第五話 変異種
会話文中の、西谷の名前表記について。
西谷が日本人だと知っているキャラクターの台詞では、「西谷」と漢字表記にしていきます。
翌日。俺たちは、「陽光の丘」から少し離れた林から、エリスの〈索敵魔法〉で敵の動きを探っていた。
〈索敵魔法〉とは、自分周囲の魔力反応を探る魔法だ。
込める魔力を増やせば探索範囲が広がり、魔力制御の技術が高いほど、魔力反応の大きさや動きがわかるようになるのだ。
「周囲を警戒している魔物がいるわね。数は5体。こちらに気付いている様子は無いわね」
「見張りか。やはりな」
本来魔物とは、自らの習性、すなわち本能に従って生活するものだ。
しかし、変異種となった魔物は知性を持ち、周囲の魔物を従える。
変異種の魔物を相手にするのは、いわば人間の集団を相手にするようなものなのだ。
だが、こちらは王国軍の騎士と魔術師。魔物だけでなく、人間との戦い方も心得ている。
「援護は任せたぞ、エリス」
エリトはエリスに合図を送ると、「陽光の丘」の方角へ矢のような速さで飛び出していく。
「〈フレイムブラスト〉」
数秒後、エリスの炎魔法が発動し、俺たちから見て斜め前方の方角で大きな爆発が起こる。
「見張りの魔物の反応が消えたわ。流石はお兄ちゃんね。さあ、私たちも行きましょう」
エリスの魔法で敵の注意を引き付け、エリトが魔物たちを仕留める作戦だった。
侵入を敵に気取られないよう、見張りの魔物は一体も打ち漏らさずに討伐しなくてはならない。
遠距離からの魔法攻撃では、5体の魔物を確実に、それも同時に倒すのは難しかったのだ。
「そもそも今の爆発音で、見張り以外の魔物に気付かれたりしないの?」
「そんなヘマしないわよ。『陽光の丘』の麓付近で感じた魔力反応は見張りの5体だけだし、索敵範囲外にはギリギリ音が聞こえないように威力を絞っているもの。それに、風の魔術で煙も散らしたわ。魔法と魔術は使い方次第よ」
言われてみれば、煙は全然見えなかったな。
そんな会話をしながら歩いていき、陽光の丘の麓でエリトと合流する。
今回の作戦はこうだ。エリスが派手な魔法で敵を引き付け、エリトが変異種ゴブリンを暗殺する。
変異種の魔物を潰せば、周囲の魔物の支配も解けるので、全ての魔物を相手にする必要はない。
そして俺の役割は、取り残された冒険者の救出だ。問題は、その冒険者が生きているのかということだが。
「探知出来たわ。冒険者達は無事よ。魔力の反応を見る限り、洞穴に隠れているみたいね。場所は……丘の東側の中腹辺りかしら」
「恐らく、かなり衰弱しているはずだ。傷薬と回復薬を多めに持って行ってくれ」
「わかった」
エリスが冒険者の位置を書き込んだ地図と、魔力回復薬、傷薬一式をリュックに詰める。
聞いた話では、遭難しているのは中堅冒険者だ。これだけの物資があれば、一命は取り止めるだろうという判断だ。
「変異種ゴブリンは……丘の頂上付近に居るみたいね」
エリトが変異種を倒せば、魔物たちの支配が解ける。
エリスは魔物の変化を確認後、俺と冒険者が居る洞穴に向かう。エリトも変異種討伐後、俺たちに合流するという流れだ。
作戦の最終確認を済ませると、エリスが魔法の詠唱を始める。
「ニシヤ、くれぐれも無理はするな」
「ああ。わかってる」
俺とエリトは短い会話を交わし、それぞれの目的地へ向けて走り出す。
10秒程走った俺の背後から、眩い閃光が走り、天を揺るがすような轟音が響いた。
作戦開始だ。
――§――
「陽光の丘」中腹付近。エリトは山頂を目指して走っていた。
風の魔術で空気抵抗を抑え、足音を消し、風のように駆けていく。
「疾風の騎士」という通り名を持つ彼にとっては、風の魔術は自身の手足を扱うようなものだ。
エリスが派手な上級魔法で敵を引き付け、エリト自身も周囲の気配を探りながら走っていた為、今だ魔物との遭遇はない。
しばらく進み続けたエリトは遂に、一体の魔物を発見する。異様な魔力を放つゴブリン――変異種だ。
変異種ゴブリンは、木で組み立てられた椅子に座り、周囲の数体のゴブリンに対して怒鳴るような鳴き声を上げている。
その光景はさながら、暴君と家来といったところか。
周りの木に隠れながら、変異種ゴブリンの背後に回る。気付かれた様子はない。
エリトは静かに風の魔術を発動させる。
剣に風を纏わせて威力を上げる、エリトの得意技〈疾風閃〉だ。
本来魔術は、技名を声に出した方が威力が上がるものだが、今回の目的は暗殺だ。襲撃に気付かれるリスクを負ってまで威力を上げる必要はない。
一足飛びに間合いを詰め、変異種ゴブリンの首を目掛けて剣を突き出す。
刹那、殺気を感じ、咄嗟に身を翻す。
轟音と共に砂埃が舞う。エリトが先程までいた場所に、ゴブリンものではない鉤爪が振り下ろされていた。
鳥女。頭部と胴体は人間の女性のようだが、両腕が翼になっており、鶏のような下半身を持つ魔物だ。
そしてその鳥女は、通常の個体とは比べ物にならないような、異質で強力な魔力を纏っていた。
(二体目の変異種だと!?)
驚愕するエリトの頭上を目掛けて、上空に待機していた鳥女の群れが、雨のように降り注ぐのだった。
――§――
「本当に助かった。ありがとう!」
パーティーリーダーと思われる、大柄な男性冒険者が礼を述べる。
その後ろで、女性冒険者ふたりも頭を下げた。
「いやいや、気にしないでください」
エリト達と別れた俺は、遭難した冒険者達を発見し、傷薬と魔力回復薬を届けたのだった。
何日も遭難していたのに、薬なんかでどうにかなるものかと思ったが、杖を持った女性冒険者が魔力回復薬を飲み、回復魔法を発動すると、そこからの立て直しは早かった。
流石は中堅の冒険者って感じだな。
洞穴から外を覗くと、遠くでエリスの魔法が降り注いでいるのが見える。それは、変異種による魔物の支配が続いている事を意味していた。
まぁ、あの二人なら大丈夫だろう。
「さて、後は俺の仲間が変異種を倒すまでここで――」
「お主、転生者かえ?」
「えっ!?」
突然声を掛けられて振り向くと、洞穴の中に、先程まで居なかったはずの少女が立っていた。
平安時代を思わせるような赤い和服に身を包んだ、腰まで伸びた濡れ羽色の髪をした少女である。
時代錯誤な出で立ちだが、この世界では普通なのか?
冒険者達も、突然現れた少女に驚いている。彼らの仲間でも無いようだ。
「お主じゃよ。そこの黒髪の」
少女が俺を指差し、再び問い掛ける。
「あ、あぁ。俺は転生者じゃなくて、転移者ってことになるらしい」
「転移者……『勇者』というやつか」
「「「勇者様!?」」」
少女の発言に、冒険者達が驚愕する。
いや、俺は「勇者」ではないんだけど。
「お主、名を何と言う?」
「に、西谷だけど」
「西谷か。名前からして、日本人のようじゃの」
「そうだけど……って、今『日本』って言った!?」
「うむ。妾はイブ。日本からの転生者じゃよ」
衝撃だった。転移と転生の違いはあれど、この世界で同郷の人間に会えるなんて。
ちなみに、俺のように、そのまま別世界から来た人間は「転移者」。イブのように、元の世界で天寿を全うし、新たにこの世界で生を受けた人間は「転生者」と呼ばれるらしい。
今更だが、この世界の文字は日本語ではない。だが俺は、会話や読み書きは問題なく出来る。
イブ曰く、魔力のあるこの世界では、「言葉は意思を伝えようとする力」という法則の下、別言語での意志疎通が可能なのだとか。
原理はよくわからないけど、言葉が通じるのならそれでよしとするか。
「時に、丘の頂上で戦っておる騎士はお主の仲間かえ? かなり苦戦しておるようじゃが」
「何だって!?」
イブから驚くべき情報がもたらされる。
このタイミングで、頂上付近で戦っている騎士なんて、エリト以外に考えられないが、苦戦しているだって?
どうする? あいつが手を焼くような相手に、俺が太刀打ち出来るとは思えない。だけど――
俺は居ても立っても居られず、洞穴を飛び出し、頂上へ向けて走り出した。
暫くすると、走る俺の前方に、小さな人影が見えた。子供くらいの大きさで、緑色の肌をした魔物――ゴブリンだ。
数は2体。こちらに気付いている様子はない。
落ち着け、大丈夫だ。教わったことを思い出せ。
魔力を腕に込めて、燃え盛る炎をイメージする。炎の魔術だ。
そして現れた火の玉を、走りながらゴブリンに投げつけた。
拳大の火の玉が、ゴブリンたちの足元に着弾し、奴らの姿勢を崩すことに成功する。
そして、片方のゴブリンを、剣で思いっきり斬りつけた。
よし、まずは1体だ! このまま――っ!?
もう1体のゴブリンが、手に持ったナイフで斬りかかってきた。
咄嗟のことで反応できなかった俺の頬を、ゴブリンのナイフが掠る。
痛い……? 俺、殺される……!?
「うっ、うわぁ!!」
恐怖に飲まれ、無我夢中で突き出した剣が、ゴブリンの胸に突き刺さった。
ゴブリンが悲鳴を上げて仰向けに倒れる。
「かっ……勝った?」
動かなくなったゴブリンを見ながら、おれはその場で腰を抜かした。
これが、俺の初めての実戦だった。
「お主、剣も魔術も下手くそじゃのう。本当に『勇者』かえ?」
戦いの興奮が覚めない俺の背後に、いつの間にか、先程の和服の少女イブが立っていた。
「か、関係ないだろ。仲間がピンチなんだ。用がないなら邪魔すんなよ」
そうだよ。俺はエリトを助けに行くんだ。こんなところで立ち止まっている場合じゃない。
震える足でゆっくり立ち上がり、山頂を目指して歩き出す。
「まぁ聞け。お主の力では、頂上に行っても足手まといじゃ」
「そんなことわかってるよ! けど――」
「わかっておるなら話を聞け!」
イブの声にハッとする。
確かに、イブの言う通りだ。俺には仲間を助ける力もない。だって俺は「勇者」じゃない。ただの人間なんだから。
「ごめん……大声出して」
「よい。早速本題じゃが、魔術を使うとき、お主は魔力をどうやって操っておる?」
「どうって……手に力をグッと込めて」
「やはりの。どれ、同郷のよしみじゃ。走りながら教えてやるとするかの」
そう言うと、イブは俺の手を取り、山頂へ向かって駆け出した。
状況が飲み込めないまま、イブに手を引かれて走る俺だったが、前方に3体のゴブリンを見付け、我に返る。
「イブ! またゴブリンだ!」
「声を出すな。足を止めずに、肩の力を抜け」
イブの指示に従うと、俺の身体中を「何か」が駆け巡る。
強すぎて一瞬わからなかったが、これは、「魔力」だ。
俺とイブの姿が透明になり、ゴブリンの横を素通りする。
「〈神隠し〉。姿隠しの光魔術じゃよ」
「すげぇ……。魔術もだけど、俺に流れ込んできたイブの魔力も強すぎて、ビックリしたよ」
「違う。身体に触れることで、妾がお主の魔力を制御したのじゃ。何度か試す故、魔力制御の感覚を覚えるのじゃぞ」
こうして俺は、イブから魔力制御の感覚を教わりながら、エリトの元へと走るのだった。
【おまけ】
お主、剣も魔術も下手くそじゃのう。本当に主人公かえ?
その件はもういいって! そんなことより、イブも日本人なんだよな。そんな格好してるけど、いつの時代の人なんだ?
格好は趣味じゃ。妾は平成の生まれの若者じゃよ。流行りの言葉だって知っておる。年寄り扱いしたら、おこおこぽんぽん丸じゃ! ……なんじゃその憐れむような目は?
あの……古いしなんかちが……あっ、いや! 次回もお楽しみに!
西谷! そこに直れ! おこおこファイナンシャルクリームじゃぞ!!