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第二十七話 更なる異世界へ

「すげぇ……。マジで飛んでやがる」

「鳥になったみたい……」


 オスミウムが所有する、この世界で唯一の飛行船の窓から外を眺めるカラムとアミラが、感想を零す。


「懐かしいわね。屋敷でお世話になっていた頃以来かしら。ねぇお兄ちゃん?」

「……そうだな」


 かつてオスミウムの屋敷に住んでいたエリトとエリスは、この飛行船にも乗ったことがあるらしい。


 久しぶりの空の旅に上機嫌なエリスに対して、エリトは窓から離れた座席に座り、目を閉じて腕を組んでいる


「そういえばお兄ちゃんって、高いところ苦手だったっけ?」

「そんなことは……ない」


 どう見ても、そんなことなくはないだろう。エリトは元々口数は少ない方だが、今は明らかに普段と違う理由で静かになっているように見える。


 ミルノースの塔に登った時はこんな様子ではなかったので、おそらく空を飛ぶ乗り物が苦手なんだろうか。

 そんな彼が、この世界に1台しかないという飛行船に乗ることになってしまうとは、数奇な巡り合わせである。


 ちなみにこの飛行船は「天界てんかい」に近いという北の大陸の遺跡に向かって飛行している。それぞれの異世界に近い三ヶ所の目的地を、近い順に周って行こうという算段だ。


 飛行船の操縦はオスミウムが1人で行っている。

 具体的に何を操作しているのかはわからなかったが、いくつもあるメーターを見ながら両手両足を巧みに使い、ペダルやレバーを操作している姿は、どうみてもただの資産家のそれではない。


 しかも、そんな見るからに忙しそうな状況であるにも関わらず、コックピットの様子を眺めている俺に、この飛行船について説明し始める程の余裕まで見せていた。


 一体何者なんだこの老人は。


 オスミウム曰く、この飛行船は、今から数百年前、オスミウムの先祖が当時の国王から譲り受けたものらしい。


 世界1台しかないということから何となく想像はついてたが、この飛行船はとある遺跡から発掘されたもので、どういう理屈で飛んでいるのか現代の技術では解明できず、複製が出来ないのだそうだ。

 いわゆるオーパーツと呼べる類のものだな。


 ということはだ。この飛行船は発掘以降何百年もメンテナンスがされていない上、壊れたら誰にも直せないということだ。

 そんな乗り物に乗って、俺たちは今空を飛んでいる。


 なんか、考えたら急に不安になってきたな。まぁ、何百年も問題なく飛んでいるんだし、たまたま俺たちが乗ったこのタイミングで壊れるなんていうことはないよな?


「そろそろですかな」


 オスミウムがそう呟くと同時に飛行船の高度を下げると、窓の外に白い物がちらつき始めた。雪だ。

 ぐんぐん近づいて来る大地は、一面の雪景色だった。


 初めて雪を見たと言って目を輝かせているアミラに、カラムが雪について説明している。とはいえ、知識として知っているだけで、カラム自身も雪を見るのは初めてだそうだ。


 確かに、氷の魔法はエリスがよく使うけど、雪の魔法って見たことないな。


「外は寒いですから、宜しければこちらを」

「ありがとうオスミウムさん。けど、私の魔法があるから大丈夫よ」


 飛行船を着陸させ、コックピットの収納スペースから人数分のコートを取り出そうとするオスミウムを、エリスが制止する。


「おお! <恒温魔法こうおんまほう>まで使えるようになりましたか! 本当に立派になって……」

「そ、そういうわけだから、私たちはもう行くわよ」


 急に褒められて少し照れているエリスに魔法を掛けて貰い、俺たちはオスミウムにお礼を言って飛行船を降りた。

 ちなみにオスミウムは、ここで俺たちの帰りを待っていてくれるようだ。


 先ほどオスミウムが言った<恒温魔法こうおんまほう>と言うのは、人間の体温と体感温度をほぼ一定に保つ魔法だそうだ。


 流石に炎や氷の魔法を無効化するような性能はないが、火山や雪山といった、人間にとって過酷な環境下で活動する際に重宝するらしい。


 その説明の通り、目の前には白銀の世界が広がっているにも関わらず、全く寒さを感じない。例えるなら、テレビで雪景色を見ているような感覚だ。


 非常にありがたい魔法だし、掛けて貰えて感謝もしている。だからこそ声に出しては言えないが……こんな便利な魔法があるなら、「暗黒の谷」の崖下りの時に使ってくれよ!


「遺跡って……あれかな?」


 アミラが指差した方向を見ると、雪に埋もれた建物らしきものが見える。


「他にそれらしい物もないし、行ってみようか」


 近づいてみると、それは人間の身長くらいしかないレンガ造りの小さな祠だった。辺りを見渡して見ると、祠と同じような材質の瓦礫が散乱している。


 遺跡なんて言うからどんなもんかと思ったが、建物としての原型は殆ど残っていない、廃墟のような場所だった。


 とはいえ、俺たちの目的は遺跡自体ではないので、特に問題はない。


「ここで結晶を使えば、異世界に行けるんだよな?」

「そのはずだけど……」


 カラムに促され、鞄から取り出した「境界結晶きょうかいけっしょう」を見ると、ほんのり光を放っていた。


「ええ。結晶に魔力を込めれば、転移が始まるらしいわ。ここから行ける異世界は『天界てんかい』。50年前に『終焉を呼ぶ魔女』から世界を救った、先代の『勇者』の世界よ」

「転移できる場所はここと同様に、天界の中でもこの世界に近い場所だ。転移した先に何が待っているかわからん。油断だけはしないようにな」

「それってもしかしてだけど、転移したら深海とか、上空とか、溶岩の中とかってこともあるの?」


 エリトの言葉に、俺は疑問を投げ掛ける。転移したら即死しましたなんて、冗談じゃないぞ。


「それについては大丈夫よ。一定以上の質量を持つ空間へは転移できない。平たく言えば、転移先は必ず空気中なの。空間転移の大原則よ。あり得るとしたら上空くらいだけど、それくらい、なんとかして見せるわよ」


 エリスは自信満々にそう言うと、人差し指を口に当ててウインクした。


 ちょっとドキッとしたけど、バレたら横にいるお兄さんに何をされるか……。


「わかった。それじゃあ行こう。『天界てんかい』へ!」


 覚悟を決め、「境界結晶きょうかいけっしょう」に魔力を込めた瞬間、俺の視界は眩い光に包まれた。


 ――§――


 光が徐々に弱まり、少しずつ視界が戻って来る。だが、見えてきたのはさっきまでの雪原ではない。


 豪奢な内装の、体育館くらいの広さの部屋。奥の方は数段高くなっており、立派な椅子に腰かけた壮年の男が鋭い眼光をこちらに向けている。


 そして、俺たちの回りには、武器を構えた兵士たち。ここは――天界のどこかにある王城だった。


 なるほど。いきなり玉座の間とは上出来じゃないか。つまり、この「天界」から見て、俺たちの世界に近い場所というのがたまたまここだったという訳だな。


 ふざけんなよ! いきなり玉座の間に現れて、敵意ありませんとか無理だぞ!? 思いっきり警戒されてんじゃねぇか!


「突然の来訪、申し訳ございません。実は――」


 王と思しき壮年の男に向かって片膝をつき、事情を話し始めるエリト。

 アニメとかでよく見る、国王と話すときのポーズだ。失礼のないように、俺も急いで真似をする。


 普通に片膝をつくだけで良いんだよな? それにしても、皆、対応力高過ぎだろ。普段国王に仕えているエリトやエリスはもちろん、こういったことに無縁そうなカラムやアミラまで片膝をついて……あれ? アミラ?


「……?」


 まずい! アミラが状況を理解出来ずに立ったまま首を傾げてる! 取り敢えずしゃがんどけ!


 アミラの手を下から掴み、無理やり座らせる。


「なるほど。事情はわかった。世界を救う為、ここまで乗り込んできたその意気や良し。地下の修練場の使用を許そう」


 気付いたら話終わってるんだけど。しかも上手く行ってるみたいだし、一体どんな話し方したらあの状況から立て直せるんだよ。


「ありがとうございます。それで、修練の相手ですが、50年前に私たちの世界を救って下さった『勇者様』はいらっしゃいますか?」


 エリトが国王へ問い掛ける。


「『50年前』か。その口ぶりでは、異世界への転移は時間をも超えることを知っておるようだ。奴がそちらの世界に行き、そして帰還したのは、この世界ではほんの一年前のこと。だが奴は今――」

「陛下。お言葉ですが、部外者に話すようなことではないかと。彼らの修練の相手はこの私が」


 先代の「勇者」について話す王を、側近と思われる男が制止する。

 ダークグレーの髪に、深い青色の目をした、どこか冷たい印象の長身の男だ。


「うむ、それもそうか。ではネロよ、後のことは任せたぞ」

「承知致しました。それではみなさん、ご案内致しますので、こちらにお越しください」


 ネロと呼ばれた男に案内され、城の地下にあるという修練場に向かう。


 それにしても、城の内装というのは、どこの世界でもあんまり変わらないものなんだな。


 ファンタベル王国の城も、俺がいた世界の映画とかに出てくるようなイメージそのままだったが、この天界の城も例に漏れず、絵画やら置物やらが飾られた豪華な建物だ。


 まぁ、これだけ広いのに置物も何もなかったら、それはそれで味気ないか。


「こちらが修練場です。改めまして、ここでの修練をお手伝いさせていただきます。兵士長のネロと申します」


 自己紹介をするネロに対して、俺たちもそれぞれ名乗る。


「聞けば、皆さんはこのあと幻界げんかい魔界まかいにも行かれるとのこと。ならばここでは、各世界の末裔ではない方の修練に専念するのが宜しいかと」


 そう言って、ネロは俺に紫色のゴツゴツした水晶を手渡してきた。


「ニシヤさん、あなたはこれを持ってあちらの部屋へ。あなたに――会いたがっている人がいるようですから」

「会いたがっている人?」


 俺は別室かよ。というか、異世界から更に異世界まで来て、こんなとこに知り合いなんていねぇぞ? 


「行けばわかります。さて、次はエリトさんとエリスさん。あなた方は、それぞれ剣と魔法に長けている。それも、中々の実力者とお見受けしますが、もし仮に――」


 言葉の途中でネロの姿が消える。そして次の瞬間にはエリスが首元に刃が突きつけられていた


「魔法の発動前に間合いを詰められたら、あなたはどうしますか?」


 こいつ……動きが全く見えなかった。エリトですら反応しきれない速さで動くとは、兵士長という肩書きは伊達ではないようだ。


「そしてエリトさん。もし仮に――」


 その言葉と共に、ネロが後ろに大きく飛び退く。それと同時に、壁一面に描かれていた魔法陣が一斉に輝き、武器を持った人型の魔物が一斉に溢れ出した。数はざっと30体ぐらいはいるだろうか。


「剣で捌ききれない数の敵と相対したとき、あなたはどうしますか?」


 現れた魔物の内の五体がエリトに襲いかかる。

 剣、斧、槍といった各々の武器を使う魔物たちの連携攻撃を避けきれず、頬に掠り傷を負いながらも、なんとか魔物たちを撃退したエリト。

 しかしその直後、倒れた魔物が消え、壁の魔法陣から新たに5体の魔物が現れる。


「この部屋の中でのみ存在できる、修練用の魔法生物です。全て同時に倒さない限り、いなくなることありませんよ」


 圧倒的な実力を持つネロに加え、高い戦闘力を持つ魔物が30体か……。


「ニシヤ、俺たちのことは気にしなくて良い。お前は自分の修行をしてこい」

「強くなって会いましょう。ニシヤさん」


 エリトとエリスが、俺の心配を悟ったように言葉を告げる。


 そうだよな。2人の力は俺もよく知ってる。2人に負けないように、俺も強くならなきゃな。


「あぁ、わかった。行ってくる」


 ネロに預かった紫色の結晶握り締め、俺は奥にある別室に向かう。


 エリトたちの修行の難易度から考えて、俺の修行も厳しいものになるのだろう。覚悟を決めて部屋のドアを開けるとそこは――家具も何もない、6畳程度の部屋だった。


 誰もいないじゃねぇか! 誰だよ、会いたがってる人がいるのか言ったの! ん? 待てよ、もしかして。


境界結晶きょうかいけっしょう」のことをふと思い出し、手に握った水晶に少し魔力を込めてみる。すると、俺の視界が真っ白に染まった。

 ちょうどこの天界にやってきた時と同じような感覚だ。これも転移魔法の1種だろうか。


 視界が再び鮮明になり、目の前に広がっていたのはだだっ広い真っ白な空間。

 だが、広さ以外に、先ほどとは決定的に違うことがあった。この空間には、1人の女性が立っている。


「あら? まさか本当に、こうして会えるなんてね」


 桜色の長い髪をした若い女性。その手に握られていたのはなんと、俺が持っている魔術隷剣まじゅつれいけんと瓜二つの一振りの剣。


「えっと、はじめましてでいいのかな。私の名前はフェリア。あなたにわかりやすく名乗るなら――魔術隷剣まじゅつれいけんフェリアだよ」


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