第二十二話 帰還への手掛かり
「デンプンを使ってこの程度か」
「くっ……」
月光の森。かつて異世界からやって来てこの世界を救った幻界の勇者の末裔が暮らす神秘の森。
「アミラ・ナーゼ」は、自らの故郷であるこの地で戦いに敗れ、膝を折っていた。
相手の名は「セルラ・ナーゼ」。アミラの実の弟にして、残されたただ一人の肉親である。
3年前の邪悪な竜との戦いの後、以前と同じように故郷のこの森で暮らしていたアミラに対して、セルラは以前から冒険者として活動しており、5年以上もの間ここを留守にしていた。
そんな弟が、月光の森に帰ってきた。
長年この森で暮らしてきたアミラにとって、この森は自分の体の一部のようなものだ。誰かが足を踏み入れればすぐにわかる。
ましてやそれが実の弟であり、自分に攻撃の意思を持っていたとなればなおさらである。
魔術師同士の戦いは、相手を仕留められる程の威力がある魔法を、いかに早く発動できるかで勝負が決まる。
魔法の扱いに長けた者は、総じて魔力制御の能力が高いため、生半可な魔法では大きなダメージを与えることはできない。
故に、どの程度の魔法を無詠唱で発動できるか。もしくは強力な魔法を詠唱する時間を稼げるかが勝敗を左右するのだ。
その点では、この戦いはアミラにとって非常に有利な戦いだったと言える。
セルラが戦いの意思を持ってこちらに向かっていることを察知していたので、自らの魔力を増幅させるデンプンを摂取し、無詠唱でも発動できる自身の最大の魔法<賢者の海>の詠唱も行った。
そうして魔法の威力を限界まで高め、出会い頭にセルラに向けて魔力の奔流を打ち放ったのだ。
しかし、セルラも攻撃が飛んでくることを予想していたのか、アミラが放った魔法は、セルラの魔法<嵐の大洋>によって発生した黒い渦に吸い込まれた。
アミラの月光魔法<賢者の海>が放出の魔法なら、セルラの月影魔法<嵐の大洋>は吸収の魔法だ。
「幻界の勇者」の血を引く者にしか扱えない月の魔法。攻撃と防御。対極の魔法がぶつかり合う。
アミラが放った<賢者の海>は、魔力を込めれば込めるだけ威力が上がる魔法だ。発動後も、追加で魔力を込め続ければ、魔力の奔流が発生し続ける。
対してセルラの<嵐の大洋>は、物理、魔法両方の攻撃を吸収できる。魔法の発動中は、吸収した物理的な衝撃および魔法に込められた魔力に応じて、自身の魔力が消費される。
アミラとセルラ。どちらの魔力が尽きるのが先か。これはそういう戦いだった。そして、その軍配はセルラに上がったのだった。
単純な魔力の量で言えば、デンプンを食べたアミラの方が上だっただろう。たが、魔法の魔力消費量は、魔力制御の精度によって変動する。
自分の身体の範囲だけを守れば良かったセルラの方が有利だったとはいえ、その魔力制御の技術によって、セルラは魔力量の差を覆したのだ。
これでセルラが敵であったならば、アミラの命はなかっただろう。だが、そうはならないことをアミラは知っていた。
もう5年も会っていないとはいえ、長年共に暮らしてきた弟だ。殺意がないことくらいとっくに気付いていた。
それに、もしこれ以上戦いが続いたとしても、アミラにとっては問題なかった。戦いの最中、この森に踏み入れた者たちの気配を感じていたから。
かつて共に戦った仲間たちの、懐かしい気配を感じていたからだ。
――§――
「アミラ!」
「来てくれるって……思ってたよ」
駆け寄った俺たちに、アミラは力なく微笑んだ。
「てめぇ……!」
カラムがアミラの前に立ち塞がるように、セルラに対峙する。
「セルラ。お前は一体、何を企んでいるんだ?」
いい加減、こいつの目的をはっきりさせないとな。
「目的? 前にも言っただろ。ただの腕試しと、場合によっては世界を征服――」
飄々とした態度で話し始めるセルラだったが、俺達の無言の圧力に、観念したかのように肩を竦める。
「ああ、わかったよ。襲いかかった事は謝るし、本当の事を話すから、そう怒らないでおくれ」
セルラの口から、ようやく事の顛末が明かされる。
50年前、世界を混乱に陥れた「終焉を呼ぶ魔女」の研究結果から、この世界を脅かす邪悪な魔獣が生まれようとしていることを知ったセルラたちは、その魔獣を討ち倒す方法を探っていた。
その一環として、かつて邪悪な竜を倒した勇者一向に更なる力をつけて貰うべく、現状の戦闘能力を測っていたのだという。
「邪悪な魔獣」。それが、今回俺が倒すべき相手なんだな……。
「その魔獣っていうのは、この間の邪悪な竜たちと同じ転生種ってやつか?」
「違う。邪悪な魔獣は魔物じゃない。奴は、人間の負の感情の塊だと言われている。動物や魔物といった、本能で生きる意志の弱い生物が奴の思念を受けると、凶暴化して身体能力が急上昇する。そして人々を襲い、さらなる負の感情を世界に充満させるんだ」
ここに来るまでに見た動物の凶暴化は、そういう事だったんだな。
それにしても負の感情の塊か。確か邪悪な竜たちも人間の負の感情やら絶望やらとかって話をしていたな。
この世界の災厄と人間の感情というものには、何か深い関わりがあるんだろうか?
「ちなみに、魔獣の復活を止める方法として、終焉を呼ぶ魔女が出した結論は、人類を滅ぼして負の感情を消し去ることだ」
「なに!?」
セルラの口から、とんでもない言葉が飛び出す。
驚きのあまり言葉を失う俺に、セルラが続ける。
「わかってるよ。そんなことはありえないだろう? だから、魔獣を討ち倒す戦力が必要なんだ。姉さんとカラムは、僕たちのご先祖様。つまり、歴代の「勇者」の下で修行をするのがいいと思う」
「そんな方法があるのか。なるほど、それでセルラはそんなに強かったんだな」
「なら良かったんだけどね……。僕は、その修行に失敗したんだ」
俺の言葉に対して、セルラが少し悔しそうに呟く。なるほど。つまりこいつは、自分の力でここまで強くなったということか。
けど、逆に言えば勇者の修行というのはこいつでもクリアできないような内容っていうことだよな。
「他人事みたいな顔してるけど、一番の問題はキミだよニシヤ」
「えっ?」
「はっきり言うけど、キミは『勇者』にしては――弱すぎる」
本当にはっきり言ったな……。
「そりゃあ、俺は『勇者』じゃないからな」
「冗談を言ってる場合じゃないよ。『勇者』とは、この世界に危機が訪れたときに異世界からやってくる存在。先の邪悪な竜だって、本当なら単独で撃破できるだけの力を身に付けていて然るべきなんだ。この前戦った時の力が全力だとしたら、キミは――」
「うるせぇよ。邪竜は倒したんだから問題ねぇだろ」
セルラの言葉をカラムが遮る。仲間を貶されて相当怒っているようだ。
庇ってくれるのは凄く嬉しいんだけど、俺が「勇者」じゃないって話は今回も流されてしまった。
「ごめんよ。またやってしまった。怒らせるつもりはなかったんだ。もう結論を言うけど、キミには先代の『勇者』である天界の『勇者』の元へ向かってもらう。『勇者』であるキミには、まだまだ秘められた潜在能力が眠ってるはずだからね」
「勇者」じゃないって言ってんだろ。ただの大学生なんだから、潜在能力なんかねぇよ。
俺はいつになったら、大学生としての本分を果たせるのだろうか。
ちなみに、ここでいう学生の本分ていうのはもちろんアレだぞ? 勉強だぞ? バイトと飲み会のことじゃないからな。
「歴代の『勇者』たちは……それぞれの異世界に帰った。どうやって訪ねたらいいの……?」
異世界での修行の話を進めるセルラに、アミラが尋ねる。
「それについては心配ない。ファンタベル王国に保管されている『境界結晶』という宝石を使えば、一時的に異世界に渡ることができる。そっちは僕の仲間が手配しているんだけど……噂をすれば〈念話魔法〉だ。結晶は手に入れたかい? うん、うん、えっ? なんで!? ちょっと――」
〈念話魔法〉で話していたセルラが頭を抱え、大きなため息をつく。
「確かに結果だけを見れば……うん。でもなぁ……」
「おい、わかるように説明しろよ」
遠い目をして呟くセルラに、カラムが詰め寄る。
「いや、どうやって話したらいいか……。とりあえず、ファンタベル王国に向かって欲しい。それじゃ僕は、魔獣の本体を探すから」
「おい、待ちやがれ!」
セルラは自分の言いたいことを早口に話すと、風の魔法で飛んで行ってしまった。
「あの野郎、また逃げやがったか」
カラムはセルラに対してあまりいい感情を持っていないようで、捕まえられなかったことに対する苛立ちを現にしていた。
「あの……。セルラをあんまり悪く言わないであげて。あの子は不器用だけど、本当は優しいんだよ」
「そうか……お前の弟だもんな。すまねぇ」
アミラがセルラを庇う。さっき襲われたばかりだというのにな。姉弟っていうのはそういうもんなんだろうか。
「まぁ、取り敢えず今後の方向性は決まったし、ファンタベル王国に向かおう」
「そうだな。ファンタベル王国は、ここから東の大陸にある。まずは港町アーメリアに向かおうぜ」
「……うん」
ここまで長かったけど、ようやくアミラとも合流できた。〈念話魔法〉後のセルラの態度は気になるけど、今考えても仕方がないしな。
こうして俺たち3人は、ファンタベル王国へ向かうため、港町アーメリアを目指して月光の森を後にするのだった。




