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第三十二話 魔界の勇者

「ここが、魔界か……?」


 魔界に転移した俺たちの目の前に広がっていたのは、草木が生い茂る広大な大地と、突き抜けるような青空。

 そして遥か遠くには、距離感が狂いそうになる程に巨大な、天を衝かんばかりの一本の大木がそびえ立っていた。


 空には天面が平らになった岩山がいくつも浮かび、その上に建物が建ち並んでいるのが確認できる。

 そして、無数に架かる虹の橋が、地面や岩山同士を結んでいた。


 幻界とはまた違った、幻想的な景色だ。カラムの先祖の出身地であることから、人が住めないような場所ではない事はわかっていた。

 しかし、魔界という字面からもっと禍々しい感じを予想していたので、ギャップで余計にそう感じる。


 まぁ、カラムの一族の能力、すなわちこの魔界の「勇者」の能力は精霊の力を借りて戦うことだから、そっちで考えればなんとなくしっくり来るかな。


「っ! 躱せ!!」


 エリトが突然大声を上げるのとほとんど同時に、空気が僅かに揺れるのを感じ、咄嗟に飛び退く。

 その直後、数瞬前まで俺たちが立っていた地面が爆砕される。

 更に遅れてやってくる爆発音と衝撃が、俺たちを襲った。


「はっ! 全員避けやがったかよ! おもしれぇ。話くらいは聞いてやるぜ? 異世界人共!」


 燃えるようなオレンジ色の長い髪をなびかせ、隕石のように現れた1人の女性が、大きく抉れた地面の中央でそう言い放った。


 なんで、攻撃を避けたら話を聞いて貰えるんだよ。全然意味わからん。とりあえず、魔界という字面にぴったりなお出迎えだな。


「聞いてくれ。俺はカラム。その昔、この世界からやってきて俺たちの世界を救った『勇者』の末裔だ。俺は再び訪れた世界の危機を乗り越えるために、『勇者』に修行をつけてもらいに来た」


 カラムが前に出て説明する。


「そうかよ。なら、遠慮なく行くぜ!」


 そう言うや否や、オレンジ髪の女が力強く地面を蹴り、こちらに向かって飛び掛かってきた。


 姿が消えたかと思う程のスピードだが、俺たちの目の前に現れた氷の盾によって、その拳が止められる。エリスの魔法〈ブリザードドレス〉だ。


 えぇ!? 話聞いてくれるって言ってたよね? 話聞いてたこの人!?


「何するんだよお前! どういうことだ!?」

「はっ、わかんねぇのかよ!」


 オレンジ髪の女は、俺の問いをあざ笑うと同時にその場から姿を消す。


 直後、俺達の真後ろから、鉄を殴ったような鈍い音が響く。一瞬で俺たちの後ろに回り込んだ奴の拳を、エリトが剣で受け止めたのだ。


 エリトが剣を振り抜くと同時に、奴が後ろに大きく飛び退く。こいつの目的はわからないが、いきなり襲って来た以上、反撃しないわけにはいかない。


「<灼熱剣しゃくねつけん流刃りゅうじん>」!

月輝魔法(げっきまほう)!〈賢者(けんじゃ)(うみ)〉」!


 俺の新しい技の1つ、<灼熱剣しゃくねつけん>の派生技によって発生した弧を描いて飛んでいく炎と、アミラの〈月輝魔法(げっきまほう)〉によって現れた数本の魔力の水流が、同時に奴を襲う。


 奴のスピードは圧倒的だが、逃げ場がなければ避けられまい。これならどうする?


「しゃらくせぇ!」


 奴が叫ぶと同時に、なんと俺とアミラの攻撃が光の粒子となって消え失せた。


双霊憑依そうれいひょうい! 〈ムスペルフォーム〉!」


 炎が人型をかたどったかのような、炎の化身と化したカラムが風のような速さで突っ込んでき、奴に殴りかかる。炎と風の精霊の力を同時に引き出したカラムの奥義だ。


「はっ! ぬりぃんだよ!」


 だが、奴は両の拳に青白い炎を纏うと、右手でカラムの拳を正面から殴りつける。そして、勢いを殺されたカラムの鳩尾に、左の拳をねじ込んだ。


「かはっ……」

「カラム!!」


 カラムが膝から崩れ落ち、纏っていた炎が消える。


「おっと、修行って言ってたよな」


 そう言うと、奴はカラムの胸ぐらを掴んで持ち上げ、なんとこちらに向かって投げ飛ばしてきた。


 飛んでくるカラムを、なんとか受け止める。だが、カラムの姿を一目見た瞬間、俺は驚愕した。


 なんと、カラムは傷ひとつ負っていなかったのだ。


「おら、こんなもんじゃねぇんだろ? 続きと行こうぜ」


 関節を鳴らし、余裕の表情でこちらを見つめるオレンジ髪の女。奴はいったい何者なんだ?


「この能力……まさかあなたが、『魔界の勇者アルミナ』!?」

「あ? 私か? たしかにこの前まで、『勇者』とか呼ばれて異世界には行ってきたけどな」


 エリスの推測が、直ぐに真実だと判明する。


『魔界の勇者アルミナ』。異世界に来た時に目覚めたとされる能力は〈因果破断(いんがはだん)〉。あらゆる事象とその原因を切り離す能力らしい。


 俺とアミラの攻撃を無効化出来たのは、魔術や魔法を発動したという原因と、その結果である術そのものとを切り離したから。

 カラムの怪我を一瞬で治したのも、怪我をしたという結果とその原因を切り離したからだという。


幻界(げんかい)の勇者』の能力〈万物創造(ばんぶつそうぞう)〉にも劣らない、恐るべき能力だ。寧ろ戦闘においては、こいつの能力の方が強力と言えるだろう。


 あれだけの攻撃力とスピードに加えて、攻撃そのものを無効化する絶対防御。仮に傷を負わせても、それをなかったことにするという究極の回復能力。ここまで来ると、もはや無敵と言ってもいい。


 セルラの言葉を思い出す。「『勇者』とは、世界に危機が訪れたときに異世界からやってくる存在」。「先の邪悪な竜も、本当なら単独で撃破できるだけの力を身に付けていて当然」。


 これが、本物の「勇者」の力って訳か。


 俺は「勇者」じゃないとはいえ、最近は少しずつ強くなってきているつもりだ。だが、こうもまざまざと力を見せつけられると、やっぱり俺は「勇者」じゃないということを再認識せざるを得ないな。


 それはさておき、この状況をどうするかだ。この世界にやって来たのはカラムの修行の為だが、これは俺たち全員で戦わないと練習にもならないな。


「こんなもんかよ……。この世界の『勇者様』とやらの力は」

「あ?」


 起き上がったカラムがアルミナを挑発するように言葉を投げかけると、奴の表情が明らかに歪む。


 こんな奴煽るなよ。俺知らないぞ?


「修行に来たのは俺だ。そう言ったよな? いきなり俺の仲間に手を上げやがって。落とし前はきっちりつけさせて貰うぜ!」

「構わねぇぜ。やれるもんならな!」


 再び炎の化身と化し、カラムがアルミナに突っ込んでいく


「はっ、何度やったって――っ!?」


 アルミナの表情から余裕が消える。先ほどは全く届いていなかったカラムの攻撃のスピードが明らかに上昇し、避けようとしたアルミナの髪をかすったからだ。


 自分のことよりも、常に仲間を思いやる。それがカラムという男だ。

 自分より圧倒的に強い相手が、仲間である俺たちに襲いかかって来たことで、本能的に俺たちを守ろうとしているのかも知れない。


 だが、今回は相手との力の差がありすぎた。アルミナはカラムの攻撃を全て躱すと、こちらに向かってカラムを蹴り飛ばした。


 しかし、カラムも負けていない。吹き飛ばされながらも空中で体を捻り、地面に手を突いて勢いを殺す。


双霊憑依そうれいひょうい! <アース・グレイプニル>!」


 そしてすぐさま攻撃に転じる。地と風の精霊の力を使ったカラムの技だ。

 アルミナの足下や回りの地面から無数の岩の槍が飛び出し、奴に一斉に襲い掛かる。


「遅せぇ!」


 アルミナが姿勢を低くして地面を殴りつけると、周囲の地面が地割れを起こし、岩の槍が砕け散る。


「やっぱ効かねぇか。なら――」

「カラム!」


 地面から手を離し、体勢を整えようとするカラムに、拳大の無数の石ころが襲い掛かる。


 恐らくアルミナの攻撃だろう。地面を殴って地割れを起こしたのは、防御の為だけじゃなかったのか。


「心配すんなよニシヤ。それにみんなも……。こいつは俺の修行だ。こんな奴さっさとぶっ飛ばして、俺もお前らに追い付くからよ……!」


 口から血を流し、肩で息をするカラム。そんな彼の鳩尾に、アルミナの拳が無慈悲に突き刺さった。


「……っ!」


 カラムが声もなく意識を失い、その場に崩れ落ちる。しかし、倒れるのは許さないとばかりに、アルミナがカラムの胸ぐらを掴んで持ち上げた。


「おい!」

「心配すんな。こいつのことはきっちり強くしてやる。強くなりてぇなら、強い奴と戦うのが一番だ。私はこう見えて、修行なんてちまちましたやり方は苦手なんでな」


 それは見ればわかるよ。寧ろどう見られてると思ってるんだ?


 俺の言葉を遮ったアルミナの発言には、突っ込まずにはいられない。怖いから声には出さないけど。


「ニシヤ。ここはカラムの意思を尊重しよう」


 カラムの身を案じる俺に、エリトが静かに言う。


 カラムは俺たちに「追いつく」という言葉を使っていた。現時点で、まだ異世界での修行を終えていないのはカラムだけだ。

 彼なりに劣等感を感じていたのかもしれない。


「戦わねぇ奴は邪魔だ。向こうに宿とかあるから、どっか行ってろ」


 俺たちのすぐそばに、空の岩山に向かう虹の橋が現れる。


 この橋で向こうの町に行けってことなんだろうけど、これ、すり抜けたりしないだろうな?


 カラムの無事と、足下の安全を祈りつつ、俺たちはその場を後にした。


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