第三十三話 勇者の末裔
「おら! もう一回だ! 寝てんじゃねぇぞ!」
激痛で動かなくなった体から痛みが消え、再び動けるようになる。
アルミナの能力〈因果破断〉で、怪我が無かったことになっているのだ。
だが、感じた痛みの記憶や、精神的な負担までなくなることはない。
動くようになった体で全力でアルミナに向かって行き、手も足も出ずに地に伏す。この繰り返しの中で、カラムの精神は少しずつすり減っていった。
(くそっ! なんでだ! なんでこんなに力の差があるんだ!?)
見たところ、アルミナはカラムの怪我を直す以外には、〈因果破断〉の能力を使っていない。それならば、アルミナの力は自分と同じ「精霊の力を自信に宿す」能力のはずだ。
本来なら、精霊の力を完全に引き出せるのは一体までだ。複数の精霊の力を同時に、完全に引き出そうとすれば、精霊同士が反発して本来の力が出せなくなってしまう。
カラムはこの3年間の修行で、二体の精霊を同時に宿して自らの意思の力で御することによって、戦闘能力を飛躍的に増大させることが出来るようになった。
(二体じゃ足りねぇってことか?)
カラムが契約している精霊は火、風、土属性の三体だが、同時に体に宿すとなれば、力を上手く発揮することが出来ない。
そもそも、ひとつの体にひとつの魂というのが人間の大原則だ。体に対して魂が増えるということは、それを制御するだけの精神力が必要になってくる。
(ごちゃごちゃ考えてても仕方ねぇ。今の全力で勝てねぇなら、全力以上の力を出さねぇとな!)
自身の体を依代として火と風の精霊の力を借り、双霊憑依〈ムスペルフォーム〉を発動する。更に土の精霊を体に宿そうとする。
しかし、燃え上がったカラムの体が土の精霊の力と反発し、纏った炎が炭となってボロボロと崩れ落ちる。今まで何度も試し、そして失敗してきた結果の通りだ。
「何やってんだ下手くそ!」
その隙をアルミナが見逃すはずもなく、再びアルミナの拳がカラムの腹に押し込まれる。
(くそ……! 俺じゃダメなのか? こんな奴相手に手も足も出ず、新しい力も使えねぇ。良いのか? このまま強くなれずに、あいつらの足を引っ張って。あいつらを、俺やあいつらの世界を守れなくて――)
「良いわけ……ねぇだろうがぁ!!」
カラムの咆哮と共に、再び体が燃え上がる。炎の化身のような姿は変わらないが、先程とは比べ物にならない力が沸き上がって来る。〈因果破断〉でカラムの怪我を治そうとするアルミナの手を振り払い、アルミナの顔面目掛けて渾身の拳を繰り出した。
「はっ! やっとやる気になりやがったか。私の子孫とか言うくせに、気の長げぇ野郎だぜ!」
アルミナはカラムの拳を受け止め、ニヤリと笑う。だが、カラムの攻撃はこれで終わりではない。
先程とは見違える程のスピードで、一心不乱に蹴りや拳を繰り出し続ける。
(倒す、倒す、倒す! ぜってぇ負けねぇ!!)
打撃の応酬の中に、精霊の力を使った岩の槍、風の刃、爆炎の攻撃を織り混ぜていく。
戦いとは、ただの力比べではない。三年前の邪悪な竜討伐の過程で、カラムはそれを思い知った。
戦い方の工夫がなければ、カラムたちが邪悪な竜を倒すことは無かったし、カラムが「あの勇者」に敗北することも無かった。
(そうだよな、ニシヤ)
周囲の地面が盛り上がり、無数の岩の槍が宙を舞って、アルミナの逃げ場を塞いでいく。
「避けられるもんなら、避けてみやがれ!!」
炎の精霊の力を全て拳に集めた渾身の一撃を放つと同時に、風で操った岩の槍が、雨の様にアルミナに降り注ぐ。
カラムが使える三体の精霊の力を全て出し切った、今のカラムの最大の攻撃だ。
極限の集中力によって、時間の感覚が引き伸ばされる。カラムの拳がアルミナの顔面に迫る。
この一撃の威力は、今までの攻撃の比ではない。防がれたとしても、無傷というわけにはいくまい。
そして、周囲から迫る岩の槍により、アルミナの退路は断たれている。
勝利を確信したカラムだったが、次の瞬間、アルミナの口角がゆっくりと上がると同時にバランスを崩される。アルミナがカラムの攻撃をいなしたのだ。
アルミナはそのままカラムを蹴り飛ばすと、一斉に迫ってくる岩の槍を、両腕を器用に使って全て受け流す。カラムの全力の攻撃を、アルミナは掠り傷ひとつ負わずに捌ききったのだ。
「悪くねぇ攻撃だが、柔軟さが足りねぇんだよな」
「ウソだろ……ふざけやがって……!」
余裕を覗かせるアルミナを、カラムは憎々しげに睨み付ける。そんなカラムの視線をお構いなしに、アルミナは更に言葉を続ける。
「なんだよ。この世の終わりみてぇな顔しやがって。三体の憑依でダメなら、もう一体憑けりゃ良いだろ? 早くしろよ」
精霊の同時憑依自体、そもそも相当難易度の高い行為だ。二体の同時憑依ですら、使えるのは一族でもカラムだけ。三体の精霊の同時憑依など、人間離れもいいところだ。
その精霊の数を、アルミナは更に増やせと言う。
精霊を制御するだけの精神力も相当高くなければならないが、それ以前に、カラムは三体の精霊としか契約していない。
カラムの表情から察したのか、アルミナがカラムに詰め寄る。
「おい、まさかてめぇ、三体の精霊としか契約してねぇんじゃねぇだろうな?」
「なんだよ。てめぇなんか、三体で充分――」
「ふざけんじゃねぇ!」
アルミナは答えようとしたカラムの腹を殴りつけると、吐血したカラムの血を握り締めて大きく跳躍する。
「そこで待っ――!!」
そして大声で叫びながら、アルミナは空の彼方へ消えていった。
呆気にとられるカラムだったが、次の瞬間、体に力が流れ込んで来るのを感じた。
「マジかよ……これって!」
体が宙に浮くような、それでいて、五感が研ぎ澄まされて行くような不思議な感覚。
これは――精霊との契約だ。
精霊との契約は、当然ながら本人同士で行うものだ。契約には本人の血を使うので、理論上は血さえあれば契約は可能かもしれないが、本人以外との契約など、精霊が納得しないだろう。
それこそ――命の危険等のやむを得ない事情がない限りは。
再び近くの地面が爆砕される。砂埃の中から現れたのは、予想通りの人物だった。
「適当に、良いやつ見繕って来てやったぜ。ほら、早く四体目を憑依しろ。続きと行こうぜ!」
アルミナはまるで洋服屋にでもいるかのように言うと、カラムに対して戦闘体勢を取る。
その表情は、先程までの余裕に加えて、戦いの愉悦に満ちていた。
(もう、こいつ相手に細かいこと考えてもしょうがねぇ。俺は一族を、仲間を、世界を守る。それ以外のことなんか、どうだって良いじゃねぇか)
静かに目を閉じ、新たな精霊の力を感じる。水属性の精霊だ。地水火風の四精霊の力が、自分の中でゆっくりと溶け合い、混ざり合っていく。その力を自分の意思で操って、体に巡らせて行くイメージだ。
「うおおぉぉ!!」
カラムの髪と瞳が、アルミナと同じ、燃えるようなオレンジ色に染まっていく。
「良いじゃねぇか! それじゃあ早速――」
刹那――拳と掌を打ち付けた音が響き、アルミナの言葉を遮った。一瞬で間合いを詰めたカラムの拳を、アルミナが受け止めたのだ。
2人を中心に大気が震える。アルミナの背後の地面は、衝撃で大きく抉れていた。
スピードも威力も、先程のカラムの攻撃とは別次元だ。
「そうだよそれそれ! その方が、憑依とか切り替えとか無くて楽だろ? これからは、私みたいにずっとそうしとけよ!」
「そんなこと……出来るかよ……。バカ野郎……」
満足そうな笑みを浮かべるアルミナに、カラムは悪態をつくと、そのまま意識を手放した。
同時にカラムの髪と瞳の色も、元の茶色に戻っていく。
「なんだよ。一瞬で終わっちまいやがったか。……まぁ、出来ただけでも大したもんか」
アルミナは意識を失ったカラムを抱き上げると、繁々と顔を眺める。
「私の子孫……か。悪くねぇな」
遠い世界に残してきた我が子を思う。あの世界を救ったとき、突然体が光り始め、この世界に戻ってきてしまった。
向こうの世界は時間の流れが早いらしいが、一体どれだけの時間が経ってしまっているのだろうか。
我が子はもう生きてはいないかもしれない。それでも、こうして子を成し、力強く生きたのだろう。
「あいつが生きた世界。守ってくれよな」
アルミナは静かに、自分の血を引く青年の頭を撫でた。
――§――
「どうやら、あそこで間違いなさそうだね」
小高い丘の上で、緑眼緑髪の青年――セルラ・ナーゼは呟く。
「やっと見付かったのかよ。あー疲れた。誰かさんがちゃんと見ないから、何度も移動することになって」
赤い短髪に茶色い目の、八重歯が特徴的な少年がため息をつく。
「世界中に一体しかおらん奴など、そう簡単に見付かるものか。このたわけが」
そして、赤い和服に身を包んだ、腰まで伸びた濡れ羽色の髪の少女がそれに反論する。
召喚魔法に特化した転生者の少年フェノと、光の魔術、魔法に特化した転生者の少女イブだ。
彼らが見付けたもの。それは――邪悪な魔獣が潜む山脈だ。
無論、彼らは魔獣のすぐそばにいる訳ではない。光を操り遠くを見通すイブの魔術〈千里眼〉の力で、遠く離れた安全な場所から、魔獣の居場所を確認していた。
イブの〈千里眼〉と、目に見える地点に自身を召喚する<反転召喚>は、世界のどこにいるのかわからない魔獣を探すのに極めて有効だ。
だからこそセルラは、彼らに協力を依頼したのだ。
とは言え、魔獣がどんな姿をしているのか、光の届かない洞窟や海にいるのかもわからない状況では、2人の力を借りたとしても、捜索は一筋縄ではいかなかった。
イブとて世界中全てを一度に見通せる訳ではないし、フェノの召喚で当てずっぽうに移動するには、世界は広すぎる。
そこでセルラは、負の感情の塊であり、動物や魔物を凶暴化させる思念を放つという魔獣の性質から、魔獣の探索範囲を少しずつ狭めていった。
世界中に思念を放つといっても、当然本体に近いほど、その影響は強くなるはずだ。
世界でただ2人の最高ランクの冒険者の地位を利用して、各地の冒険者ギルド支部から、世界中の魔物や動物被害の情報を集める。
そしてその膨大な情報の中から、近隣の地方の事件との関連性、例年同時期の被害状況との関連性、気候や自然災害による影響といった様々な状況を考慮し、魔獣によって凶暴化したと思しき事件を洗い出していった。
天才と呼ばれる彼の頭脳の為せる業だ。
そうして魔獣の影響が強い範囲を絞り込みながら、イブたちの術で捜索を続け、彼らはようやく邪悪な魔獣にたどり着いたのだ。
「で、早速乗り込むって事でいいんだろ? おいらがいりゃあ負けねぇし」
「いや、僕らだけじゃ無理だよ。一度オルガネラたちと合流しよう」
魔力を込め、今にも<反転召喚>で飛んで行きそうなフェノを、セルラが窘める。
ファンタベル王国での一件以降、世界各地で凶暴化した魔物たちを倒してまわっていたオルガネラたちだったが、ついさっき自宅に戻って来たという連絡が、オルガネラに同行していた魔術師のアリスから〈念話魔法〉で届いたのだ。
連絡があったのは、セルラたちが魔獣にたどり着いたのと殆ど同時。魔獣討伐の作戦会議にはうってつけの、完璧なタイミングでの連絡だ。
未来予知にすら匹敵する慧眼を持ち、権謀術数をめぐらす知将として名を馳せたオルガネラといえど、流石にこれは偶然だろう。
ちなみにオルガネラからの伝言は、「温泉旅行から帰ったので、お土産を配るついでに、エリトたちも呼んでパーティーをしよう」というものだった。
仕事の成果に反して言動がふざけているのは、いつもの事である。
かつて発見した「終焉を呼ぶ魔女」の研究結果によれば、人間の負の感情の塊である邪悪な魔獣は、魔王になりかけた邪悪の竜すら凌ぐ驚異だという。そんな相手には、少しでも多くの戦力が必要だ。
ニシヤたちが異世界での修行を終えたことは、イブの力で見えたので知っている。彼らに声を掛けないという選択はあり得ない。
だが、そんな危険な相手との戦いに、唯一の肉親であるアミラを参加させることを、セルラは躊躇っていた。
「姉さんが、せめて僕より強くなっているのなら……。そんな僕の迷いすら、オルガネラにはお見通しって訳かな」
セルラは一人呟くと、フェノたちと共にオルガネラの屋敷へと転移した。




