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第二十一話 新たなる脅威

 貿易都市「ウェスタ」で宿を取った翌日、俺とカラムは、アミラと合流するため、「月光の森」を目指して歩いていた。


 日の出と共に出発し、既に2時間程歩いている。


 幸いなことに天気も良く、水色に透き通った空がどこまでも続き、春先の様な澄んだ空気が心地いい。


 こうして快適に移動できるのは、この気候のお陰でもあるが、そもそも自然を感じながら歩けるのは、俺の体調がすこぶる良いからでもある。


 今日の俺は絶好調だ。なぜなら、昨日酒を飲んだからである。


 二日酔いなんてとんでもない。飲み方さえ間違わなければ、酒は万能な霊薬なのだ。酒は百薬の長とはよく言ったものである。


 バイト先の仲間と朝まで飲み明かし、その足で期末試験に望んだこともある。

 朦朧とする意識の中でこそ光る直感を信じ、選択問題を6割程の精度で当て、見事にギリギリで単位を取得したのは良い思い出だ。


 「飲み会の西谷」の称号は伊達ではないのだ。


「俺は学校とか行ったことねぇからわかんねぇけど、要は、試験に出る内容を事前に勉強しとけば、酒とか関係無いんじゃねぇのか?」

「それは……。うん。そうだね」


 武勇伝を語る俺に、カラムの正論という名の言葉の刃が突き刺さる。


 いや、学校に行ったことのある人なら絶対にわかると思うんだ。試験前日にこそ、勉強以外のことに気持ちが向いてしまうあの感覚が。


 とはいえ、客観的に見れば、俺は酒で顔を真っ赤にしながらテストを受ける、成績底辺の大学生だ。


 ……まぁ、実力で単位取るのは無理だったのは事実だし、結果オーライってことだ。次の期末試験テストまでには頑張って勉強しよう。うん。


 なんとなく居たたまれない感じになってしまったが、その沈黙はすぐに破られた。


「た、助けてくれ!!」


 行商人だろうか。大きなリュックを背負った青年が、血相を変えて走ってくる。


 その後ろから追いかけてくるのは、全長3メートルはあろうかという、血走った目の熊の魔物だった。


 男との距離はまだあるが、熊の魔物は、本物の熊と同様に足が速い。追い付かれるのは時間の問題だろう。


 まぁ、細かいことは後だ。まずはあの人を助けないとな。


 カラムに目で合図し、無言で頷き合う。


 カラムが地面に手を置くと、熊の魔物の前足が地面にめり込み、走っていた勢いをそのままに、頭から地面に突っ込んだ。


 カラムが地の<精霊憑依(せいれいひょうい)>で、地面を脆くしたのだ。


 動きを止めてくれれば、後は俺の出番だ。カラムは遠距離攻撃の手段を持っていなかったはずだしな。


 満を持して、魔術隷剣まじゅつれいけんに魔力を込めようとする。


「<双霊憑依そうれいひょうい! <アース・グレイプニル>!」


 カラムの声と同時に、魔物の地面から無数の岩の槍が飛び出し、魔物を串刺しにした。


 ……。あの人が無事で良かった。そうだよ。そのための戦いだもの。俺の見せ場がどうとか小さいことを言う男ではないぞ俺は。


「助かった……。あの、ありがとうございます! 本当にもうダメかと」


 どうやらこの人は、商隊の一員らしい。この先でテントを張って休んでいたところを魔物の群れに襲われ、着のみ着のまま逃げてきたそうだ。


「向こうではまだ皆が襲われてるんです! 3人いた護衛もやられちまって! 助けて頂いた上に、こんなお願いまでするなんて図々しいですが、あんたの腕を見込んで頼みます! どうか皆を助けてくだせぇ!」


 こんな話を聞いてしまったら、放っておけないよな。


 ん? この魔物、なんか変だな……。いや、今は一刻を争う事態だしな。


 倒れた熊の魔物を見て違和感を覚えたが、今は非常時なので、深く考えるのはやめておく。


「急いで向かうぞ」

「おう!」


 商人の青年から聞いた方角へ向け、カラムと共に走り出す。


「なぁ、カラム」

「ん?」

「行商人が魔物の群れに襲われることって、よくあることなのか?」


 走りながらカラムに聞いてみる。


「いや、聞いたことねぇな。魔物ってのは、大抵自分たちのテリトリーを持っていて、そこから出てきた数匹が人間や動物を襲う。冒険者が討伐するのは、こういう魔物だ。森や洞窟の奥みたいな魔物たちの縄張りに踏み込んだならまだしも、街道歩いている商隊が魔物の群れに襲われるなんて、普通じゃないぜ」


 やはりそうか。


 商隊である彼らは、いわば行商のプロだ。魔物が群れで襲ってくる可能性があるなら、護衛の人数をけちったりはしないだろう。


「おい、あそこ!」


 カラムの声に顔を上げると、前方に数基のテントが見え始めていた。

 だが、いくら距離が縮まっても、全く音が聞こえない。不気味なほどに静かなのだ。


 まさか……手遅れか!?


 最悪の予感が頭をよぎる。


 慌ててテントに駆け寄る俺たちだったが、そこに広がっていた光景は、俺たちの予想とは大きく異なっていた。


「ひぃ!? に、人間……だよな?」


 突然現れた俺たちに驚いた大柄な男性商人と、倒された魔物の群れ。よく見ると、テントの中にも何人かいるみたいだ。


「みんな無事なんだよな?」


「無事? ああ、そうだが。あんたらは?」

「俺たちは、あんたらの仲間の商人から頼まれて来たんだぜ」


 状況が飲み込めていない商人にカラムが説明する。


「そうだったのか。あいつのことも助けてくれたようだな! 本当にありがとう!」


 商人が丁寧にお礼を述べる


「ところで、この状況は一体」

「あぁ、実はな――」


 彼らは、港町「アーメリア」から貿易都市「ウェスタ」に向かう商隊で、主に食料品を扱っている。


 野営を終えて出発しようとしていたところを、魔物の群れに襲われたという。


 移動時の危険と言えば、殆どは食料目当ての野性動物で、魔物に遭遇する事は多くない。


 その魔物にしたって、街道までやってくる魔物は数も少なく、それほど強くもないため、毎回数名の冒険者を護衛として雇えばなんとかなっていた。


 だが、今回襲ってきた魔物の群れは20体近くもおり、個々の力も強力だったため、護衛の冒険者だけではどうにもならなかったという。


 そんなとき、間一髪のところで現れた緑目緑髪の冒険者が、強力な魔物たちの群れを魔法で一掃し、彼らを救ったのだという。


「カラム、それって」

「ああ。奴だな」


 まぁ、間違いなくセルラだろうな。


「なんだよあんたら。あの人の知り合いかい?」

「別にそんなんじゃねぇよ」

「そうかい。今度会ったら、お礼を言っといてもらおうと思ったんだがな」


 戦った時の苦い思い出があるのか、カラムの表情は険しい。


「その冒険者がどこに向かったか、わかりますか?」

「ああ。確か『月光の森』に向かうとか。けど、追いかけようってなら無駄だと思うぜ? 何せあの人は、風の魔法で飛んで行っちまったからな」


 やはり変だな。最初に戦った時にも、奴は飛行の魔法を使っていた。

 もしも自由に飛行できるのなら、奴はとっくに「月光の森」に着いているはずだ。


 飛行の魔法自体に制約があると考えるのが自然だが、もしかしたらセルラは、俺たちが追いかけてくるペースに合わせて移動しているのかもしれない。


 俺やカラムの命を奪わなかったことからも、本気で敵対する意思がないと考えた方が、辻褄が合うような気もするな。


「なぁ、ニシヤ。ちょっと来てくれ」


 倒れている魔物を調べていたカラムに呼ばれる。


「どうしたのカラム?」

「こいつら、魔物じゃねぇぞ……」


 ……そうなのか? 


 倒れているのは、熊や狼と言った獣型の魔物たちだ。魔物じゃないらしいけど。

 正直見分けがつかないが、もしかしたら、さっき感じた違和感の正体はこういう事だったのかもしれない。


 そもそも魔物とは、空気中の魔力が濃い場所で、自然発生するとされている存在だ。

 姿形こそ普通の動植物に近いが、そもそも成り立ちが違うので、動植物が魔物になるなんて事もない。


 魔物は、似た姿の動植物よりもはるかに能力が高いし、気性も荒い。

 だが、魔力が元になって生まれているためか、魔物は食事を必要としないと言われているので、食べ物目当てに群れで人間を襲ったりはしないのだ。


 だが、これが魔物ではなく、動物ならどうだろう。

 食料を求めて人間を襲うのは、ある意味自然な行動じゃないだろうか。


 最初に見た熊や、この商人の話から考えると、こいつらは、凶暴化して異常な力を身につけた獣たちというわけだ。


 問題は、こいつらがなぜ凶暴化し、どうやって力を得たかということだが、俺が探している魔物と何か関係があるのだろうか。


「おーい! 皆!」


 一人の商人が、大声を出しながら走って来るのが見える。

 さっきカラムが助けた商人の青年だ。


「てめぇ、俺らを置いて真っ先に逃げやがって!」

「ち、ちげぇよ親方! 俺は魔物を一体引き付けてたんだよ!」

「馬鹿野郎! この方たちがいなきゃ、どうなってたと思ってんだ!」


 さっきまで話していた大柄の商人が、俺たちが最初に会った商人に拳骨を食らわせる。

 そして再び俺たちに向き直ると、改めて頭を下げてきた。


「こんな馬鹿を助けてくれて、ありがとうございました!」


 お、おう。なんというか、商人って、もっと狡猾で飄々とした人物像をイメージしてたけど、思いっきり体育会系だな。


 というか、今回彼らを助けたのはカラムとセルラだから、俺は何もしてないんだよな。


 商人の青年を助けたお礼として、食料と10枚の金貨を貰った。

 カラムはそんなに貰えないと断っていたが、命の恩人に対しては寧ろ少ない方だと強引に渡されたのだ。


 そういえば俺、この世界で買い物したことないかもしれない。それどころか、お金を持ったことすらないかもしれない。


 貴族か俺は。


 今更ながら、これは由々しき事態だな。今までいかに仲間たちに助けられてきたのか良くわかる。


「ほらよ」


 カラムが俺に5枚の金貨を渡してきた。


「えっ? いや、これはカラムに対して貰ったものだろ? 受け取れないよ」

「仲間と旅してんのに、俺が攻撃したから報酬も俺のものなんて訳にはいかねぇだろ」


 そう言って、カラムが俺に強引に金貨を渡す。


 まぁ、確かに逆の立場なら、俺もそう言うかも知れないが。しかしな……。


 今回は本当に何もしていないので、罪悪感がある。とはいえ、一文無しという状況が良くないのもまた事実だ。


 金貨5枚。いつか自力で稼いで、カラムの為に使うとしよう。


 商隊と別れて、「月光の森」へ歩き始める。

 セルラの目的がわからないことに変わりは無いから、急いだ方が良いしな。



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