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第二十五話 オルガネラ一家

「これで全部か」


 西谷たちが王国を訪れる数日前の、王国から南にある草原。

 凶暴化した熊や狼の死骸が一面に広がる中、金髪の壮年男性――「オルガネラ・リボース」は、剣を鞘に納めて呟いた。


 王国でひと悶着起こした後、彼は2人の家族と共に帰路についていたところ、魔獣の影響で凶暴化した獣の群れに襲われ、それを撃退したのだった。


「王国での戦いの後にこれはないっすよ。マジでキツかったっす!」


 そう愚痴をこぼすのは、槍使いの金髪の青年「テレス・リボース」だ。


 その言葉の割には、疲れている様子はない。


 オルガネラを含めて3人で戦ったとはいえ、

獣の群れは100体近くにも上っていた。それを退けてなお息も上がっていないということからも、彼の実力の高さが窺える。


「全くですわ。少しは私たちの苦労も考えてくださいまし!」


 長い黒髪の魔術師「アリス・リボース」が、テレスに続いて抗議する。


 彼女は通常の魔法だけでなく、「自分の声の周波数を自在に変えることで、相手が苦手とする音を発する」という、変わった魔法を使うことができる魔術師だ。


 当然魔物だけでなく、人間や動物が苦手とする音も出せるし、その音に込められた魔力によって対象の動きを阻害できる。


 今回のように大勢の敵を相手にする場面では、特に大きな力を発揮するのだ。


 そもそも、なぜ彼らが凶暴化した獣の群れに襲われたのかといえば、オルガネラが担いでいる大きな麻袋あさぶくろが原因だ。


 袋に入っているのは、王国の宝物庫の隣にあった食料庫から奪ってきた大量の食料である。


 食料庫と宝物庫の壁を同時に崩壊させ、食料だけを持てるだけ奪ってきたのだった。


 オルガネラのこの行動は、後に西谷たちが王国に保管された「境界結晶きょうかいけっしょう」を借りる為の大きな後押しとなる。


 城に乗り込み、宝物庫の壁まで破壊したからには、宝物庫の中の物が目的としか思われない。

 そしてその具体的な狙いが結晶であることも、協力者であるセルラから西谷たちに、西谷たちからエリトたちに、そして王国にと話が伝われば、おのずと推測されることだろう。


 更に、大量の食料を持って王国から離れることにより、王国周辺の凶暴化した獣たちをおびき寄せ、討伐することにも成功した。

 これにより、港町アーメリアを襲う狼の魔物たちに、この動物たちが加勢するという可能性も潰したのだ。


 かつて騎士団長にして知将として名を馳せたオルガネラの行動に、無駄は無いのである。


「すまないな。まさか、これほどの数の獣に襲われるとは」

「この際、戦いの事は構いませんわ。けれど、どうして王国に作戦を伝えなかったんですの? 凶暴化した獣の群れをおびき寄せて討伐すると素直に伝えておけば、こんな逆賊みたいな事をしなくて済んだでしょうに」


 申し訳なさそうに頭を下げるオルガネラに、アリスが更に畳み掛ける。


 オルガネラの意図に周囲の人間が気付くのは、ほとんどの場合事後である。


 今回も、獣を討伐する為に王国の物資が必要だったという事をアリスに共有しておけば、彼女は王国に正式な依頼をして、食料を譲って貰うべきだと提案しただろう。


 しかし、オルガネラの口から出た言葉は、アリスの予想から大きく外れたものだった。


「獣をおびき出すだと? 何を言っているのかわからんが、この食料は家で待つ子供たちの好物だから持ってきたものだ。街では売り切れていたからな」

「……ッ!!」

「フッ……冗談だ」


 自身の真面目な提案を、ふざけた嘘で否定された事で、怒りのあまり絶句するアリス。対してオルガネラは、あくまで冷静に冗談だと言い放った。


「お父様! たまには真面目に話したらいかがですの!?」

「まぁまぁお嬢、ちょっと落ち着いてくださいッス。自分等はオルガネラの旦那に何度も助けられてきたじゃないッスか。きっと今回も、何か考えがあるッスよ」


 話がこじれそうになり、見かねたテレスが止めに入る。


「セルラの旦那に頼まれてた『境界結晶きょうかいけっしょう』の件もあるし、このやり方が最善だったんスよね?」

「『境界結晶きょうかいけっしょう』? ……あぁ。そういえばそんな話を聞かされていたな。すっかり忘れていた」

「はいはい、冗談ッスよね。2度は言わせないッスよ。そんなことより、セルラの旦那に結晶のこと話しといた方ががいいんじゃないッスか?」

「あぁ、そうだな。アリス、〈念話魔法(ねんわまほう)〉を頼む」


 アリスがため息をつきながらも、オルガネラの腕を掴んで〈念話魔法(ねんわまほう)〉を発動し、セルラに連絡を繋ぐ。

 こうして体が触れていれば、〈念話魔法(ねんわまほう)〉の発動者以外でも会話に参加できるのだ。


 小さな頃から従者としての教育を受けてきたテレスは、貴族として育てられてきたアリスよりも、オルガネラの扱いが上手かった。


 アリスの"声"の魔法は、彼女の血筋の者だけが使用することができる特別な魔法だ。その昔、彼女の先祖がこの力で街を救った事で爵位を与えられたらしく、アリスは貴族として育てられてきた。


 そしてテレスは、アリスの家に仕える従者であった父親の影響で、自身も将来従者となるべく教育を受けてきたのだ。


 もっとも、アリスの家もその街も、今は存在しない。10年前、魔物の群れにより滅ぼされてしまったからだ。


 それはアリスとテレスが10歳の時の出来事だった。大人たちは皆、主人も従者も関係なく、子供だった彼らを守るために戦った。

 当時まだ騎士団長であったオルガネラが駆けつけた時には、彼ら以外の家族は既に事切れていた。


 この世界では、小さな街が魔物の群れによって襲われることは、それほど珍しくない。言ってみれば1つの天災のようなものだ。


 大抵の場合は、街に雇われた護衛の冒険者や街の住民たちによって事なきを得るのだが、ごく稀に、人間側が対処出来ないレベルの魔物が現れれば、復興できない程の被害を受け、街自体がなくなってしまうこともある。


 そういった場合、行き場を失った子供たちは近隣の町の施設に預けられることがほとんどだが、自身の故郷も同様に魔物に滅ぼされたオルガネラは、彼らを見捨てることができず、引き取って育てることにしたのだ。



――§――



 獣の群れと戦った草原から更に南。山の麓に建てられた、城といっても差し支えない様な大きな屋敷に、オルガネラたちは辿り着いた。


 ファンタベル王国の王城にこそ及ばないものの、王都以外の街や小国で、これ程大きな建物を見付けるのは難しいだろう。

 この大きな屋敷こそが、オルガネラたちの自宅である。


 もっとも、大きいことと豪華であることはイコールではない。

 手入れがされていない大きな庭には雑草が生い茂り、屋敷の外壁には所々蔦が巻き付いてる。

 そして、庭の中央にある水が止まった噴水が、哀愁を漂わせていた。


 山の天気は変わりやすいというが、先程までの晴天が嘘のような曇天を背景に佇む屋敷は、住人である彼らのことさえ拒んでいるかのようだ。


 10年前、アリスたちを引き取ったオルガネラが、騎士団長を引退して建てた屋敷。すなわち築10年の屋敷なのだが、その不気味な雰囲気は、実際以上の年期を感じさせる。


 庭を抜け、5メートルはあろうかという鉄製の大きな扉を開けると、ソファーに座っていた2人の少女が、オルガネラたちに気付いて立ち上がる。


「あっ、帰ってきた! おかえりなさい!」


 そう言って駆け寄ってくるのは、水色の短い髪をサイドテールに結んだ、今年で8歳になる少女。「ネムシー・リボース」だ。


「おかえりなさい。今、お茶を入れますね」


 軽く頭を下げ、台所に向かって行ったのは、ネムシーより4つ年上の姉。水色の長い髪をポニーテールに結んだ「ネリーゼ・リボース」である。


 彼女たちがオルガネラの家族になったのは、今から5年前の事だ。


 二人は元々王都に住んでいたが、両親の虐待に耐えかねて家出した。そして、麓にオルガネラの家があるこの山の中で倒れていた所を、オルガネラに拾われたのだった。


「ねぇ! お土産は? それ、食べ物でしょ!」

「待つッスよネムシー。みんな揃ってからッス」


 ネムシーはどちらかと言えば小柄な少女だが、食欲はかなり旺盛である。

 今だって、オルガネラが持っている麻袋に入った食べ物の匂いを嗅ぎ付け、奪い取ろうとしているのをテレスに止められている。


「お待たせしました。お茶が入りましたよ」


 5人分の紅茶をトレーに乗せたネリーゼが、ほんのりとした茶葉の香りと共に台所から現れた。


「ありがとう。あら、今日はミルクティーかしら?」

「ええ。アリスさん、好きですよね」


 紅茶の茶葉には、それぞれ適切な飲み方がある。今日の茶葉は、ミルクと最も良く合うとされているアリスのお気に入りの茶葉だった。


 一同が囲むテーブルに紅茶を置いたネリーゼが会話に加わる。


「それで、城で起こったことについてですけど――」

「そうだネムシー! お前の好きな干し肉を持ってきたぞ!」

「本当!? この袋にいっぱい!? やったー!!」


 席に着き、城に行った際の状況説明を促すネリーゼの言葉をオルガネラが遮り、担いできた麻袋の中身をネムシーに見せつけた。


 ネムシーは麻袋を奪い取るように受け取って中身を確認すると、喜びのあまりオルガネラに飛び付いた。


「お父様! ネムシー! 真面目な話ですのよ!!」


 空気を読めていないネムシーと、空気を読んでいないオルガネラに、アリスの怒りの雷が落ちる。


「む? そうか。それでは私は、部屋に荷物を置いてくる。後は任せたぞ」

「お父様!!」


 アリスの制止を無視し、オルガネラは私室を目指して階段を上っていった。


 そしてネムシーは、麻袋に詰まった干し肉を手掴みで頬張っている。


「……はぁ」

「お嬢。いつものことッス。気にしたら負けッスよ」


 頭を抱えて大きなため息をくアリスを、テレスが(なだ)める。感情表現が豊かなアリスを(なだ)めるのは、昔からテレスの役目だった。


「あの、とりあえず、紅茶を飲んで落ち着きませんか?」

「……ええ。そうですわね」


 そこにネリーゼも加わり、アリスが落ち着きを取り戻したことで、ようやく彼らの情報共有が始まったのだった。



 今この屋敷に住んでいるのは、オルガネラを入れて5人。この人数で暮らす一般的な一軒家の10倍近い面積があり、それが5階まで続いているこの屋敷は、人数に対して明らかに不釣り合いな大きさだった。


 オルガネラは「高いところが好き」という理由で5階の部屋を私室にしているが、他の4人はほとんど1階の半分しか使っておらず、残りの半分は物置き状態。2階から4階は、掃除のために月に一度立ち入るかどうかだ。


 そして、オルガネラの私室は屋敷の玄関から一番遠い場所にあるので、彼が戻ってくる頃にはアリスたちの話は終わっていた。


「で、これからどうするんすか?」


 リビングに戻ってきたオルガネラに、テレスが問い掛ける。


 いくら事情があったとはいえ、王国を襲撃したオルガネラたちは、犯罪者として扱われているだろう。

 無論、それも想定の内なのだろうが、状況が芳しくないことには違いない。


 ギルドから密命を帯びている邪悪な魔獣の討伐についても、他の者に任せきりという訳にはいかないだろう。


 それに、先の獣の群れのように、動物や魔物が凶暴化する事例が増えてきているという話も、ギルドから聞いている。


 力のある者は、今動かなくてはならないのだ。


「問題は山積みですけれど、どれから片付けるんですの? 私、覚悟は出来ていましてよ」

「自分も、オルガネラの旦那に付いて行くだけッス」


 来るべき戦いに向け、覚悟を決めるアリスとテレス。


「私も、少しなら魔法を使えます。何があってもこの子は守るし、足手まといにもなりません」

「もぐもぐ……。う?」


 子供ながらに役に立とうとするネリーゼと、空気が変わった事を感じて食事を止め、顔を上げるネムシー。


 これから訪れる、世界をも巻き込む大きな戦いの予感に、アリスたちの気持ちは(たかぶ)っていた。


 不安はなかった。かつて自分たちの命を救い、その慧眼で幾度も自分たちを導いてくれたオルガネラの指示の下でなら、魔獣だろうが魔物の群れだろうが敵ではない。


 普段はふざけた発言が目立つオルガネラだが、彼はやるときはやる男だ。その信頼の元、家族の気持ちがひとつになろうとしていた。


「お前たち……。わかった」


 皆の決意を受け、オルガネラが静かに目を閉じる。そして、覚悟を決めたようにゆっくりと目を開き、真剣な眼差しで一同を見据え、口を開いた。


「お前たちは、少し疲れているようだ。明日から暫く、温泉旅行に行こう」

「お父様!!」

「フッ……冗談――ぐふっ!」


 日々のストレスが限界に達したアリスが、身の丈ほどもある魔術用の杖をオルガネラの鳩尾に突き立てた。

 こうしてアリスが爆発することは、この家では定期的に起こる恒例行事のようなものだ。


「わ、わかった。明日では遅いな。温泉旅行は今日からにしよう。お前たち、準備をしておけ」

「……ッ!!」


 怒りの感情が振り切れ、杖を思い切り振りかぶるアリスの肩をテレスが掴む。


「何するんですのっ!?」

「お嬢……」


 勢い良く振り返るアリスに対して、テレスは目を閉じて、静かに首を横に振った。


 オルガネラはというと、準備の為か、再び階段を上がって行くところだった。


「旅行行くの!? やったー!!」

「今からですか? もう夕方ですけど……」


 旅行と聞いて大喜びのネムシーと、困惑しながらも準備を始めるネリーゼ。


 こうして一同は、今回もオルガネラから目的を知らされることなく、新たな戦いに身を投じて行くのだった。


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