第二十話 消えた宝剣
「暗黒の谷」を抜けた俺とカラムは、貿易都市「ウェスタ」に来ていた。
すっかり日は落ちているが、仕事終わりの人々がごった返す酒場や飲食店がずらりと並び、そこから漏れる明かりが道を煌々と照らしているので、町全体がまるでお祭りの様な雰囲気を醸し出している。
セルラを追って「月光の森」を目指しているのだが、決して寄り道している訳ではない。今日の目的は、主に野営道具と食料の調達だ。
俺たちも人間なので、どんなに急いでいたとしても、目的地に向かってひたすらに歩を進められる訳ではない。こうした物資の調達は重要なのである。
先に宿を押さえた俺たちは、焚き火の燃料や保存食を買いに市場を訪れている。
物資は貴重だが、買う量は良く考えなければならない。
カラムがお金を出してくれているからというのもあるが、俺たちはこれから、ここで買った物をすべてリュックに詰めて移動しなければならないのだ。
前の旅では、エリスが<異次元収納>を付与した鞄に荷物を入れてくれていたが、俺たちは当然そんなもの持っていない。というか、これが普通なんだけどな。
カラムと相談し、必要なものを適量で購入する。相談と言っても、お互いの経験則から成る感覚を擦り合わせただけなのだが。
まぁ、男同士の買い物なんて、だいたいこんなもんだろう。
さて、いくら急いでいるとは言え、夜に街を発つのは愚策だろう。
元の世界と違い、道が整備されているわけではないし、ましてや街灯なんてものも無いので道は真っ暗だ。
それに、一般的に魔物は夜の方が活動が活発になる。暗闇の中、そんな魔物たちを警戒しながら進むのは非効率だし、次の日の体調にも響く。
つまり、明日の早朝にこの街を出発するのが、アミラと合流する観点から考えても最適解なのだ。
そのため、明日の朝までは自由時間ということになる。
話は変わるが、俺が再びこの世界にやって来た原因である魔獣とやらについて、俺はまだ何も知らない。
カラムやゲイルにも聞いてみたが、そんな噂は聞いたことがないという。
こんな時はどうするか。情報が集まる場所、すなわち人が集まる場所に行くのが良いだろう。そう。酒場である。居酒屋でバイトしている俺が言うのだから間違いない。
そろそろ酒場が混み始める時間帯だ。ぐずぐずせずに、とりあえず適当な店を選ぶことにする。
俺はお金を持っていないので、もちろんカラムと一緒だ。情報収集の重要性を説明し、再開を祝して一杯と言えばイチコロである。
まぁ、嘘ではないけどな。
俺が入ったのは、大衆酒場の様な感じの店だった。大勢の冒険者たちで溢れており、酒場特有の熱気に満ちていた。
とりあえず、カウンター席に座り、二人分の飲み物を注文する。
店もだいぶ混み始めていたが、なんとか席を取ることが出来た。大人数ならこうはいかない。サシ飲みの利点のひとつでもある。
カラムと乾杯して、まずは一杯。そしてもう一杯頼み、今度は近くの席の冒険者たちに話を聞いていく。お酒が入った人たちとのやり取りは慣れたものだ。居酒屋店員のスキルである。
「どうだった?」
席に戻った俺にカラムが尋ねる
「いや、ダメだった」
何組かの冒険者達に話を聞いたが、力を蓄えている魔獣やそれらしい噂など、聞いたこともないという。
カラムの方も、店員や近くの席の人たちに聞いてくれたそうだが、結果は同じだったそうだ。
本気で世界を救わせるつもりなら、焚き火用の丸太とかじゃなくて、ちゃんと情報を教えろよ。本当にしょうがない爺さんだ。
だが、あの爺さんに言いたいことは別にある。
ある冒険者たちが教えてくれたのだが、先日、この街の博物館で窃盗事件があったという。
警報もならず、ショーケースも無傷。にもかかわらず、中に飾られていた展示物が忽然と姿を消していたという、アニメの怪盗も真っ青な怪事件である。
現在、街の自警団と王国騎士団が合同で犯人を探しているそうだ。
盗まれたのは、博物館に飾られるほどの国宝だ。号外まで配られ、ちょっとした騒ぎになっているらしい。
配られた号外を見せてもらうと、大きな文字でこう書かれていた。
「『救世の勇者ニシヤ』の聖剣『魔術隷剣フェリア』盗難! 情報求む!」
これを見た俺は、自然な笑顔で号外を冒険者たちに返すと、無言でその場を後にした。
お互いに酒が入っているし、気付かれる事はなかったと思うが、額から脂汗が吹き出そうなほど俺は動揺していた。
俺の腰にあるこの剣こそ、紛れもなく「魔術隷剣フェリア」なのだから。
この剣は、刀身に特徴的な模様が刻まれているものの、柄の部分は一般的な剣と大差ない。鞘に至っても同様で、これといった特徴のないものなので、抜刀しなければ見つかることはないと思うのだが。
あの野郎! もし見つかったら俺が窃盗犯じゃねぇか! 「道に落ちてた剣が盗まれた国宝だったなんて知りませんでした」じゃすまねぇんだぞ!!
口に出して言えないので、心の中で叫ぶしかない。
うん。忘れよう。ここは酒場だ。飲んで忘れるに限る。
それから少し飲んだ後、俺たちは宿屋に戻ってきた。明日は早朝から出発するので、早めに切り上げたのだ。
そう、「明日は」だ。飲みに行ったのに、日付が変わる前に帰ってきた。これは、俺からすればあり得ないことだ。
呼ばれた飲み会には必ず参加する俺は、大学では「飲み会の西谷」の名で知られ、自他共に認める酒好きだ。
飲み会の誘いを断るとしたら、先約が入っているときくらいのものである。
テストの前日から当日にかけて飲み明かすこの俺が、たったの5杯で飲酒を切り上げ、日付が変わる前に店を出たということからも、アミラを助けに行くことをいかに重要視しているか、お分かりいただけるだろう。
ちなみに、カラムは2杯くらいしか飲んでいなかった。俺の半分も飲んでいないのに、カラムは快く奢ってくれたのだった。
……カラムさん。ごちそうさまでした。
真面目な話、俺はこの世界では一文無しだ。
思えば、前回にしろ今回にしろ、常に急ぎの用事を抱えて旅をしているので、生活のための行動というものをほとんどしてこなかった。
この世界に永住する訳じゃないから、住む場所の確保とか、定職に就くとかする意味はないんだが、それでも、仲間に金銭を全額負担して貰うというのは如何なものだろうか。
カラムに相談してみると、別にお前一人分くらいなら構わねぇがという言葉と共に、俺にも出来そうな仕事を紹介してくれた。魔物狩りである。
魔物を狩ってお金を稼ぐ手段は、大きく分けて2種類ある。
ひとつは冒険者ギルドが斡旋する討伐依頼を受けること。
冒険者としてギルドに身分登録した上で、依頼書に指定された魔物を討伐し、討伐証明部位を提出することで、依頼達成となる。
この場合は、討伐の依頼主からの報酬からギルドの手数料が引かれた金額が手に入る。
討伐証明部位以外にも、魔物の素材を持ち込めば、買い取って貰えることもあるらしい。
これらが、冒険者と呼ばれる職業の主な収入源である。
もうひとつは、冒険者ギルドに登録せず、倒した魔物の素材をギルドに持ち込み、買い取って貰う方法だ。
前者と違い、討伐の依頼主がいないため、討伐報酬が受け取れないこと。そもそもギルドが素材を買い取っている魔物自体少ないこと。そして、ギルドに登録している冒険者と比べて、買い取り価格が8割程度になること。
これらの理由から、冒険者登録をせずに魔物狩りを生業とする者は極少数だ。
犯罪歴がある者や、何らかの事情で身分を明かせない者が、この極少数に当たる。彼らは通称「野良」と呼ばれ、冒険者たちから一段低く見られる傾向にあるのだとか。
「ニシヤも登録だけはしといたほうがいいと思うぜ」
そう言ってカラムが見せてきたのは、冒険者証明カードだった。
冒険者の中には決まった住居を持たない者も多いので、基本的には名前さえあれば冒険者登録はできるのだ。
そういえば、「暗黒の谷」の住人たちは、魔物の素材を売りに行くこともあるって言っていたな。
冒険者登録さえしておけば、依頼を受けなくても素材の買取価格は下がらないみたいだし、時間があるときに登録しておくのはいいかもしれないな。
「急ぐ話じゃねぇし、その話はまた今度にしようぜ」
「そうだね。明日に備えて、今日は早く寝よう」
「早くってお前、もう夜中じゃねえか」
カラムが呆れ笑いをしながら言う。
「いやいや。日付が変わってからが本番だ」
俺も負けじと反論する。
「ニシヤは真面目な奴だと思ってたけど、結構飲むんだな。今度時間があるときに、ゆっくり飲みに来ようぜ」
「その時は奢るよ。今日のお礼にさ」
「おう! 楽しみにしてるぜ」
たまにはこういう時間も悪くないもんだな。
さて、明日からは暫く野宿だし、今のうちにしっかり休んでおこう。
宿屋の布団の感触を確かめながら、俺は眠りに落ちていった。




