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第三話 大学生の力

「おーい。聞こえるかの?」

「ん……?」


 魔法の練習中に意識を失った俺が目を覚ますと、そこは真っ白な空間だった。壁も天井も無く、どこまでも真っ白な世界。


 どう見ても元の世界じゃないよな。


「おーい」


 あぁ、俺の冒険は終わってしまったのか。呆気なかったな。しかも、知らない爺さんの声までするし。これが「お迎え」ってやつか。


「聞こえとるんじゃろ? 無視するでないわ」

「あぁ、わかってる」


 俺は「旅立つ」覚悟を決め、声の方へ振りかえる。

 そこには、いかにも高そうな赤茶色のローブを身に纏った、白髪の爺さんが立っていた。顎には白くて長い髭を貯えている。どっかの校長かな?


「ようやく声が届いたか。わしの名は『ファンタベル・マクマリーナ』。ファンタベル王国の初代国王じゃ。時代で言うと、今から千年程前になるかの」

「あ、えっと。俺は西谷稜太にしやりょうたです」


 つられて自己紹介してしまう。

 ファンタベル王国。さっきエリトたちが名乗った時に聞いたな。千年前の人間とか言ったけど、やっぱりここはあの世なのか。


「どうやらお主は、魔力枯渇で意識を失っておる様だ。故に、わしがお主に思念で呼び掛けておる」


 意識を失って……ってことは俺、生きてる? というか、魔力枯渇!?


「まずは礼を言おう。よくぞ我が召喚に応えてくれたな。若き『勇者』よ」


 ん? ちょっと待て。この爺さん今何て言った? こいつが俺を転移させた張本人ってことか?

 状況が読めないな。もう少し話を聞いてみる必要がありそうだ。


「この世界には、大きな災厄が訪れておる。魔力枯渇に陥るほどの戦いをしたのなら、察しはついておるじゃろうが」

「魔力枯渇か。まぁ、魔力『2』だもんな」

「ほう! 転移して間もないのに、魔力が2万か! 大したものじゃ!」

「いや、そうじゃなくて」

「む? 違うのか? まさか20万ということはあるまい? しかし、2千というのは、『勇者』にしてはあまりにも低い……」

「いや、だから」


 俺、泣いていいかな……?



――§――



 千年前、ファンタベル王と数人の配下が、命と引き換えに発動した二つの魔法がある。

 ひとつは、当時の災厄を封じ込めるための封印魔法。そしてもうひとつは、世界に新たな災厄が迫った時に、平和な異世界から「勇者」を召喚する転移魔法だ。


 召喚する「勇者」を決めるのは、精神体となったファンタベル王自身である。

 召喚された「勇者」は「転移者」と呼ばれ、転移前の戦闘能力、知力、人徳といった総合的な能力に応じて、高い魔力と特殊な能力に目覚めるという。


 じゃあ、俺の魔力って……いや、考えるのはよそう。今は他に考えるべきことがあるはずだ。

 たとえばそう、なぜ俺が、「勇者」としてファンタベル王に選ばれたかという事だ。


 俺はファンタベル王に視線を向ける。俺の言わんとしていることが伝わったようだ。

 彼は俺に視線を返すと、真剣な表情で口を開く。


「お主の魔力量が少ないのは、主にお主の人徳が――」

「待て待てそうじゃない」


 王から話の続きを聞く。


 世界に邪悪な竜が現れてから三ヶ月。ファンタベル王は頭を抱えていた。災厄から世界を救う「勇者」が見つからないのだ。


 当然、危機に瀕している世界の「勇者」を連れてくる事など論外だ。探すのは、既に何らかの厄災を払い、世界を平和に導いた「勇者」である。


 世界を救った者というのは、多少なりとも、「自分は世界を救った英雄。すなわち『勇者』なのだ」ということを自負しているものである。


 そうして数多の世界の思念を探り、遂に一人の青年にたどり着く。


(俺は西谷! 世界を救う勇者です!)


 迷わず転移魔法を発動する。あまりに身勝手で、非情な選択だ。しかし、ここでこの青年を転移させなければ、世界は邪竜によって滅ぶだろう。


 王は世界の命運を託すことにした。心の中とは言え、自らを『世界を救う勇者』だと、高らかに叫ぶこの青年に。


「というわけなのだが……」

「そうか。つまり俺は、『勇者』に間違われてこの世界に連れてこられたってわけか。って、納得できるか! 今すぐ元の世界に戻せ!!」

「すまんが……それはできんのだ。転移魔法の再使用条件は、転移者が災厄を退けるか――命を落とした時だけだ」


 なんてことだ。「勇者」でもないただの人間である俺が、邪竜を倒す?

 無理だ。俺はもう、元の世界には帰れないのだ……。


 絶望する俺に、ファンタベル王が土下座する。


「本当にすまなかった。お主の人生を狂わせてしまった……。どうやっても、償いきれぬな……」


 気まずい沈黙が訪れる。


 確かにその通りなのだが、老人に土下座させている状況は、どうにも居心地が悪い。


「まぁ、なんだ。俺も不用意に『勇者』とか想像してたのも悪かったし、とりあえず顔上げて――」

「そうか! お主もそう思うか! なら、わしだけのせいじゃないよな?」

「は?」

「許してくれてありがとう。心が広いな。さすが『勇者』! おっと、『勇者』ではなかったな。これは失敬。はっはっはっ!」

「おい」


 ファンタベル王がすくっと立ち上がり、俺の背中をバシバシと叩く。それも笑顔で。

 こいつ……! 嘘か? さっきの謝罪は嘘なのか?


「まあ、冗談はさておき。お主の特殊能力のことだがな」


 冗談って、どれの事だ? まさか謝罪のことじゃないだろうな。

 ……もういいや。突っ込み疲れた。そんなことよりも、気になる言葉が聞こえたな。


「特殊能力?」

「さっき言ったであろう? 転移者は魔力と特殊能力を得ると」

「そういえばそうだったな。魔力が低いくだりのせいで聞き流してたわ」

「それと、お主の魔力だが、『2』ではないようだぞ?」

「えっ? それって――」


――§――


 今朝ぶりの宿屋の天井が見える。どうやら俺は、ベッドに寝かされているようだ。


「ニシヤさんを旅に同行させるのは危険よ。異世界からの転移者は『勇者』しかいないはずだけれど、彼の魔力は明らかに『勇者』のそれではないわ」

「なら、なおさら放ってはおけないだろう。なぜ普通の人間が転移者として現れたのかはわからないが、勝手のわからない異世界に、こいつを一人で放り出すつもりか?」

「無理に連れていって死なせるよりマシよ」

「しかし――」


 言い合いをしているエリスとエリトの声が聞こえる。話題は俺の処遇についてのようだ。


「あっ、ニシヤさん。気が付いたのね。実は――」

「エリス。魔力水晶と、さっきの蝋燭を出して欲しい」


 俺が目を覚ましたことに気付き、なにかを切り出そうとするエリスを遮る。


「えっ? それは構わないけれど……」


 エリスから受けとった水晶に数字が浮かび上がる。


 『4』


 そして、エリスが用意した蝋燭の火に、もう片方の手をかざして、風の魔術を発動する。

 意識が飛びそうになるが、なんとか堪えた。


 目を開けるとそこには、火が消えた蝋燭と、『7』という数字が浮かんだ水晶があった。


 思った通りだ。


 俺の仮説が確信に変わる。

 俺が目覚めた特殊能力。それは――「魔力を消費した分だけ、最大魔力量が上昇する」というものだ。

 これなら、魔力の問題は解決するだろう。

 だが、それは同時に、俺の不安を的中させることにもなる。


 先程のエリトの説明によれば、魔力水晶が示す潜在魔力量とは、気力、体力共に万全の状態で扱える最大魔力量の事である。


 能力によって最大魔力量が上昇しても、魔力そのものが回復する訳ではない。

 レベルが上がっても、HPが回復しないタイプのゲームと同じだ。

 故に、魔力を回復する手段が別途必要になるわけだが、その答えはすぐに示された。


「これは?」

「魔力回復薬よ」


 テーブルの上に置かれた、瓶に入った緑色の液体を指して、エリスが答える。


 流石はファンタジーの世界。こういうのはちゃんとあるんだな。

 魔力が無くなりそうなせいか、目眩もするので、早速一口飲んでみる。


「うぇっ!」


 自ら口に入れた液体を勢いで飲み込み、大惨事を免れる。


 まずい! もういっ……いらない。


 魔力回復薬は、端的に言えば物凄く苦かった。例えるなら、かつて修学旅行で食べたゴーヤを、そのまますりつぶして水で薄めた様な感じだ。

 ゴーヤはまだ味があるが、この回復薬には風味もなにもあったものではない。ただただ苦いだけの液体であった。


 ちなみに、今俺が飲んだのは下級回復薬だという。

 「ユーミーラ」という薬草から成分を抽出して作られるらしく、抽出濃度が上がるほど、効果が上がっていくという。


 最大魔力量が高い者は、下級回復薬では回復量が足りないので、中級、上級、特級と、抽出濃度の高い回復薬を服用するようになるのだ。

 効果が高い回復薬ほど、粘性と苦味が強くなっていくらしい。


 魔力量増やすの止めようかな。


 そんな俺の思いをよそに、エリス監修の下、魔力上昇も兼ねた魔力制御の練習が始まる。

 だが、これが地獄の幕開けだった。


「我慢して。邪悪な竜を倒して世界を救うには、『勇者』であるあなたの力が必要なのよ。」


 結局、「勇者」じゃなかったんだけど、どうせ邪竜とやらを倒さなきゃ帰れないみたいだから、それはどっちでも良い。良いけども。


「はい、もう1本」

「おぇ~っ!!」


 いくら潜在能力が高くても、今の俺の力は一般人以下。

 修行をしようにも、まずは魔力を上げなくては話にならない。


 だが、俺の魔力が自然回復するペースに合わせて修行をする程、時間の余裕はない。

 俺が倒れていた廃村も、邪竜の魔力で凶暴化した魔物の群れに滅ぼされたばかりなのだ。


 故に魔法の練習は、常に回復薬を飲みながら進められる。

 究極の時短術。寿命まで縮みそうである。


 もちろん、普通の人間ではこうは行かない。最大魔力量の上がり幅には個人差があるが、一日中魔法を使い続けて、10も上がれば良い方だという。

 そして、最大魔力量が増えるほど、その上がり幅は小さくなるのである。


 この練習法は、使った魔力がそのまま増える俺にのみ許された、茨の道なのであった。


 先程から、隣のテーブルで、時折こちらを気にしているエリト。

 視線で助けを求めると、彼は卓上の地図に視線を落とした。


 今、一瞬目が合ったよね? 何で無視すんの?


 心なしか、エリトの表情は申し訳無さそうにも見える。

 根は良い奴なんだろうな。


 そうして、風魔術を何度発動したかわからなくなってきた頃。


「うん。今朝よりだいぶ威力が上がってきたわね。この調子でもう1本――」

「騎士様っ! 騎士様はおられますかっ!?」


 傷だらけの男が一人、血相を変えて宿に飛び込んで来た。



【おまけ】今日の振り返りと次回予告

ファンタベル王国初代国王のファンタベル・マクマリーナじゃ。実は凄い魔法使いなのじゃが、人違いで普通の青年を転移させてしまった。てへぺろじゃな。


微妙に古いし、実は反省してないだろお前。だいたい、異世界からわざわざ呼んだんだから、もっと凄い能力をつけてくれよ。


じゃから、それはお主の人徳がじゃな――


やかましいわ! 次回もお楽しみにな!

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