第二十四話 ファンタベル王国
「まさか、お前たちも邪悪な魔獣について知っているとはな」
「冒険者ギルドの情報網は恐るべしってところね」
魔物の群れを討伐し、エリトたちと合流した俺たちは、王国へ向かう馬車の中で情報交換を行っていた。
魔獣の存在や、それによって魔物や動物が凶暴化している事についてはファンタベル王国も情報を掴んでいる。しかしそれは、一般市民には公開されていないらしい。
確かに、自分たちの負の感情が原因で世界が破滅に向かっているなんてことが広まったら、余計に不安と混乱が広まってしまうだろうからな。
魔獣に関しても情報共有をしなくてはいけないのはもちろんなのだが、エリトたちから聞いた情報も衝撃的だった。
港町付近に強力な魔物の群れが現れたという報告の前日、王城が襲撃されたのだという。
魔物の侵入や魔法を防ぐという結界魔法〈スフィア・リフレクション〉に守られた王都。
更にその中でも、特に厳重に警備された王城。
この世界で最も安全な場所の1つと言われている王城が襲撃され、宝物庫付近の一角が破壊されたという。
そしてその襲撃者は――冒険者にして先代の騎士団長である「オルガネラ」とその家族だったというのだ。
幸い怪我人もでず、宝物庫の中の物は盗まれなかったとのことだが、オルガネラたちを捕まえることはできなかったという。
破壊された王城の復旧が行われている中、港町が襲われているという報告を受け、エリトたちが駆けつけた先にいたのが俺たちだ。
非常事態が立て続けに起こっている今、王国上層部を集めた会議が行われることになった。
勇者一行である俺たちも、それに参加してほしいとのことで、こうしてい急いで王都に向かっているというわけだ。
俺が「勇者」じゃないのは置いとくとして、そんな重要な会議に部外者である俺やカラムたちが参加していいのかよ。
まぁ、ゲームなんかだと主人公たちがアポなしで王様を訪ねるというのはよくある展開だから、そんなに変なことじゃないんだろうか?
「ニシヤたちの話を聞いて合点がいった。オルガネラの狙いは、その異世界での修行とやらに必要な『境界結晶』という宝石だろう。だが……」
エリトが思い詰めたような表情で言い淀む。
前に聞いた話だと、オルガネラはエリトたちの幼なじみだという。
その彼が王都を襲撃したという事実は、エリトたちにとっては特に受け入れられないことだろう。
かつて、貴族が優遇される王国の身分制度に反発した人々が、自由を求めて独立して作った組織。それが、今の冒険者ギルドなのだという。
もっとも、それは今から100年以上も前の話で、今では王都の中にも冒険者ギルドの支部はあるし、冒険者だからといって王都の中で差別されたりするようなことはない。
冒険者側も、王都やその住民に対して不満があるというものはほとんどいないのだそうだ。
ただし、一部の冒険者ギルド関係者の中には、今でも王都に対してあまりいい感情を持っていない者もいるのだとか。
冒険者ギルドの勢力が、王国を差し置いて魔獣を討伐し、世界を救ったとなれば、ギルドの有用性を支持する世論も強まり、発言力も増すだろう。
だが、仮にそういった背景があったとして、かつて騎士団長にまで上り詰めたオルガネラという男が、ギルドのためにそこまでするだろうか。
もしかしたらこの事件には、魔獣とは別の事情が関わっているのかもしれないな。
「ところでニシヤ。その魔術隷剣だが、なぜお前が持っている? 博物館から盗まれたと聞いていたが」
やはり聞かれるか。彼らが王国の関係者である以上、当然聞かれる話だよな。
ここで嘘つく理由はない。再びこの世界にやってきた時に、この剣も一緒に転移してきたと、正直に伝える。
こんな荒唐無稽な話は、普通なら誰も信じてくれないだろう。だが彼らは、俺が魔法を使えないことを知っている。
そしてそれ以上に、盗みを働くような人物ではないこともわかってくれているだろう。
「なるほど。事情はわかった。だが、魔獣の存在を一般に公開していない今、『勇者』が再び降臨した事を明かす訳にはいかない」
「王国が盗賊団を捕らえて押収した。ということにするしかないかしらね」
「そうだな。王都に着いたら、ウェスタの町に書簡を出すとしよう」
エリトとエリスが解決策を提示する。
確かに、世界の脅威となる魔獣の存在が伏せられている今、馬鹿正直に「勇者」の降臨なんて発表したら、余計な混乱を生むことになるだろう。
「勇者」とは、世界に危機が訪れた時にやってくる存在。
逆に言えば、「勇者」が現れたということは、世界が滅亡しかねない問題が起こっているということなのだから。
「見えてきたわ。あれが王都よ」
エリスの声に、馬車の窓から外を見ると、石でできた高い塀に囲まれた城下町と、その中央にそびえ立つ大きな城が見えた。
この馬車は今、王都から少し離れた小高い丘の上を走っているので、王都の町並みを一望することができる。
城を中心に円形に広がった、中世のヨーロッパを思わせる美しい街並みだ。
一見無防備なようだが、王都には上空から地中に至るまで、球形に〈スフィア・リフレクション〉が張られているので、ここから魔法を撃ったりしても王都の中までは届かない。空を飛ぶ魔物の侵入を許すこともない。
更にこの結界は、多少の物理攻撃にも耐えられるようになっているので弓などの飛び道具を使われても安心なのだとか。
もちろんこの結界も万能なわけではなく、転生種クラスの魔物の攻撃を受け続けたり、数千体規模の魔物の大群に一斉に攻撃されたりした場合は、一時的に破られてしまうとも言われているらしい。
俺たちを乗せた馬車が、王国軍専用の城門の前で止まる。
本来王都に入る際には、一般人用の城門の前で検問を受け、身分証の提示を求められる。
そして、住民以外の者については、訪問の目的や滞在期間等を聞かれるのだが、王国軍に所属する兵士は、一般人とは別の入り口から王都に入ることになっているのだ。
「やぁ、来たね。君たちが勇者一行か。ニシヤというのはそこの黒髪の子かな?」
「団長! お疲れ様です。わざわざここで待ってたんですか?」
先に馬車を降りて城門で手続きをしているエリトを待っていると、1人の女性が声を掛けてきた。
エリスに団長と呼ばれたその女性は、ダークパープルの長い髪に、同じく紫色の瞳をしていた。
年齢は30歳くらいだろうか。白衣のようにも見える白いローブにメガネ。魔術師というより、研究者のような出で立ちの長身痩躯な女性だ。
「ああ、待っていたとも。キミが魔術隷剣を使いこなすという『勇者ニシヤ』だね」
「えっ、まぁ、確かに俺が西谷ですけど……あなたは?」
初対面なのにグイグイくるなこの人。
「申し遅れたな。私はファンタベル王国魔術師団長『メルヘア・クロニカ』だ。さて、早速だがその魔術隷剣について――」
「メルヘア。今は王城に向かうのが先だ。後にしろ」
手続きを終えたエリトがメルヘアを窘める。
「ん? お前は……エリトか? 戻ってきていたんだな」
「今すれ違ったばかりだろう……。まぁいい。ニシヤ、俺とエリスは、メルヘアを連れて先に王城へ向かう。今回の件の報告もあるからな。お前たちも後から来てくれ。正面に見える大きな城。あれが王城だ」
「仕方ない。魔術隷剣の話は、後でゆっくり聞かせてくれ。必ずだぞ」
名残惜しそうに言い残したメルヘアが、エリトに引きずられるようにして去っていく。
「ごめんなさいね、みんな。団長は魔法のことになると、周りが見えなくなってしまう質なのよ。それじゃ、私も行くわ。また後でね」
続いてエリスも、エリトたちを追いかけて去っていく。
少し自由な時間はできたものの、特に用事があるわけでもない。
とりあえず、街を見ながらゆっくり王城を目指すとするか。
「ここが王都か。実際に来るのは初めてだけど、思ったより騒がしくねぇな」
「うん……。森とは違うけど、空気も綺麗……」
カラムたちの言う通り、この街はウェスタの街とは随分雰囲気が違う。
あっちは貿易都市ということもあり、人とお店で溢れかえっているような、活気に満ちた街だった。
対してこちらは、建物が等間隔に並び、所々に噴水がある等、かなり景観に配慮した造りになっている印象だ。
道には露天も散見され、人通りもかなり多いが、大声で客を呼び込む者がいないためか、はたまた住民たちの気質のせいか、街全体がどことなく上品な雰囲気に包まれている。
おしゃれな喫茶店やレストランなんかも見かけたので、時間があったら何か食べに行くのもいいかもしれない。
街を眺めながらしばらく歩き、ようやく王城にたどり着く。
城に向かって真っ直ぐ歩いていたのだが、思ったより遠かった。
正門に立っていた兵士に声を掛けると、話は聞いていると言われて王城の中に案内される。
城の中は、白を基調とした内装で、廊下には赤い絨毯が敷き詰められていた。
所々に飾られた絵画や置物も、城の雰囲気と良く調和しており、芸術に疎い俺から見ても、城の内装を担当してる人間のセンスが光っていると感じた。
「この扉の先に国王がいらっしゃいます。どうか失礼なきよう」
案内をしてくれた兵士が、廊下の突き当たりの大きな扉の前で立ち止まり、俺たちに向けてそう言った。
俺はどちらかといえば緊張はしない方だが、一国の王相手に平静を保てるほどの胆力はない。
とはいえ、ここまで来て帰るという選択肢はないので、覚悟を決めて目の前の重厚な扉を開く。
扉の先は大きな会議室で、既にほとんどの席が埋まっていた。
座っているのは、騎士団長であるエリトや、先ほど会った魔術師団長のメルヘア・クロニカ、副団長のエリスを始めとした軍の上層部たちに加えて、力のある貴族と思われる派手な格好をした人たちだ。
奥から2番目の席に座っているのは大臣だろうか。
だが、そんなことはどうでもいい。一番奥の席に座っていたのは、高そうな赤いローブに身を包み、白くて長い髭を蓄えた白髪の老人。
忘れもしない。俺をこの世界に招いたどうしようもない爺さん。初代ファンタベル王だ。
「お前! なんでこんなとこに!?」
「なっ、なんじゃと!?」
驚いたふりをして、しらばっくれる初代ファンタベル王。だが、飄々としたこの爺さんのことだ。俺は騙されないぞ?
数秒の沈黙が続く。
家臣たちは、何が起こったのかと目を白黒させており、エリトとエリスは青ざめている。
メルヘアに至っては、なぜか笑いを堪えている様に見えるが……。
なにかおかしい……。これはまさか……。
「もしかして……人違い?」




