第十六話 兄妹の絆
俺たちが起こした水蒸気爆発の跡を見つめる。
確認はできていないが、アルルカは跡形もなく消し飛んだのだろう。
爆発の直前、確かにやつはそこにいたし、奥の手を持っているやつの表情でもなかった。
それに……いや、やめよう。あんまり言うとフラグみたいだ。
俺たちはアルルカを倒した。うん。それで良い。そんなことより。
「やったな、カラム!」
「ああ。これで、良かったんだよな。父ちゃん。母ちゃん」
仇討ちを果たしたカラムは、拳を握り、空を見上げて呟いた。
喪った家族はもう戻らない。おそらく彼は、始めからそれをわかった上で戦っていたのだろう。
その瞳は、復讐を遂げた喜びではなく、戻らない日々への憧憬をたたえていた。
「おいおい! 勝ったんだからシャキっとしろよ!」
向こうも魔物たちの掃討を終えたらしい。フェノが空気を読まずに会話に入ってくる。
「そうか。そうだよな。こんな湿っぽいのは俺らしくねぇし、父ちゃんたちも喜ばねぇよな!」
「お、おう! わかってんじゃん兄ちゃん! おいらの弟子にしてやっても良いぜ!」
「ははっ! おもしれぇガキだなお前!」
フェノの言葉に、いつもの調子を取り戻すカラム。
どうなることかと思ったが、意外と良い方向に転がったな。
フェノとカラムは、なんとなく似ているような気がしていたが、どうやら意気投合したようである。
「おぬしら、悠長に話などしている場合ではなかもしれんぞ?」
イブが<千里眼>で探った情報を俺たちに伝える。
残る2体の転生種の内、1体はこの塔の中。そしてもう1体は、なんと魔物の大群を率いてファンタベル王国に進攻を開始したようだ。
魔物の大群は、流石に変異種というわけではないようだが、大陸中の魔物を集めたかの如く、その数は十万体にも上るという。
対する人間側は、魔術師団長メルヘア率いる王国軍1万人と、中堅以上の冒険者3万人程度。
王国手前の大草原で迎撃準備を進めており、後1時間程で魔物と激突するという。
「『魔物に殺された人間の絶望を集める』という奴の話が事実なら、人口密度の高い王都を襲うのは道理だな」
イブの説明に、エリトが意見を述べる。
確かに、戦闘が始まれば、勝敗以前に死者は出るだろう。
それだけでも邪竜に力を与えてしまうことになるし、万一人間側が敗北すれば、王都は魔物の餌場と化してしまう。
「そう悲観的な顔をするでない。妾たちが時間を稼ぐゆえ、その間に邪竜を倒せばよい話じゃろう?」
諭すような、柔らかい口調で話すイブの言葉で、場の空気が明るくなった気がした。
これも転生者の光魔術か……。
冗談はさておき、確かにイブの言う通りだ。元から邪竜は倒す予定だし、ここで退くつもりも無いしな。
「『妾たち』って、おいらも行くのかよ!?」
「ん? 行かんのかえ? 王都の全ての人間を見捨てたとなれば、フィア殿はどんな顔するじゃろうの」
「わかった行くよ! 行けば良いんだろ!」
<千里眼>と<反転召喚>で転移していくイブとフェノ。
敵は強大だが、彼らもかなりの実力者だ。心配は要らないだろう。
それよりも、ここで俺たちが失敗したら本末転倒だ。
「さぁ、行こう」
仲間たちと視線を交わし、頷き合う。
俺たちは、残りの転生種と邪悪な竜が待つ、ミルノースの塔へと突入するのだった。
ミルノースの塔内部。入ってすぐに広がっていたのは学校の体育館くらいの大きさの広間だ。
内装は、灰色の石で造られた塔の外観を、そのまま内側から見たような感じだ。
神への祈りを捧げる場所として作られたこの塔は、居住を想定していないということもあってか、かなり殺風景な印象を受ける。
だが、手を抜いて作られているという感じはない。
近いサイズの石が等間隔に並べられていたり、階段へ向かう道筋が、色の違う石で示されていたりと、作り手の丁寧な仕事ぶりが窺えた。
こうして呑気に、塔の造りを眺めていられる理由は他でもない。
塔の中に誰もいないのである。
だがまぁ、考えてみれば当然かもしれない。
塔の前であれだけの戦闘をしておいて、参戦せずに引きこもっている魔物がいるというのは不自然だし、実際アルルカは、あの局面で俺たちを全滅させるつもりでいた。
自分たちが敗北し、塔に突入される可能性など、考えてもいなかったのだろう。
広間を抜けると、これまた石造りの螺旋階段があった。
階段を上りきると、1階と同じような広間が広がっており、反対側には新たな螺旋階段。この繰り返しだ。
この世界では、「神への祈りは高い場所で行うのが望ましい」という考えが一般的だ。
しかし、子供やお年寄りなど、塔を登りきるのが困難な人たちのために、途中途中に広間を設け、そこでお祈りができるようになっているそうだ。
バリアフリーってやつだな。
こんな感じで順調に塔を登っていく。
魔王の城のような、所謂ゲームのラストダンジョンならいざ知らず、ここはあくまでお祈りのための塔なので、特に罠やギミックなどはない。
拍子抜けするようだが、決戦を控えた今、余計な所で消耗を避けられるのは、正直ありがたい。
外から見た感じからいって、そろそろ半分ぐらい登っただろうか。
俺たちの順調な歩みは、唐突に終わりを迎える。
広間の中央で、1体の魔物が祈りを捧げていたのだ。
片膝を立て、胸の前で手を組み目を閉じているのは、虎をそのまま人間のシルエットにしたような、人型の魔物。
かつて対峙した転生種。名前はベネラと名乗っていただろうか。
「あの猿め。人間ごときに破れおったか。それも――」
ベネラが目を閉じたまま呟く。そして、静かに立ち上がり言葉を続けた。
「貴様らのような未熟者に」
「なんだてめぇは?」
こちらを見下したような、高圧的な態度をとるベネラに、カラムが噛み付く。
「貴様は初めて見るな。知らぬなら教えてやろう。そこの騎士団長と魔術師。それと、黒髪の人間。そいつらは1度、我に敗れているのだ」
ベネラの言葉に、質問したカラムだけでなく、アミラも驚きの表情を浮かべている。
二人が驚くのは無理もない話だろう。
王国騎士団長と魔術師副団長という役職からもわかるように、エリトたちの戦闘能力は非常に高い。
彼らが敗北する場面など、実際に見なければ、俺でも信じられないだろうしな。
「その表情を見る限り、新入り2人も大したことないのだろう。我を欺き逃げおおせたことは褒めてやるが、何度戦おうと同じこと。貴様らのような雑魚相手に、邪竜ジクト様が出るまでもないわ」
ベネラから放たれる威圧感で、空気が震えているような感覚に陥る。
前回対峙したときは本気ではなかったということか。
確かにこいつは強い。
だが今回は、カラムとアミラもいるし、俺だってあの時より強くなっている。
皆で協力すれば、勝機はあるだろう。
だが、そんな俺の目算は、意外な形で崩れることになる。
「すまないが、ここは俺とエリスに任せてくれないか?」
エリトがそう言いながら、エリスとともに前に出る。
「血迷ったか? 貴様らのような雑魚では――」
「「こんな雑魚相手に、『勇者』が出るまでもない!」」
ベネラの言葉を遮り、今までにないほどのスピードで突っ込んで行くエリト。
更にその後ろから、エリスの無詠唱氷魔法<アイスショット>により生み出された、無数の氷の槍が続く。
2人はいつになく、怒っているように見える。
この間の戦いを引き合いに出されたからということもあるのだろうが、1番大きな理由はそれじゃない。
俺にはわかる。俺も同じ気持ちだから。
――仲間をバカにしたこいつは許せない。
突然の特攻に、一瞬驚いた様子のベネラだったが、ギリギリでエリトの攻撃を受け流し、氷の槍を爪で砕いていく。
攻撃を躱され、ベネラの反対側に回る形となったエリトが、再びベネラに斬りかかる。
その戦いを一言で表すなら、「舞」のようだった。
縦横無尽に動き回り、相手を翻弄するエリトと、それを氷の槍で援護するエリス。
エリトとベネラの位置関係が目まぐるしく変化する中、打ち込まれた氷の槍は、エリトを一切傷つけることなく的確にベネラに向かって放たれていた。
エリスの狙いが正確なこともあるだろうが、エリトもまた、エリスの攻撃を活かせるように立ち回っていたのも大きいだろう。
よく見れば、エリトは自分の死角から迫る氷でさえ躱し、攻撃に利用している。
完璧な連携。いや、もはや連携の域を超え、あらかじめ動きが決まっているダンスのような……ん?
そこまで思考して、俺は気付いた。
エリトの剣で。エリスの魔法で。この戦いの中で床に刻まれた傷が、直径10m程の大きな魔法陣を描いていたのだ。
離れて見ている俺がようやく認識できるくらいだ。
至近距離で戦ってるベネラでは、とても認識できないだろう。
「えぇい! ちょこまかと!」
苛立ち、腕を振り払うベネラの攻撃を利用して、エリトが魔方陣の外へ飛び退く。
そして次の瞬間、ただの傷だった魔法陣に光が走る。
魔法陣の中央にいるベネラを、エリスとエリトが挟み込むような位置取りだ。
「む!?」
魔法陣に気付いたベネラが、その場を離れようとするが、もう遅い。
空気中の水分を凍らせた無数の氷の棘が、魔法陣内に吹き荒れる竜巻に内包され、ベネラを切り刻む。
「ちっ、厄介だな。だがこの程度――」
「「<エリストボレアス>!!」」
二人が魔法の名を口にした瞬間、魔法陣内の時が止まった。
いや、これは……凍っているのか?
絶対零度というやつだろうか。魔方陣の内部は、完全に世界から切り取られたような、静謐な雰囲気に包まれていた。
魔法陣が消えると同時に、凍りついたベネラが細氷となって消え失せる。
終わりまで美しい魔法だった。
大抵の氷魔法なら無詠唱で使えるエリスが、大規模な魔法陣を用い、エリトの魔力まで借りて発動する大魔法。
名前からして、おそらく二人のオリジナル魔法だろう。
思えば、この世界に来てから、彼らの全力の戦いを見るのは初めてかもしれない。
「さぁ行こうか。『勇者』」
何事もなかったかのように、エリトが俺に声をかける。
「『勇者』が出るまでもない」という、さっきの二人の言葉を思い出す。
全く、笑えない。
ただのお飾りにならないためにも、俺も負けてられないな。
……まぁ、俺は勇者じゃないんだけどね。
こうして俺たちは、邪悪な竜がいるであろう頂上へ向けて、再び塔を登り始めるのだった。




