第二十八話 魔術隷剣フェリア
「私の名前はフェリア。あなたにわかりやすく名乗るなら、魔術隷剣フェリアだよ」
ネロにもらった結晶に魔力を込めて飛ばされたこの空間で出会ったのは、長い桜色の髪が特徴的な若い女性。
右手には俺が持っているのと同じ、魔術隷剣フェリアが握られている。
だが、それ以上に理解できないことがある。
「あの……」
「ん?」
「どうして剣が人間になってるんですかね?」
さすがは異世界というか。それにしてもどこから突っ込んでいいのかわからないので、とりあえず率直に聞いてみる。
「やだなぁ。剣が人間になる訳ないじゃない。私は元々人間なの」
「じゃあ、どうして人間が剣になってたんですかね?」
「それはねぇ。まぁ、また今度かな」
結局教えてもらえないのか。別に良いけど。
「そんなことより、本題に入るね。どうやらここは、現実世界と精神世界の中間のような場所みたい。この姿で会えたのには驚いたけど、お陰で、あなたの修行のお手伝いが出来るわ」
修行に来たことを忘れかけていた俺に、朗らかな笑顔で説明を始めるフェリア。
「そうか。それで、修行っていうのは何をすれば良いんだ?」
「ああ、それは簡単。私と戦ってくれたら良いよ」
修行の内容は、想像以上にシンプルなものだった。実戦でこいつを倒す。たったそれだけ。
「でも戦うって、俺が剣で斬りかかったら、危ないんじゃないか?」
「あははっ。心配してくれるの? けど、それは多分大丈夫。あなたの動きはいつも見てるけど――あなたじゃ私には敵わないよ」
朗らかな表情から一転して、フェリアはほんの一瞬、冷たい視線を向ける。
その視線から、剣の使用者である俺に対しての不満を感じたのは、俺の考え過ぎだろうか。
「そこまで言うからには、手加減は必要無さそうだな」
「うんうん。どっからでもかかって来なさい」
再び人好きのする笑顔を浮かべるフェリアに向かって、俺は全力で剣を振り下ろした。
フェリアの構えはかなり独特だった。忍者が短刀を持つように、右手で逆手に剣を持っている。
魔術隷剣は短い剣ではないので、胸の前で構えた手から伸びる剣は、膝上辺りまで届いている。
明らかになにかを斬る構えではないが、防御についてはかなりのものだ。
先程から、フェリアは一切攻撃してこない代わりに、俺の攻撃を全て防いでいた。
どんな角度で、どんなタイミングで攻撃しても、剣を斜めから受け止められ、力を受け流される。
体運びに至っても見事なもので、体の重心を上手く移動させながら、踊るように身体を捻り、衝撃を受け流しているのがわかる。
攻撃を捨てて防御に徹したフェリアに、俺は全くダメージを与えられていなかった。
このままやっていてもキリがない。剣の技術で敵わないなら、他の手段を取るまでだ。
「<灼熱剣>!」
見た目の変化はないものの、俺の剣が一瞬で超高温に熱せられる。受け止めようとすれば、フェリアの剣もろとも焼き斬れるだろう。
「<無窮の雫>」
フェリアが呟くと同時に、フェリアの剣から水が溢れ、刀身を覆った。
熱せられた俺の剣と、水を纏ったフェリアの剣がぶつかり、小さな水蒸気爆発が起きる。
「くっ!」
爆風で後ろに飛ばされながらフェリアの様子を見ると、奴は依然としてその場に立っていた。
剣の当て方か、はたまた水の纏わせ方か。自分に爆風が来ないように調整したのは間違いなかった。
それなら、これでどうだ!
「<湧水剣・飛刃>!」
「<天泣の涙雨>」
俺が無数の水の刃を放つと同時に、フェリアが逆手に構えた剣を掲げて水の刃を放ち、俺の攻撃を撃ち落とす。
予想はしてたが、やはり魔術隷剣の技を使って来るんだな。それなら。
「<陽炎剣>!」
フェリアに向かって走りながら、光の魔術を発動させる。俺の腕と剣の幻が現れ、6本の腕で3本の剣を構えているような状態だ。<陽炎剣>は、俺が実戦で使える唯一のオリジナル技でもある。
「<天の引力>」
一瞬驚いた様子のフェリアだったが、すぐに腕を前に突き出して技名を口にする。
引力……ってことは、まさか!
気付いた時には既に遅く、斬りかかった俺の剣は、横向きの重力に引き寄せられる様にフェリアの剣に重なった。
自分の剣から引力を発生させるこの技なら、幻の剣が見分けられなくても関係ないって訳か。
「ずっと見てたからね。対処も考えてあるんだよ」
得意気に笑うフェリア。確かにこいつは強い。だが――俺のことを舐めすぎだ。
「<重力剣>!」
「ええっ!?」
フェリアの技に重ね掛けするように<重力剣>を発動させることで、互いの剣が凄まじい力で吸着する。
その状態で、〈身体強化〉で高まった膂力にものを言わせて、強引に剣を引っ張り、フェリアの体勢を崩す。
「<重力剣・斥刃>!」
更に、今度は剣から斥力を発生させてフェリアの技を相殺し、自由になった剣をフェリアに突き出した。
「痛っ……!」
俺の剣の切っ先が、初めてフェリアの体を捉える。だが、腕を掠った程度で、全く決定打にはなっていない。
浅いか! だが、このまま一気に畳み掛ける!
「っ! <風花の園>!」
フェリアが技名を告げると、殴りつけるかのような風圧に、俺の体が吹き飛ばされた。
間合いを取られたか。けど、攻略の糸口は見つけたんだ、もう一度――えっ?
突然現れた禍々しい気配に、空気が冷たくなっていくような感覚を覚える。
腕を押さえて俯くフェリアを中心に、禍々しい黒い霧が立ち込めているのだ。
霧はどんどん深くなり、フェリアの姿を完全に覆い隠す。その雰囲気はまるで、人間の負の感情を具現化したかのようで……。
「痛ぇ……じゃねぇかよ!!」
危険を感じて咄嗟に身構える。その直後、漆黒の霧が爆散し、同時に中から現れた一人の女性が、矢のような速さで斬りかかってきたのだ。
「響け! <フレアビート>!!」
フレア……ってことは、火か!
「<灼熱剣>!」
放たれた斬撃をなんとか受け止め、鍔迫り合いの様な格好になる。斬りかかってきたのは、黒の短髪に黒い服を着た、赤眼の女性だった。
先程の様な逆手の構えではなく、黒い刀身の魔術隷剣を左手で順手に持ち、凄まじい力で剣を押し込んで来ている。
「お前は……誰だ?」
「は? 決まってんだろ。あたしは――フェリアだよ!」
その言葉と共に互いの剣が離れ、斬撃の応酬が始まる。
体を傷付けられて激昂したのか、或いはこれが本性か。先程とは打って変わって、捨て身の猛攻を仕掛けてくるフェリア。
一見乱暴な太刀筋だが、攻撃の反動が次の攻撃の予備動作に繋がっており、反撃する隙がない。
斬撃のスピードも威力も高く、常に気を張っていなければ防御もままならないのだ。
更にこいつは、俺で言うところの<灼熱剣>を、初撃から常に発動し続けているようだ。
見た目ではわからないが、<灼熱剣>を発動した俺と剣を打ち合っているということは、それ以外に考えられない。
つまり、俺が他の技を使うために<灼熱剣>の発動を止めれば、その瞬間に俺の剣を焼き切られ、敗北するということだ。
このまま至近距離で戦い続けるのは得策じゃないな。さっきやられたみたいに、<湧水剣>で水蒸気爆発を起こすのも、リスクが高すぎる。
斬撃の間の一瞬の隙を突き、後ろに飛び退いて距離を取る。
「逃がさねぇよ! <ブレイズカノン>!」
フェリアの剣から火の手が上がり、振り抜いた剣の軌道に沿うように、炎が弧を描きながら迫ってくる。
スピードはかなり速いけど、避けるしかない!
魔力制御の感覚を研ぎ澄ませ、〈身体強化〉に使っている魔力を足に集中させて、全力で回避に徹する。
「逃がさねぇって言ってんだろ。<トレノエレジー>!」
炎を避けたのも束の間、今度は上から、俺をピンポイントで狙い撃つ様に雷が降ってくる。〈身体強化〉によって研ぎ澄まされた感覚を頼りに、直感でギリギリ避けているが、いつ当たってもおかしくない。
この攻撃ズルくね? ゲームとかの雷の攻撃だったら、落雷の直前に地面が光るとか、カーソルとか出るとかして、避けやすくなってたりするよね。
だが、弱点のない技なんてそうそう無いだろう。この雷も例に漏れず、攻撃の度に雷の威力と精度が落ちてきている様に感じる。
これだけ強力な技だ。やはり連発は難しいのかも知れない。
あるいは俺にそう思わせる罠という可能性もあるが、そうだとしても、反撃に出るなら今しかない。
再び感覚を研ぎ澄ませ、落ちついて雷を回避していく。
回避、回避、回避……そこだ!
「<湧水剣・飛刃>!」
無数の鋭い水の刃が雷の隙間を抜け、フェリア目掛けて飛んでいく。
「チッ! <ヘイルノクターン>!」
フェリアが剣を突き立てると、俺が放った水の刃が一瞬で凍りつき、フェリアに到達する前に細氷となって霧散する。
目に見えて表情を歪めているフェリア。どうやら、俺を仕留められず、あまつさえ反撃までされたことに苛立ちを抑えきれない様子だ。
「思ったよりはやるみてぇだが、次で決めてやるよ。<ゴスペルネーヴェ>!」
フェリアが剣に氷を纏わせ、こちらに向かって勢いよく突っ込んでくる。
あれ? ネーヴェって雪じゃなかったっけ? まぁいいか。氷系統の技なのはわかったし。
それに、さっきの様な不意打ちからの接近戦でなければ、いきなり体勢を崩されることもない。
迫ってくるフェリアを見据え、剣を構え直す。
「<神風の抱擁>!」
「なに!?」
突然頭上から聞こえた声に反応するより早く、質量すら感じさせる様な風圧が、俺に重たくのしかかる。
剣を杖にして踏ん張り、なんとか顔を上げた俺の視界に写ったのは二人の女性。
一人は長い桜色の髪をなびかせながら、こちらに背を向け、風に舞うようにゆっくりと降りてくる女性。
そしてもう一人は、氷で象られた大鎌を振りかぶり、風を切るような速さでこちらに迫ってくる黒髪の女性だった。
「これで、終わりだぜ!」
黒髪のフェリアが、風圧で動けない俺を目掛けて氷の大鎌を振り下ろす。
大鎌の切っ先が迫ってくる一瞬が、永遠にも感じられて――もしかしてこれって、食らったら死ぬやつじゃね!?
「終わって……たまるか! <インフェリアルソード>!!」
魔術隷剣に思いっきり魔力を込め、白い光の粒子に象られた大剣を呼び出す。
そして、迫ってくる氷の大鎌に向かって、力任せに大剣を叩きつけた。
互いの武器がぶつかり合い、動きが止まったのはほんの一瞬だった。俺の剣が氷の大鎌を砕き、黒髪のフェリアに向かう。
しかし、俺の剣はすぐに止められた。桜色の髪のフェリアが逆手に握った、俺の剣と同じ、白い光の粒子で象られた大剣によって。
「てめぇがその剣で出来ることが、あたしらに出来ねぇわけねぇだろ!」
続いて、黒髪のフェリアの左手で順手に握られた剣が、黒い光の粒子によって大剣となり、拮抗していた俺の剣を打ち払った。
「うっ!」
腕がちぎれるかと錯覚するほどの衝撃を感じ、咄嗟に体を引いて衝撃を和らげる。
「さぁ、ここからが本番だよ」




