第三十一話 月輝魔法
翌朝。といっても、この世界には太陽がないようなので、空は昨日のままだ。おかげであまり寝た気がしない。
「よう、やっと起きたか。ニシヤ」
そう声をかけてきたのは、部屋の端っこで筋トレをしているカラムだった。
2階の窓から外を見ると、エリトが庭で素振りをしているのが見える。
なんだか俺だけ寝ていたのが申し訳なくなってくるな。
寝室は男女で1つずつ貸してもらったので、女性陣の様子はわからないが――そうだ、アミラはどうなっただろう。
「そうかそうか。アミラはでんぷんというのが好きなのか」
「うん……。白くて、甘くて、食べると何でも出来る気がするの」
昨日食事をとった1階のリビングを覗くと、アミラたちは昨日と同じ格好のまま、相変わらず話し込んでいた。一晩中話していたのだろうか。
「でんぷんというのは、こういうやつのことじゃろうか?」
この世界の爺さん勇者、アルドラの掌に、一握りの白い粉が現れる。アルドラの能力〈万物創造〉だ。
「おじいちゃん、そうじゃない……。それはお砂糖。でんぷんはこれ」
アミラが鞄から、白い粉が入った小瓶を取り出す。〈万物創造〉といえど、本人が正しくイメージできていないものは呼び出せないらしい。まぁ、そりゃそうか。
「おお、そうかそうか。それじゃあ、それを自分で作ってごらん」
「でんぷんを……作る?」
「それを食べると、どんな気持ちになる? よーく想像してごらん」
「……」
アルドラの言葉に、アミラが目を閉じる。すると驚くべきことに、アミラの体が淡い光に包まれ始めた。
「うん……。そう、この感じ。この力があれば、何でもできる。そう思っていた。だけど、邪悪な竜との戦いは、私1人じゃ絶対に勝てなかった。みんながいてくれたから、みんなと一緒に世界を守れた」
堰を切ったように、アミラが思いの丈を打ち明け始める。
アミラはでんぷんを食べると人が変わったように明るくなるが、今はでんぷんを食べていないはずだ。ましてや、体が光に包まれる状態なんて見たこともない。
「今度の敵は、邪悪な竜より強いかもしれない。だけど、私は負けたくない。もっと強くならなくちゃいけない!」
「それは、何のためかの?」
「世界を……みんなを守るため!」
その言葉と共に、アミラを包む光がより一層強くなる。直視できないほどに輝く光を纏ったその姿は、神々しさすら感じさせた。
「今じゃ! その思いを魔法に込めよ!」
魔法って……おい! 何言ってんだこの爺さん!
「月光魔法! 〈賢者の海〉!!」
アルドラの予想外の言葉に、俺は咄嗟に身構えた。
アミラの魔法〈賢者の海〉は、魔力の奔流を生み出して敵を攻撃する広範囲攻撃だ。当然、家の中で使って良いようなものではない。
耳を塞ぎたくなるような轟音と共に、木造の壁や屋根が崩れ落ちる。だが、そこから先は俺の予想とは大きく違っていた。
本来であれば敵をなぎ倒すはずの魔力の奔流が、バランスボールのような無数の球体となり、アミラの周りに浮かんでいるのである。
「魔法の力は想いの力。今のアミラなら、その〈月輝魔法〉を使いこなせるじゃろう」
「〈月輝魔法〉……」
自らに宿った新しい力を噛み締めるように、アミラが呟く。
その直後、半分屋外となったリビングを囲むように、木製のカラクリ人形が10体程現れ、アミラに襲いかかる。
「アミラ!」
アミラを守るため、魔術隷剣に手を掛ける俺だったが、それより早く事態は動いた。
空中に漂う無数の球体から一斉に水流が溢れ出し、渦を巻くようにアミラを守ったのだ。
そしてその水流は、吹き飛ばされた木製人形に一斉に襲い掛かり、頭部と胴体を貫いた。
「おお。こやつらを一瞬で倒すとは……」
穏やかな微笑みを浮かべたアルドラが、感心したように呟く。
「攻防一体型の継続発動魔法。しかも、攻撃力防御力共に非常に高い。この浮遊している玉1つ1つに、膨大な魔力が込められていることがわかるわ。これは……本当に凄いわね、アミラちゃん」
音を聞きつけてきたのか、いつのまにか後ろに立っていたエリスが、驚きながらもアミラの魔法を分析する。
振り返ると、エリスだけでなく、エリトやカラムもそこにいた。
「みんな……! 私、やったよ! これが私の新しい魔法! それとね、でんぷんだって自分で――」
「おっと!」
笑顔でこちらに駆け寄って来るアミラだったが、スイッチが切れたように突然意識を失ってしまう。
だが、倒れこむ前にカラムが咄嗟にアミラを支える。
周りに浮いていた魔力の玉も、アミラが意識を失うと同時に消えてしまっていた。
「おお。そうか。力が覚醒した反動で疲れてしまったか」
意識を失ったアミラを、アルドラが心配して見つめる。
覚醒の反動ってのもあるのかもしれないけど、夜通しお前と喋ってたせいで寝不足だったんじゃないのか?
「ちょっと兄さん! なに今の音――」
「おお、リア! この子、わしの人形兵士を、一瞬で10体も倒しおったのじゃ!」
エリト達から少し遅れて部屋に飛び込んできた妹のリアに対して、アルドラが興奮気味に事情を説明する。
「はぁ? それじゃあ、ウレアちゃんよりも強いってことじゃないの。そんなわけないでしょ。そんなことより、アミラちゃん倒れてるじゃないの! それに、この部屋だってどうするの!」
「部屋? おお、そうかそうか。これで良いかの?」
アルドラの能力〈万物創造〉により、崩れ落ちた壁や天井がまたたく間に元に戻っていく。
しかし、リアの表情は戻らない。
「良くないわよ! 床に散らばった木くずとか誰が片付けると思ってるの!? 本当に、作るばっかりで片付けられないんだから! それにアミラちゃんにも無理させて……まったくもう!」
そう言うとリアはアミラの頭を優しく撫でる。
「それにしても、本当にウレアちゃん――兄さんの娘さんによく似てるわ。兄さんが一生懸命になるのもわかる気がするわね。みんな、アミラちゃんの目が覚めるまでここで休んでいきなさいね。お部屋は自由に使って良いから」
結局その日は、リアの言葉に甘えてこの家にもう1泊させてもらうことになった。
もちろん、1日ただ寝ていた訳ではない。魔獣討伐のために少しでも戦力が必要な俺たちは、この時間を各々の鍛錬に当てた。つまり俺は、柔軟体操の続きだ。
『なぁ、この世界に来たのって、アミラの修行のためだよな。一番修行してないのはアミラじゃねぇか?』
『確かに、結果的にアミラちゃんの戦力は大きく上昇した訳だけど、アミラちゃんがやったのって、アルドラさんと一晩中話していただけよね』
部屋で1人になった俺に、フェリアたちが話しかけてくる。
(でもさ、あの話の進まない爺さんと一晩中話すのって、結構きついと思うぞ? 誰にでもできることじゃない。少なくともセルラは、あれに失敗したわけだからな)
『あははっ……。それはそれで、アルドラさんに失礼なような……』
『戦ったり体を鍛えたりするだけが修行じゃねぇってことか』
そうそう。できれば俺の修行も、会話だけで終わりにして欲しかったもんだが。
それはさておき、実際アミラなりに頑張ったんだと思う。みんなを守りたいという気持ちの強さだけで、あれだけの力を目覚めさせるに至ったんだからな。
翌日目を覚ましたアミラと共に、俺たちは家の玄関でアルドラたちに見送られていた。
「おじいちゃん。修行ありがとう」
「おお、そうかそうか。修行か。うむ。また遊びにおいで」
アミラの言葉に、相変わらずの反応をするアルドラ。
この爺さん、ふざけてるのか真面目なのか、いまいちわからないんだよなぁ。
「世界を救う……か。凄く大変なことだと思うけど、あなたたちなら、きっと大丈夫よ。だって、兄さんにだって出来たことだもの。……気をつけてね、みんな」
「ありがとうございます! リアさんもお元気で!」
2泊の面倒を見てもらったリアにも、忘れずに礼を言う。
いつも2人で暮らしているところに、いきなりこの人数で押しかけたのだ。大変でないはずがない。それなのに、嫌な顔一つせず俺たちの面倒を見てくれたのだからな。
こうして無事にアミラの修行を終えた俺たちは、この「幻界」を後にし、オスミウムが待つ飛行船に乗り込む。
異世界での修行は次で最後。カラムの先祖の「勇者」が待つ「魔界」に向け、俺たちを乗せた飛行船は飛び立つのだった。




