第三十話 幻界の勇者
「今……なんて言ってるの?」
「ああ、今はね」
幻界に向かう飛行船の中、2本になった魔術隷剣フェリアを興味深そうに眺めながら、アミラが俺に問いかける。
天界での修行を終えてから、魔術隷剣が話すようになったのだが、その声が聞こえるのは、どうやら俺だけらしい。
話すといっても、剣が直接声を発する訳ではない。テレパシーのような感じで俺だけに語りかけてくるのだ。
剣と話せるようになったなんて、異世界でなければ頭がおかしくなったと思われているところだ。……今はこういう世界だし、おかしいと思われてないよな?
それにしても、船内で抜き身の剣を持っているのはどうにも居心地が悪い。元々持っていた魔術隷剣の鞘は、当然一本分だ。
新たに手に入れた黒い剣には、鞘が付いてこなかったのである。
(フィアは鞘も付けてくれたのにな)
『はぁ? 贅沢言うんじゃねぇよ』
『あははっ……。ごめんごめん』
こんな感じで、声に出さなくても意思の疎通が取れるからまだマシかもしれないけどな。
「鞘が無くてお困りなのでしたら、いっそ剣を扱う練習をなさってはいかがでしょう?」
そう提案してきたのは、飛行船を操縦しているオスミウムだった。
なんでも、以前エリスから〈異次元収納〉を付与した鞄を貰ってから、飛行船内の物資のほとんどを鞄にいれているため、下の倉庫は空っぽなのだとか。
確かに、剣が2本になったからといって、そのまま戦闘能力が向上する訳じゃない。
二刀流なら二刀流なりの剣の使い方を練習しなければ、実戦では使えないだろう。
「では、俺もその練習に付き合おう」
エリトが剣の柄を握りながら名乗り出る。
いやー嬉しいなー。なんと言うか、うん。勘弁して下さい。衝撃波を操れるようなやつと手合わせとか絶対無理です。
そんな俺の思いとは裏腹に、エリトは足早に、下の倉庫に向かって行った。やる気満々である。
仕方ないので、諦めて地下の倉庫に向かう。
「わかっていると思うが、船内では魔術は無しだ。激しい動きも控えた方が良いだろう」
エリトの提案に、俺は胸を撫で下ろした。
『それなら、防御の練習をさせて貰いましょうよ』
フェリアの要望をエリトに伝え、軽めの模擬戦が始まる。
しかしこれが、普段の模擬戦よりも辛いものになるとは、この時は想像もしていなかった。
『そこでもっと体を捻って! もう!』
『なにやってんだよ。下手くそだな』
フェリアたちの指導の元、銀の刀身の魔術隷剣を右手で逆手に持ち、黒の刀身の魔術隷剣を左手で順手に構えながら、エリトの攻撃を右の剣で防ぎ、左の剣で反撃するという練習なのだが。
「痛ってぇ! 待って、変なとこ捻った!」
体が硬い俺にとっては、白フェリアがやっていたような、体を捻って相手の攻撃を受け流すという動きはあまりにも過酷なものだった。
重心移動はまだいい。俺は小さい頃に剣道を習っていたので、人並み以上には出来てるつもりだ。
筋力や反射神経といった身体能力も、〈身体強化〉の魔術によってなんとかなっている。
だが、体の硬さだけはどうにもならない。
右手の剣で相手の攻撃を防御し、その勢いを利用して体を捻り、左手の剣での攻撃に繋げる。これがこの二刀流の構えの理想形なのだというが、この調子では、実戦では使い物にならないだろう。
なにせ、エリトに攻撃を1発毎に区切ってもらってこれだ。実戦での立ち回り以前の問題である。
「まずは、体を柔らかくしたほうがいいかもしれんな」
「あぁ……。けどこの調子じゃ、体が柔らかくなるまでどのぐらい掛かるかわからないな。何か効率の良い方法があればいいんだけど……」
「あるわよ?」
エリトの提案を受け、頭を抱えた俺だったが、様子を見に来ていたエリスによってすぐに答えが示された。
「簡単に言うとね、〈身体強化〉の魔術の応用ってところかしら」
エリスの説明を聞き、早速魔術の発動を試みる。自分の骨がなくなって、体がグニャグニャに曲がるようなイメージだ。
この体の硬さには、子供時代にかなり悩まされたものだが、さすがは異世界。この魔術を使いながら柔軟体操をすることで、魔術の発動を止めた後でも体の柔軟性が劇的に向上するのだという。
「ああ、でもね――」
「うっ、うわぁぁっ!!」
開脚状態で魔術を発動させた俺の体に、稲妻に貫かれたような激痛が走る。
「最初のうちは、肉体とイメージの差に比例して体が痛くなるから、気をつけてね」
「それを最初に言って欲しかったよ」
こうして俺は、目的地に着くまでの間、過酷な柔軟体操に勤しむことになったのだった。
――§――
翌日、俺たちは「幻界」への入口があるという森の中を歩いていた。
昨日の夜にはこの森の近くに到着していたのだが、夜に森に入るのも危ないという理由で、飛行船の中で1泊したのだ。
ちなみに、黒い刀身の魔術隷剣は、オスミウムが用意してくれた革製の分厚いベルトでぐるぐる巻きにしてある。
幻界に転移した時、抜き身の剣を持った状態で人前に出て、誤解されたりしても面倒だしな。
俺達が歩いている森も、思っていた程大きいものではなく、目的の場所はすぐに見つかった。
早速、淡い光を放っている「境界結晶」に魔力を込めて転移を開始する。
まばゆい光に包まれた視界が少しずつ戻ってくると、そこに広がっていたのは一面の星空だった。
青く輝く満月は、白いヴェールを纏っているかの如く世界を照らし、夜空に虹を掛けていた。
そして反対側の空には、青い月と対を成すかのように煌々と輝く金色の満月。
二つの月に照らされた、幻想的な世界――幻界。無事に到着できたようだ。
向こうでは朝だったけど、こっちの世界では夜なんだな。まぁ、月が2つある時点で、昼とか夜とかっていう考え方があるのかわからないが。
「人の気配がする……」
アミラが指差した方向を見ると、木々の隙間からうっすらと、遠くに輝くほのかな明かりが見える。
どうやら俺たちは、人里離れた山の中にいるらしい。
「とりあえず、あそこに行ってみようぜ」
カラムの提案を受け、明かりの方へ向かう。
たどり着いたのは、木造の建物が建ち並ぶ、ひとつの集落だった。
アミラの先祖であり、この世界から来たという「勇者」について聞き込みをすると、なんとこの集落の長をしているという。
異世界を救った「勇者」なんて、何人もいるものではないだろうし、恐らく本人と見て間違いないだろう。
それにしても運が良いな。この世界でたったひとりの人間を探すのに、たまたまその人物の近くに転移できた訳だ。
早速、その人物を訪ねてみることにする。他の家よりも一回り大きい木造の一軒家だ。
「どちら様?」
「修行……しに来た」
家の玄関で出迎えてくれた老婦人に対して、アミラが答える
いやいやアミラさん。それじゃまるで道場破りだ。
話がややこしくならない内に、世界を救うために異世界から来たこと、アミラがこの世界の「勇者」の子孫であることを付け加える。
それにしても、普段口数の少ないアミラにしては、珍しく行動的だ。彼女なりに、やる気になっているのかもしれない。
「あらあらそうなの! 遠いところから大変だったでしょう? 兄さん! お客さんですよ!」
俺たちの話を聞いた老婦人が、「勇者」のもとまで案内をしてくれる。この老婦人は「勇者」の妹で、名前は「リア」。今は勇者である兄と、この家で2人で暮らしているのだという。
このおばあさんが妹? ということは、「勇者」というのはまさか……。
案内された部屋で椅子に座っていたのは、俺の予想通り、かなりお年を召したおじいさんだった。
長い白髪で、ゆったりとした感じのベージュの服に身を包んでいる。その佇まいからは、世界を救うほどの力などとても感じられない。
「おお、よく来たの。……どちら様じゃっけか?」
「異世界から修行しに来た兄さんの子孫なんですってよ。ほら、別の子だけど、この間も来たじゃない」
別の子孫……。セルラのことか。確かあいつは、ここでの修行に失敗したと言っていた。この爺さんの修行は、そんなに厳しいものなのだろうか。
「おお、そうかそうか。わしの名は『アルドラ』じゃ。とりあえず、ゆっくりしていけ」
爺さん勇者――アルドラがそう言うと、テーブルの周りに俺たちの人数分の椅子が現れ、テーブルには飲み物と料理が現れた。
――〈万物創造〉。はるか昔、アルドラがエリトたちの世界にやってきたときに目覚めたという能力で、何もない空間からあらゆる物質を創造できるのだという。
えっ? 強くない? 俺が目覚めた能力は「使った分だけ魔力が増える能力」だよ? なんでこいつは、そんな神様みたいな能力持ってんの?
召喚された「勇者」は、転移前の戦闘能力、知力、人徳といった総合的な能力に応じて、高い魔力と特殊な能力に目覚めるっていう話ですよね。はい覚えてますとも。
まぁ、俺は「勇者」じゃないし、別に悔しくなんてないんだからね!
悔しさなど微塵も感じなかった俺は、促されるまま仲間と共にテーブルを囲んだ。
「それで……なんじゃったっけ?」
「修行……しに来た」
ん? 要件はさっき伝えたと思うんだが、なんだか雲行きが怪しいな。
「おお、そうかそうか。修行に来たのか。ウレアももうそんな歳か。大きくなったのう」
「ウレアは……私のご先祖様の名前。私はアミラ」
「先祖? おお、そうかそうか。そうじゃったな。あっちは時間の流れが違うんじゃったか。そうかそうか。それで……なんじゃったかの?」
「あの……修行しに来た」
もしかしてだけど、この爺さんはあれかな? あんまり話ができない感じかな?
「あらあら。兄さんったら、久しぶりに楽しそうね。そうだ! みなさん今日はここに泊まって行きなさいよ。ね? そうしましょう。早速準備してくるわ」
アミラと話すアルドラを満足そうに見つめたリアは、俺たちの返事を聞く前に小走りで部屋を出て行ってしまった。
兄はのんびりしているが、妹はせっかちなんだな。
確かに、他に行くところもないし、アミラの修行が始まらないことにはどうしようもないので、助かる提案ではあるんだが。
他にやることもないので、俺は部屋を一部屋借りて、過酷な柔軟体操の続きをすることにした。
――§――
「そうかそうか。それで……なんじゃったかな?」
「修行しに来た」
この家に着いてから半日程経ち、俺たちが眠りにつく頃にアミラたちの様子を覗いてみると、まだこんなやりとりをしていた。
アミラ、頑張れ。俺も柔軟体操、頑張るからな。
異世界まで来て、未だ修行のスタートラインにすら立てていない仲間に心の中でエールを送りながら、俺たちは床に就くのだった。




