第三十七話 嵐の中の激闘
金属が激しくぶつかり合う甲高い音が、断続的に響く。
互いの剣が火花を散らし、空気を震わせる。
エリトとオルガネラは、一歩も譲らず剣を打ち合っていた。
「<疾風閃>!」
風の魔術で剣の切れ味とスピードを上げる、エリトの得意技だ。
しかし、オルガネラはエリトの剣を斜めから受け止め、器用に薙ぎ払う
そしてその勢いのまま、エリトに剣を突き出した。
「<断空閃>!」
エリトも負けていない。自身の周囲に無数の風の刃を発生させる魔術、<断空閃>で、オルガネラの剣を打ち払う。
風の魔術は、剣術との相性が良い。戦いの中で自在に扱えるようになれば、剣の威力を上げることも、手数を増やすことも出来る。
魔法がほとんど使えないエリトは、剣術と共に、風の魔術をひたすらに極めてきた。
そんなエリトの攻撃を一本の剣で防ぎきるのは、先代の騎士団長オルガネラといえど難しかった。
剣が交わる度、少しずつ、オルガネラの体に切り傷が走り始める。
劣勢を感じたオルガネラは、大きく飛び退き距離を取った。
「……わかった。それでは、私も本気で相手をしよう」
オルガネラは右手の剣を逆手に持ちかえると、左足を半歩引き、静かに目を閉じた。
「っ……!?」
エリトには、その構えに見覚えがあった。
西谷が天界での修行を終え、魔術隷剣フェリアと対話出来るようになってからの構え。
かつて王国の文献で読んだ、フェリア王女の絶対防御の剣術だ。
「天使の羽ばたきが、世界を包む七色の風になる――」
「させるか!」
オルガネラが口にしたのは、魔法の詠唱。それも、風属性の上級魔法のものだ。
まともに食らえば、今のエリトでもただでは済まない。
詠唱を止めるべく、エリトはオルガネラに斬りかかる。しかしその刃は、瞳を閉じたオルガネラに、いとも容易く止められた。
数瞬の間に幾度も斬撃を放ち、防がれ、エリトは理解した。
文献に残るフェリアの剣術が、受け流しを主体とした防御術なのに対し、オルガネラの剣術は、膂力を活かして攻撃を受け止めるものだ。
オルガネラは、西谷のように、フェリアの剣術に合わせて体の柔軟性を高めるのではなく、自身の戦い方に合わせて剣術をアレンジしていたのだ。
「悪魔の羽ばたきが、世界を切り裂く漆黒の嵐になる――」
オルガネラの詠唱は続く。
魔法の詠唱は、心を落ち着け、魔法に込められた感情や願いを感じながら行うものだ。剣戟の最中に片手間で出来るようなものでは決してない。
しかしオルガネラは、魔法の詠唱に集中しながら、エリトの攻撃を無心で捌き切っているのだ。
いかにしてそんな芸当を成し得るのか。それがオルガネラという男だった。
止められない。そう直感したエリトは、攻撃を止めて一足飛びに距離を取る。
「ぶつかり、混ざり、融け合って、世界を巡る輪廻となって――〈リインカネーション・アトモスフィア〉!」
「〈マクスウェルハリケーン〉!」
そして、発動したオルガネラの魔法に対抗すべく、全力の風魔術を自身の剣に込め、大きな竜巻を纏わせる。
暖かい空気がエリトを優しく包み、ふわりと浮かび上がらせる。言葉にし難い浮遊感がエリトを襲い、体の自由を奪っていく。
そして、恐ろしい程冷たい風の刃が、エリトに向かって一斉に襲いかかった。
空中で自由の効かない体を必死に動かし、竜巻の剣で風の刃を払っていく。しかし、いかにエリトと言えど、この状況で全ての攻撃を防ぐのは不可能だ。
風の刃による全方位からの集中砲火を受け、エリトの体はズタズタに切り裂かれていった。
そして魔法が切れた頃、片膝をつき、身体中から血を流したエリトの姿がそこにあった。
「むっ? すまないエリト。つい熱くなってしまった。大丈夫――」
「来るなっ!」
傷だらけのエリトを心配し、駆け寄ってくるオルガネラを制止する。
「勝負は……これからだ」
落とした剣を拾い上げ、ゆっくりと立ち上がったエリトは、腰の位置で剣を構えた。
「何を言っている? もう勝負は――」
「気を付けろよ、オルガネラ。この技には、威力を加減する方法がないんだ」
魔術とは、イメージを具現化する術のことだ。発動する魔術に名前をつけることで、よりイメージが具体化され、威力が上昇する。
故に、魔術の名前は自身で考えて名付けなければ意味がない。イメージを具体化できないからだ。
エリトは悩んでいた。自身が身に付けた最強の技に付ける名前を。
そんな時、親友の勇者が声を掛けてきた。「剣と魔術。二つの道を同時に極めたエリトにこそ、こんな名前が相応しいんじゃないか」と。
その技名の意味はわからなかった。だが、そんなことはどうでも良かった。
親友が、自分を称えて名付けてくれた。それ以上の理由は必要なかった。
「〈シュレディンガー・ツヴァイ〉!!」
音速を越える速度で剣を振り抜き、一瞬遅れて衝撃波が走る。
「むっ!?」
咄嗟に剣を正面に構え、オルガネラが衝撃波を受け止める。
しかし、その勢いは止まらない。
両足を地面につけたまま、オルガネラは引き摺られるように後退していく。
「くっ……うおぉぉぉっ!!」
そして、自宅の玄関まで押し戻されたところで、力を振り絞って剣を振り上げ、衝撃波を拡散させた。
しかしその行動により、全ての力を使い果たしたオルガネラは、力なく座り込んだ。
「俺の勝ちだ。オルガネラ」
「あぁ、どうやらそのようだな。あのエリトが……ここまで強くなるとはな。ところでエリト。なぜ私たちは戦っていたのだ?」
「……はぁ。俺もエリスも、お前に守られていた頃の俺たちじゃない。それが言いたかっただけだ」
相変わらずのオルガネラの態度に呆れつつも、エリトは伝えたかった言葉を告げ、オルガネラの隣に腰を降ろした。
「お兄ちゃん! 何やってんのよ!」
「ん? エリスか」
嵐が去った戦場に、すぐに次の嵐が訪れる。
「1階はネリーゼちゃんたちのお部屋があるのよ!? 私が守らなかったらどうなっていたと思っているのよ!」
「む? どういうこと――ば、馬鹿な……」
エリスの言葉で、自宅の方へ振り返ったオルガネラは、自分の目を疑った。
そこには、1階部分こそ氷に守られていたものの、2階から上が跡形も無く消し飛んだ、変わり果てた我が家の姿があった。
「オルガネラ! あなたもあなたよ! こんなところで上級魔法なんて、なに考えてるの! 私がいなかったら、ネリーゼちゃんたちまで大怪我だったんだからね!」
失意のオルガネラに、エリスが更に追い討ちを掛ける。
「あ、あの! まずはエリトさんに回復魔法を掛けないと! 血だらけじゃないですか!」
この場で一番冷静だったのは、ネリーゼだった。
エリトに駆け寄り、回復魔法を唱え始める。
「私は、どうすれば良いんだ……。まだローンだって……」
「パパ。大丈夫だよ」
虚ろな目で天を仰ぐオルガネラに声を掛けたのは最年少のネムシーだ。
「ネムシー……」
「今まで、パパだけ5階のお部屋だったから、寂しかったんだよ。だけど今日からは、みんなで1階で暮らせるでしょ? だから大丈夫だよ」
「ネムシー!」
オルガネラは瞳に涙を浮かべ、ネムシーを抱き締めた。
「はぁ。王国になんて報告したら良いかしらね……」
エリスが頭を抱えていると、屋敷の敷地外から声が聞こえてきた。
「お嬢! 屋敷が! 屋敷がないッスよ!!」
「うるさいですわよテレス。屋敷がないことくらい、言われなくてもわかって……。屋敷がありませんわ!!」
「お兄ちゃん。オルガネラ。私は関係ないから知らないわよ? 二人からみんなに説明してよね」
エリスは、座り込むエリトたちと、屋敷の敷地に入ってくる西谷たちを交互に見ると、再び頭を抱えるのだった。




