごいでしょ」


 俺のリアクションに満足した様子のエリス。コップ500杯分の魔力回復薬は確かに凄い。

 だが、俺が今気になっているのはそこじゃない。


「ところで、このコップに注いだ魔力回復薬はどうするの?」

「元には戻せないわよ。一度コップに注いだやつを戻したら、純度が落ちるもの」

「じゃあ、誰が飲むの?」


 エリスが無言で目をそらす。これは……絶対考えてなかったやつだ。

 エリトを見ると、窓の外を眺めている。戦闘以外では、本当に頼りにならないお兄さんである。


「まぁ、あれよね。ただ飲むのももったいないし、魔力制御の練習をしながら飲みましょうか。ね?」


 こうして俺は、宿の中で使っても平気な光の魔術を練習しながら、消費した分の魔力を苦い回復薬で補給するのだった。



【おまけ】

今回は俺、ちょっと活躍できたんじゃないか?


うむ。前回の体たらくから比べれば、幾分かマシかの。(わらわ)の指導の賜物じゃ。


まぁ、それについては感謝するけどさ。

それはそうと、エリスが持ってたウォータージャグ。あれに魔力回復薬じゃなくて、酒とか入れたら最高じゃないか?


ニシヤさん……。私は邪竜討伐の旅に役立つと思って用意したのだけど、そんなこと考えてたのね……。


ニシヤお前、今回の旅を舐めていないか?


いや、そうじゃなくてさ! 何日か頑張ったら酒が飲みたくなる生き物なんだよ俺たちは! わかってくれよ!!

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