第十八話 再び異世界へ
何も無い真っ白な空間。
俺は仲間たちの協力の下、ついに邪悪な竜を打ち倒し、元の世界へと帰ることになった。
思えば、ここまで本当に長かったな。
ただの大学生である俺は、「勇者」とやらに間違われて異世界に飛ばされた。
そして、邪悪な竜を倒して世界を救うまで元の世界には戻れない。
そう言われたときは、どうなることかと思った。
今思えば懐かしいな。あの頃もちょうどこんな風に異世界に転移して……いや、違うな。
異世界に転移したときは確か、眠りに落ちるように意識を失ったはずだ。
この白い空間は、転移の時よりもむしろ……。
「おーい。聞こえるかの?」
背後から聞こえた老人の声で、俺の違和感は確信へと変わる。
声の主は、高そうな赤いローブに身を包んだ老人。ファンタベル王国初代国王「ファンタベル・マクマリーナ」。俺を異世界に呼び寄せた張本人だ。
この白い空間は、精神体となった彼が、以前俺に語りかけてきた時に使われた空間だ。
「まずは礼を言おう。よくぞこの世界を救ってくれた。若き『勇者』よ。おっと、『勇者』じゃないんだっけか?」
この爺さん、素直に礼も言えないのか? まぁ、もう会うこともないわけだし、別に良いけど。
「どういたしまして」
とりあえず、適当に返しておく。
「それからもう1つ。この世界に呼び寄せてしまったこと、改めて、すまなかった」
ファンタベル王が深々と頭を下げる。
元はといえば、この爺さんの勘違いがなければ、俺がこの世界にやってくることなんてなかったわけだが。
「もういいよ。確かに危険な目にたくさんあったけど、結果的にはなんとかなったし、たくさんの仲間たちとも出会えた。だから、別に恨んじゃいないよ。けど、次はもう間違えんなよ?」
突然異世界に呼び出されるなんて、普通に考えたら許せることじゃない。だけど、この世界で皆と過ごした日々を、「楽しかった」と感じてる自分がいるのも確かだ。
この爺さんも申し訳なさそうにしているし、最後くらい笑顔で別れるとしよう。
「うむ、そうだな。次は……な。そう、次なんだが、実はとある魔物が、ひっそりと力を蓄えていてな」
「そうか。大変だな。頑張れよ。俺、今日合コンだからさ」
俺の第六感が必死に警鐘を鳴らしている。この話を続けるのは危険だ。
そう思って、咄嗟に口から出た言葉だが、結局合コンはすっぽかした感じになっちゃったな。
「そういうことなら心配はいらん。この異世界転移の魔法は、転移前の世界に影響を与えないように、転移者は転移直後の時間に戻れるようになっているのじゃ。おぬしの今日の予定には間に合うぞ!」
「そうか。それじゃあ戻してくれ。じゃあな」
「それで、その魔物なんだが、このまま行くと今から3年後に世界に脅威をもたらす存在になりそうなんじゃ」
「うるせぇ! そんな先のことなんか知るか!」
「それなら心配はいらん。この転移魔法なら、過去へは行けないが3年後くらいならひとっ飛びじゃ!」
ファンタベル王がそう言い終えると、俺の体が再び光で包まれる
「おい……待て待て! ちょっと待てよ! 話が違うじゃねぇか!!」
邪悪な竜を倒せば元の世界に帰れる。その言葉を信じてここまでやってきたんだぞ!?
思わずファンタベル王に掴みかかる俺に、王は真剣な眼差しを返す。
「すまない。だが、おぬししかいないのだ。この世界を、この世界の人々を……助けてくれ」
こいつ……ずるい言い方しやがって。
いい加減な爺さんだが、流石にこの言葉は本心だろう。俺だって、エリトたちと過ごした世界を見捨てるつもりはない。ないけれども……。
「あと3年で脅威になるやつを倒すのに、3年後に飛ばしてどうすんだバカヤロー!!」
俺の叫びは、誰にも届くことなく虚空に消える。
こうして俺は、3年の時を経た異世界へ、再び降り立つことになったのだった。
――§――
広大な草原で、俺は目を覚ます。立ち上がって辺りを見渡すと、見覚えのある塔が目に留まった。
俺たちが邪悪な竜との死闘を演じた「ミルノースの塔」だ。
よりにもよって、なんでこんなに街から遠い場所に……。まぁ、知らない場所に放り出されるよりはマシか。
「ん?」
足元をふと見ると、そこには一振りの剣とリュックが1つ。そして、大きな丸太が5本置いてあった。
リュック貼り付けてあった書き置きを読む。
「わしにできるのはこれくらいじゃ。どうか役に立ててくれ――ファンタベル・マクマリーナ」
どうやらあの爺さんからの贈り物らしい。少しは悪いと思っているんだろうか。
剣は「魔術隷剣フェリア」だった。これはありがたい。なんだかんだ言って、この剣は俺の戦術の要だからな。
次にリュック。中には水と携帯食料、簡易的な組み立て式のテントが入っていた。これも助かるな。
ここからいちばん近い町「貿易都市ウェスタ」まで、今日中にたどり着くのは無理だろうしな。
となるとこの丸太は……まさか、焚き火用じゃないだろうな?
いや、流石にそれはないだろう。何せまだ昼だ。キャンプの準備には早すぎる。
でも、あの爺さんのことだしなぁ。
いずれにしても、こんなもの持っていけないので、丸太はこの場に放置する。
「確か、『暗黒の谷』の方角はこっちだったよな」
剣とリュックを身につけ、俺は1人「暗黒の谷」を越えた先にある「貿易都市ウェスタ」を目指して歩き出した。
――§――
翌朝、1人での野宿を終えた俺は、仲間のありがたみを痛感していた。
まず、移動中の会話がない。これが1番しんどい。<身体強化>の魔術のおかげで肉体的な負担はそこまでではないが、半日以上1人で黙々と歩き続けるというのは、精神的に辛い。
それから野営。簡易的なテントなので、そこまで準備は大変ではないものの、一人キャンプは俺には早かった気がする。
要するに寂しいのである。
けど、もう少しで「暗黒の谷」だ。「ウェスタ」の街に行くなら谷を下りる必要もないけど、せっかくだからカラムに会っていこう。前に教わった抜け道を使えば、そんなに大変じゃないしな。
そういえば、向こうにとっては3年ぶりになる訳か。元気にしてるだろうか。……ん?
およそ50メートルくらい前方に、緑髪の青年が立っている。
考え事しながら歩いていたから、気付かなかったな。
「ミルノースの塔」へ向かうに行く人だろうか。そういえばあそこは、お祈りのために建てられた塔だって話だし、参拝に来た人かもしれない。
けど、それにしては、あいつ立ち止まってるし、なんかこっちを見てないか?
「っ!?」
なんと青年は、こちらに向かっていきなり魔法を放ってきた。1メートルくらいの、長剣サイズの氷の槍が5本。エリスもよく使う氷の初級魔法〈フロストショット〉だ。
「<湧水剣・飛刃>!」
迫り来る氷の槍を、水の刃で迎撃する。砕け散った氷と水飛沫が霧となり、俺の視界を一瞬塞ぐ。
刹那、霧を突き抜け、青年が一直線に突っ込んできた。
速いな。けど……!
斬りかかってきた青年の攻撃を、魔術隷剣で受け止める。
青年の武器は細身のレイピアだった。突きを主体とした、スピード重視の戦い方だ。
放たれる連続突きを、<身体強化>で鋭くなった動体視力で見切り、捌いていく。
最初こそ驚いたものの、青年の剣の技量はそれほど高くなかった。動きに無駄が多く、純粋な剣の腕なら、エリトはおろか、俺にすら劣るだろう。
それでも、これほどまでに高速の戦闘ができているということは、それだけ<身体強化>の魔術、すなわち魔力の扱いに長けているということだ。
こいつが何者かわからないが、襲われている以上、反撃しないとな。
「<陽炎剣>!」
光の魔術により、幻の剣が二本現れる。
剣の打ち合いの最中に、突如として剣が3本に増えたのだ。流石に反応できまい。
案の定、青年は目を見開いて一瞬硬直する。
――勝った。
俺の剣が青年の胴体を捉える。だが、青年の体に触れた刃からは、なんともいえない感触が伝わってきた。
一言で表すならスライムだ。青年の体に、粘性の高い液体が纏わり付いているかのような、ぐにゅっとした感触。
事実、俺の剣は青年を斬るどころか、その服にすら届いていない。
そして次の瞬間、泡がはじけるような感覚とともに、青年が大きく飛び退き俺から距離をとった。
「月影魔法<露の入江>」
青年が魔法を唱えると、薄い水の膜が青年を覆い、うっすらと透けて見えなくなった。
火、水、地、風、氷、雷、光、闇。かつてエリスから教わった、魔法の基本八属性。あの青年が口にしたのは、そのどれにも当てはまらないものだった。
「流石に接近戦じゃ勝てないか……。もうわかったと思うけど、<露の入江>は、物理的な衝撃に反応して斥力を発生させる魔法だよ。1回しか発動しないから、毎回掛け直さなきゃいけないのが面倒なんだけどね」
青年は面倒くさそうに呟く。
「お前、一体何なんだよ!」
「僕は『セルラ・ナーゼ』。ただの冒険者だ。そうそう、姉がお世話になったね。――『勇者ニシヤ』」
姉? 「ナーゼ」ってことは、こいつはアミラの弟か。
いや、今はそれよりも、こいつは俺のことを知っている上で襲い掛かってきたのか。
「ところでさ、こんなもんじゃないんだろう? 本気で来てくれないなら……僕は君を殺すことになる」
セルラがレイピアをくるりと回し、逆手に持ち替える。
レイピアの柄の先端には、魔術師が使う杖のように、水色の水晶が付いていた。
こいつ、やはり本職は魔術師なのか?
エリス並みの魔法の腕を持ち、俺を『勇者』と知った(思い込んだ)上で、殺すとまで言い放った。こいつは危険だ。
「<インフェリアルソード>」
覚悟を決め、魔術隷剣に魔力を込めて、白い光の大剣を具現化させる。
続けて、剣を振り上げて<重力剣>を発動させると、周囲の地面が地割れを起こし、砕けた岩石が俺の剣に集まってくる。
一見無防備な体勢だが、俺の剣は今、強大な引力により、魔法すらも引き寄せられる状態だ。
セルラもそれを察しているのか、武器を構えたまま、俺の一挙手一投足を観察するように、静かにこちらを見据えている。
「<重力剣・斥刃>!」
そんなセルラに向けて、俺は剣を振り下ろした。十発にも上る、スイカほどの大きさの岩石が、セルラ目掛けて降り注ぐ。
剣のスピードに乗せて放たれた岩石。その様子はまるで、小さな流星群だ。今の俺が使える遠距離攻撃では、最も威力のある技と言えるだろう。
対してセルラは、逆手持ちのレイピアに付いた水晶をこちらに向ける。
「月影魔法<嵐の大洋>」
セルラの目の前に小さな黒い渦が発生したかと思えば、なんと、俺が放った岩石は、すべてその黒い渦に吸い込まれて消えてしまった。
その様子はさながらブラックホールのようである。
見たこともない魔法だ。まさか、この技が一瞬で無効化されるなんて、完全に予想外だった。
動揺を禁じ得ないが、勝負はまだ終わっていない。遠距離攻撃がダメなら、もう一度接近戦だ。
剣を構えて走り出した俺だったが、なんと、俺の足が地面をすり抜けた。
「なに!?」
バランスを崩した俺は、地面にうつ伏せに倒れてしまった。
慌てて起き上がろうとするが、四肢に鋭い痛みが走り、自由が利かなくなる。
半ばパニックになりつつも、手足を確認すると、俺は自分の感覚が麻痺していたことに気付く。
痛いのではなく、冷たかったのだ。俺の四肢は、凍った地面に固定されていたのだから。
かつてエリスが使った氷の中級魔法<フロストサークル>だ。
これも無詠唱かよ。
「キミがさっきの魔術で抉った地面の穴を、光の魔術で隠しておいた。まさか、自分の技で生じた地形の変化も把握していないのかい?」
セルラが呆れたような口調で続ける。
「つまらないな。そういえば、この先の『暗黒の谷』にも、姉さんのかつての仲間がいるんだったな。そっちなら、もう少し楽しめるかな?」
セルラはそう言い残すと、「暗黒の谷」の方角へ、風に乗るように飛行して行った。
飛んだ!? いやそれよりも、あいつ、カラムのことも襲うつもりか? こうしちゃいられない。
1人になった俺は、落ち着いて、両手で炎の魔術を発動し、ゆっくり氷を溶かし始めた。
伊達に今まで魔力制御を練習してきた訳じゃない。威力が高すぎて火傷しないように、慎重に魔力を微調節して、自由を取り戻す。
セルラは、カラムのことも襲うことを仄めかしていた。何を企んでいるのかはさっぱりわからないが、カラムが危険なのは間違いない。
俺はセルラの後を追い、「暗黒の谷」へと歩き出すのだった。




