第二十九話 一対の心
修行と称したフェリアとの死闘の中で、切り札の〈インフェリアルソード〉を発動させたものの、案の定、相手も同じ技を使ってきた。
その上、一人でも苦戦を強いられていたフェリアが今、なんと二人になって俺の前に立ち塞がっている。
なんでフェリアが2人いるのか。あるいはどっちかが偽物なのか。
黒髪の方は黒フェリアでいいとして、桜色の髪の方は……白っぽい服着てるから白フェリアでいいか。
いやいや、そんなこと言ってる場合じゃないだろ俺。状況を見てみろよ。どうすんだこれ?
黒フェリアが剣を高く掲げると同時に、体中がヒリヒリする様な感覚に襲われる。更に、横目に見える俺の髪の毛が、ピリピリと音をたてて浮いていた。
懐かしい。小学生の頃、下敷きを擦って発生させた静電気を思い出す……ってこれ、雷落ちてくるんじゃね!?
「<重力剣>!」
「<トレノエレジー>!」
俺が剣を突き上げたのと、雷鳴が轟いたのは殆ど同時だった。掲げた剣を恐る恐る確認すると、白い光の大剣に黒い稲妻が纏わりついていた。
<インフェリアルソード>の状態で発動する<重力剣>は、相手の魔法攻撃すら吸着することは、既に確認済みだ。
そして吸着した攻撃は、指向性を持たせて反発させることが出来る。
「食らえ! <重力剣・斥刃>!」
剣で受け止めた黒い稲妻を、2人のフェリアに向かって跳ね返す。
落雷程の速度はないが、大気を震わせながら直進する稲妻の威力は、並みの魔法では及ばないだろう。
「<地の重力波>! っと、危ない危ない」
白フェリアが、剣を逆手に握った右手を祈るように胸の前に添えると、黒い稲妻が拡散して周囲の地面に降り注ぎ、凄まじい轟音を上げた。
やっぱり効かないか。それにしても、拡散されてあの威力なら、元の雷を食らっていたらどうなっていたことやら。
「まだまだ行くぜ! <ブレイズカノン>!」
「避けられるかな? <天泣の涙雨>」
無数の水の刃が舞い、その間を縫うように、炎が弧を描いて迫ってくる。
俺で言うところの<インフェリアルソード>を発動した二人の攻撃は、範囲も速度も先程とは段違いだ。間違いなく威力も高いだろう。
避けられるかなって? 避けられねぇよちくしょう。
けど、諦めた訳じゃない。あいつらがこの剣で出来ることだって、俺にも出来るという事なのだから。
確かさっき、白フェリアが風の技を使ってたよな。俺がこの世界にやって来て、エリトたちに最初に教わったのも、風魔術だったな。
落ち着いて、当時の思い出を掘り起こす。「自分の腕の回りに風が渦巻いていて、力を込めると風の動きが変わるイメージ」だ。
魔術隷剣の魔術は、属性を指定するだけであらかじめ決まった内容の魔術が発動する。具体的な技のイメージまでは必要ない。
つまり、風魔術の感覚を全力でイメージすればそれでいいのだ。
剣を振り上げ、目を閉じて念じる。自分の剣に風が渦巻いていて……。風、風、風! そこだ!!
「<風圧剣>!!」
咄嗟に思い付いた技名と共に振り下ろした剣から突風が巻き起こり、水と炎の攻撃を吹き飛ばす。
魔法や魔術の威力は、発動時に込めた魔力量によっても大きく左右される。「消費した魔力の分だけ最大魔力が上昇する能力」のお陰で、膨大な魔力を手に入れた今の俺が本気を出せば、フェリアたち2人掛かりの攻撃に拮抗出来る程の技を放てるということだ。
あの頃の俺の魔力はたったの「2」だったが、今はどうだろう? 「53万」くらいあったりしてな。
「いやぁ~あははっ。凄い凄い! まいっちゃうね」
「調子乗んなよ。勝負はこれからだぜ!」
俺の技を見て、それぞれの反応を示す2人のフェリア。その表情には、まだまだ余裕が見て取れる。
実際のところ、正面からの彼女らの攻撃を防げたというだけで、状況はあまり変わっていない。
手数が倍の相手に同じ技を使ってても、勝ち目ないしな。
「<神風の抱擁>」
「<ゴスペルネーヴェ>!」
白フェリアがふわりと宙に浮かぶと同時に、黒フェリアが氷の大鎌を出現させ、こちらに迫ってくる。
大丈夫だ。今度は上からの風圧を受ける前に迎え撃つ。
地面を踏み込み、黒フェリアに向かって走り出す。俺が発動させるのは光の魔術。俺の肩から、幻の腕と剣が現れる。
「またその技かよ。芸のねぇ奴だ!」
いやお前に言われたくねぇよ! それに――今回はちょっと違うんだよ。
<陽炎剣>は、俺が姿を隠す光の魔術に失敗した結果、生まれた技だ。当時はまだ未熟だった俺の魔力制御能力も、仲間たちとの旅の中で、少しは上達したと思う。
「どれが本物で、どれが幻かなんて関係ねぇ。そんなもん、全部吹っ飛ばせば良いんだからな!」
大鎌のリーチを活かし、振り下ろされた3本の剣を同時に打ち払う黒フェリア。だが、氷の大鎌は、3本の剣を全てすり抜け、空を切る。
「はぁ!?」
「これが俺の光魔術だ! <陽炎剣・幻刃>!」
鎌を空振りして体勢を崩した黒フェリアに、光の魔術で透明になった不可視の剣を突き出す。
あの日のイメージを再現するのに、随分時間が掛かってしまったな。仲間と共に旅を続けてきた今の俺になら、これくらいの事が出来ないはずはないというのに。
俺の剣の切っ先が、黒フェリアの腹部を捉える。だが、あと少しのところで、俺の剣は見えない空気の壁に阻まれた。
おそらく白フェリアの仕業だろうが、この程度なら押し切れる。
「行っけぇ!!」
力いっぱい剣を押し出し、空気の壁ごと黒フェリアを吹き飛ばす。
俺は魔力というものに「慣れて」しまっていたのかもしれない。〈身体強化〉にしても、それ以外の魔術にしても、魔力の扱いに慣れてきてからは、なんとなく感覚で使ってしまっていた。
そうじゃない。この世界に来たばかりの頃に学んだ魔力の扱い方は、そうじゃなかったはずだ。
落ち着いて、体の中に流れる力を感じて……。
「<湧水剣・飛刃陽炎>!」
俺の剣から、空を覆い尽くすかの如き数千発もの水の刃が飛び出す。狙いは飛行している白フェリアだ。
「なっ、なにこれ!? て、<天の引力>!」
白フェリアが剣に引力を発生させ、俺が放った水の刃を吸着させて防ごうとする。
予想通りの反応だな。
実際には、俺が放った水の刃は20発程度。残りは全て光の魔術で作った幻影だ。そしてその幻影は、同時に目眩ましの役割も果たしている。
「<重力剣>!」
体に流れる魔力を意識して、〈身体強化〉の効果を足に集中させ、<重力剣>の発動と同時に地面を蹴って跳躍する。
互いの剣の引力と〈身体強化〉の跳躍力で、空中の白フェリアに迫る。向こうにしてみれば水の刃の海から俺が飛び出してきたように見えただろう。
そして、白フェリアと剣を合わせた直後に<重力剣・斥刃>を発動させて、彼女を地面に向かって叩き落した。
「きゃあ!」
「危ねぇ!」
地面にぶつかりそうになる白フェリアを、黒フェリアがギリギリで受け止める。
「ん~と、これは……本気出しちゃってもいいかもね」
「ああ。そうだな。次で最後だ」
2人で頷き合うフェリアたち。
まだ何かあるのかよ。もう勘弁してくれ。
「「〈光と影の交響曲〉」」
2人の体が光に包まれる。そして現れたのは1人の女性。黒いインナーカラーの、桜色の長い髪。右目が水色、左目が赤色のオッドアイの女性だ。
右手には逆手に握られた白い光の大剣。左手には順手に握られた黒い光の大剣を構えている。
そして最も特徴的なのは、右側には白、左側には黒の、大きな光の翼が生えている。
「これで最後。さあ、行くよ!」
その言葉と共に飛び上がり、滑空しながら迫ってくるフェリア。
俺にはあんな切り札はないが、かといって、逃げられるような速度じゃない。今の俺に出来るのは、全ての魔力を剣に込めて、攻撃に対抗することだけだ。
体に流れる魔力を意識しながら、〈身体強化〉の魔術を体中に巡らせ、<インフェリアルソード>にありったけの魔力を込める。
「うおぉぉっ!!」
限界まで高めた集中力と魔力で、フェリアの剣を迎え撃つ。互いの剣がぶつかり合った瞬間、巨大な鉄球を叩きつけられた様な衝撃を受けたが、なんとか踏み留まった。
フェリアの2本の剣と俺の剣が、光の粒子を火花のように散らしながら、バチバチと音を立ててせめぎ合う。
くっ……! 耐えろ、耐えろ! ここで一瞬でも気を抜いたら、本当に終わりだ!
剣を構えた俺の両腕から電撃が伝わってくるかの様に、鋭い痛みが俺の全身を襲い続ける。
だが、ここで少しでも力や魔力制御を緩めたら、間違いなく押し切られて命を落とすことになるだろう。
歯を食いしばり、痛みに耐えながらも、俺は必死に剣を握りながら魔力を注ぎ続けた。
どれだけ時間が経っただろう。あるいは数秒だったのかもしれない。
体を襲う痛みが徐々に引いていき、視界を覆う光が消えていく。
フェリアの姿はどこにもなかった。
カランという音に視線を落とすと、そこには2本の剣が落ちていた。
俺が元々持っていた魔術隷剣と、黒フェリアが持っていた黒い刀身の魔術隷剣だ。
感覚を失い、痙攣する俺の手には、剣は握られていなかった。黒い方はともかく、この見慣れた魔術隷剣は、俺が落としたものなのか、あるいは白フェリアが落としたものなのか。
2本の魔術隷剣を静かに拾い上げると、声が聞こえてきた。音ではなく、直接脳に語りかけて来るような不思議な感覚だ。
『あたしらの最後の攻撃を耐えやがるとは、思ったより根性あるじゃねぇか』
『戦い始めとは動きが段違いだったよ。死ぬかもしれないという緊張感の中で、見えてきたものがあるんじゃないかな?』
なるほどな。これはそういう試練だったのか。確かに、あの緊張感の中で初心に帰り、自分の戦いを見つめられたのは大きなプラスになったな。
いやでも、黒フェリアの方は、試練とか関係なく攻めてきていた様に感じるけど。
『まぁ、死んだらそれまでだと思ってたけどな! はははっ!』
やっぱりか。あの黒い雷とか、明らかに本気だったもんな!
『もう、そんなこと言わないの。とまぁそんなわけだから、試練はこれでおしまい! この2本の剣を――私たちを連れて行って』
「わかった。これからも、よろしく頼むぜ」
『うん! それから、私たちのことも話さないとね』
一呼吸置いて、フェリアが語り出す。
『私はね、とある国の王女だったの。ずーっと昔の話だけどね。だから、小さい頃から偉い人達とばかり接してきた。いくら子供とはいえ、そういう人達に対して失礼な振る舞いはできないでしょ? お父様の面子もあるし。だからまぁ、ね。所謂八方美人だったのよ、私。『こうしたい』と『こうあるべき』っていう葛藤の中で、自分を押し殺し続けている内に、いつの間にか、自分の中に違う自分がいるような気がし始めてね』
「それって……」
『それがあたし。二重人格ってやつだ』
半分精神世界のようなこの場所で、同一人物を名乗る二人組。その答えは、二重人格って訳か。
抑圧された感情。それが黒フェリアの正体という事だな。
『自分を押し殺して、周りが笑顔になるのなら、それが自分にとっての幸せ』
『自分を押し殺さなきゃならない環境なんて、くだらねぇ』
『どっちも自分の本心で、どうしていいのかわからなくなって。結局……私は逃げちゃったのよ。それも、まだ小さかった妹を残してね』
普通の家庭に産まれ、何不自由なく生きてきた俺にとっては、文字通り違う世界の話だ。
だが、当時のフェリアが相当なストレスを抱えていた事は、想像に難くない。
『それで……まぁ、いろいろあってね。贖罪の意味もあって、こうして精神体として剣に宿ることになったんだけど……その辺の話はまた今度ってことで、暗い話は終わりにしましょ』
どっちかって言うと、なんで剣になったかの方が気になるんだけどな。話したくなさそうだし、無理に聞き出すようなことでもないか。
試練を乗り越えて2本になった愛剣を携え、紫色の水晶に魔力を込めて、俺はこの部屋を後にした。
――§――
エリトたちの修行はどうなってるか……なにぃ!?
皆と別れた部屋に戻ってきた俺の目に飛び込んできたのは、今まさに、エリスの体を貫こうとして剣の切っ先を向けるネロの姿だった。
「エリス――」
俺が叫ぶより早く、ネロの右腕が見えなくなる。だが、次に俺の視界が捉えたのは、突然空中に現れた拳大の氷壁に剣を阻まれ、動きを止めたネロの姿だった。
「はあっ……はあっ……! 氷魔法〈ブリザードドレス〉!」
「なるほど。常時発動型のオリジナル防御魔法ですか。確かにこれなら、自身が反応できない速度の攻撃にも対応できる。防御力もそれなりにありそうです」
エリスが息を切らしながら、聞き慣れない魔法の名を口にする。ネロの言葉通りなら、エリスはこの修行中に新しい魔法を作ったということだろうか。
「ですが、その防御が破られれば――」
ネロの言葉と共にエリスを守る氷に亀裂が走るが、その瞬間、甲高い金属音と共に、ネロの剣が弾かれる。
そしてほとんど同時に、30体の人型の魔物たちが一瞬で切り刻まれ、光の粒子となって消え失せた。
「その時は、俺がエリスを守るさ」
ネロの剣を弾いたのは、傷だらけになったエリトだった。
「風の魔術で、衝撃波に指向性を持たせた攻撃。理屈は単純ですが、そもそも音速で剣を振らなければこの技は成立しない。お見事です」
ネロの解説で初めて理解できたが、エリトもまた、この修行の中で新たな技を身に付けたようだ。この技は、俺との模擬戦では是非とも控えてもらいたい。
「ですが、随分と消耗が激しいようで――」
ネロの右腕が再び消えるが、今度はエリトの前に小さな氷壁が現れ、ネロの剣を受け止める。
「お兄ちゃんは、私が守るわ」
今にも倒れそうなエリスが、肩で息をしながら右腕を突き出し、〈ブリザードドレス〉を発動させる。
「なるほど。自分以外にも使用可能ですか……。面白い。ニシヤさんも無事に修行を終えたようですし、是非あなた方とは、本気で手合わせをしてみたいものだが――」
ネロが嗜虐的な笑みを浮かべ、獲物を見付けた肉食獣のような目で俺たちを眺めた。
奴の体から溢れる冷たい魔力に空気が震え、思わず身震いしそうになる。
だが、それも一瞬だった。ネロはすぐに冷静な表情に戻り、先程と同様の穏やかな口調で言葉を続ける。
「それは、今回の修行の範疇を越えてしまいますね」
剣術といい、今の魔力といい、このネロという男は只者じゃないな。敵じゃなくて本当に良かった。
そういえば、「勇者」は異世界を救った英雄みたいな奴が選ばれるって話だった気がするけど、「天界の勇者」とやらは、ネロを差し置いて選ばれる程強いということなんだろうか。
玉座の間で国王にもお礼を言い、「境界結晶」を使って天界を後にする。
天界の入り口となっている遺跡の目の前まで飛行船を移動させてくれたオスミウムにお礼を言い、俺たちは飛行船に乗り込んだ。
オスミウムに次の目的地を告げる。
俺たちが目指すのは、ここから遥か西にある大陸の森。そこから入れるという「幻界」だ。
さあ、出発だ!




