第二十六話 魔法世界の移動手段
「お前は何を考えている! 『勇者』でなければ極刑だぞ!!」
「……すみません」
ファンタベル王国での会議の場で、現国王と初代ファンタベル王を間違えるという盛大なミスをやらかした俺は、王都の一室でエリトにこっ酷く叱られていた。
あの後の事は、頭が真っ白になってしまったのでよく覚えていない。
エリトたちがなんとか誤魔化してくれたみたいだが……。
とりあえず、城を襲ったオルガネラの狙いが「境界結晶」である可能性が高い事、俺たちの異世界での修行に必要である事から、無事に結晶を借りられたという事だけは、なんとなく覚えている。
いや、確かにね、俺が悪かったよ。でもさ、あの国王、初代のやつに似すぎじゃね? 双子ってレベルじゃねぇぞ!
てか、いきなり目の前に知ってる顔の奴が現れたら、普通知り合いだと思うよな?
この部屋に着いてから、あの真っ白い空間に出てくる初代国王の話をしたので、ここにいるメンバーは事情を理解してくれた。
とはいえ、一国の王をお前呼ばわりして「人違いでした」では済まないのは当然の事だ。
「も、もういいんじゃねぇか? ニシヤも反省してるみたいだしよ」
「……うん。ニシヤは……反省してる」
あまりの怒られ具合に、見かねたカラムとアミラがエリトを宥めに入る。
「はぁ……。今回はなんとかなったが、次は庇えないぞ?」
「……はい」
少し気持ちが落ち着いてくれたか。エリトのお許しが出た。
それにしても、「勇者」じゃなければ極刑か。初めて「勇者」扱いに感謝したな。
「そうそう。反省しているな。というわけで、話は終わったな? さて、魔術隷剣のことだが――」
「それで、お前はなぜここにいる?」
あまりにも自然な流れで会話に入ってきたのは、魔術師団長のメルヘアだ。
王国での会議の後、当たり前のように俺たちについてきたので、誰も突っ込まなかったのだが。
「『なぜ』だと? 愚問だなエリトよ。魔術隷剣の話については『後で』と言ったではないか」
眼鏡をクイッ持ち上げ、メルヘアが得意げに言う
「……。わかった。好きにしろ」
エリトがいつものことだと言わんばかりに溜息を吐き、目を閉じた。嵐が過ぎ去るのを待つかのような、どこか諦めたような印象も受ける。
「では早速だがな、魔術隷剣に魔力を込めて、技を見せてくれ」
ここでやるのかよ! ここ室内だぞ!?
ちらりとエリスを見ると、申し訳なさそうに肩をすくめて苦笑いしている。「こうなると聞かないのよ」という声が聞こえてきそうだ。
まぁ、危なくないやつなら良いだろう。
「<湧水剣>」
剣を逆手に持ち、床に置いた桶に切っ先を向けて<湧水剣>を発動させる。あまり魔力を込めていないので、刀身をうっすらと水の膜が覆う程度だ。
「ふむ……。では、次はこれでやってみてくれ」
「えっ? マジかよ! これって……!」
水を纏った魔術隷剣を興味深そうに見つめていたメルヘアが、<異次元収納>が掛けられた鞄から取り出したのは、なんと、今俺が持っているのと瓜二つの剣――もう1本の魔術隷剣だった。
「驚いただろう? これは私が作り出した魔術隷剣のレプリカだ。剣の材質、重量、寸法、付与されているであろう魔法まで完璧に再現している。さあ、今と同じ技を見せてくれ!」
メルヘアの勢いに押された俺は、先ほどと同じように<湧水剣>を発動してみる。
「あれ? なんか変だな」
さっきと同じように魔力を込めたはずだが、水が剣に吸着しない。
今までは技を発動すればそれで良かった。しかしこの剣では、発動後に発生させた水まで集中してコントロールしないといけないような感じだ。
試しにもう少し魔力を込めてみたが、剣の周りに発生していた水を制御しきれなくなり、下に置いていた桶に水塊を落としてしまった。
「ふむ、そうか……。魔力……魔術……感情……。いや、まさかな」
「おい、1人で納得してないで、俺たちにもわかるように説明してくれよ」
手の甲を顎に当てて考え始めるメルヘアに、カラムが問い掛ける。
「そうだな。これはまだ仮説だが、もしかしたらこの剣には、魔法とは違う力が宿っているのかもしれないと言うことだ」
「どういう事だ?」
「それをこれから考えるんじゃないか。ともかく、この剣は失敗作だ。エリス、このレプリカをウェスタの博物館に送っておけ。どうせ勇者以外にはまともに使えない剣だ。バレやしないだろう」
話は終わりだと言わんばかりに、メルヘアが魔術隷剣のレプリカをテーブルに置く。
「……やむをえんか。状況が状況だからな」
「ええ、わかったわ」
メルヘアの話を渋々承諾し、端のテーブルで梱包と書状の作成を始めるエリトとエリス。
博物館に飾られていた品を替え玉に差し替えるというのは、正義感の強い2人にとっては特に気の進まないことだろう。
俺だって罪悪感が無いわけじゃないが、剣を返したおかげで魔獣に負けて世界が滅びましたでは話にならないしな。
「さて、いよいよ本題だが、キミたちの異世界修行についての話をしようか」
メルヘアがテーブルに世界地図を広げ、いくつかのポイントに印を付け始めた。
本題も何も、最初に剣の話をしたのはこいつだろと思ったが、気にしても仕方ないので、メルヘアの説明を聞くことにする。
どうやらこの世界には、異世界との「距離」が近い場所がいくつかあるらしい。要は異世界に行きやすい場所のことだ。
この場所は数年から十数年おきに変わるらしいが、今メルヘアが地図に示したのがその場所だ。
この場所については、半年ほど前に冒険者ギルドからの情報提供があり、王国側も調査を行ったので、間違いないだろうとのことだ。
ここで問題になるのが距離である。
初めて見た世界地図には、大陸が5つ載っていた。
貿易都市ウェスタや、邪竜と戦ったミルノースの塔もある、3年前に俺たちが旅をした中央大陸。ここを地図の中心として、今俺たちがいる、ファンタベル王国がある東の大陸。それから、北、南、西の方角それぞれに大陸がひとつずつ。後は小さい(といっても、世界地図に載る程度には大きいのだが)陸地が点々としていた。
今回の目的地は、「天界」に近い北の大陸の遺跡、「幻界」に近い西の大陸の森、「魔界」に近い南東の陸地。この3箇所だ。
地図を見る限り、全部回ると世界一週してしまいそうな位置関係だが……。
「ああ、距離のことなら心配いらないぞ」
俺の考えを読んだかのように、メルヘアが続ける。
ここから北の方角にある街「モーティモーゼ」に、「オスミウム」という資産家がいる。
ファンタベル王とは古い付き合いで、先日のオルガネラ襲撃の際には真っ先に駆け付け、困ったことがあれば力になると約束してくれたのだという。
「詳しいことは彼から聞くといい。気を付けてな」
「ああ。っていうか、メルヘアは一緒に来ないのか?」
なんか、ちゃっかり付いてきそうな気がしてたけど。
「それについては、私から説明するわ」
メルヘアに対して問い掛ける俺に、エリスが説明を始める。
魔術師団長になるには、2つの条件がある。王都を守る結界〈スフィア・リフレクション〉を発動出来る事と、それを維持出来る事だ。
発動はともかく、この維持というのが厄介で、〈スフィア・リフレクション〉は、結界の近くで術者が魔力を供給し続けなければならないらしい。
つまり、当代の魔術師団長は王都から離れることが出来ないのだ。
必然的に王都に住むことになるため、住まいは保証されるというけど、旅行はおろか、他の街に行くことすら出来ないというのは、かなりブラックな環境だと思うが。
「まぁ、私は研究のための部屋があれば、それで構わないのだけどね」
当のメルヘアは特に不自由を感じていない様子だ。
「研究……?」
「よくぞ聞いてくれた! 私の研究の目的は、魔法の真髄に至ることだ!」
聞き慣れない単語にアミラが首を傾げると、メルヘアが堰を切ったように話し始める。
「まぁまぁ、団長。その話は今度ゆっくり」
「今は非常時だ。俺たちはもう出発させてもらうぞ」
魔術隷剣のレプリカを発送する準備を終え、荷物を纏めたエリスとエリトがメルヘアの話を遮る。
しかし、メルヘアの話が中断される気配はない。
仕方ないので、このままそっと部屋を出ることにする。
罪悪感もあったが、メルヘアはスイッチが入ると数時間は話し続けるらしいので、「またの機会」とさせてもらうことにしたのだ。
エリス曰くいつもの事らしいが、なんかちょっと可哀想だな。アミラは話を聞きたがっていたみたいだし、今度アミラを貸してあげよう。
「そのために、失われた究極の魔法、<アンビバレンス>を――」
俺たちが出ていった後、一人になった事に気付かないメルヘアの声が、廊下まで聞こえていたのだった。
――§――
メルヘアと別れた後、王都の宿屋で一泊した俺たちは、モーティモーゼの街にやって来ていた。
王都にはエリトとエリスの家もあるのだが、この人数で押し掛けるのも悪かったしな。
王都からモーティモーゼまでは、徒歩で2時間くらいの距離だ。この世界で考えたら、かなり近い距離である。
王都から近いこともあってか、街並みも王都のそれと同様に、白を基調とした建物が等間隔に並び、洗練された上品な印象を受ける。
「あそこにある大きな家が見えるかしら? あれがオスミウム邸よ」
エリスが指を指した方向を見ると、遠くに一際大きな屋敷が目についた。周りの建物は2階建てが殆どだが、あの屋敷は5階建てくらいありそうに見える。
10分程歩いてたどり着いた屋敷の門には、王国の騎士が門番のように立っていたが、エリトの顔を見て敬礼し、すんなり通してくれた。流石は騎士団長だ。
聞けば、町の警備を担当している王国の兵士たちは、この家の主であるオスミウムが王国にお金を払って雇っているのだという。
「オスミウムさん。お久しぶりね」
「おぉ、エリトさんにエリスさん! よくいらっしゃいました。先日は大変でしたな。ところで、今日はどういったご用向きで?」
「突然すまない。実はな――」
屋敷に入ってすぐのところで俺たちを出迎えてくれたのは、オスミウムと呼ばれた老紳士――この館の主であるオスミウムだった。
高そうな濃紺のスーツを着こなし、穏やかな表情でエリトの話を聞く姿は、紳士という言葉を体現しているかのようだった。
屋敷の中には至るところに絨毯が敷かれ、壁には豪華な額縁に飾られた高そうな絵が飾られていた。さながら小さな王城である。資産家として名が通っているだけの事はあるようだ。
屋敷の中を見渡している間にエリトたちとの話が終わったらしい。オスミウムがこちらに歩いてきて、深々と頭を下げて言った。
「『勇者様』とそのご一行様。挨拶もせず失礼致しました。オスミウムと申します。」
「あっ、どうも、西谷稜太です」
大学生活の中でこんなに丁寧に挨拶されたことはなかったので、つい緊張してたどたどしい挨拶になってしまう。
「カラム・クローマだぜ」
「私は……アミラ・ナーゼ」
二人は平常運転だな。俺もこれくらい堂々とした方が良いんだろうか。
「本当なら、きちんとしたおもてなしをさせていただきたかったのですが、事態は火急とのこと。恐れ入りますが、屋敷の裏庭までご同行いただけますかな?」
オスミウムに案内され、屋敷の外を回り込むように歩いて裏庭へ向かう。
道中オスミウムから聞いた話によると、エリトとエリスは、王国の兵士になる前の3年間、この屋敷でオスミウムの世話になっていたのだという。
「それにしても、あの子供たちがこんなに立派になられて……。昔のエリトさんは、先代の騎士団長オルガネラ様のようになると言って、手が豆だらけになっても剣を振り続けていました。エリスさんも、毎日寝る間も惜しんで屋敷中の魔法の本を読み漁っておりましてな」
感慨深そうに目を閉じて、オスミウムが彼らの子供時代を語る。
今でこそ王国でも屈指の実力者である彼らだが、その影には大変な努力があったんだな。考えてみれば当たり前の話だが、改めてこういう話を聞くと実感がわくな。
「もう! その話はいいから!」
「……」
気恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にして怒っているエリス。エリトはと言うと、気まずそうに俯いて視線を逸らしている。
二人のこういう態度を見るのはなんだか新鮮だ。
俺の子供の頃はどうだったかな……。確か、習っていた剣道の竹刀を振り回して、オリジナルの技名とか叫んでた気がする。……あれ、もしかして、今も同じことしてないか俺!
いやいや違うぞ。今はそうした方が強い技を放てるという、この世界のルールに従ってるだけだ。うん。
「ほっほっほっ! さて、話している間に到着しましたぞ!」
オスミウムに促されて前を向くと、信じられない物がそこにあった。
確かにメルヘアから、移動についてはオスミウムを訪ねろと言われてはいた。だが、この魔法の世界にこんなものがあるなんて。
裏庭にたどり着いた俺たちの前にはあったのはなんと――小型の飛行船だった。
「驚いて頂けましたかな? この世界にひとつしかないと言われている空飛ぶ船、「レニウム号」にございます!」




