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第十七話 邪悪な竜

 ミルノースの塔の頂上。


 いや、頂上というよりも、屋上といったほうが正しいだろうか。


 壁や天井のない開けた空間。そこに、そいつは立っていた。


 こちらに背を向け、赤紫の空に照らされた世界を見下ろす、黒衣の男。

 悪魔のような漆黒の翼を、背中から生やした黒髪の若い男である。


 確かめるまでもないだろう。その見た目や状況からも、そう判断できる。


 だがそれ以上に、その身から発せられる、空気を震わすほどの魔力が、その者の名を俺たちに知らしめていた。


「邪竜ジクト……」


 思わずつぶやく。


 俺は……。俺たちは、こんなやつを倒さなくてはいけないのか。


「てめぇが悪の親玉だな? 先手必勝だぜ! <アゴラブレイク>!」


 拳に炎を纏ったカラムが、ジクトに殴りかかる。

 風の精霊の力も併用しており、スピードも申し分ない。だが――


「なに!?」

「……」


 なんとジクトは、殴った時に爆発するはずのカラムの拳を、振り向きざまに掴んで受け止めたのだ。


 おそらくは、魔力で爆風すらも押さえ込んでいるのだろう。

 ジクトはそのままカラムを持ち上げると、こちらに向かって投げ飛ばしてきた。


「<フロストショット>!」

「<虹の入り江>!」


 エリスとアミラの魔法が発動し、無数の氷槍と白銀の水弾がジクトを襲うが、奴は身体中から魔力を放出し、魔法を弾き飛ばす。


 魔力で直接魔法を迎え撃つなんて、消耗が激しすぎて普通はできない。

 膨大な魔力を持つジクトだからこそできる戦い方だ。


 だが、今の魔法で倒せないことは想定内だ。

 俺とエリトは、すでに剣の間合いに入っている。


「<疾風閃しっぷうせん>!」

「<陽炎剣かげろうけん>!」


 完全に入った。そう思った瞬間、奴の両腕がブレて消える。

 気付いた時には、俺とエリトの剣は弾かれ、体ごと吹き飛ばされていた。


 まさかこいつ、俺たちの剣を素手で弾いたのか?


 エリトの剣速も、俺の光魔術による陽動も、まるで効いていない。


「……」


 冷酷な視線を向けたジクトが、こちらへ向けて手をかざし、膨大な魔力を集めている。


 魔法や魔術ではない。ただ純粋に、膨大な魔力を掌に集めているのだ。


 あっ、これはまずいな。


 俺の直感がそう告げる。


 あれを食らったら、俺たちは間違いなく全滅するだろう。


 それならば、今できることはなんだろうか。

 そんなの、1つしかないじゃないか。


「ニシヤ、何を!?」


 驚く仲間たちの声を余所に、俺は1人、剣を構えてジクトと対峙する。


 こいつの力は、俺たちの予想を遥かに超えていた。


 今ここで、こいつを倒すことはできない。


 だが彼らなら、いつかこいつを倒せるかもしれない。


 だから俺は、俺の全ての魔力を使って奴の攻撃の威力を和らげ、彼らが逃げる時間を稼ぐ。


……まさか俺が、異世界で仲間を守って命を落とすなんて、誰が予想できただろうか。


 だって俺、「勇者」どころか、ただの大学生だせ?

 在学中に彼女を作って、大学を卒業したら就職して、家庭を作って、平凡な人生を送ってさ。

 それが、俺の人生だったはずだ。


 結局、彼女はできなかったな。親孝行もロクにできなかった。


 けど、異世界とはいえ、最後にこうして世界と仲間たちを守れるのなら、俺の人生、そんなに悪くなかったよな。


「だからみんな……後は頼むぜ」


 構えた剣を強く握り直し、俺は走り出す。


 仲間達が俺の名を叫ぶが、俺は振り返らない。


 ジクトが集めていた膨大な魔力の塊が、漆黒の光線となって俺たちに放たれた。


「行くぜ! <インフェリアルソード>!!」


 ありったけの魔力を込めた白い光の剣を、奴が払った光線に叩きつける。


 バチバチと激しい音が響き、俺の剣が奴の光線を受け止める。


 だが、長くは持たないだろう。


 込められた魔力は、相手の方が圧倒的に上だ。


 白い光によってかたどられた剣に亀裂が入り始める。


 この光の剣が消えたとき、俺の体は漆黒の光線に飲み込まれて消え去るのだろう。


 だがそれでいい。俺の目的は、みんなを逃がすための時間稼ぎだ。


「今までありがとな。みんな。……それと、ごめん」


 俺は、自分の命を諦めた。


 だがその瞬間、思いもよらないことが起きた。


 奴が放った漆黒の光線が、俺の剣に纏わりついているのだ。


 これは……!? いや、考えるのは後だ。


 自分の直感を信じて、力いっぱい剣を振り抜く。

 ガラスが粉々に砕けたような甲高い音とともに、光の剣と漆黒の光線が弾けて消える。


「貴様……何をした?」


 目を見開いたジクトが、初めて言葉を発する。


「興味があるなら、何度でも見せてやるよ」


 ようやく見つけた、邪竜打倒の切り札。

 だがそのためには、さっきのような大技を引き出す必要がある。そのための挑発だ。


 そして、必要なことがもう1つ。


 心配して駆け寄ってきた仲間たちに、手短に作戦を説明する。


 さあ、反撃開始だ。



 ……とは言ったものの、今の俺には魔力がほとんど残っていない。

 さっきの<インフェリアルソード>で、魔力をほとんど使い切ってしまったからだ。


 今は、ギリギリ〈身体強化〉を維持できる程度の魔力しか残っていないので、仲間の魔力を借りる必要がある。


 ジクトが翼を広げて空へと飛び上がり、漆黒の魔力弾を乱射してくる。


 ああ、やっぱり飛ぶんだな。

 そりゃそうか。これで飛ばなきゃ、何のための翼だって話だ。


 <インフェリアルソード>を警戒しているのか、接近戦を避け、上空から手数で攻める作戦を取ってきた。


 この動きは想定内だな


「月光魔法! <賢者の海>!」


 アミラが放った白銀の魔力の奔流が、奴の魔力弾を悉く飲み込んでいく。


 そして、空中にいる相手に対してこれほど有効な技はないだろう


「<マクスウェルハリケーン>!」


 周囲の空気が薄くなり、エリトが掲げた剣を中心に、巨大な竜巻が巻き起こる。


 彼を前にして、空中に逃げることなど愚策でしかないのだ。


 薄くなった空気の中を羽ばたいたところで、自由に飛べるはずもなく、ジクトは竜巻に吸い込まれていく。


 エリトが剣を振り下ろし、竜巻ごとジクトを地面に叩きつける。


 それでも、なんとか受け身を取り、立ち上がろうとするジクトだったが、奴の片足が、屋上の床を踏み抜いた。


 カラムが地の精霊の力で、ピンポイントで床を脆くしたのだ。


「<フロストサークル>!」


 体勢を崩した奴の四肢を、エリスが魔法で凍らせ、地面に固定する。


「人間ごときが、小賢しいことだ」


 身動きを封じられ、憎々しげに悪態を吐くジクト。


 これで倒せないのはわかっている。

 ここまでやって、ようやく僅かな時間が稼げるのだから。


「さあ、頼むぜ皆!」


 円陣を組むように、俺の魔術隷剣まじゅつれいけんの柄に、全員で手を合わせる。


 <インフェリアルソード>を発動する魔力を、みんなに借りるのだ。


 元々魔力をほとんど持たないカラムも、精霊憑依の発動中は、精霊の魔力を自分の魔力として使用できる。


 エリト、エリス、アミラ、カラム。皆の魔力が、剣に流れ込んで行くのを感じる。


 魔術隷剣まじゅつれいけんが、光の粒子を纏い始め――


「うぶっ!?」


 突然、俺の口に「何か」が差し込まれる。

 緑色の何かが入った瓶だ。

 それを持っていたのは満面の笑みを浮かべたエリス。


 その笑顔で状況を理解すると同時に、悶絶するような苦味が、口いっぱいに広がる。


 魔力回復薬。それも、苦味の度合いから言って、上級の回復薬だろう。


 もちろん、彼女はふざけているわけではない。

 消耗しているのはみんな同じことだし、全員の今の魔力を持ってしても、魔術の発動には足りないという、魔術師としての判断なのだろう。


 ん? なら、エリスが自分で飲めばよかったんじゃないのか?


 いや、深く考えるのはよそう。


 本日最大の苦難を乗り越え、回復した魔力をそのまま剣に込める。


 俺たち全員の魔力を込めた、七色に輝く光の大剣が現れた。


「人の世に危機が訪れると現れるという、人間の希望。噂には聞いていたが。なるほど。貴様が『勇者』だな」


 俺を見て、確信したかのようにジクトが言う。


「違います」

「ならば、貴様さえ倒せば、人間は終わりというわけだ!」


 いや聞けよ。というか、俺さえ倒せばってのも、たぶん間違いだぞ?


 まぁ、ここで負けるつもりはないから、証明は出来ないけどな。


「絶対的な力の差を教えてやろう!」


 ジクトの右腕から漆黒の魔力が溢れ、身の丈ほどもある大剣が姿を現す。


 邪悪な魔力が溢れ出し、まるで水の中を歩いているような感覚に陥る。


 奴を拘束していたエリスの氷も、魔力の余波で砕け散ってしまった。


 こんなのとまともにぶつかり合ったら、敵うはずがないだろう。


「いくぞ、『勇者』!」


 ジクトが大剣を振りかぶり、こちらに迫ってくる。


 津波が迫ってくるかのような威圧感に、思わず怯みそうになるが、勇気を奮い立たせ、虹色の剣にて漆黒の刃を迎え撃つ。


 虹色と漆黒の粒子がぶつかり合い、火花のように散っていく。


 奴の剣には、先ほどの光線とは比べ物にならないほどの魔力が込められており、その重圧が俺の両腕にのしかかる。


 だが、状況はすぐに一変する。


 漆黒の大剣の魔力が、少しずつ俺の剣に流れ込んで来ているのだ。


 ジクトは驚愕して目を見開いている。


 ――魔術隷剣まじゅつれいけん。大量の魔力を込めることで、イメージした属性に応じた魔術を発動する剣だ。


 強化状態とも言える<インフェリアルソード>でも、その性質は変わらない。


 では、魔力はどこから込めるのか?


 剣の柄。普通はそう思うだろう。実際今までそうしてきたし、疑問にも思わなかった。


 ならば、魔力は柄からしか込められないのか?


 俺はその答えを、今日まで知らなかった。


 俺が剣に込めた魔力よりも、強い魔力を持った存在と対峙することはなかったから。

 

「うおぉぉ!!」


 剣を握る手に力を込めて、思いっきり振り抜くと、奴の漆黒の大剣が砕け散り、俺の剣に魔力が流れ込む。


「バカな……」


 驚きのあまり、硬直するジクトに向かって、思いっきり剣を突き出す。


 漆黒の魔力を纏った虹色の剣が、奴の胸を貫いた。


 口から血を吐き、項垂れるジクト。


「自ら……滅びを選ぶか……。いや、あるいはこれが、世界の意思か……」

「お前、何を言っている?」

「まさか……お前は、何も知らないのか? 滑稽だな、哀れな『勇者』よ」


 不可解な言葉を残し、ジクトは息絶えた。


「やったな! ニシヤ!」


 駆け寄ってきたカラムが、俺に肩を組む


「ここまで、長かったな」

「ええ。本当に」


 とエリトとエリス。


「うん。みんな……頑張った」


 アミラがねぎらいの言葉をかけ、回復魔法を発動させる。


 奴の最後の言葉が気になったが、考えてもわからないものは仕方がない。なんにせよ、俺たちは邪悪な竜を倒し、世界を救ったのだ。


「ん?」


 俺の身体が淡い光を放つ。


「世界の危機を退けたことで、『勇者』の帰還が始まったのね」

「ニシヤ……帰っちゃうの?」


 エリスの説明に、アミラが寂しそうにこちらを見つめる。


「ああ。俺は元々、この世界の人間じゃないからな」


 思えば、この世界に来たばかりの頃は、本当に帰れるかどうかわからなかったけど、こうしていざ帰るとなると、寂しいもんだな。


 だが、こうして邪竜を倒した以上、俺の役目はもう……いや、待てよ?


「王都に向かったっていう魔物の群れは? それにそっちにも転生種が――」

「それは心配ないわ」


エリスが俺の言葉を遮る。


「たった今、団長から<念話魔法>で連絡があったの。転生者を名乗る子供たちの助力を得て、転生種を討伐したそうよ。魔物の群れは2割くらいしか倒せなかったみたいだけれど、支配が解けた魔物たちは、元の生息地に戻っていくはずなので、とりあえずは安心よ」

「そうか。それなら良かった」


 エリスの言葉に、胸を撫で下ろす。


 2割と聞くと少ないようだが、魔物の群れは10万体くらいって言ってたよな。


 転生種を倒した上に、2万体もの魔物を倒したのなら、大勝利と言っていいんじゃないだろうか。


 邪悪な竜がいない今、魔物の凶暴化だって治まっているんだろうしな。


 それならもう、思い残すことはないかな。


「なあ、最後だから、みんなにちゃんと言っておきたいんだけどさ。俺、本当に『勇者』じゃないんだ。人違いで連れてこられただけの大学生。ただの一般人なんだよ」

「まだ言うか。まったく強情な奴だ。だがな、お前は間違いなく、この世界を救った英雄。『勇者』なんだ。誰がなんと言おうとな」

「強情なのはどっちだよ」


 笑顔で握手を交わす。エリトとの最後のやり取りだ。


「本当は、もっとこの世界のこと、教えてあげたかったんだけれどね」

「お前とまた、勝負したかったぜ」


 エリスとカラムも名残惜しそうだが、俺を包む光が強まっている。もう時間みたいだ。


「ありがとう、みんな。向こうの世界に帰っても、みんなのこと、忘れないぜ!」


 こうして俺の異世界生活は幕を閉じたのだった。



――§――



「そんな……。まさか、こんなことが……」


 人里から遠く離れた山脈。断崖絶壁に開けられた洞窟の中で、緑眼緑髪の青年「セルラ・ナーゼ」は絶句する。


 ここは、50年前に世界を混乱に陥れたとされる「終焉を呼ぶ魔女」が、魔法の研究をしていたとされる洞窟だ。


 魔女は当時の『勇者』により既に討伐されているものの、先日、その隠れ家が新たに発見された。


 冒険者であるセルラは、ギルドからの密命により、この隠れ家の調査に訪れていたのだ。


 ギルドの本部長に認められたエリート中のエリート。たった二人の最高ランクの冒険者。セルラはその一人だった。


 天才的な頭脳とずば抜けた洞察力、そして、卓越した魔法のセンスで、たった2年で冒険者の最高峰に上り詰めた真の天才。


 そんな彼を持ってしても、魔女の研究によって導き出されたひとつの結論は、到底受け入れられないものだった。


「こんなことが(おおやけ)になったら、世界は大混乱に陥るだろうね。それこそ、先の邪竜騒動の比じゃないくらいに」


 動揺を隠せないセルラに対し、唯一の同行者である金髪の壮年男性「オルガネラ・リボース」は、冷静な表情を崩さない。


 先代の騎士団長にして、もう一人の最高ランクの冒険者。それがオルガネラだ。


 未来予知にすら匹敵する慧眼を持ち、権謀術数(けんぼうじゅっすう)をめぐらす知将として名を馳せた彼のことだ。既に状況を理解し、解決策を思案しているのだろう。


 そして、険しい表情で口を開く。


「つまり……どういうことだ?」

「……は?」

「フッ……冗談だ」


 オルガネラの悪い癖だ。全てを悟っていながらも、時折こうして何もわかっていないフリをして、周りをからかうのである。


 セルラもそれをわかっているので、いつもの事だと聞き流す。


 オルガネラの最大の短所は、仲間にすら作戦を明かさない事だろう。


 彼の采配により命を救われた騎士団の兵士や民間人は数え切れないが、一度として彼の口から作戦が明かされたことはない。


 今回も今までと同様に、作戦を明かさない事が最善だという判断なのだろうが。


「まぁ、僕らでなんとかするしかないよね」


 セルラはそう呟き、オルガネラを伴って洞窟を後にする。


 いずれ訪れる、新たな驚異に対抗する手段を見つけるために。


【おまけ】

よくぞ邪悪な竜を倒してくれた。「名もなき勇者」よ。これにて第1章「邪竜討伐編」は終了じゃ。


名前はあるし「勇者」でもねぇよ。相変わらず適当な爺さんだな。そんなことより、第1章って言ったか?


そうじゃ。明日からは第2章が始まるぞ。


なんだ第2章って? ……「西谷のドキドキ学園生活編」とか?


「魔獣討伐編」じゃ。


……は?


それでは、次回もお楽しみにの!


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