第二十三話 食べ物の恨み
カラム、アミラと共に月光の森を抜けた俺は、異世界にいる過去の「勇者」たちを訪ねるのに必要だという「境界結晶」を求めてファンタベル王国を目指していた。
正直、一般人である俺たちがのこのこ出向いたところで、王国に保管されているお宝を貸して貰えるとは到底思えない。
エリトとエリスを尋ねるしかないだろうな。王国相手に話をするに当たって、かつて共に旅をした仲間であり、王国軍の上層部である彼ら以上の適任はいない。
別れ際のセルラの態度が気になるけど、それは今言っても仕方がないことだ。どうせ今日はファンタベル王国へは向かえないからな。
というのも、時刻はまだ夕方であるにも関わらず、ファンタベル王国へ向かう船の定期便が、今日はもう出ていないのだ。
ここから東の大陸にあるファンタベル王国へ向かうには、ここ港町アーメリアから船を使うしかないのだが、ここ最近海の魔物や魚たちが凶暴化している影響で、船は明るい時間帯にしか出していないのだという。
「これが海……。初めて見た。凄く綺麗……!」
港町から見える水平線に、アミラが目を輝かせている。普段〈賢者の海〉という名前の魔法を使っている割には、本物の海を見るのは初めてらしい。
それはさておき、夕焼けを反射した海は本当に綺麗で、思わず目を奪われる。
暗黒の谷に住むカラムも、海を見るのは久しぶりらしいが、アパートも大学もバイト先もすべて都内にある俺にとっても、海を見る機会はそう多くない。
テレビなんかではたまに見るが、潮風や潮の匂いを感じながら見る海の景色は、映像とは比べ物にならない程に美しかった。
さて、人間とは不思議なもので、こうして夕暮れの景色を眺めていると、自然とお腹が空いてくる。そう。晩ご飯の時間だ。
早速適当な宿屋を見付け、荷物を置いて落ち着いてから食堂に向かう。
この世界に来たばかりの頃以来だが、この街の魚料理は美味しいのだ。理不尽に異世界に飛ばされたのだから、これくらいの楽しみがなければやってられない。
せっかくだし、2人にも紹介してやろう。
しかし、意気揚揚と開いたメニュー表の内側には、凄惨な光景が広がっていた。
「魚料理が……全て品切れだと!?」
俺の目に飛び込んで来たのは、全ての魚料理の品名を隠すように貼られた、売り切れを意味するシールだった。
なんでも、魚を含めた海の生物や魔物が凶暴化している影響で、漁獲量が激減しているらしい。
「そんな落ち込むなよ。魚ぐらい他の町でも買えるじゃねえか」
「大丈夫……。お魚は森でも取れるよ」
俺のあまりの落ち込みように驚いたのか、2人が慰めてくれるが、そういうことじゃないんだ。
わかるかな? 自分が勧めた店に友人を連れて行ったら、そこが休みだった時のようなこの気持ち。
これも邪悪な魔獣とやらのせいか。おのれ絶対に許さん。食べ物の恨みは恐ろしいのだ。
結局この日は、パンと野菜スープで晩ご飯を済ませた。これはこれで美味しいんだが、楽しみにしていたものがないと、やっぱり味気ない。
魔獣を倒せばまた魚料理が食べられるようになるのかもしれないが、よく考えたら、その時、俺はこの世界にいないのでは?
いや、深く考えるのはよそう。美味しいものは魚料理以外にもある。……じゃなくて、今考えるべきは、食べ物のことじゃないはずだ。
まだ少し早かったが、俺たちは明日に備えて早めに休むことにしたのだった。
――§――
翌朝、船に乗って大陸を渡った俺たちは、アーメリア・ファンタベル王国港に来ていた。
運行本数が少ないということもあり、船の中はかなり混雑していたが、朝一から並んでいたこともあり、なんとか船に乗ることができた。
昨日の話を聞いてから、凶暴化した海の魔物とやらに船が襲われるんじゃないかという心配もしていたが、特にハプニングもなく無事に海を渡ることができた。どうやら杞憂だったみたいだ。
俺たちが乗った船は軍艦のような船だった。想像していた船とのギャップに驚いたが、後で話を聞いたら本当に軍艦だったらしい。
普段定期便で使っているような一般の船だと、凶暴化した海の魔物に襲われたときに対応できないので、臨時の対応として、軍艦の一部を定期便として使用しているそうだ。
これも船の運行本数が少ない理由であったりもするらしいのだが。
「船……楽しかった! 帰りもまた乗りたい!」
「久々に乗ったけど、やっぱキツいな」
初めての船に興奮気味のアミラに対して、カラムは少し辛そうだ。乗り物酔いは個人差が激しいからな。
俺か? 俺は酒以外では酔わんよキミ。
そんなわけで、港に到着したは良いものの、どうも周りが騒がしい。
鎧をつけたファンタベル王国の兵士と思しき人達が慌ただしく走り回っている。
「何かあったんですか?」
買い物がてら露店の店主に聞いてみる。なんでも、街の外に魔物の群れが出たらしい。
もっとも、そんなことは珍しい事でもないし、王国の兵士たちが向かってるから、すぐに事は収まるだろうとのことだったが。
何だろう。理由はわからないが、どうにも胸騒ぎがする。
「なんか嫌な予感がするぜ。ニシヤ、俺たちも様子を見に行かねぇか?」
どうやらカラムも同じことを感じていたらしい。カラムの提案を受け入れ、街の外に向かうことにした。
――§――
「怯むな! 団長達が来るまで持ちこたえるんだ!」
砂埃が舞い、兵士たちの怒号と獣の鳴き声が響く中、隊長らしき男が檄を飛ばす。
街の外では、ファンタベル王国兵と魔物が、今まさに交戦中だった。狼の魔物が20匹弱いるのに対し、戦っている兵士は8名。それ以外には、ざっと30名ぐらいだろうか。大勢の兵士が負傷して倒れている
どうみても兵士たちは劣勢だ。というか、加勢しないとまずいな。
「俺とカラムで敵の数を減らそう。アミラは怪我人の治療をお願い!」
「おう!」
「わかった」
魔術隷剣を抜き、近くにいる魔物に斬りかかる。全長3メートル程の狼の魔物だ。
「えっ!?」
だが、なんと俺の剣は、狼の毛皮を切り裂くことができずに毛皮表面で動きを止めてしまった。
立ち止まってしまった俺に、狼の生暖かい吐息と大きく開いた口が迫る。
「し、<灼熱剣>!!」
刀身を一瞬で超高温に加熱する技<灼熱剣>を発動し、受け止められた剣を狼の魔物に無理矢理ねじ込み、強引に切り伏せる。
あぶねぇ! マジで死ぬかと思った!
「〈アゴラブレイク〉! くそ、1発で倒せねぇのかよ」
カラムも苦戦しているようだが、少しずつ魔物の数を減らしていた。
この狼の魔物は、普通の魔物より数段強い。これも魔獣の影響による凶暴化なのか、目が血走っており、動きも荒々しく感じる。
動物が凶暴化して、魔物と同等に強くなるのなら、魔物が凶暴化したらどうなるのか。これがその答えってことか。
「月光魔法! 〈虹の入り江〉!」
兵士たちの治療を終えたアミラが攻撃に加わる。
そして、戦線復帰した兵士たちの働きもあり、魔物の数も徐々に減り始めた。
魔物との戦いに勝機が見え始めたそんな時、事態が動いた。
禍々しい魔力を纏った気配が、すごい勢いでこちらに近づいてくる。
この気配はまさか――変異種か!?
そう思ったときにはもう既に、その気配の正体は目視できるところまで近づいてきていた。
他の狼の魔物よりも1回り大きな体躯。白銀に輝く毛皮。そして、こちらを見据えて立ち上がり、二足歩行で戦闘態勢を執る狼の魔物。
かつて月光の森で対峙した、狼男の変異種だ。
のんきに観察している場合ではない。奴はこちらに向かって凄い勢いで走ってきている。
「うっ!?」
振り下ろされた狼男の右腕を<灼熱剣>で迎え撃ったが、奴の腕を切り裂くことは出来なかった。
両腕に巨大な鉄球がぶつかったのかと思うような衝撃が走り、俺はそのまま大きく後方に吹き飛ばされた。
「「ニシヤ!!」」
カラムたちの声を聞くと同時に、俺の体が地面に叩きつけられる。俺の視界の端には、追撃すべくこちらに向かってくる狼男の姿が映っていた。
「双霊憑依! 〈ムスペルフォーム〉!」
まるで炎が人型を象ったかのような、炎の化身と化したカラムが、目にもとまらぬ速さで俺と狼男の間に割り込み、両腕で狼男の両腕を受け止めて、取っ組み合うような格好になる。
そして、それと同時に、アミラが俺に回復魔法を掛ける。
「ありがとう! 2人とも!」
「礼はいいから、早くこいつを仕留めろ! 俺も長くは持たねぇ!」
狼男を受け止め、踏ん張るカラムの両足が地面を抉る。
「わかった! <インフェリアルソード>!」
魔力を込めた魔術隷剣が白い光を纏い、元の剣より2回りも大きい剣を象っていく。
「うまく合わせろよ! いくぜ!」
「おう! <灼熱剣>!」
カラムが一気に力を込めて狼男の体勢を崩すと同時に、片足を軸にして身を翻す。
そして俺は、凄まじい高温に達した光の刃を、両腕でまっすぐ振り下ろした。
今の俺が放てる、文字通り最高火力の技が狼男に直撃し、真っ二つ焼き切った。
「「「おおーーっ!!」」」
兵士たちの歓声が上がる。どうやら残っていた狼の魔物も全て討伐されたようだ。
手強い相手だった……。凶暴化による動物や魔物の強化。まさか変異種の魔物にまで及んでいるなんてな……。
勝利の余韻から、お祭りモードの兵士たちだったが、すぐに冷静さを取り戻し敬礼を始める。
港町とは反対側の方角から、2頭の馬とそれに乗った2人の人物が現れたからだ。
あれ……? 彼らはもしかして!
「皆、無事か!」
「はっ! 彼らのおかげで、魔物は全て退けました。死者も出ていません」
隊長らしき男が、やってきた男に報告する。
「彼ら?……なっ、お前たちは!」
「どうしてこんなところに!?」
馬に乗った二人組は、俺たちを見て目を見開いていた。
「久しぶりだね。エリト。エリス」
やってきたのは、邪竜退治の旅で何度も俺を助けてくれた大恩人。「エリト・リトール」と「エリス・リトール」だった。




