第三十九話 邪悪な魔獣
「これは……。敵の数がというより、密度が高いと言った方が良いわね」
〈索敵魔法〉で敵の戦力を探っていたエリスが呟く。
オスミウムさんの飛行船に乗った俺たちは、邪悪な魔獣がいるという山脈付近の上空から、敵地の様子を伺っていた。
どうやらこの山脈は、凶暴化した魔物で溢れかえっているらしい。
「氷の上級魔法を使うわ。私以外で、使える人はいるかしら?」
「僕も使えるよ」
「私も大丈夫ですわ」
エリスの問い掛けに答えたのは、同じ魔術師のセルラとアリスだ。
「無詠唱は出来る?」
「問題ないよ」
「私は出来ませんわ。ごめんなさい」
「わかったわ。それじゃ、私とセルラ君は〈詠唱共鳴〉。アリスちゃんは〈詠唱魔法〉で、タイミングを合わせましょう」
魔法に込められた願いや感情を理解し、共感すると、無詠唱で魔法が使えるようになる。
その状態で魔法の名前を口にすることで威力を上げるのが〈詠唱破棄〉だ。
そして〈詠唱共鳴〉はその更に上。無詠唱を習得した魔法の詠唱を敢えて行い、魔法と感情を共鳴させることで、威力を大きく上昇させる。
欠点と言えば、感情移入の為に集中力を高める必要があるので、隙が大きくなるところだが……。
「うむ。なら、3人の魔法が発動する瞬間に、〈反転召喚〉で敵陣に飛ぶことにしようぞ」
申し出たのは、光属性特化の転生者の少女イブだ。
「飛ぶとしようって、〈反転召喚〉はおいらの魔法だろ? なに仕切ってんだよ」
「妾が〈千里眼〉で目になってやらねば、ろくに使えもせんじゃろ?」
「はぁ!?」
イブに食って掛かったのは、召喚魔法特特化の転生者の少年フェノだ。
〈反転召喚〉は、視認した地点に自身と周囲を転移させる召喚魔法だ。
光を操って遠くを見通し、触れた相手にも視界を共有できるイブの魔術〈千里眼〉と非常に相性が良い。……術者の相性は別として。
「ありがたいわね。あとは、転移の場所だけど……」
「それは私が判断しよう」
思案を巡らすエリスに、オルガネラが応える。
凶暴化した魔物が溢れる山で、詠唱がちょうど終わったタイミングで、この人数が安全に降り立つ方法。そう簡単ではないはずだが。
「オルガネラの旦那。なにか方法があるんスか?」
「問題ない。私の勘はよく当たるんだ」
「お父様!!」
「フッ。冗談だ」
えぇ!? たぶん冗談じゃないでしょそれ!?
オルガネラは、事前に作戦を明かさないだけで、どんな作戦も成功させてきた。これが周りからの彼の評価だ。
しかし俺は、オルガネラの戦術が運と直感だけで成り立っていることを知っている。
ここは言うべきか……?
「まぁ、オルガネラが言うならそれでいいわ。イブちゃん、〈千里眼〉をオルガネラにも共有してあげて」
「承知した」
「さて、あとは――」
言うべきか否かを迷っているうちに、話がどんどん進んでいく。
あぁ、もう良いか。転移した瞬間にヤバかったら、その時考えよう。
「それじゃ、始めるわよ」
エリスの掛け声と共に、魔術師たちが詠唱を始める。
集中力と共に高められた魔力により、空気が張り詰める。
作戦開始だ。
「「「身を裂くような哀しみも、心を貫く寂しさも、全ては無垢な想いに消えゆ。哀しい雫も静かに包み、優しい冷気が心を染めて。世界に、幸せの雪が降るように――〈シエル・フロスティア〉!!!」」」
「今だ!」
「〈反転召喚〉!」
体がふわりと浮かんだかと思うと、周囲の景色が一瞬で屋外に切り替わる。
見渡す限りの魔物の群れの中、ポツリと空いた一角に、俺たちは転移したのだ。
マジかよ……本当に上手くいった。
そして俺の視界は、再び切り替わることになる。
はらはらと雪が舞い散る刹那。俺たちの足元が凍りつく。
その氷が、目にも止まらぬ速度で大地を駆け抜け、見渡す限りの魔物の群れを一瞬で凍らせたのだ。
エリスがパチンと指を弾くと、凍った地面と魔物の群れは粉雪となって消えて行った。
「これで、山の中腹辺りまでは片付いたはずよ」
「うむ。そのようじゃな」
エリスの言葉に、〈千里眼〉で遠くを見通したイブが頷く。
「では、〈反転召喚〉だ。地点は私が指示しよう」
「言われなくても、準備してるぜ〈反転召喚〉!」
オルガネラの言葉と共に、フェノが再び〈反転召喚〉を唱え、山の中腹に転移する。
その後も、カラムが〈アースグレイプニル〉で地上の敵を串刺しにし、アミラが〈賢者の海〉で空の敵を撃ち落とす。
ある程度の範囲の敵が殲滅出来たところで、次の地点まで〈反転召喚〉転移する。
この繰り返しだ。
信じられないくらい順調だ。もしかして、俺いらないんじゃないか?
こうして他のメンバーで邪悪な魔獣を倒し、俺は元の世界に帰還した。……という展開にはまぁ、ならないよな。
山頂付近に差し掛かった頃、やつはそこにいた。
山羊のような頭に、熊のような身体。背中に蝙蝠のような小さな翼を生やした漆黒の魔物。
全長5メートルはあろうかという巨大な魔物――邪悪な魔獣だ。
その身が放つ威圧感で、身体の芯から凍えるような錯覚を覚える。これは、根源的な恐怖だ。
こいつは、他の魔物とは違う。
とはいえ、こいつはまだ俺たちに気付いていない。俺たちに背を向け、空を仰いでいるのだ。
皆と目配せを交わし、戦闘態勢を取る。先制攻撃だ。
俺が使える遠距離攻撃で、一番威力がある技と言えば……。
(いくぞ、フェリア)
『言われなくてもわかってるぜ』
「〈インフェリアルソード〉」
携えた2本の剣に魔力を込めて、白黒の光の大剣を出現させる。そして……。
「<静電剣・雷刃>!」
黒剣を振り抜き、黒い稲妻を走らせる。
同時に、魔術師組が発動した魔法が一斉に魔獣を襲う。
凄まじい轟音と共に砂煙を上げ、魔獣の姿が見えなくなる。
あの図体で、これだけの攻撃を避けられはしないだろう。勝ったか?
砂煙が晴れると、そこには大きく抉れた地面があるだけだった。
俺たちは、魔獣を討伐したのだ。
思ったより呆気なかったが、今回は強力な仲間も沢山いたしな。闘いは楽に勝てるに越したことはない。
(なんか実感わかないけど、とりあえず一件落着――)
『ニシヤ君! 後ろっ!!』
(えっ?)
「<断空閃>!」
「〈ブリザードドレス〉!」
「〈アゴラブレイク〉!」
フェリアの声に振り返るより早く、叩き付けるような風圧が俺を襲う。
風の刃を貫き、氷の盾を砕き、炎の拳とぶつかり合ったそれは――たった今倒したはずの邪悪な魔獣の拳だった。
なんだ!? 避けられたのか!? だが、俺たちの総攻撃が当たる瞬間まで、奴から目を逸らしてはいないはずだ!
「押し返す……! 〈虹の入江〉!」
アミラが放った無数の白銀の弾幕により、邪悪な魔獣は体勢を崩しながら後退していく。
考えるのは後だ。今度こそ、確実にこいつを倒す!
「<灼熱剣>!」
体勢を崩した邪悪な魔獣の首元を目掛けて、俺は灼熱を纏った黒い光の大剣を突き出した。
当たった! 今度こそ……!
「グオォォォォッッ!!」
地の底から響くような雄叫びを上げ、邪悪な魔獣の身体は、黒い液体と化して消えていった。
一時はどうなるかと思ったけど、今度こそ本当に――えっ?
「嘘だろ……」
魔獣の消滅を確認して安堵した俺は、自分の目を疑った。
たった今倒したはずの邪悪な魔獣が、俺の前方にもう一体。――いや、俺たちを囲むように、20体以上も現れていたのだから。




