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第四話 魔法と魔術と実践演習

 血相を変えて宿屋に飛び込んできた一人の男。

 彼はエリトとエリスを見つけると、目に涙を浮かべながら駆け寄ってきた。

 そんな彼に、エリトが対応する。


「何があった?」

「実は……」


 5日前。冒険者として魔物討伐等の任務を生業としている彼は、いつもと同じようにクエストを受け、3人のパーティーメンバーと共に町を出たのだという。


 冒険者とは、人探しから魔物の討伐まで、様々な依頼を請けて生計を立てる、言わば何でも屋のような職業だ。


 依頼内容は、町の北にある「陽光の丘」で暴れているというゴブリン一派の討伐。


 ゴブリンとは、身長100センチ程度の人型の魔物で、駆け出しの冒険者が一度は戦う相手だ。ナイフや弓などの武器を使うが、戦闘能力は決して高くない。

 群れで現れたとしても、中堅冒険者の彼らの敵ではない。


 しかし、そこは中堅冒険者。ゴブリン相手でも準備を怠らず、油断もしていないはずだった。


「一匹、スゲー魔力を纏ってるやつがいて、そいつが大声で叫ぶと、周りのゴブリン達が、軍隊みてぇな連携で襲って来て、一番足が早い俺に、助けを呼んでこいって。みんなで俺が逃げる隙を作って……」

変異種(へんいしゅ)だな」


 慌てつつも、なんとか事情を説明する冒険者の男に、エリトが答える。


「変異種?」

「ダンジョンの奥地など、空気中の魔力が特に濃い場所でごく稀に発生し、周囲の魔物を従える特殊個体。通常種の同族と比べて、数倍から数十倍の戦闘能力を持つとされる。それが変異種だ」

「変異種が町の近くに出現するなんて、前代未聞よ。このままじゃ、この町も危ないわ」

「邪悪な竜による、魔物の凶暴化が原因と見て、間違い無いだろうな。よく知らせてくれた。直ぐにこの町の騎士団を派遣して」

「待ってお兄ちゃん。少し、気になることがあるの。私たちで向かいましょう」

「……。わかった。直ぐに準備をして出発するぞ」


 素早く方針を決定するエリトとエリス。

 二人は言わば、役職付きの軍人みたいな立場なのだ。

 俺が言うのもなんだけど、この辺りは流石である。

 こうして、俺たちは「陽光の丘」を根城にする、変異種ゴブリンの討伐に向かうのだった。



「ニシヤさん。忘れ物よ?」


 エリスが満面の笑みで差し出してきた水筒に入っていたのは、緑色の液体だった。

 移動中も続けんのかよ!!



――§――



「はぁ、はぁ」

「どうしたニシヤ。もう終わりか?」


 おいおい。騎士団長って言っても、同じ人間だろ? こんなに強いのかよ!

 ヤバイ、このままじゃ、マジで殺される……!


 迫ってくるエリトに、咄嗟に剣を突き立てる。

 対してエリトは、俺が突き出した剣の軌道に自らの剣を重ね、俺と同じように突きを放ってきた。


 甲高い金属音が響き、互いの剣が擦れ会う。


 だが、それも一瞬。


 突きの勢いが利用され、俺の剣が宙を舞う。

 そしてエリトは、流れるような動作で俺の懐に剣を潜らせ、振り抜いた。


「ぐふっ!」


 エリトの剣の腹を鳩尾に食らった俺は、激痛に耐えきれず、その場に倒れ込んだ。


「今日はここまでだな」

「お兄ちゃん、もう少し手加減したら? 練習にならないわよ?」

「手加減なら十分にしているさ。それに、この程度の動きに反応できなければ、魔力がいくら増えても意味が無い」


 港町「アーメリア」から「陽光の丘」までは歩いて2日だ。道が悪く、馬車も使えない。

 その移動時間を利用し、移動中はエリスから魔法を。野営前の時間はエリトから剣術を、それぞれ教わる事になったのだ。


 町を出てから半日、エリトとエリスは一日目の野営の準備を進めていた。


 強行すれば到着を早めることもできるだろうが、今回の目的は冒険者の救出及び、変異主の討伐だ。目的地に着いた時に疲労困憊では意味がない。

 二人は休息の重要性を理解していた。


 ちなみに俺は、二人の指示に従って、小さな薪を組み立てる等の軽作業を行っている。

 エリトにしごかれてボロボロな上に、アウトドアの経験もない俺は、この場では戦力外なのだ。


「これでよしっと」


 あっという間にテントと焚き火が出来上がり、野営の準備が整った。


 街の外には魔物や野盗が現れる為、交代で見張りを行うのが一般的だが、エリスが魔法で結界を張っているため、寝ている間も敵の接近に気付くことができる(〈結界型索敵魔法(けっかいがたさくてきまほう)〉というらしい)。

 更にこのテントは、〈物理攻撃耐性〉と〈魔法攻撃耐性〉の魔法が付与された特注品なのだそうだ。


 そんな貴重なテントがいくつもあるはずがないので、俺たちは3人同じテントで寝ることになる。テント自体はだいぶ広いので、不自由はないのだが。


 ……寝付けない。疲れすぎているのもあるが、この世界に来て数日。邪竜討伐という目標に対して、俺は全く役に立っていない。


 確かに俺は「勇者」じゃないけど、本当にこれでいいのか? そう考えると、不安で胸が苦しくなるのだ。


 それに、もし邪悪な竜を倒せなかったら?  俺は元の世界にはもう二度と――


「ニシヤの魔術の調子はどうだ?」

「風以外の基本属性も一通り教えたけど、まだまだ実戦で使えるレベルじゃないわね。一応発動はするのだけれど」


 隣で横になっている、エリトたちの声が聞こえる。俺の事を話しているみたいだ。

 気まずいので、寝たふりをしながら聞き耳を立てる。


「無理もないな。魔力制御とは本来、幼い頃から日常生活の中で魔力に触れ、年齢を重ねながら自然と身に付いていくものだ。『勇者』とはいえ、魔力のない世界で育ったニシヤにとっては、魔術の習得は難しいものなのだろう。むしろ、発動しただけ大したものだ」

「それもそうね。それに彼、文句を言いながらも、魔力回復薬を飲みながらの修行をちゃんとこなしてる。潜在魔力量も『500』を超えたわ」

「そうか。いずれは人類の希望となる男だ。しっかり導いてやらねばな」

「そうね」

「さぁ、明日は朝から出発だ。もう休む事にしよう」

「ええ。おやすみなさい。お兄ちゃん」


 二人とも……。こんな俺に、期待してくれてるんだな。「勇者」じゃない俺にも、できることがあるのかな。



――§――



 翌日。「陽光の丘」への道中、俺はエリスから魔法の座学を受けていた。歩いてるけどね。


 この世界の魔法は、厳密には2種類に分けられる。「魔法」と「魔術」だ。


 「魔法」とは、魔法毎にある魔道書の内容を覚えて理解した上で、詠唱なり魔法陣なりを使って発動するものだ。


 この魔道書というのがやっかいで、簡単な魔法なら雑誌くらいの分量で済むのだが、難しいものになると、辞書みたいな魔道書の内容を覚えて理解しなくてはいけないらしい。


 習得と発動が難しい分、威力が高いものが多いという。ちなみに、魔法に込められた願いや感情を理解し、共感すると、無詠唱で魔法が使えるようになるとか。


 魔法に込められた願いや感情ってなんだよ。意味わからん。


 ここで「意味わからん」と思った人は、魔法には向いていないんだと。


 詠唱魔法の強さは〈基礎魔法〉〈初級魔法〉〈中級魔法〉〈上級魔法〉〈特級魔法〉の5段階で、後に行くほど習得難易度と威力が上がるらしい。


 無詠唱魔法の取得後、魔法の名前を口にして魔法を発動することを〈詠唱破棄(えいしょうはき)〉。詠唱して魔法を発動することを〈詠唱共鳴(えいしょうきょうめい)〉という。

 順に威力が上昇するが、発動スピードと威力のどちらを重視するかは状況次第である。


 対して「魔術」は、術者のイメージによって魔力を具現化させる術のことだ。俺が宿屋で練習していたのは、この魔術に分類される。


 習得と発動が比較的簡単で、汎用性も高いが、威力は魔法には劣る。

 実戦で使うなら、剣や弓といった物理攻撃時に発動して威力を上げたり、イメージした現象に名前を付けて声に出すことで、イメージをより具体化して威力を上げるのが一般的だそうだ。


 要するに、魔法は理論派で、魔術は感覚派ってことだな。


 ちなみに、エリスが所属する「魔術師団」という呼び名は、魔術を専門に扱う集団という意味ではない。

 数多の魔法を魔術のように無詠唱で操ったとされる、初代団長にあやかって、「魔術師団」と呼ばれているのだ。後衛職の冒険者が「魔術師」と呼ばれるのも同じ理由である。


 こんな感じで話を聞きつつ、時折休憩を挟みながら歩き続ける。


「少し早いが、今日はここにテントを張ろう」


 日が傾いてきた頃、地図を見ていたエリトが口を開く。


 一般的に、魔物は夜に活動が活発になる。この場所を明日の早朝に発てば、魔物の活動が最も鈍くなる昼前の時間に「陽光の丘」に到着できるのだ。


 変異種となった魔物は知性を持つ為、見張りを配置している可能性が高く、これ以上近づけないという理由もある。


 エリスが鞄から、テント、薪、調理器具等、野営に必用な道具を取り出し、準備を進めていく。


 エリスの鞄には〈異次元収納〉という付与魔法がかけられているため、大抵のものは収納出来るのだとか。どっかのロボットみたいだな。


 エリスが野営の準備をする間、俺はエリトと剣の修行だ。


 打ち込んでくるエリトの剣をなんとか防ぎながら、反撃の隙を窺う。昨日、エリトの剣を受け続けたお陰か、昨日より反応できている気がする。


 エリトの剣の軌道を読み、次の斬撃の位置を予測して……。


「そこだ!!」


 俺は渾身の力を込めて、エリトの剣を下から上に薙ぎ払い、反撃に打って出ようとする。


 えっ? エリトの上半身が無い!? よく見ると、エリトは大きく仰け反って――いや、違う!!


 気づいた時にはもう遅い。視界の下から放たれた蹴りを腕に受け、俺の剣が飛んでいく。サマーソルト。バク転蹴りというやつだ。剣を失った俺を目掛けて、エリトの剣が走る。


 ヤバい! 魔術を!


 慌てて腕に魔力を込めるが、間に合うはずもなく、エリトの剣が俺の首元に突き付けられた。


「ニシヤ。お前は相手の剣を目で追いすぎだ。戦いにおける攻撃手段は、剣だけではない。それに、剣を失ってからの判断も遅い」

「それは……まぁ、確かにな」

「俺が敵なら、お前は何度も命を落としている。訓練とは、そういう気構えで臨むもので――」

「あの~、お兄ちゃん。ニシヤさん。野営の準備出来たわよ?」


 戦いについて語り続けるエリトを見かねて、エリスが声を掛ける。


「すまない。あいつを思い出して、つい熱くなってしまったようだ」

「あいつ?」

「剣の弟子よ。お兄ちゃんの」


 エリトには、剣の弟子が1人いるらしい。王国騎士団見習いの13歳の少年だ。彼は努力家で才能もあり、エリトの教えた技術をどんどん吸収する自慢の弟子なのだという。


 そんなのと比べられてもな……。


「明日はいよいよ『陽光の丘』だ。少し早いが、休む事にしよう」


 こうして俺たちは、明日の決戦に備えて床に就くのだった。

【おまけ】

魔術と魔法の違い。ちゃんと覚えたかしら? テストに出るわよ?


エリス先生! 魔法は難しそうなので、俺は魔術1本でいきます!


ニシヤ。それは俺が教えた剣術も捨てるという意味か? ちょうどいい。剣術の抜き打ち試験といこうか。


いや、エリト違う! 冗談通じないのかお前は!? 次回はいよいよ俺の実戦! 活躍してみせるから、その剣をしまってくれ!


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