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第三十六話 修行の成果

「〈アゴラブレイク〉!」

「遅いッスよ!」


 西谷、アミラがそれぞれの相手と戦っている頃、カラムもまた、オルガネラの家族であるアリスとテレスとの戦いを繰り広げていた。


 カラムが放った拳は、槍使いのテレスによって、悉く防がれていた。


 確かにテレスは優れた槍使いであったが、それでも、魔界での修行を乗り越えたカラムであれば、充分に圧倒出来るだけの実力差がある。


 しかし、実際にはそうはならなかった。

 テレスの後方で、人間の動きを阻害する“歌”を歌っているアリスがいるためだ。


 声の周波数を自在に変え、対象の種族が苦手とする音を発して動きを阻害する。それが彼女の魔法だった。


「ちっ! やりづれぇな! だいたい、あんたは平気なのかよ!?」

「自分ッスか? 自分はお嬢の“音痴”には慣れてるもんで」


 同じ人間でありながら、苦しむ様子のないテレスは、カラムからの質問に飄々と答える。


 アリスが鬼のような形相でテレスを睨む。戦闘中でなければ、間違いなく掴み掛かって来ていただろう。


「あーあ。変な質問するから、お嬢に怒られたじゃないッスか!」

「危ねぇ!」


 反撃に転じたテレスの槍が、カラムの頬を掠める。


「終わらせるつもりだったんッスけど、よく避けたッスね」

「てめぇ……」

「まぁでも、もう合格ってことで良いんじゃないッスか? お嬢の"歌"を聞きながらこんだけ動けるんすから、カラムの旦那の力は充分わかったッスよ」

「合格……だと?」


 カラムは躊躇っていた。

 カラムが使う〈精霊憑依〉は、契約した精霊を、文字通り自身に憑依させて力を借りる戦い方だ。

 当然、自分以外の存在を受け入れるには、相応の精神力が必要になってくる。


 恐らく自分は、テレスたちよりも強い。そんな自分が、“歌”によって不安定になった状態で力を使い、万が一加減を誤ったらどうなる?

 力を見るという戦いで、これから共に戦うであろう彼らの命を危険にさらしてまで、力を誇示する必要があるのか?


「……やめだ」

「はい?」


 しかし、先程からの続くテレスの上から目線の発言で、カラムの中にある何かが切れた。


「俺の力が見てぇんだろ? だったら見せてやるよ! 〈双霊憑依そうれいひょうい! 〈ムスペルフォーム〉!〉」


 炎が人型をかたどったかのような、炎の化身と化したカラムが拳を振り抜く。

 迸る炎が、身を剃らしたとしたテレスの鼻先を焦がした。


「いやいや、終わりって言ったじゃないッスか!?」

「ちゃんと避けろよ? ……避けられんならな! 〈双霊憑依そうれいひょうい! 〈アースグレイプニル〉!」


 飛び退いたテレスが地面を踏み抜く。カラムの地の精霊の力で、地面が脆くなっているのだ。

 そして、地面から飛び出した無数の槍が、身動きのとれないテレスを一斉に襲う。


「ちょっと、ヤバイッス! ヤバイッスよお嬢! 自分死ぬッス! 早くするッスよお嬢!」


 上半身を器用に捻り、なんとか地の槍を防ぐテレスが、必死にアリスに呼び掛ける。

 しかし、アリスはカラムの力を押さえる“歌”を歌っている最中だ。テレスを助けることは出来ない。


「終わりだぜ。<ヘイムヘルフレイム>!」

「――っ!!」


 カラムが拳に纏った大きな炎がテレスを襲う。

 しかしその炎は、テレスに触れると同時にかき消された。


「なっ!?」

「聞き取れなかったッスよね。お嬢の魔法。〈エクステンシア・フィロソフィー〉」


 淡い光に包まれたテレスが、息を整えながら続ける。


「お嬢の“歌”は、それ自体が詠唱なんスよ。発動する魔法は、自分らの存在証明。今のオイラたちは無敵なんスよ」

「無敵だと……?」

「まぁ、敵の攻撃を無効化するってだけッスけどね。だから攻撃手段はないし、この勝負は引き分けってことで――」


 テレスの言葉を遮るように、カラムがテレスを殴りつける。


「いや、ちょっと! 何してるんッスか!? 効かないって言ってるじゃないスか!」


 テレスの言葉通り、カラムの拳は、見えない何かに阻まれるようにテレスの手前で動きを止め、鈍い音を響かせる。

 何度も、何度も、繰り返し殴る。

 結果は変わらない。しかし、カラムは止まらなかった。


「いや、もういいじゃないッスか! この魔法は、防御力がどうとかって話じゃ――」

「ごちゃごちゃうるせぇ! 理由を言われたくらいで納得できねぇのは、ご先祖譲りなんだよ!」


 カラムの髪と瞳が、燃えるようなオレンジ色に染まっていく。

 地水火風の四精霊の力が混ざり合った、「魔界の勇者」と同じ姿だ。


「歯食い縛れよ!」

「いや、ちょっと待つッスよ!」


 とっさに防御の構えを取るテレスに、全体重を乗せたカラムの拳が突き刺さる。


「うそッス……。こんなこと……!」


 ミシミシとガラスが軋むような音とともに、テレスが後方に吹き飛ばされた。

 あらゆる攻撃を無効化するはずのテレス達の魔法を、カラムの力が上回ったのだ。


「……っ!? はぁ。降参ですわよ。あなた勝ちでいいですわ」

「わかったよ。女を殴る趣味はねぇからな」


 驚いた表情でこちらを見ていたアリスは、カラムと目が合うと、肩をすくめてため息をつき、降伏宣言する。


「驚いたッス……。〈エクステンシア・フィロソフィー〉を使ってダメージを受けたのは、オルガネラの旦那と戦った時以来ッスね。


 吹き飛ばされたテレスが、フラフラとよろめきながら戻ってきた。


「やっぱり強いのか。あんたらの親玉は」

「はいッス。世間的には『知将』としての功績が広まってるッスけど、あの人の凄さはそこじゃないんスよ」

「私たちの知る限りですけれどね、あの人は――戦いでは1度も負けたことがないんですのよ」


 アリスとテレスの言葉を聞いたカラムは、険しい表情で、オルガネラの館の方角を静かに見据えた。



 ――§――



 曇天の空を背景にそびえる大きな屋敷。エリトとエリスは、オルガネラの待つ屋敷にたどり着いた。


 二人にとってオルガネラは、幼い頃から同じ村で育った、血の繋がらない兄のような存在だった。


 先代の騎士団長に上り詰める程の剣術も、知将として名を馳せる知力も、幼い頃からその片鱗を覗かせていたオルガネラは、2人の憧れでもあった。


 そんな彼の最大の短所は、自分の考えを絶対に明かさないことだ。


 今回も、邪悪な魔獣を打倒するために動いていたのだろうということはわかる。


 しかし、どんな理由があったとしても、ファンタベル城を襲ったことは、騎士団長と魔術師団副団長の立場からいえば決して許せることではない。


 魔獣を倒して世界を救うことが最優先事項だとしても、行動の理由だけは明確に聞いておかなければ、背中を預けて闘いに挑むことは難しいだろう。


 だが、それ以上に――


「オルガネラ。どうしてお前は、いつも一人で先に行こうとする? どうして何も話してくれないんだ?」


 幼い頃から抱き続けた想いを、エリトは静かに呟いた。


「お兄ちゃん?」

「いや、大丈夫だエリス。……行こう」


 屋敷の敷地に踏み入れた2人を拒むように、生暖かい風が頬を撫でる。

 手入れがされていない大きな庭には雑草が生い茂り、屋敷の外壁には所々蔦が巻き付いてる。


 そして、正面に見える、5メートルはあろうかという鉄製の大きな扉の前に、彼は立っていた。


「オルガネラ……」


 玄関までは距離があるので、エリトの声は届かない。しかし、エリトたちの姿を認めたオルガネラは、右手を大きく挙げて手を振った。


「〈アクアフォール〉!」


 少女の声と共に、巨大な水塊がエリトたちの頭上に現れる。

 水塊で敵を押し潰す、水の中級魔法。アクアフォールだ。


 しかし、今の2人にとっては、その程度は何の問題にもならない。


「〈フレイムブラスト〉」


 一瞥もせず、エリスが頭上で指を弾くと、水塊はボコボコと形を歪めて爆散した。炎の中級魔法〈フレイムブラスト〉だ。


「そんな……。私の魔法を、こんなにも容易く……」

「久しぶりね。ネリーゼちゃん。その年で中級魔法まで使えるなんて、凄いじゃない」


 エリスに魔法を放ったのは、オルガネラの娘のひとり。水色の長い髪をポニーテールに結んだ少女。「ネリーゼ・リボース」だ。


「お姉ちゃん……」


 ネリーゼの傍らで、不安げに彼女を見つめるのは、水色の短い髪をサイドテールに結んだ少女。妹の「ネムシー・リボース」だ。


「エリス。オルガネラと話がしたい」

「ええ。わかったわ。〈フロストサークル〉」


 エリトは一言エリスに呟くと、静かに歩き始めた。

 そしてエリスは、ネリーゼたちに向け、氷の中級魔法を放つ。


「っ!? ネムシー! 危ないっ!」

「きゃあ!」


 エリスの魔法から妹のネムシーを守るため、ネリーゼは咄嗟に彼女を突き飛ばす。

 その刹那、ネリーゼの両足が凍り付つく。更に、バランスを崩して地面に着いた片手も同様に、凍てついた地面に貼り付いた。


 エリスが呟いた魔法の名前から、攻撃範囲を理解した上での判断だ。

 ネリーゼには魔法の才能があった。勤勉な性格も相まって、同年代では比肩する者がいないほどの魔法の実力を有している。


 しかし、現役の魔術師団副団長であるエリスとの力の差は歴然だった。


「ほら、まずは手足の氷を溶かさないと。手からだけじゃなくて、足からも炎の魔術を使ってごらん?」


 とはいえ、今は命を賭けた戦いではない。エリスはネリーゼに歩み寄ると、状況の打開策を優しく諭す。


「魔術を足から……? はい……」


 エリスの言葉通り、ネリーゼは四肢から炎の魔術を使い、ゆっくりと氷を溶かしていった。


 大抵の場合、魔術は手から発動する。イメージを具現化する魔術という分野は、必然的にイメージしやすい部位から発動される事がほとんどだからだ。

 故に、手以外からの魔術の発動は、意外と難しい。


 それを口で言われて、意識しただけでやってのけるあたり、やはりネリーゼには優れた魔術師になる素質があった。


「さて、お兄ちゃんの邪魔はしたくないし……。そうね、ネリーゼちゃん、良かったら、魔法を見てあげようか?」

「えっ……? 良いんですか?」

「もちろんよ。ネムシーちゃんはどうかしら?」

「うん、やりたい! 私も魔法を使えたら、お姉ちゃんを守れるから!」


 エリスの魔法教育が始まる中、エリトはオルガネラと対峙する。


「久しいな、エリト。元気そうで何よりだ。ところで、お前たち二人だけか? 迎えをやったはずだが?」

「すぐに追いつくさ。俺の仲間を舐めるなよ」

「舐めてなどいないぞ? 道に迷うと思って迎えに行かせた訳じゃない」

「オルガネラ……いい加減にしろっ!」


 二人の間を引き裂くように、風が吹き抜ける。


「なぜお前は、自分の真意を語らない!? 王国を襲ったのも、追っ手から逃げるふりをして各地で魔物を討伐していたのも、俺たちの力を測る刺客を放ったのも、全ては魔獣討伐の為だ! そんなことも気付かない俺たちじゃない! なのにどうして、自分で何でも成し遂げようとする!? どうして……俺を頼らないんだ!!」


 普段は冷静なエリトが、長年の胸の内を吐き出した。

 幼い頃から目標だった、兄のような存在。村が魔物に滅ぼされたあの日、自分が彼のように強ければ。そう思わなかった日はない。


 剣の腕をひたすら磨き、苦手な魔術も練習し、騎士団長にまで登り詰めた。それでもまだ、オルガネラは自分を頼ってくれない。――認められていないのだ。


「魔獣討伐だと? ……そういえば、そんな話もあったな。そうだ、先に温泉旅行のお土産を――」

「もういい」


 なおもとぼけるオルガネラ。エリトの魂の叫びは、オルガネラには届かなかった。

 そうなれば、取るべき方法はひとつだ。


 腰の剣をするりと抜き放ち、オルガネラに向けて構える。


「言葉が届かないのなら、剣で語るまでだ」

「懐かしいな。事あるごとに、剣の稽古をつけろと斬りかかって来ていた頃を思い出す。変わらないな、お前は」

「変わったさ。今日は俺が勝つ。俺はファンタベル王国の騎士団長なんだからな」


 オルガネラもまた、エリトをまっすぐ見据えて剣を構える。


 吹き荒れる風が、庭木の葉を揺らす。


 一片の花弁が舞い散る刹那、二人の剣が力強くぶつかり合った。


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